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第十六話 女王天使

「助けて! マンシー!」


 轟音。

 大地を砕く衝撃と共に、エンジェルステーションのガレージの扉を吹き飛ばして、ソレは姿を現した。


「キシャアアアアッ!!」


 地下から解き放たれた古代の殺戮機械――『マンショニャッガー』が、駆動音を上げて跳躍する。

 昆虫のような多脚、錆びついたセンサーアイ。

 数千年前、「禁止兵器指定」を受けた禁断のマシン。


「ばかな?! 何故動いているんだ?!」


 異口同音に驚く、レドリックとプリスキン。

 彼らはガレージ奥にあった『それ』は単なる骨董品、動かない大きなガラクタだという認識だったのだ。


「マンシー! あいつらをやっつけちゃって!」

 

 マンシーは高い外壁を軽々と飛び越えると、『ルーク』をカマキリのような鋭い手で捕らえると、いとも簡単に下半身を切り裂いた。

 慌てて後退する『キング』には構わず、『ルーク』を完膚なきまでに鉄くずに変えていく。

 

「なんだこいつは!!」

 

 あまりの光景に、薬で高揚してるはずのウルトラヴァイオレットも、さすがに怯み、戸惑っている。


 一方、ギーグスの方も、マリアの声に応えるように動く殺戮機械に驚きを隠せないでいた。


「マンシー! すごーい!」

 マンシーの活躍に興奮した様子のマリアがピョンピョンと飛び跳ねている。


「マ、マリア? そのマンシーというは、あの機械の事かい?」

 アレンが尋ねると、満面の笑みで答えるマリア。

「うん! お部屋で痛い痛いしてたから、治してあげたの!」


「はあ、まったくマリアには驚かされてばかりだぜ」

「おかげでこの戦いなんとかなりそうだ、ありがとう。後は大人に任せて、リンジーのところで怪我をした人の痛い痛いも看てやってくれ」

「うん!」


 ――


「しっかりしろ、止血帯がきついか? もう少しの辛抱だ」


 リンジーは額に汗を浮かべながら、血まみれになったネイバーの腕を処置していた。

 元軍医としての手際よさで次々と負傷者を捌いていくが、運び込まれる数は減らない。


「リンジーさん、お水を持ってきたよ。……あ、包帯も足りない?」

 血で汚れたエプロン姿のマリアが、懸命に彼を補佐している。


 その時だった。

 コツ、コツ、と場違いに優雅な足音が響いた。


「……おや。裏口は不用心だね」


 マリアが振り返る。

 そこに立っていたのは、血と泥の戦場にはあまりに不釣り合いな、純白のスーツを着た男。

 アレックスだ。

 彼は部下たちを、そして自分の愛機すら囮にして、混乱に乗じて単身侵入していたのだ。


 マリアはきょとんとして小首を傾げた。

「……あなたは、だあれ? 怪我をしたの?」


 彼女の目には、目の前の男が「敵」だという認識はない。ただ、綺麗な白い服を着た人が立っている、という無垢な好奇心だけがあった。


「僕はアレックスだ。よろしく」

 恭しくお辞儀までしてみせるアレックス。


 だが、リンジーは騙されなかった。

 男が纏う血の匂いと、その目に宿るサディスティックな光を瞬時に感じ取った。


「マリア! 下がるんだ!!」


 リンジーは叫ぶと同時に、マリアを背にかばって前に出た。護身用のメスを逆手に構える。

 

「どこのどいつだか知らんが、ここはお前のような者の来るところじゃ……」

「騒がしい」


 アレックスの手にしたステッキが一閃した。

 ゴッ!


「ぐっ……!?」

 

 リンジーのこめかみに強烈な一撃が入り、膝から崩れ落ちる。


「リンジーさん!?」

「図体ばかり大きくて、脆いな」


 アレックスは倒れたリンジーの顔面を、磨き上げられた革靴で容赦なく踏みつけた。グリグリと体重をかけながら、楽しそうに笑う。

 

「が……ぁ……!」

「客人の前では礼儀正しくするべきだろう?」


「やめてッ!!」

 

 マリアが叫び、アレックスに向かって突進する。

 バイオテクノロジーで強化された彼女の体当たりは、大人でも吹き飛ばす威力があるはずだった。


 だが。

 

「おっと」

 

 アレックスはまるでダンスのステップのように軽やかに身をかわすと、すれ違いざまにマリアの肩を掌底で強く突き飛ばした。


 ドガッ!

 

「うぅっ……!」

 

 マリアは吹き飛び、機材ラックに激突してうずくまる。

 アレックスもまた、常人ではなかった。あるいは彼も、自身の体に何らかの改造を施しているのか。


「元気な子猫だ。だが、躾が必要だな」

 

 アレックスは冷たい目でマリアを見下ろし、ステッキの柄をひねった。

 シャラッ……。

 抜かれたのは、鈍く光る細身の刃。仕込み杖だ。


「痛みを知れば、少しは大人しくなるかな?」

 

 彼は慈悲のない笑みを浮かべ、その凶刃をマリアの太腿めがけて振り下ろした。


「マリアッ!!」

 

 意識を取り戻しかけたリンジーの絶叫が響く。


 ガギィィィン!!


 硬質な音が響き、アレックスの手が弾かれた。

 刃はマリアに届いていない。空中で何かに阻まれていた。


「……なんだ?」


 アレックスが目を見開く。

 マリアの背中の服が裂け、そこから溢れ出した光が、彼女を包み込んでいた。

 それは、翼。

 純白の、光り輝く巨大な翼だった。


「あ……、わたし……」


 マリアは感じていた。

 体内の奥底で眠っていたナノマシンが、怒りと恐怖をトリガーにして爆発的に活性化するのを。

 視界に流れる情報の奔流。自分の身体機能、出力係数、そして「排除すべき敵」の認識。

 頭上には、天使のハローのような光輪が浮かび上がり、神々しい粒子を撒き散らす。


 その光景に、アレックスは息を呑んだ。

「あ……ああ……」


 彼の瞳から、殺意が消え、狂気的な恍惚が浮かび上がる。

 白い。あまりにも白い輝きだった。

 自分のスーツよりも、愛馬の毛並みよりも、あの秘薬よりも。

 圧倒的で、絶対的な「白」がそこにあった。


 マリアが、無意識にその翼を大きくはためかせた。


 バサァァァァッ!!


 光の羽が衝撃と共に舞い散った。

 その光の羽が触れたリンジーやネイバーたちの傷は、見る見るうちに塞がっていく。

 逆に、敵意を持って害をなす者には、物理的な拒絶となって襲いかかった。


「ぐ、おおおおッ!?」


 至近距離でその羽を受けたアレックスは、抵抗する間もなく木の葉のように吹き飛ばされた。

 救護室の壁を突き破り、そのまま拠点の外、戦場の中央へと放り出される。

 


「アレックス様!?」

 

 吹き飛んできた主を見て、部下たちが動揺する。

 マリアの翼から放たれた光の余波は、外の戦場にも及び、マンシーをかいくぐり外壁に取りつこうとしていた暴徒たちをも吹き飛ばしていた。


 アレックスは泥まみれになりながら起き上がった。

 だが、その顔に屈辱の色はない。

 彼は震える手で、懐から撤退の合図となる笛を取り出し、強く吹き鳴らした。


 ピィィィィィィッ!!


「引けッ! 撤退だ! ……今は引くぞッ!!」


 『ルーク』はもう単なるガラクタだ。

 『キング』も上半身がズタボロになっているが、無限軌道はまだ健在。

 

 煙幕を張り、混乱するグランパカ部隊をまとめて後退を始めた。

 アレックスは去り際、壊れた壁の向こうに佇む、光り輝く少女をもう一度だけ振り返った。


 (美しい……。あれこそが、私が求めていた究極の「白」……!)

 失った兵力は多い。重機も傷ついた。

 だが、それ以上の収穫があった。

 あんなに美しく神々しいものを、泥にまみれさせ、穢し、我が物にして壊したら……どれほどの快楽だろうか。


 (待っていろ。必ずあのクィーンを手に入れて見せる。……そのためには、もっと大きな力が必要だ)

 彼は燃え滾るような歪んだ情熱を、氷のような理知で押し包み、冷静に撤退の指揮を執った。


 ――


 ウルトラヴァイオレンスが去った後。

 エンジェルステーションには、静寂と、すすり泣く声が満ちていた。


 それは悲しみの涙ではない。

 光の中に佇むマリアを見たネイバーたちの、感動と畏怖の涙だった。


「おお……奇跡だ。天使様が、翼を広げられた……!」

「我らは救われたのだ! 真の天使様によって!」


 ライオネルをはじめ、信者たちがマリアに向かって跪き、祈りを捧げる。

 傷は癒え、敵は退いた。それはまさに、彼らが信じた教義そのものの顕現だった。


 だが、光が収まり、翼が粒子となって消えた後。

 マリアは小さく震えながら、自分の手を見つめていた。


「パパ……」


 駆け寄ってきたアレン、プリスキン、イノシロウ、ファルケンバーグ。

 そしてふらつきながら立ち上がったリンジー。

 マリアは彼らを見上げ、寂しげに微笑んだ。


「私、自分が何か、わかっちゃった」


 頭の中に流れたデータ。それは彼女が人間ではなく、アヴァロンによって作られた「生体兵器」あるいは「環境制御ユニット」であることを示していた。

 人間じゃない。パパたちとは違う。私は、バケモノなんだ。


「違う!!」


 マリアの言葉を遮ったのは、アレンの怒声だった。

 普段は温厚な彼が、顔を真っ赤にして叫んでいた。


「マリア! 君は私たちの娘だ! それ以外の何者でもない!」


 彼は勢いよくマリアを抱きしめた。

 翼が生えていようが、光っていようが、関係ない。その体温は、いつもの愛しい娘のものだ。


「そうだぜ、マリア」

 プリスキンが葉巻をねじり消しながら近づく。

「翼が生えたくらいでガタガタ言うかよ。俺たちが育てたんだ、間違いなく俺たちの娘だ」


「その通りです。マリアちゃんは僕たちの大切な家族です」

 イノシロウが涙ぐみながら頷く。


「マリア、怪我はないか? ……守れなくてすまなかった」

 リンジーが、悔しさを滲ませながらマリアの頭を撫でる。


「いいの? ……わたし、こんななのに」

 マリアがアレンの胸の中で問いかける。


「いいに決まっているだろう。マリアは元々俺たちの天使だった、見た目が追いついただけの話だ」

 アレンは強く、強く抱きしめ返した。男たちも一様に深く頷く。


「俺たちの娘は、誰にも渡さん! どんな悪党だろうが、例え……神だろうがな」

 そう言ってアレンは灰色の雲のはるか上、宙に浮かぶコロニーを睨みつけた。


 その言葉に、マリアの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 それは天使の奇跡の涙ではなく、ただの安心した子供の涙だった。

 

 戦いは終わった。

 だが――彼女が“天使になってしまった”ことは、戦闘よりも残酷な本当の試練の幕開けだった。

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