第二十一話 地球へ…②
ドォォォォォン!!
雪解けでぬかるんだ荒野に、二つの火球が突き刺さった。
衝撃で泥と雪が噴き上がり、黒い煙が立ち上る。
エンジェルステーションからわずか数キロの地点。そこは、かつてマリアが落ちてきた場所のすぐ近くだった。
高熱を帯びた鉄の塊――廃棄ポッドのハッチが、内側から爆破ボルトで吹き飛ばされる。
「ごほっ、ごほっ……! アロウェイ、無事か!?」
「ええ……なんとか。でも、着陸というより墜落ね……」
這い出してきたクラークとアロウェイは、泥まみれになりながら互いの無事を確認した。
全天候スーツを着ているとはいえ、全身が軋むように痛い。
だが、感傷に浸っている暇はなかった。
「動くな」
冷ややかな声と共に、弦を引き絞る音が周囲を取り囲んだ。
煙の向こうから現れたのは、武装した男たち。
アレン、ライオネル、そしてプリスキンたち『ギーグス』だ。
アレンは巨大なパイプレンチを肩に担ぎ、プリスキンは大型のクロスボウ(機械弓)を二人の眉間に向けている。
「空から落ちてきたその鉄屑、見覚えがあるぞ。……以前、俺たちの娘を捨てたのと同型だ」
アレンが低く唸る。その目は敵意に満ちていた。
彼らにとって、コロニーの人間は「マリアを捨てた非道な連中」でしかない。
「待ってくれ! 私たちは敵じゃない! 亡命者だ!」
クラークは両手を上げ、必死に叫んだ。
だが、ファルケンバーグが冷笑を浮かべて前に出る。
ヒュンッ!
ファルケンバーグがクロスボウの引き金を引く。放たれた鉄の矢が、クラークの足元の泥に深々と突き刺さった。
「お前らが上で何をしてきたか知らんが、ここは俺たちの庭だ。コロニーの都合でゴミを捨てるな。人間もな」
「……っ」
クラークは唇を噛み、そして意を決して叫んだ。
「信じてくれ! 私たちは上のやり方に反対して逃げて来たんだ。ここへはただ……『天使』に会いに来たんだ!」
その言葉が出た瞬間、場の空気が凍りついた。
「……天使、だと?」
アレンの目が険しく細められ、ライオネルも警戒心を露わにする。
プリスキンが唸るように問いただす。
「何故、その呼び名を知っている?」
マリアが「天使」と呼ばれる存在であること、それは彼女の秘密を知る者しか知り得ない情報だ。
クラークは観念したように息を吐き、アロウェイと顔を見合わせた。
もう、包み隠すことはできない。
「私たちが……彼女の管理者だったからだ」
クラークとアロウェイは、洗いざらい話した。
アヴァロンで起きた政変。マリアが謀略によって捨てられたこと。自分たちが無力で守れなかったこと。
そして――
「……半年間、定期的にこの近くに『青いコンテナ』が落ちてきたはずだ。中身は粉ミルクや、高純度の医薬品、それに子供服……」
「あれを送っていたのは、俺たちだ」
その事実に、アレンたちは息を呑んだ。
確かに、荒野での育児に行き詰まった時、まるで天の恵みのように物資が届くことがあった。
あれらの物資に助けられて居たのは確かだった。
「……お前らが、あの『足長おじさん』だったってのか」
プリスキンが忌々しそうに、だがクロスボウを少し下げて言った。
「ふん。守れなかった罪滅ぼしか。……気に食わんが、あのミルクに助けられたのは事実だ」
プリスキンは腹に据えかねていたが、恩恵を受けた事実がある以上、これ以上強くは怒れなかった。
沈黙が流れる中、アレンが重い口を開いた。
「生みの親と、育ての親、か」
アレンは二人をじっと見据えた。
その瞳には、荒野で生きる者特有の厳しさと、深い思慮があった。
「いいだろう。拠点へ迎え入れ、マリアに合わせることは許可する。……だが」
アレンはパイプレンチを地面に突き立て、条件を提示した。
「あんたたちが『生みの親』だと言い出さない事。……それが条件だ」
「なっ……何故?」
アロウェイが目を見開いて抗議した。
命がけで降りてきたのだ。名乗り出る権利くらいあるはずだ、と。
「あの子は人間だ」
アレンはきっぱりと、力強く言い切った。
「どんな見た目、どんな力、どんな生まれであろうともだ。あの子は俺たちが育てる『普通の女の子』だ。だが、アンタたちの存在はそれを脅かしかねない。『お前は作られた天使だ』『実験体だ』……そんな事実を突きつければ、あの子のアイデンティティは崩壊する」
アレンの言葉に、アロウェイは言葉を失った。
「あの子を不安にさせる要素は認められない。親として、あの子の心を守らなきゃならんのだ」
それは、血の繋がりを超えた、真の親としての覚悟だった。
自分たちのエゴ(会いたい、名乗りたい)よりも、マリアの幸せを最優先にする。
その姿勢に、クラークは打ちのめされた。
自分たちは、ここまで考えていただろうか? ただ「会いたい」という自分の感情だけで動いていなかったか?
「……それは、あまりに……」
受け入れがたいアロウェイが声を震わせる。
だが、その肩にクラークの手が置かれた。
「君の言う通りにしよう」
「博士!?」
アロウェイが驚いて振り返る。「いいのですか? あんなに楽しみにしていたじゃないですか? あの子に会うのを……!」
「いいんだ、アロウェイ」
クラークは穏やかに、しかしどこか晴れ晴れとした顔でアレンを見た。
「彼の言う通りだ。天使……いや、マリアにとって何が大事かを考えるべきだ。過去の柵なんて、あの子には必要ない」
クラークは、アレンの理屈に正しさを感じていた。
いや、それ以上に、この無骨な男たちが注ぐ愛情の深さに、技術者として、そしてかつての保護者として、好感すら覚えていたのだ。
(ああ、あの子は良い親に拾われたんだな)
そう心から思えた。
「……わかりました」
アロウェイもまた、涙を堪えて頷いた。
「あの子の笑顔が守れるなら……私たちはただの『おじさん』と『おばさん』で構いません」
「はは、君はまだお姉さん、ぐらいだろう」
契約は成立した。
アレンは満足そうに頷くと、無骨な手を差し出した。
「交渉成立だな。ようこそ、ギーグスの拠点へ。……歓迎するぜ、技術屋同志」
クラークはその手を強く握り返した。
泥と油にまみれたその手は、驚くほど温かかった。
こうして、空から落ちてきた二人は、マリアの「秘密の守護者」として、新たな生活を始めることになった。
地平線の向こうから、マリアが手を振って走ってくるのが見えた。




