表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話 残された者の正体

依頼人の家を出てしばらく、最寄りの駅に向かって並んで歩く。

陽真が買ってくれた冷たい缶コーヒーを両手で握りしめ、深く息を吐きだした。

まだ沈み切っていない夕日が細く影を伸ばし、あの家にいた時間の短さを物語っている。


「ごめんな、無理させてしまって」


おもむろに陽真が口を開く。


「いえ、自分の判断です。こちらこそすみませんでした。」


遠慮がちに呟かれた陽真の言葉に、共哉もまた静かに答えた。

二人の間を心地のいい風が吹き抜ける。

汗ばんだ体を、顔に張り付いた髪を、胸の内にまとわりつく何かを、ほぐしてくれるようだった。


(迷惑をかけたのは俺のほうだ。)


共哉はほとんど引きずられるように、あの家を出てきた。

あのままあそこにいると、きっとまた暴走してしまっていただろう。

共哉は視線を落とし、握ったままだった手を見つめる。

まだ自身の中に、触れてしまった様々な感情が残っているような気がして落ち着かない。


「何か分かったか?」


陽真に聞かれ、あの時のことを思い出す。

彼女の強い思いに紛れて分かりにくかったが、あれはきっと――


「はい、たぶん…。

……彼女の恐怖心のもっと向こう、彼女よりも前に残した人物の感情が、残っていました」


そういって共哉は、思い出すように空を見上げる。重い心とは対照的な、きれいな空だった。


「強く、粘っこくまとわりついてくる執着心…。誰かに向けた、愛情に似た何か、」


言いながらも、しっくりくる表現が思いつかない。


(なにか、違和感がある…。)


好きだと、こちらに伝えてくるようだった。

強い独占欲だけならば、ここまで気にはならなかっただろう。

濃く強い執着心。愛情と呼ぶには重すぎる、歪なかたち。

この感情を、恋心として片づけていいのだろうか。


「…それって例えば、ストーカーみたいな?」


陽真の問。しかしそれは、どこか確信したような声音だった。

その言葉に、共哉は思わず立ち止まる。


「――それです!すごく腑に落ちました。

怒り、苛立ち、執着、愛情、いろんなものが複雑に絡まりあった」


ストーカー。そうだ、と共哉は思う。

今まで感じていた違和感が、胸の中ですとんと落ちる。


「…それがきっと、彼女が感じた視線の正体だったんだろうな」


言われて思い出す。今回の依頼の内容を。

家に入った瞬間に流れ込んできた感情が強すぎてすっかり忘れていた。


「あ…、そういえば俺、視線はあまり感じませんでした。

残っている感情が強すぎて、それどころじゃなくって…。」


気まずげに視線を逸らす共哉を横目に、陽真は優しく笑って再びゆっくりと歩みを進める。

そこに並んで歩きながら、陽真の次の言葉を待った。


「生きている人間の思念が、場所に染みついて離れないことがある。

特に強迫観念や執着が混ざるとな」


残留思念、生霊っていう人も言うね、と付け加えた陽真の口元はいたずらに笑んでいて、思わず一歩近づき腕を両手で擦る。


(この人、絶対確信犯だ…。)


「本当に、そんなことってあるんですね」


「あるさ、だから怖いんだ」


そういって陽真はポケットからスマホを確認する。

遠くに見える駅のホームで、電車がちょうど滑り出す。

次の電車が来るまでおよそ10分ほど。このまま向かえばちょうどいいころだろう。


「まぁ俺、そういうのは専門外なんだけど」


何か感じるってことしか分からなかったよ、と付け加えて、陽真は力なく笑う。


「明日は静流に来てもらおう。」


急に出てきた静流さんの名前に不思議に思うも、頼もしい仲間を思い足取り軽く進む陽真がどこか楽しそうに見え、それ以上聞くことはしなかった。


(明日になればわかるだろう。それよりも…)


「でも、なんでわかったんですか?ストーカーだって。」


ふと思い出した疑問をぶつける。

さっきは気にならなかったが、落ち着いて考えると違和感がある。

あのときの陽真は、何かを知っているような、確信しているような口ぶりだった。


「ああ、あれはな、」


楽しそうに話す陽真によると、依頼人のマンションにつきエレベーターに乗るまでの短い間に、彼はポスとの確認に行っていたのだという。

そこには、本来は部屋番号が貼ってある部分。そこに何かを消した後と、歪に書かれた女性の名前がうっすら残っていたらしい。

隠すようにされているそれを見て、前の住人が何かを書き、引っ越した際に上から部屋番号の書かれたシールが貼られたのではないか、女性関係で執着している何か、一方的な感情があったのではないかと考えていたらしい。

見事な名探偵ぶりである。


(貼られたシールの下をどう確認したのかは、気づかなかったことにしておこう…。)


「ああいうところに住人の暮らしが見えたりするからな。」


ピッとICカードを改札に読ませた陽真は、現場捜査の基本だよ、とこちらを振り返る。


思わぬところで有意義なアドバイスを得ることができた。

ちょうどホームに滑り込んできた電車に乗り込みながら、ポストは現場捜査の基本、と心の中で反復した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ