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第三十五話 あなたの人生の物語

 あれから、半年という月日が流れた。

 かつて「死の世界」と呼ばれていた面影などないくらいに、エンジェルステーション周辺は、劇的な変貌を遂げていた。


 ザワワワワ……


 風が吹くたびに、緑色の波が揺れる。

 それは毒の雨ではなく、大地を覆い尽くす牧草と、背丈ほどに育ったトウモロコシ畑の波だ。

 空には、一点の曇りもない青空が広がっている。

 降り注ぐ太陽の光は、ソーラーパネルを灼き、バッテリーを満タンにし、そして人々の肌を健康的な小麦色に染め上げていた。


「オーイ! 西のキャラバンが着いたぞ! すごい量だ!」


 見張り台からの報告に、広場が活気づく。

 やってきたのは、大量の資材を積んだマッファローの隊列だ。

 今やエンジェルステーションは、この地域最大の交易都市となっていた。

 豊富な電力、清潔な水、そして何より「安全な農地」を求めて、多くの人々が集まってきているのだ。


「いらっしゃい! 今日のオススメは、採れたてのコーンスープだよ!」


 食堂からはイノシロウの元気な声が響く。

 アヴァロンの技術者と地上のサバイバーたちは、すっかり一つの「家族」として馴染んでいた。

 技術と野生の融合。それがこの街の強さだった。


 ――


 そんな賑わいから少し離れた、診療所の裏庭。

 そこには、洗濯物を干す二人の少女の姿があった。


「ほらマリア、背伸びしすぎだ。届かねえなら踏み台使えよ」

「うう……もう少しで届くもん。んっ、んっ!」


 洗濯ロープにシーツを掛けようと悪戦苦闘しているのは、マリアだ。

 かつて空を飛び、嵐を消し飛ばした「天使」の面影は、今の彼女にはない。

 すぐに息切れするし、力も弱い。転べば膝を擦りむいて血が出る。

 ごく普通の、どこにでもいる非力な少女だ。


「ったく、見てらんねえな」


 ため息をつきながら、ひょいとシーツを取り上げて干してやったのは、モリィだ。

 彼女の顔色は、以前とは比べ物にならないほど良くなっていた。

 美味しいご飯と、リンジーの苦い薬、そして何より「安心できる居場所」が、彼女の荒んだ心を癒やしていたのだ。


「ありがとう、モリィ。……私、やっぱり不便になっちゃったかな?」


 マリアが少し寂しそうに自分の手を見る。

 ナノマシンの光はもうない。

 「奇跡」はもう起こせない。


「バーカ。便利とか不便とかで生きてんじゃねえよ」


 モリィは鼻で笑い、マリアの額を指で小突いた。


「腹が減ったら食う。眠くなったら寝る。ムカついたら怒る。それが人間ってもんだろ? ……アタシは、今のマリアも好きだぜ」

「……えへへ。うん!」


 マリアが満面の笑みを咲かせた。

 その笑顔は、どんな宝石よりも眩しく(次は自分が守る番だ)とモリィは心に誓った。


 その時、重たい足音が近づいてきた。

 大きなカゴを抱えた、旧時代の遺物――マンシーだ。

 マンシーはマリアの足元にカゴを置くと、優しげな電子音を鳴らした。


「ありがとう、マンシー。手伝ってくれるの?」


 マリアが話しかけると、マンシーは肯定するようにレンズを明滅させた。

 本来、ナノマシンを失ったマリアには、機械を制御する権限も能力もないはずだ。

 だが、ただ一つ不思議なのは、マンシーとの絆だけはなくなっていないようだった。

 それは言葉を超えた意思疎通か、あるいは彼女の中に眠る「何か」の残り火か。今はまだ、誰も知らない。


 ――


 その日の午後。

 アレンは農作業の手を休め、額の汗を拭っていた。

 見渡す限りの緑。かつては想像もできなかった光景だ。

 

 (平和だ……)


 泣き声も、悲鳴もない。

 ただ風の音と、子供たちの笑い声だけが聞こえる。

 この平穏を守るために、自分たちは戦ってきたのだ。


 だが、アレンは知っている。

 平和は「状態」ではなく「努力の結果」であることを。

 北の荒野では、新たな勢力が台頭してきているという噂も聞く。

 あの薬が、また広まりつつあるという情報も……。


「……ま、来たら来たで、追い返すだけさ」


 アレンは鍬を握り直した。

 俺たちには仲間がいる。守るべき家がある。何より愛する娘がいる。

 

「――パパ! パパ!」


 その時、遠くから自分を呼ぶ声がした。

 振り返ると、診療所の方からマリアが駆けてくるのが見えた。

 息を切らせ、頬を紅潮させて。

 その後ろを、クラークとモリィが苦笑しながらついてきている。


「おっと、どうしたマリア。そんなに慌てて」


 アレンが受け止めようと手を広げると、マリアは勢いよくその胸に飛び込んできた。


「ハァ、ハァ……! あのね、パパ! 聞いて!」


 マリアは興奮冷めやらぬ様子で、アレンを見上げた。

 その瞳は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。


「さっきね、リンジー先生に健康診断してもらったの!」

「ほう、そうか。どこか悪いところはなかったか?」

「ううん、元気いっぱいだって! それとね……!」


 マリアは一呼吸置いて、今までで一番嬉しそうな顔で叫んだ。


「パパ! 私、少しだけ背が伸びたよ!」


 【第一部 完】

ここまで作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。


皆様の温かい応援と見守りのおかげで、マリアは「翼」と引き換えに「太陽」を、そして何よりも尊い「人間としての未来」を手にすることができました。 アレンたちの奮闘、そしてマリアの決断によって、エンジェルステーションに本当の春が訪れたところで、この長い冬の物語――第一部は完結となります。


ですが、彼らの人生はここからが本番です。


ご安心ください。第二部の構想は、すでにある程度できております。


ナノマシンを失い「ただの人間」となったマリアを待ち受ける新たな試練。 復興が進む一方で、荒野の彼方や地下深くで蠢きだす不穏な影。 そして、なぜか続いているマンシーとの不思議な絆……。


描きたい物語、語るべき続きは、まだまだ尽きそうにありません。


少しばかり次の季節への準備期間をいただきますが、再びこの太陽の下で、成長した彼らと皆様にお会いできる日を楽しみにしております。 それまで、どうぞエンジェルステーションのことを心に留めておいていただければ幸いです。


本当にありがとうございました!

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