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第二十三話 しあわせの理由

 エンジェルステーションに、戦闘時とは違う種類の喧騒が満ちていた。

 ネイバーの女性が産気づいたのだ。


 かつての荒野では、出産は死と隣り合わせだった。

 汚染された環境、不足する栄養、そして衛生観念の欠如。

 生まれてきても、その多くは数日と持たずに息を引き取るのが常だった。


 だが、今は違う。


「お湯だ! もっと沸かせ! 滅菌タオルはどうした!」

「予備電源、医療区画へ回せ!」


 アレンたちが怒号を飛ばし、男たちが走り回る。

 無骨な男たちの手によって、最新鋭ではないが清潔で温かい分娩室が用意された。

 そして何より、そこにはクラークたちが半年間送り続けていた「青いコンテナ」の中身――高純度の医薬品と、新生児用の栄養ミルクが備蓄されていた。


 ――オギャァッ! オギャァッ!


 数時間後。元気な産声が、鉄屑の壁に響き渡った。


「生まれた……! 元気な男の子だ!」


 歓声が上がり、不安そうに待っていたネイバーたちが抱き合って喜ぶ。

 その輪の外で、マリアはじっとその光景を見つめていた。


「入っていいぞ、マリア」


 アレンに促され、マリアは恐る恐る部屋に入った。

 母親の腕に抱かれた、小さな命。

 まだ猿のように赤く、しわくちゃで、けれど力強く息をしている。


「……ちいさい」


 マリアがおそるおそる、指先を伸ばすと、赤ちゃんはその指をぎゅっと握り返した。

 温かい。そして、壊れそうだ。

 自分やマンシーのような強さはない。けれど、そこには確かな命があった。

 マリアの中に、今まで感じたことのない熱が生まれたのを自覚した。それはとても強く、温かな物だ。


「ありがとう、天使様。あなたが、ここに居てくれたからこの子が無事、生まれてくる事が出来ました」


 母親が涙ぐんで笑った。

 マリアは首を振った。違う、作ったのはパパたちだ。守ったのもパパたちだ。

 でも――これからは。


 (わたしが、守らなきゃ)


 マリアの胸の奥で、何かがカチリと音を立てて定まった。

 この命を、この笑顔を、理不尽な暴力や寒さから守り抜くこと。

 それが自分の役割なのだと、本能が告げていた。

 マリアは赤ちゃんの柔らかな頬に触れ、静かに誓った。


 ――


 その夜。

 宴の喧騒から離れた作戦会議室で、重苦しい会議が開かれていた。

 参加者はレドリックらギーグスの幹部と、クラーク、アロウェイの二人だ。


「……つまり、アヴァロンはもう長くないと?」


 レドリックの問いに、クラークは沈痛な面持ちで頷いた。


「ああ。環境維持システムは限界を迎えている。我々が逃げ出す直前のデータでは、侵食率は30%を超えていた。……おそらく、半年持てばいい方だろう」


 クラークが語るアヴァロンの内情は、絶望的な結末を予言していた。


「そうなるとすると、どうなる?」

「パニックが起きる。今はまだ、上層部が情報を隠蔽しているが時間の問題だ。隠しきれなくなり、暴動が起きる。人々は脱出を選択せざるを得んだろう。……行き先は一つ。この地上だ」


 その言葉に、プリスキンが舌打ちをして頭を抱えた。


「おいおい、冗談じゃねぇぞ。空から何千人も降りて来るってのか?」

「そうだ。しかも、彼らの大半は……昨日の私と同じだ」


 クラークは自嘲気味に眼鏡を直した。


「ポンプの使い方も、芋の皮のむき方も知らない。ボタン一つで何でも手に入ると信じている『温室育ち』だ。この過酷な地上で、自力で生き抜く術は何一つ持っていない」


 会議室に重い沈黙が流れた。

 ギーグスの拠点『エンジェルステーション』は、確かに豊かになった。

 だが、それはあくまで数百人のネイバーとギーグスが暮らすのに十分というレベルだ。

 そこに何千という「何もできない難民」が押し寄せればどうなるか。


「……支えきれん」


 アレンが苦渋の表情で結論を出した。


「何もできない大量の人間を養う余裕はウチにはない。食料も、水も、住む場所もだ。……受け入れれば共倒れになる」


 非情だが、それが現実だった。

 彼らは慈善団体ではない。自分たちの家族と、協力してくれる隣人を守るだけで手一杯なのだ。


「だが、放置すれば彼らは野垂れ死ぬわ……」


 アロウェイが力なく言葉を吐く。

 彼らは生き残るためにテイカーになる事さえできないだろう。


「もっと最悪の未来もある。テイカーどもに襲われ、好き放題される可能性。こっちの方が確率が高い」

 コロニー育ちのクラークとアロウェイはぴんと来ていないようだったが、レドリックの言葉に、ギーグスたちは眉を寄せる。

 奴隷、強姦、臓器摘出、実験材料。想像するだけでも胸糞が悪くなる。


 アレンが話題を切り替える。

 

「ひとつ疑問なのだが、君たちと敵対しているコロニストの連中は問題無いのかね? 君たちは追われていないのか?」

「コロニスト達は地上との関わりを断つというのが信条。地上に落ちて来た我々を追って来ないとは思うが……」


 そうってクラークが考え込む。

 だが、もしも、しつこく調査を進めたとすると、隠蔽データを見つけられてしまうかもしれない。

 そのデータから天使の生存を読み取られた場合、どうなるか……。


「ひとつだけ、懸念がある」

「なんだ?」

「私たちは、マリアのナノマシンが発する生体シグナルのデータを、ずっと隠蔽してきた。それが見つかった場合、暴走ナノマシンに対してのワクチンとして奪いに来るということは考えられる」

 

「なんだと? そう言うことは早く言え!」

 プリスキンがバンッと机を叩いて憤る。対照的に、アレンは冷静に顎をさすって質問した。

「その可能性は高いのかい?」


「普通ならば、コロニーの異変への対処に全力を傾けるはずなのだが、コロニストのトップは理性では測りかねる行動をとる。そもそもの発端、天使を地上へ廃棄するなどもそうだ」

「つまり、可能性は高い、ということだね」

「アヴァロンの格納庫には、かつてアヴァロンと地上を行き来していた『グラヴシップ』が存在する。暴走ナノマシンの雲があるから、ナノマシン搭載の装備は積めないがそれでも十分に脅威だ」


「避難民が出るような事態になるか、奪いに来るか、半年以内に結果が出るか……どちらにしろ警戒態勢を整えなくてはいかんな」

「頭が痛い話だが、こちらとしても取れる手は限られている。」


 アレンは窓の外、マリアたちが眠る居住区の方角を見つめた。


「俺たちの『楽園』を守る。……どんな手を使ってもな」


 その言葉には、決意と共に、これから訪れるであろう修羅場への予感が滲んでいた。

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