第1部 第2章 消された報告書
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
エルキア公国北部地方にある某都市の地下。
薄暗い部屋で、オリガーは、紅茶を淹れていた。
「はぁ~・・・」
ティーカップに紅茶を淹れると、それをテーブルに置いた。
彼女は、テーブルに置かれている煙草の箱を手に取った。
1本取り出し、アメリカにいる知り合いが送って来たジッポーライターで、口に咥えた煙草に火をつける。
「ふぅ~・・・」
ゆっくりと吸い込み、煙を吐いた。
「同志指導者」
部屋に、腹心の同志である男が入って来た。
彼は、ジョレス・シュミットである。
「俺にも1本くれないか?」
「どうぞ」
オリガーは、煙草の箱を渡す。
シュミットはそこから煙草を取り出し、口に咥える。
火をつけて、煙を吐く。
「考え事か・・・?」
「悪い・・・?」
「いや、左派系の新聞記者だった、お前さんが、エルキア赤軍を率いる指導者になるとはね・・・数年前までは、思いもよらなかった」
「ただの飾りよ」
オリガーが、紅茶を飲む。
「私に実権は無いわ・・・実権は、ほとんど、幹部たちが握っている。私は人々を導くだけ、幹部たちは、それを利用しているだけよ・・・」
「それはそうだが・・・ここに集まった者たちは、お前さんの記事に感銘を受けた者が、ほとんどだ。ロマノフ王朝よりも共産主義体制の方がいい・・・そう、本気で思っている」
「それも私の意思で書いた物では無いわ・・・私の新聞記者時代の上司が、共産主義の信奉者だったから、共産主義者寄りに書いただけよ」
「だが、その記事に多くの同志が集まった。さらにはソ連も動かした」
「ソ連は単に、ナチス・ドイツに国土が占領された場合を考えての避難場所の1つとしてエルキア公国の共産主義化を目指しているだけよ」
「そうかもしれん。だが、ロマノフ王朝に苦しめられている民衆を救うためには、必要な事である」
「そうね・・・でも・・・」
「何か、心配事か・・・?」
「本当に、武装蜂起は成功するのかしら・・・」
「大丈夫だ。ソ連軍は国境地帯に軍を集結中だ。重砲、軽砲だけでは無く、列車砲も配備されている。列車砲なら、北部地区に打撃を与える事も出来るし、アメリカ陸軍航空軍からB-17[フライングフォートレス]が届けられている。エルキア公国国土全域を空襲出来る。列車砲の砲撃とB-17による空襲・・・参謀担当の同志と、ソ連軍の連絡将校の話では、96時間以内に北部地区の半分を占領できる。北部地区の防衛を担当しているのは、首都防衛師団を除くと4個師団の1つ・・・1個師団のみと数個の独立旅団のみだ。正規軍に対する動員命令は出ているが、義勇軍に対しては出ていない。1週間あれば北部地方全域の占領が可能だ」
「上手くいけばね・・・」
「上手くいく。赤軍に志願している者も北部地方には大勢いる上に、いくつかの村や町が赤軍派に属している。国境の町や村に配置されている正規軍部隊は、大隊ないし中隊レベルだ。奇襲攻撃で、壊滅する。奴らには蜂起に参加している者と参加していない者を、区別する事は出来ない。さらに上手くいけば、郷土防衛隊と正規軍部隊による同士撃ちも期待出来る」
「・・・・・・」
「卑怯と言いたげだが・・・日露戦争では大日本帝国は大英帝国の支援下でロシア帝国陸海軍を追い込んだ。大日本帝国だけなら、ロシア帝国陸海軍が負けるはずが無い」
「満州地方にソ連軍が昨年侵攻したけど、大日本帝国陸軍に、壊滅されたじゃない。その事を忘れたの?」
「あれは、ソ連軍の将軍が、無能だっただけだ」
「・・・・・・」
「これでも、それを言える?」
オリガーは、極秘と書かれた分厚い封筒を、鍵がかかる引き出しから出し、それをシュミットに渡した。
「これは・・・?」
「満州に侵攻したソ連軍の知り合いだった参謀将校が、処刑前に私に寄こした戦闘報告書よ。これは同志大元帥であるスターリンの元にも届けられた・・・」
「拝見しよう」
シュミットは、彼女に届けられた報告書に目を通した。
報告書には、1941年1月中旬に行われた、ソ連軍及び中国共産党軍による満州侵攻の詳細な報告がなされていていた。
ソ連軍及び中国共産党軍は、戦車を前衛に出した侵攻作戦を実施した。
満州との国境地帯では、小規模な銃撃戦が実施されただけで、気にするレベルでは無かった。
それも当然のはず、国境を警備するのは大日本帝国内務省警保局監督下で創設された中国国民党軍の国境警察隊であった。
武装は、小銃及び軽機関銃程度であったため、戦車を前衛に出した侵攻に、なす術は無かった。
制空戦でも満州に配備されている大日本帝国陸海軍航空部隊は、最低限であったため、制空権を確保するのは容易だった。
さらに国境警備の国境警察隊を壊滅させた後、後から出て来た大日本帝国陸軍関東軍の部隊も、撤退を開始された段階であったため、脅威になるような抵抗は無かった。
自分たちの、完全勝利は目前である・・・誰も、それを信じて疑わなかった。
1月末頃、ソ連軍と中国共産党軍の連合軍に打撃を与えられたのは、この頃であった。
突如として現れた大日本帝国軍の重戦車及び重砲によって、戦車を含む重火器が、ことごとく撃破されたのだ。
制空権を確保していたソ連空軍及び中国共産党軍航空軍の戦闘機部隊は、未確認の戦闘機によって、反撃の暇もなく撃墜された。
その戦闘機が使うのはナチス・ドイツ軍が使用するロケット弾に似ていた。
そして、そのロケット弾は、まるで意思を持っているかのように、襲い掛かってきたと、双方のパイロットたちが証言した。
さらに、自分たちに襲い掛かった戦闘機は、世界で研究されていると言われている、ジェット戦闘機であったと・・・
地上戦では、恐ろしく速く、防護力、攻撃力が高い重戦車を主力とした戦車部隊と機関銃並の火力を有する小銃を持った歩兵部隊が襲い掛かり、ソ連軍及び中国共産党軍の連合軍地上部隊は・・・僅か1時間で1個師団が全滅した。
彼らの使う重砲も恐ろしく正確であり、砲兵部隊の重砲及び軽砲、さらに歩兵砲までもが破壊された。
列車砲に関しても、恐るべき正確の爆撃によって、あっさりと破壊された。
優勢だったソ連軍及び中国共産党軍の連合軍は、僅か24時間で劣勢に傾き、戦線の維持すら出来なくなった。
ソ連と中国共産党の外交担当の者たちは、大日本帝国側の和平提案に乗る事しか出来なかった。
それは、満州にいる大日本帝国人及び大日本帝国に移民を希望する満州人の大日本帝国本土への疎開が完了するまで、攻撃しないようにと言うものであった。
ソ連及び中国共産党の外交担当の者たちは、それを受諾した。
その後、スターリン大元帥と中国共産党の党首である毛沢東は、満州侵攻に参加したソ連軍及び中国共産党軍の連合軍の高級士官及び上級士官を、1人残らず処刑した。
そのため、大日本帝国陸軍に完敗した記録は存在しない物になった。
さらに、戦闘報告書に上がった不可解な報告も・・・
「元新聞記者が、このようなガセネタに騙されるとは・・・君らしくない」
シュミットは、極秘と書かれた封筒に報告書を戻し、テーブルに置いた。
「ガセネタって・・・私は、左派系の小さな新聞社に勤務していた記者よ。会社にいた時よりも確かな情報よ」
「どこが・・・?兵器でも技術でも劣る極東の山猿が、戦車大国のソ連を上回る戦車を開発・量産したと言うのか・・・?」
「そうは言わないわ・・・大日本帝国陸海軍の従来の兵器が存在していたから、新兵器は一部の部隊に限定されている・・・それに、軍装や軍服も異なる物・・・恐らく違う軍隊・・・」
「ナチス・ドイツ軍が、はるばる大西洋から太平洋まで周り、極東に軍を派遣しているのか・・・?だとしたら、満州を拠点にソ連に侵攻するはずだ。だが、そのような気配は無い。それどころか、大日本帝国は満州を中国国民党に返還している」
「報告書を、しっかりと読んで!ここに書かれているのは、大日本帝国に手を貸しているのは、未来の大日本帝国軍を含む連合国軍と枢軸国軍なの!」
「バカバカしい・・・連合国軍と枢軸国軍が手を組む訳が無い。もしも、そうなるのだったら、今の時代の俺たちはどうなる・・・?何の為に血を流しているのだ?」
「少し考えてみて、ロシア帝国と大日本帝国が戦争を始めた時、大英帝国が大日本帝国に対等な立場で同盟関係を築く事なんて、誰も予想出来なかった。それに戦争にロシア帝国が敗北するなんて、誰も予想してなかったわ」
「それは、それだ。この件とは関係無い・・・第一、未来から連合国と枢軸国の軍隊が派遣されているからといって、何故、大日本帝国に味方し、自分たちの祖国と戦う・・・?」
「それは、わからないけど・・・」
「満州に侵攻したソ連軍及び中国共産党軍の高級士官及び上級士官を粛清したのは、間違いない。敗北責任を、そのような与太話で、責任逃れしようとするのは、元帥として高級士官として失格だ!」
「・・・・・・」
「ソ連軍及び中国共産党軍の連合軍が敗北したのは、大日本帝国陸海軍の新兵器によるものだ。あいつ等にはユダヤ人がついている。ナチス・ドイツもユダヤ人に対する優遇措置や保護措置で、彼らの技術を習得している。その技術を下に、戦争の常識をひっくり返す新型爆弾を研究・開発中だと言う」
「その話は眉唾物よ。新型爆弾の研究・開発中なのは事実だけど、それを短期間で開発できる可能性は無いわ」
「いや、俺の友人がアメリカで新聞記者をやっているが、ナチス・ドイツは、新型爆弾を半年以内に開発出来るレベルに達しているそうだ」
「まさか・・・!?」
「それを、ソ連に投下するつもりらしい・・・だから、アメリカ政府はナチス・ドイツと戦争するために色々と工作をやっているようだ・・・当初は、大日本帝国を外交的に追い込んで日独伊三国同盟を締結した状態で、さらに経済的制裁を行って、戦争に引きずり込む予定だったが、大日本帝国が三国同盟を破棄したため、それが御破算になった」
「最近の大日本帝国の行動が気になるわ・・・どのような馬鹿でも1対で複数敵と戦う事は出来ないわ。なのに、大日本帝国はそれをやっている。本当に未来勢力が・・・」
「馬鹿な事を想像するな。そのような事があってたまるか。大日本帝国は、吠えているうちに自分たちが狼だと勘違いしただけだ!」
「・・・・・・」
「お2人で、内緒話ですか?」
傍らから声がした。
「同志大佐。盗み聞きですか?」
声をかけたのは、ソ連赤軍から派遣されたエルキア公国赤軍の連絡将校兼相談役のヴァシーリー・ゼヴァン大佐だった。
「近くを通りかかったら、声がしたもので・・・」
ゼヴァンが、咳払いをした。
「同志指導者が、そのような弱気では困りますな・・・これから、聖戦があると言うのに、そのような弱気では、赤軍に参加する若者たちの士気にかかわりますぞ」
「同志大佐。ソ連中央部が、隠蔽している情報を開示していただけなければ、無条件で貴方がたソ連人を信用する訳にはいきません」
「これは手厳しい・・・我々は敵対しているとはいえ、同じロシア人では無いですか・・・?」
「同じロシア人というのは認めます。ですが、私と貴方たちでは水と油のような関係です」
「お父上の事ですかね・・・?」
「・・・・・・」
オリガーの父親は、ロシア革命時、ロシア帝国の貴族たちと同様に革命勢力に処刑された。
彼女の父親は、分家とは言え公爵家の親族だった。
革命勢力にとっては、旧体制派の主要な人物である。
邪魔なのは当然の結果であるが、オリガーの父親は貴族と革命勢力の和平交渉のために尽力していた。
革命勢力は、貴族の権威と財産を没収する代わりに、生命の保障を約束した。
彼女の父親が貴族たちを投降させた時、革命勢力は問答無用で、機関銃による掃射で、投降した貴族たちを虐殺した。
さらに父親は、革命勢力に拘束され、そのまま処刑された。
オリガーと母親、幼い弟や妹は、叔父と共に、エルキア半島に避難した。
当時のエルキア半島では、ロシア帝国の残党が集まり、ロシア帝国臣民の避難を受け入れていた。
極秘裏に大日本帝国、大英帝国、アメリカ合衆国の支援を受けて、糧食、武器、兵器、医薬品、衣服が輸送され、革命勢力と徹底抗戦の構えだった。
後に言われる、エルキア独立戦争の勃発である。
独立戦争は、革命勢力が革命成功の間近であったのと、第1次世界大戦及びスペイン風邪の影響で戦争を継続する余力が無かった事と、大日本帝国、大英帝国、アメリカ合衆国の三国干渉によって、エルキア公国との休戦協定と独立を承認した。
独立承認後、両国との間で不可侵条約が締結されたが、双方の国境警備隊同士や民兵による国境紛争や対立は、常に発生していた。
「同志指導者が私やソ連人たちを信用していないのは理解出来ます。ですが、貴女も共産主義の理念を理解され、思想を持った。今や共産主義思想は、世界中にあり、帝政主義や王政主義、大統領制では、富は一部の人々が独占し、貧民層を増やすばかり、ソ連こそが善政の象徴なのです」
「・・・・・・」
オリガーは、何も言わなかった。
正直に言って、彼女にとっては共産主義も民主主義、王政主義、帝政主義等と何も変わらないと思っている。
彼女が共産主義体制寄りの主張をしているのは、あくまでも彼女が所属していた新聞社が、共産主義を信奉している会社だったからだ。
あくまでも会社の方針に従って、共産主義寄りの記事を書いていただけであり、たまたま彼女の書いた記事が、大衆受けをしただけである。
彼女が望んだ結果では無い。
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