第一話 輝くもの天より墜ち
世界は空と共に死んだ。暴走したナノマシンが空を覆い尽くし、世界が凍りついてから、もう何年になるだろうか。
かつて星々の興亡を綴っていたアレンのペンは、いまや凍土を穿つクワに取って代わられた。
明日の生存すら怪しい灰色の世界。それでもアレンが白紙の原稿を睨みつけているのは、この世界のすべてを、いつか書き遺すと決めているからだ。
だが、スランプは根深い。脳内を占めるのは「明日の日照量」や「温かいスープ」のことばかり。
ため息をつき、気分転換に部屋の小さな窓へと歩み寄ったその時だった。
分厚い鉛色の雲を突き破り、一筋の強烈な光が地上へと落ちて来るのが見えた。
それは明らかに、人工的な、熱を孕んだ輝きだった。
「おい、みんな! 空からなにか落ちてくるぞ! 旧時代の衛星か、それとも――!」
アレンは叫びながら廊下を走り抜ける。
「廊下を走るなアレン! 埃が舞うだろうが!」
真っ先に声を荒げたのは、頭に手ぬぐいを巻いたイノシロウだ。貴重なカボチャスープの火加減を必死に守っている。
広間でコタツの主と化している隻眼の男、プリスキンが不機嫌そうに欠伸をした。
「なんだぁ? お前の新作の読み聞かせなら、明日にしてくれよ……」
だが、端の方で筋トレをしていた男――ファルケンバーグは、即座に立ち上がった。
「宙からの投下物資か?!」
その直後。
ズゥゥゥゥ――ン!!
腹の底に響くような重低音と共に、建物が激しく揺さぶられた。
質量の塊が、ほど近くの地表に激突したのだ。
「空からの贈り物だ。今回は運よく近くに落ちたようだな」
部屋の隅、影の中で道具の手入れをしていたリーダーのレドリックが、バールを手に取ってニヤリと笑った。
「イノシロウ、お前は留守番だ。リンジー先生と拠点を守れ」
「あいよ。帰ってきたら温かいスープを出してやるから、死んで帰ってくるんじゃねえぞ」
レドリックの指示に、イノシロウが鍋をかき混ぜながら応える。
「テイカー(野盗)が寄ってくるかもしれん。手早く行くぞ。アレン、お前も来るか? 『ネタ探し』には丁度いいかもしれんぞ」
「ああ、そうさせてもらう。スランプの特効薬が詰まっている事を祈るよ」
アレンは部屋の入り口に立て掛けてあった愛用のクロスボウを手に取った。
極寒の闇の中、男たちは赤々と燃えている方角に向かって走り出した。
外の世界は、どこまでも続く荒涼とした平原だった。雪こそ降っていないが、湿った冷気が肌にまとわりつき、容赦なく体温を奪っていく。
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「……おい、ここだ」
先頭を行くプリスキンが、クレーターの淵で足を止めた。
中心には、煙を上げる黒い金属のポッドが鎮座している。
「よし、開けるぞ」
レドリックがバールを隙間にねじ込み、無理やりハッチをこじ開けた。
プシュウゥッ!と不快な金属音と共に、内部の空気が抜ける。
しかし、中を覗き込んだプリスキンが露骨に舌打ちをした。
内部は焼けただれた配線やひしゃげたパイプの山――正真正銘の「廃棄ポッド」だった。
「どうやら今夜も、書くことは何もなさそうだ……」
アレンがぼやいた、その瞬間だった。
「動くな。そこらの鉄屑は俺たちのもんだ」
錆びついた手製の鉈や槍を構えた男たちが、岩陰から這い出てきた。
落ちてきたポッドの音を聞きつけて待ち伏せしていた、血に飢えた野盗――テイカーだ。
数の暴力でじわじわと包囲を狭めてくる。
先頭にいる大柄な野盗が、バールを振り回して応戦しているレドリックの死角から、一気に手製の槍を突き出した。
「死ねっ!」
バールを振り抜いて態勢が崩れたレドリックに、身を守るすべはない。
だが――その切っ先がレドリックの肌に触れるより早く、静かに闇を裂く金属音が響いた。
ヒュンッ!
鈍い衝撃音と共に、大柄な男の肩口に、アレンの放ったクロスボウの極太のボルト矢が深々と突き刺さった。
「あがっ……!?」
男は突き出した槍を落とし、うめき声を上げながら後ろへと倒れ込む。
この荒れ果てた土地で生き抜くために磨かれた、アレンのクロスボウの腕は、彼らにとって死神の鎌と同義だった。
素早く次の矢を番え、アレンは倒れた男の隣にいるテイカーに、冷徹に照星を合わせる。
「……まだ、やるかい?」
アレンが短く問いかけると、暗闇の向こうで野盗たちが一斉に息を呑んだ。
リーダー格の男が肩を射抜かれ、次に誰の眉間が撃ち抜かれるかも分からない恐怖に、テイカーたちはたまらず後退し、そのまま一目散に闇の奥へと逃げ去っていった。
「……ふぅ。今のは少し冷や汗が出たよ」
アレンはクロスボウを抱え直し、おどけて肩をすくめて見せた。
レドリックが呆然とした後、大きく息を吐いて不敵に笑う。
「助かった、アレン。……お前、小説を書いてる時より、引き金を引く時の方がよっぽどいい顔をしてるぞ」
「うるさいな。ただの護身術さ」
男たちは気を取り直し、鉄屑の山をかき回し始める。貴重な強化合金や銅線は、今の彼らの生命線だ。
だが数分後、ガラクタを放り投げていたレドリックの手が、ぴたりと止まった。
「……おい。こいつを見ろ」
彼がポッドの奥から引っ張り出したのは、廃棄物に似つかわしくない真っ白な美しい球体だった。




