第十五話 戦乱の大地
彼らの視線の先、南の地平線が茶色く濁っていた。土煙だ。
そして、その煙の中から現れたのは、悪夢の軍勢だった。
先頭を行くのは、悲鳴を上げながら走らされる巨大な毛玉――茶色いグランパカの騎兵隊。
その背後には、奇声を上げ、斧や鎖を振り回す暴徒の群れ。
そして何より、それらを引き連れる二つの巨影。
黒煙を吐き出し、大地を軋ませる『人型重機』が、死神のようにそびえ立っていた。
「敵襲ッ! 敵襲だァァァッ!!」
見張り台の男が鐘を乱打する。
カンカンカン! と乾いた音が、平和だった農村の空気を切り裂く。
「天使様の御膝元を汚すな! 悪魔どもを叩き出せ!」
「守れ! 我らの楽園を! マリア様にお捧げするジャガイモ畑を守るんだ!」
圧倒的戦力差の前にも、ネイバーたちは逃げなかった。
彼らは農具である鍬を捨て、磨き上げた手製の槍や、廃材を削ったナイフを握りしめ、自分たちが築き上げた「聖域の第一防壁」へと殺到した。
恐怖よりも勝るもの、それは信仰という名の狂気、そして「居場所を守りたい」という切実な渇望だった。
――
「ヒャハハハ! 死ね! 死んで俺に『白い粉』を寄越せェ!」 「肉だ! 女だ! 殺せェ!!」
ウルトラヴァイオレンスの先鋒が、涎を撒き散らしながらネイバーたちの集落へと突っ込む。
彼らの瞳孔は極限まで開き、痛みも恐怖も感じないバーサーカーと化している。
アレックスから下賜された秘薬『スノウクラッシュ』の効果だ。
だが、ネイバーたちも無策ではなかった。
ギーグスたちの指導を盗み見し、廃材を組み合わせて作り上げた死の迷路がそこにあった。
ガシャン! ドスッ!! 「ぎゃあああ!?」
先頭を走っていた騎兵のグランパカが、隠されていた落とし穴に脚を取られ、激しく転倒した。
その勢いで放り出された騎手が、地面から突き出したスパイク(鉄杭)に串刺しになる。
「今だ! 怯むな! 放てぇ!」
集落のリーダー、ライオネルが叫ぶ。
防壁の上から、自警団が一斉に石礫や火炎瓶を投げつける。
ガシャーン! ボッ! 炎が上がり、暴徒たちを包み込む。
「あぎゃあああ!! 熱ゥイ!!」
「燃える! 俺が燃えるぅぅ!!」
火だるまになった男たちが、のたうち回りながら倒れる。
さらに、壁の隙間から突き出された長い槍が、不用意に近づいた敵の喉元を正確に貫く。
ファルケンバーグの訓練を見よう見まねで覚えた集団戦法だ。
「見たか! これが信仰の力だ! 天使様のご加護だ!」
ネイバーたちが歓声を上げ、勝利を確信しかけた。
――その時だった。
ズズズズズ……! ドロロロロロ……!
炎と悲鳴を切り裂いて、腹に響く重低音が近づいてきた。
巨大なキャタピラの音。そして、タービンの吸気音。
「……虫ケラが。私の庭で花火遊びとは」
炎の向こうから現れたのは、アレックスの乗る旗艦機『キング』だ。
全高4メートルの鉄塊は、落とし穴もスパイクも、燃え盛る火炎さえも意に介さなかった。
バキボキッ!! 「あ……?」
人間や騎獣なら致命傷になる鉄杭を、巨大な無限軌道がビスケットのように粉々に踏み砕く。
その圧倒的な質量。旧文明の遺産である装甲車用シャーシと建設重機の融合体。
それに呼応するように、随伴機の『ルーク』が動いた。
二足歩行型のその機体が、巨大な鉄のアームを振りかぶる。その先端には、解体用の鉄球が溶接されていた。
ドガアアアン!!
轟音と共に、ネイバーたちが頼りにしていた防風壁が紙細工のように吹き飛んだ。
積み上げられた廃車が宙を舞い、瓦礫が散弾のように降り注ぐ。
壁の上にいたネイバーたちが、悲鳴を上げる間もなく空中に放り出され、地面に叩きつけられて赤いシミに変わる。
「壁が……! 俺たちの壁が!」
「なんだあれは……化け物か!?」
戦況は一変した。
壁が破られた穴から、薬物で狂った暴徒たちが雪崩れ込む。
彼らは撃たれても、刺されても止まらない。
腕を斬り落とされても笑いながら、残った手で斧を振り下ろしてくる。
「ひ、ひぃぃ!」
「悪魔だ……こいつら、痛みを感じていないのか!?」
信仰という名の狂気を持つネイバーたちだったが、今回の相手は、薬物という名の「化学的な狂気」を持っていた。
そして何より、「暴力の質」が違った。
多勢に無勢。集落は瞬く間に蹂躙され、悲鳴と鮮血、そして略奪者たちの汚らしい笑い声に染まっていく。
――
エンジェルステーションの屋上、監視デッキ。
高性能な光学望遠鏡でその惨状を見ていたレドリックが、ギリリと歯を噛み締めた。
マグカップを持つ手が震え、コーヒーがこぼれる。
「……ダメだ。あいつらだけじゃ止まらん。重機が出てくりゃ、勝ち目はねえ」
「見殺しにするのか?」
隣でファルケンバーグが静かに問う。
その声には感情がないが、拳は固く握りしめられている。
「戦術的に見れば、彼らを囮にして時間を稼ぎ、その間にステーションの防御システムをフル稼働させるのが正解だ。……彼らを入れれば、敵も一緒になだれ込んでくるリスクがある」
「……」
レドリックは一瞬沈黙した。
合理性で言えばそうだ。彼らは勝手に住み着いた不法占拠者だ。見捨てる理由はいくらでもある。
だが。
脳裏に浮かんだのは、マリアの笑顔だった。
『パパ、見て! ライオネルさんがくれたカブだよ!』
泥だらけの野菜を持って笑う娘。そして、その娘に不器用に、しかし敬愛を持って接する薄汚れた男たち。
「……バカ言え」
レドリックは吐き捨てるように言った。
「あいつらはもう、俺たちの『隣人』だ」
彼はマイクを掴み、ステーション全体に響く怒号を飛ばした。
「総員、戦闘配置! ゲート開放! ネイバーたちを中に入れろ! 一人残らず回収して、ここで防衛線を張る!! リンジーとマリアは看護の準備を! プリスキン、アレを起こせ!」
――
「引けェェッ! ステーションへ引け!」
ファルケンバーグが大声でネイバーに呼びかける。
「天使の聖域を我らが共に守るのだ!」
ファルケンバーグの声を聞いた、ライオネルが、残った信者たちに叫ぶ。
背後の巨大なゲートが、重々しい金属音を立てて開き始めていた。
その隙間から見える、清潔で明るいガレージ。天使たちが、自分たちを受け入れてくれるのだ。
「急げ! 走れ! 怪我人を抱えろ!」
だが、ただ逃げるわけにはいかない。
ライオネルは血走った目で、自分たちが手塩にかけて育てた畑を見渡した。
もうすぐ収穫だったジャガイモ。青々とした葉を広げるカブ。そして備蓄していた干し肉や種籾。
それは、彼らが血反吐を吐く思いで荒野から蘇らせた、命の結晶だった。
「……渡してたまるか」
ライオネルの声が震える。
あんな、泥と暴力しか知らない連中に。
自分たちの誇りを、マリア様のための食事を、一粒だって食わせてやるものか。
彼は近くにあった松明を手に取った。
「燃やせ!!」
その絶叫は、悲鳴のようだった。
「畑も、備蓄も、家もだ! 何も残すな! 焦土にしろ! あんな汚い連中に、俺たちの誇りを一粒だって食わせてやるな!!」
「おおおおッ……!!」
生き残ったネイバーたちが、泣きながら火を放つ。
乾燥した空気の中、火は瞬く間に燃え広がり、集落全体が紅蓮の炎に包まれた。
パチパチと爆ぜる音は、彼らの心が砕ける音でもあった。
――
「……チッ」
炎の壁を前にして、コクピットのアレックスの顔が歪んだ。
白いスーツが、灰で汚れそうだったからではない。
自分のものになるはずだった「財産」が、目の前で灰にされていくことへの苛立ちだ。
「野蛮人が……。私の領土を、私の食料を、勝手に燃やすとは」
アレックスは不愉快そうに、手にしていたグラスを床に叩きつけた。
パリン、と澄んだ音が狭いコクピットに響く。
「アレックス様! 奴らが壁の中へ逃げ込んでいきます!」
部下の報告に、彼は冷ややかな目を向けた。
目の前では、逃げ惑うネイバーたちが、開かれたエンジェルステーションのゲートへと吸い込まれていく。
そして、最後の一人が足を引きずりながら入るのを見届けると、分厚い複合装甲の隔壁が、ズシンと地響きを立てて閉ざされた。
後に残されたのは、燃え盛る集落の残骸と、行き場を失って興奮するウルトラヴァイオレンスの軍勢。
そして炎の向こうにそびえ立つ、沈黙した難攻不落の要塞。
「立て籠るやつを、相手にするのは大好物だ」
アレックスはそう呟きペロリと舌なめずりすると、側近に指示を出し、自らも動き出した。
――
バキリバキリと設置している車止めや罠が、2台の重機『キング』と『ルーク』によって蹂躙されていく。
2台を前面に押し出し、ジリジリと詰めて来る暴徒たち。投石やクロスボウの矢も、今一つ成果をあげられていない。
誰もその全身を阻むことは出来ない。そのままの勢いで外壁が破られる――その時。
「助けて! マンシー!」
マリアが力いっぱい叫んだ。




