表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/35

第三十話 パンドラの少女

 エンジェルステーションへの帰路。

 

 アレンたちは、ケイスから教えられた座標へ寄り道をした。

 そこにはアヴァロンからパージされた工場ブロックの残骸があった。


「よし、あそこなら使える部品が残っているかもしれん。回収して帰るぞ」


 車両を停め、アレンたちが瓦礫の山へと近づいた時だった。


「こっちへ近寄るなっ!」


 瓦礫の隙間から、鋭い声が飛んできた。

 現れたのは、ボロボロの布を纏った小柄な影。

 髪は非常に短く、最近まで坊主頭だったようだ。そのせいで一見すると少年のようにも見えたが、その声は女の子のものだった。


 手には鋭く研いだ鉄パイプを握りしめているが、その足元はふらつき、顔色は土気色だった。明らかに具合が悪そうだ。


「おちつけ、お前さんをどうこうするつもりはない」

 プリスキンが両手を上げてなだめようとするが、少女はさらに警戒を強めた。


「大人なんて信用できるかっ! ……ゴホッ! ゴホッ!」

 大声を出した反動か、少女は激しく咳き込んだ。

 それでも、射るような鋭い視線だけは逸らさない。獣のような目だ。


 その言葉を聞いて、マリアが前に出た。


「大丈夫。皆いい人よ。誰もあなたを傷つけたりしない」


 少女の視線がマリアに向く。

 そして、マリアの背中にあるナノマシンの翼と、その人間離れした美しさを見て、少女の目が驚愕に見開かれた。


「お前……その姿は? お前もそうなのか? それならなんで、大人たちと一緒にいる!」

「どういう──こと?」


 マリアは首を傾げた。少女の言っている意味がわからない。

 少女は歯を食いしばりながら言った。


「お前も『ファクトリー』から脱走した口じゃないのか?」

「ファクトリー?」

「とぼけるな! 知らないわけないだろ! サイエンも、アレックスも!」


 その名が出た瞬間、場の空気が凍りついた。

 サイエン、そしてアレックス。


「アレックス……! アレックスを知っているの?!」

 マリアが詰め寄る。少女は忌々しげに吐き捨てた。


「知ってるも何も、アレックスは組織のボスだ。……アタシはそこの『実験体』だったんだよ」


 実験体。

 その言葉に、アレンとプリスキンは、胸が締め付けられる思いがした。

 ウルトラヴァイオレンス。あの薬漬けの暴力集団の裏には、子供を実験台にするような闇も存在していたのか。

 あの連中は本当に救いようがない。


「……アレックス。彼は、死んだわ」


 マリアが静かに告げた。

 少女が一瞬、呆けたような顔をする。


「死んだ? あいつが死んだ……?」


 次の瞬間、少女の口から乾いた笑いが漏れた。


「ハハ! アハハハハ! ざまぁみろ! チクショウ! アタシの手で殺してやりたかったぜ! ハハハハ!」


 少女は腹を抱えて笑った。涙を流しながら、狂ったように笑い続けた。

 それは喜びと言うにはあまりに悲痛で、壊れたラジオのような笑い声だった。


 マリアは複雑な心境で、黙ってその様子を見つめていた。

 自分にとっては、憎むべき敵であり、最後に命を救ってくれた人。けれど、この子にとっては地獄を作った悪魔でしかない。

 その事実は変えようがない。


 ひとしきり笑い終えると、少女は糸が切れたようにへたり込んだ。

 咳が止まらない。限界だった。


「……私たちと一緒に行かない? ここは、とても……寒いわ」


 マリアが手を差し伸べる。

 少女は自嘲気味に笑った。


「よせよ。アタシは『失敗作』らしい。一緒に居てもいいことなんてないぞ」

「そんなことない」


 マリアは首を振った。


「だって私、お友達が欲しかったんだもの。私マリアっていうの、あなたの名前聞かせてくれる?」


 真っ直ぐな瞳。

 差し出された白い手。

 少女はいくらかの逡巡の後、泥だらけの手でその手を握り返した。


「……アタシは、モリィ」


 掴んだマリアの手は、温かかった。

 それは、冷たい実験室とも、凍える荒野とも違う、モリィが初めて触れる「安心」の温度だった。


 ――


 モリィがエンジェルステーションに保護されて三日。

 マリアの傍から離れようとしない彼女に、周囲の大人たちは手を焼いていた。

 マリアに懐いているというより、周囲の大人たちを恐れている様子が見られる。実験体だったという経験がそうさせるのだろう。


 そんなモリィに、積極的に接していったのはアヴァロンから来たアロウェイ女史だ。

 何がそんなに彼女の琴線に触れたのかは分からない。だが、妙に気にかけているのは傍から見ても明らかだった。


「……こっちに来るな」


 部屋の隅、マリアの背に隠れるようにして、モリィが低く唸った。

 その瞳は、獲物を狙う獣のように鋭く、そして怯えていた。

 

 アロウェイが一歩近づくたびに、モリィの全身の筋肉が強張り、マリアの腕を掴む手に力が入った。

 マリアは嫌な顔一つせず、ただ黙って様子を見ている。


「あら? 人の背に隠れてる割りには勇ましいセリフね」


 そう言うと、アロウェイは無遠慮にモリィに近づき、頭に手を伸ばすと撫でまわし始めた。


「なぁっ…………」


 ビクリと体を震わせたモリィだったが、アロウェイの優しい手つきに、緊張が解けて行く。

 アロウェイの手つきがよほど上手なのか、モリィが若干ウトウトしてきた辺りでようやく解放された。


「なんなんだ、アイツは……」


 去っていたアロウェイの方を、不満気に睨むモリィ。

 だが、モリィの受難(?)はこれだけでは終わらなかった。


 ――


 オンセン、女湯にて。


「はーい、体洗うわよ」

「1人で出来る!」


 そう言いつつも、ワシワシと洗われていくままになっているモリィ。


「はい、綺麗になりました」

「……ふん」


 体の洗浄が終わると、そのまま出て行こうとするモリィ。

 彼女はオンセンを見るのは初めてだったし、湯舟に浸かった経験もないのだ。


「体を洗ったら、湯舟につかるのがオンセンのサホーよ」

「サホー?」

「いいから、いいから」


 モリィの手を引いて湯舟に向かうアロウェイ。


「こんな熱そうなお湯に入れってのか? 何かの実験か?」


 怪訝な顔をするモリィだが、アロウェイが湯につかっていくのを見て、自分もゆっくりと湯につかっていく。


「……ふぁ~」

 

 初めての体験に、モリィの口からため息ともつかない声が漏れた。

 アロウェイはそんな様子を見て、嬉しそうに微笑んでいる。

 

「肩まで浸かって、100数えるのがサホーよ」

「またサホーか、1.2.3……」


 ――

 

 モリィはキャラバンから購入した一匹の動物、ふわふわの毛並みをした、愛らしい猫に夢中だ。

 

「……かわいいな」

 モリィが誇らしげに猫を抱き上げる。

 

「お前の名前は『メイ』だ!」

 メイは「ニャア」と鳴いて、モリィの頬にスリスリと体を擦り寄せた。

 

 過酷な実験施設で育ったモリィにとって、ただ愛でるだけの存在であるペットは、心の安らぎそのものだった。


「ふふっ。よかったね、モリィ」

 マリアも、その柔らかな毛並みを撫でて目を細めた。

 

 ――


 食堂にて。


 今日の料理は、肉をそら豆とジャガイモと一緒に炒めたものだ。

 モリィはその中から、肉だけを選んで食べている。


「あら? お肉ばかり食べているのね」

「肉は力になる。野菜は嫌いだ」


 堂々と食わず嫌いを宣言するモリィの後ろで、イノシロウがピクリと肩を震わせるが、アロウェイに視線を向けられ押しとどまった。


「そのお野菜、マリアちゃんが一生懸命作ったんだけどなぁ」

「えっ?!」


 マリアが作った野菜を食べないというのは、流石に悪い気がしたモリィは、ジャガイモにフォークを突き刺した。

 ゆっくり口もとに近づけると、覚悟を決めてほおり込んだ。

 

「う、美味い!」


 次々と口に運び込まれ、皿はあっという間に空になった。


「お野菜を作ったのはモリィだけど、料理をしてくれたのはイノシロウよ」

「そうか、イノシロウは凄いな」


 食べ物がこんなに美味しいと感じたのは、生まれて初めてだった。

 モリィの言葉を受けて、後ろではイノシロウが鼻を膨らませている。

 

「食事が終わったら、これを飲むこと」


 タイミングを見計らっていたリンジーが、モリィに湯のみを差し出して来た。

 湯呑の中では緑の液体が湯気を立てており。何とも言えない独特の香りがした。


「これは何?」

「カンポーという、君の体を良くするためのものだよ」

「カンポーねえ、サホーといい、良く分からないものが色々あるんだな」

 

 モリィは意を決して、湯のみを傾け、一気に液体を流し込んだ。


「ンンンーっ!!」


 直後、モリィは噴き出しそうになるのを必死で手で堪えた。


「これ、本当に薬なのか? 毒じゃないのか?」

「毒を盛るなら、もっと美味しくするよ」

 

 リンジーが真顔で答える。

 その冗談とも本気ともつかない表情に、モリィは逆に信用せざるを得なかった。


 リンジーが涼しい顔で眼鏡を押し上げる。


 「『良薬は口に苦し』と言う。 全部飲むのがサホーだよ」

 「またサホーかよ」


 涙目になりながらも、モリィは「残すとリンジーが怖い(目が笑っていない)」という野生の勘に従い、なんとか残りを飲み干した。


「……うう、口の中が変な感じだ……」

「はい、よく頑張りました」


 げんなりとテーブルに突っ伏すモリィの口元に、アロウェイが何かを差し出した。

 小さな、包み紙。


「口直しにどうぞ、飴玉よ」

「飴玉?」


 モリィは疑わしげに包み紙を開け、琥珀色の粒を口に放り込んだ。

 瞬間、強烈な甘みが苦みを塗り替えていく。


「ん……甘い」

「でしょう? 苦いことの後には、甘いご褒美があるものよ」


 アロウェイが優しく頭を撫でる。

 その手つきに、モリィはもう抵抗しなかった。

 口の中で転がる甘さと、頭上の温もりに、強張っていた肩の力が完全に抜けていく。

 その時、ふと涙が溢れて来た。何故だか自分でもわからない、だがどうにも止められなかった。


 この飴玉とやらのせいだ、きっとそうに違いない。モリィはそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ