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第1部 第5章 平和の日

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 この日、エルキア公国北部地方の国境の町であるステファ町は、賑わっていた。


 ステファ町だけでは無い。


 エルキア公国全域が、賑わっていた。


 今日はエルキア公国の祝日の1つである、『平和の日』である。


 何故、平和の日と呼ばれていたかと言うと、エルキア公国独立戦争の英雄である、ヴァディム・グリ―シン元帥(独立戦争後に昇進。独立戦争中は陸軍中将である)の死後、この日を平和の日にして欲しいという、元帥の願いを聞き入れた大公殿下が、国民の祝日としたのだ。


 他の呼び名としては、元帥の名前をとって、『ヴァディム・グリ―シンの日』と呼称される事もある。


 この日は祝日であり、国内では平和祭という祭りも開かれる。


 ステファ町でも祭りの為に、出店が並んでいる。


 ソフィアは、郷土防衛隊の同僚たちと、出店が連なる市場を散策していた。


 彼女たちの任務は、自警団指揮下に入って、祭りの治安を守る事であるが、基本的には出店の商品を購入する事も、認められている。


「おじさん!ピロシキを下さい!」


 ソフィアは、食べ物の匂いに我慢できず、出店の1つに顔を出した。


「へい!嬢ちゃん!町の安全を守ってくれてありがとう!これは、オマケだ!」


 ソフィアに、店の大将が3コのピロシキを手渡した。


「やったぁ~!」


 ソフィアは、大きく口を開けて、ピロシキをパクパクと食べる。


「おぉ~いいね!」


 大将が、ご機嫌になる。


「これも、オマケだ!」


 さらに、1コを追加する。


 ソフィアは、ハムスターのように頬を膨らませて、ピロシキを食べる。


「お~い、いつまで油を売っているんだ?俺たちは出店街の警備を任されているんだぞ」


 アヴェリンが、声をかける。


「おむぃひ、はむぃひむろぉむ」


 口を、もぐもぐさせながら喋るから、何を言っているのか、わからない・・・


「嬢ちゃん、食い過ぎだ。はい、水」


「あむぃがぁとぉ」


「ありがとうね・・・誰もお嬢ちゃんの分を取ったりしないから、ゆっくり食べなよ」


「・・・嬢ちゃん。任務の事を忘れていないか・・・?」



 同行している自警団の団員が、つぶやく。


 ステファ町は、田舎の町であるため、警察と言った司法機関が配置されていない。


 町の治安及び犯罪捜査を行うのは、自警団である。


 凶悪犯罪等が発生した場合は、大きな町から警察の捜査機関が派遣されるが、基本的には、常駐の警察官は配置されていない。


「まあ、例年と比べれば、町の治安はいい。観光客がほとんどいない上に、町の住民だけで行っているから、治安は凄くいい」


 アヴェリンがつぶやく。


「確かにな・・・戦争が近付いてきているからな。国境方面の町や村に観光する首都の民たちが来るわけがない」


「まあ、売り上げは・・・」


「この店の串肉!すっごく美味いな!」


「ああ」


「大将!もう15本、頼む!」


 ステファ町に配備されている正規軍の兵士たちが、出店に並ぶ商品を買いあさっている。


「・・・売り上げも、問題無いな」


「そうだな・・・」


「お待たせ~」


 ソフィアが、大量の食べ物を持って、現れた。


「お前・・・俺たちは仕事中だって、知っている?」


「へ?」


 ソフィアが、首を傾げる。


「大丈夫、大丈夫。私、毎年、この祭りに参加しているけど、問題行動なんて見た事無いよ」


「それは、そうだ。俺たちがしっかり治安を守っているからね」


「でしょう~じゃあ、私が、ここで買い食いするのも問題無い!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 それとこれは、別なのだが・・・





「やあ、ソフィア」


「あっ!ナディアさん!」


「相変わらず、食べているな・・・」


「祭りは食べるためにあるんですから!食べないと損ですよ!」


「そ、そうか・・・」


 ソフィアが食べている量を見て、ウリツキーは引く。


「部下たちも羽目を外しているが・・・本当にいいのかな・・・と、思う」


「いいんですよ。ナディアさん。平和祭は何の為に開催されたか、それはヴァディム・グリ―シン元帥が、お腹一杯に食べる日として作ったのです!本当、いい日です」


「・・・違うと思う」


 小声でアヴェリンが、つぶやく。


「そ、そうか・・・」


 ウリツキーも「違うと思うぞ」と、言いたげな表情でつぶやく。


 平和祭を開催する意味は、「今まで戦争の無い平和を維持してくれて、ありがとう。これからも、戦争の無い平和を維持して下さい」と、願いを込めて行うものである。


 ソフィアのように、食べるための日では無い。


「まあ、彼女だけでは無いか・・・」


 ウリツキーが、つぶやく。


「今日は俺の奢りだ!じゃんじゃん飲め!」


 テントが張られた席では、同僚の少尉が、部下たちにビールを奢っている。


「今日は酒を飲む日だ!じゃんじゃん飲まなければ損だぞ!」


 酒が飲める兵士が、酒を飲めない兵士にウォッカ無理やり勧めて、そのままラッパ飲みをさせている。


「・・・・・・」


 ウリツキーは、頭を抱える。


「はぁ~・・・」


 彼女のため息が、大きく聞こえる。


「少尉様も、大変ですね・・・」


 アヴェリンが、つぶやく。


「わかってくれるか・・・」


「ええ。正規軍の兵士たちは、平和祭で無くても酒を飲んでいます。訓練中はもちろんの事、休憩中は特に・・・です」


「まったく・・・だ。あれでは、戦闘状態になったら、真面に戦えるかどうか、怪しいものだ」


「どうしてですか・・・?」


 ソフィアは、サンドイッチを食べながら質問する。


「ソ連兵なんて、規律が無い集団だと聞きます。軍規もまともに守らないから、ナチス・ドイツ軍に、防衛線が突破されているって」


「はぁ~・・・」


 ウリツキーは、ため息を吐く。


「いいか、ソフィア!ソ連兵は、規律の無い無能な集団では無い!」


 アヴェリンが、講義を開く。


「彼らは、党への絶対的な忠誠心を持って、党のために戦う危険思想な集団である。彼らと戦闘をしているナチス・ドイツ軍も、陸上及び航空からの二次元攻撃によって、戦線を拡大している。だが、ソ連兵は、収容所に収容された捕虜、政治犯、刑法犯に対して恩賞を条件に戦場に、投入している。後の無い者たちにとって、恩賞はダイヤモンドの指輪よりも貴重だ!」


「ダイヤモンドの指輪ね・・・」


 ソフィアは、興味無さそうな顔をする。


「間違えた・・・お前にも、わかりやすいように言えば、キャビア1年分よりも貴重だと言う事だ!」


「キャビア!?それも1年分!?」


 ソフィアが、目を輝かせた。


「それは、何にも変えられないよ!キャビア1年分だよ。最高の毎日だよ!」


 何か、話が脱線している・・・かも、知れない。


「お前の例えも、悪い」


 自警団の団員が、つぶやく。


「そんな事より、ソ連兵は恩賞をもらうために、ヤケになっている。功績を立てれば、スターリン大元帥から、思いのままの物が提供される・・・かも、知れない」


「思いのままって、食べ物一生分・・・間食付の?」


「あ・・・ああ。そうだとも・・・」


(ソ連の事情を考えれば、間食付の一生分の食事だけを、要求しないだろうが・・・)


 ウリツキーが、心中でつぶやく。





 イーゴリ・アバエフは、自警団の屯所で、団長と話していた。


「正規軍の連中だが、あれで戦えるのか?」


 自警団・団長が、つぶやいた。


 アバエフは、出された紅茶を飲みながら、口を開いた。


「正直に言って、戦えないだろう・・・」


「そうか・・・」


 ステファ町に駐屯している正規陸軍の部隊は、町で、酒を飲んだり、食事をしたりというだけで、ろくな射撃訓練も行わない。


 郷土防衛隊や自警団の射撃訓練や軍隊格闘、逮捕術の訓練を眺め、ぶつぶつと嫌味を言うだけである。


 規律を順守する将校たちのおかげで、正規陸軍部隊の軍規は固く、問題行動を起こすものは少ない。


 それはありがたいのであるが、彼らの態度を見ていたら、とても戦える雰囲気は無い。


 大隊長である少佐は、男爵家の次男坊であり、まさに貴族出身の将校というものだ。


「仕方ありません。正規軍の中でも軍人気質の将校・・・特に上級将校や高級将校は、首都防衛部隊に集中的に配備されており、それ以外の配備部隊の上級将校及び高級将校は、軍人とは名ばかりの貴族たちが支配しています」


「君も私もエルキア公国独立戦争を経験した身だ。あの時は、貴族であっても平民であっても死にたくない、滅ぼされたくないという気持ちで、団結し、ソ連赤軍と戦った」


「さらに多くの将兵たちが、日露戦争、第1次世界大戦を経験した歴戦の将兵たちで構成されていたのと、戦いに負ければ貴族・平民関係無く処刑されるという恐怖もあったため、首都も、首都中心の防衛態勢から国全域を防衛する態勢に移行しましたから」


「大公殿下も宰相閣下も陸軍大臣も、自分たちも銃を持って、戦場で戦う覚悟を持っていた」


 エルキア公国独立戦争を経験した者たちにとっては、今のエルキア公国は、完全にロシア革命後のロシア国内の惨事を忘れている。


 20年という時間は、エルキア公国国民に革命時及び革命後の恐怖を忘れさせた。


「国内では、共産主義者たちが不穏な動きをしている。共産主義者たちは、ソ連に属するロシア人たちが、帝政ロシアのロシア人たちに何をしたのかを忘れている。ソ連は、エルキア公国が共産主義国になった場合、軍を駐留させ、エルキア公国の安全保障を確保するのと、食糧及び飲料水、アルコール飲料の提供を保障し、国民全員が1日3食の食事と仕事の確保、生活拠点の確保を約束すると言っているが、その公約を共産主義者たちは信じ切っている。そんな都合の良い話がある訳が無い」


「共産主義というのは、一部の人間が富を独占するのでは無く、すべての国民に富を分け与える・・・理想としては正しいが、それを実行するのは難しい。確かに貴族たちに富が独占されているのは考えものだが、それでも幸せな生活を送る事が出来る。マリア大公殿下とアナスタシア殿下の尽力のおかげで、ロシア帝国時代と比べると、労働者階級の生活水準は向上している」


「まあ、それでも国内には貧民層の存在がある」


「それは、ソ連も同じだ。完全に貧民階層の人間たちを救済するなど、どんな主義をもってしても不可能だ」


「確かに・・・だが、貧民層にとっては、自分たちの知る外の世界の生活・・・富裕層の生活が耳に入る。貧民層なのは自分たちだけだ。という考えになってしまう。それに、貴族に限らず良い思いをしている者たちは、自分たちの生活を捨てたくない。そう考えている」





 自警団・団長は、熱い紅茶の入ったティーカップを手にとる。


「首都にいる友人からの情報では・・・エルキア公国赤軍は、北部地方に集結しているらしい」


「それは事実です。ステファ町の郷土防衛隊・隊長の手元に、エルキア公国赤軍指導者からの手紙が届きました」


「ほぅ」


 自警団・団長は顔を上げる。


「革命の日が近付いている。同志諸君を傷つけたくない。我々に従い、市町村を無防備都市宣言し、駐屯している正規軍部隊を追い出してくれたら、革命成功後、それなりの待遇で、エルキア社会主義人民共和国に迎え入れると・・・」


「なるほど、それで郷土防衛隊に・・・」


 郷土防衛隊は、市町村が保有する私設の軍である。


 正規軍にも対抗出来るぐらいの軍備を有する、郷土防衛隊も存在する。


「この町の郷土防衛隊は、国境の町という事もあって、兵員だけは十分に確保しているが・・・武器、兵器は・・・」


「そうだ。戦車に関しては、2輌存在するが、正規軍部隊には1個中隊の戦車隊がある。武器も兵器も充実している。我々がエルキア赤軍に従い正規軍部隊と戦ったとしよう。簡単に返り討ちにあう・・・恐らく、奴らの狙いはそれだろう」


「ああ、正規軍部隊と郷土防衛隊が正面戦闘を行い・・・どちらかが勝つのは関係無い。正規軍部隊が勝っても、損害は無視出来ない。弱り切った状態で、赤軍部隊とソ連軍部隊の攻勢によって、後退を余儀なくされる。郷土防衛隊が勝った場合、赤軍部隊とソ連軍部隊が無防備宣言した市町村に現れ、彼らが正規軍部隊の代わりに市町村に居座る・・・共産主義者だから、共産主義者では無い者たちをどう扱うか・・・考えただけでもゾッとする」


「その通りだ」


「それにしても・・・この町の住民が、安心した祭りを過ごせるのは今日だけであろうな・・・」


 自警団・団長が立ち上がった。


 窓から見える町の風景を目に、焼き付ける。


 町は、平和祭という事で大変に賑わっている。


「隊長は、住民の避難計画を練っている。町長とも話したが、正規軍部隊と郷土防衛隊、自警団だけでは、この町を防衛出来ない。さらに、北部地方は貧民率が高い。エルキア赤軍の申し出を受け入れる、市町村もあるだろう。勢いをつけた赤軍部隊と国境を突破したソ連軍部隊の両方と戦闘をする事は出来ない」


「情けない話だな・・・」


「ああ、情けない事だ。この町の郷土防衛隊・・・特に若者たちは、義勇軍にとって貴重な戦力なる。避難民たちの警護という名目で、安全地帯に避難させる」


「我々も準備しよう・・・若者・・・35歳未満の自警団員は、出来る限りの装備を持って、郷土防衛隊と共に避難民を警護しよう」


「そうだ。郷土防衛隊は、30歳未満の若者は、避難民の警護に回す。30歳以上の者たちは銃を手に赤軍部隊とソ連軍部隊と戦う・・・正規軍部隊に対する言い訳の為にも、30歳未満が限界だ」


「私もお前も、この町で死ぬか・・・」


「ああ、俺は、革命を生き残った者だ。この国で、この地方で、それなりに生きた。これ以上は何も望まない。だが若者たちには我々の覚悟に付き合わせる必要は無い。若者たちには生きて、戦争に備えてもらいたい」


「では、特上のワインを出そう」


「いただこう」





 ロシア革命後の、悲惨な状況から生き残った者たちの、静かな覚悟であった。


 第1部 第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は11月15日を予定しています。

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