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第3話 名前のない力

カフェの扉が静かに開く。

共哉が足を踏み入れたとき、ほんのりと香るコーヒーの匂いが、少しだけ共哉の緊張を和らげた。


「いらっしゃい」

カウンター奥から声をかけたのは、長身で淡い色のシャツを着た落ち着いた雰囲気の男だった。言葉に重みを待たせるようなよく通る低めの声。柔らかくもどこか深い眼差しで、共哉を見つめてくる。


「喫茶BARONのオーナー、神波 慧登です。慧登でも、好きに呼んでね」


「……愁未共哉です」


ぎこちなく答えると、慧登に勧められゆったりとしたソファー席に腰を掛けた。

カウンターの中にはもう一人、少女──影森静流が立っている。静かに視線が交差する。どこか影の薄い存在感。それでも、一度目が合うと逸らせなくなるような強い“視線”を持っている。


「まずは、そうだね。君の話を聞く前に、僕たちのことを話そうか。」


カウンターから出てきた慧登は、両手に持つ入れたてのコーヒーの一方を共哉の前に置き、自身も向いのソファに腰かけた。


────────────────

「このカフェは、表向きは普通の喫茶店。でも本業は、非公開の探偵。──つまり“普通じゃ解決できない事件”ばかりを扱ってる。主な依頼者は警察。あとは噂を聞き付けてここにたどり着いた一部の人たちだね」

「……探偵……?」

「表には出ない。表沙汰にもできない。それでも誰かが対処しなきゃならない異常。それを、俺たちが引き受けてる」

「なんで、そんなのが俺に…」


にわかには信じられない。不安が表情に現れる。


「君の中で、いろんなことがまだ整理できてないと思う。だから、順番に話すよ。まず──“恐怖症”についてだ」

「恐怖症…?」

「人間は誰でも、何かしらの“恐怖”を持ってる。閉所恐怖症、対人恐怖症、注目恐怖症、高所恐怖症、親密恐怖症……種類も、感じ方も、人それぞれだ」


共哉は前に置かれたカップを見つめる。揺れる視線は、どこか遠くを見ているようだった。

慧登は言葉を選ぶように、少しだけ間を空ける。


「──その“恐怖”が、ある一定のレベルを超えて、精神や神経に負荷をかけ続けたとき、ごく一部の人間に“異常”が現れる。

それが、異能力の発現だ」


「…異能力って、なんだよ。そんなの…」

息をのむ。声が震える。

異能力なんて、実際に聞くことすらめったにないような、遠い世界の話だと思っていた。


「君が駅で起こした“あの現象”。あれは偶然じゃない。君の中にある“恐怖”が原因だ。」


共哉は言葉を失った。


(異能力……が、恐怖症から……?

自分の中の“怖さ”が──力に?)


自身に流れ込んでくる感情の濁流。

ホームでの戸惑いや不安、大きな爪で切り裂かれたような電車の車両。


(あれは…、俺がしたのか…っ?)


昔から違和感はあった。経験した覚えはないのに、自分の中に確かに存在する感情。初めて行く場所で感じる懐かしさ。疑問はあっても、いつものことだと、そこまで深く考えることはなかった。

───いや、しなかったのだ。考えることができなかった。向き合うことで感情に吞まれるのが怖かった。誰のものかもわからない複数の負の感情に囚われ自分自身を見失うことがひどく、恐ろしかったのだ。


「人にはそれぞれ、向き合いきれない感情や恐怖がある。けれどそれは時に、形を変えて力になる。君のは……感情に共鳴することで、他人にまで伝播させる力。そして、それが暴走すれば、周囲にまで影響を及ぼす」


「……っ、なんで……そんな……」


「君はまだ気づいていないかもしれない。でも、あの日、君の感情が拡がったのは“偶然”じゃない。共感が限界を超えた時、力として表れた。それが君の“発現”だったんだ」


共哉の手が、カップのふちをわずかに震わせる。


「……俺は、ただ……止めたかっただけで……」

「その“止めたい”という感情が、“逃げたい”や“怖い”にすり替わると、力はどんどん暴走する」


慧登は目を細め、細く息を吐きだした。


「──異能力ってのは、厄介なもんでね。

恐怖が大きければ大きいほど、力も比例して強くなる。

でもその分、使う者の精神が削られる。

だから、俺たちは“恐怖と向き合うこと”が、能力を使いこなす第一歩だと考えてるんだ。」


「向き合う……」


「そう。

逃げずに、否定せずに、“なぜそれが怖いのか”をちゃんと見つめること。

トラウマの根っこに目を背けたままじゃ、力の制御なんてできない。

最悪の場合、能力者は自分の能力に飲み込まれて──存在すら壊れてしまう」


共哉は、自分の手のひらを見る。

あの時、確かに──何かが“壊れた”。

それは外の世界か、自分の内面か、それとも──どちらもだったのかもしれない。


「恐怖を克服した結果、能力がどうなるかはまだわかってない。

消えるのか、別の力に変わるのか、それとも──記憶ごと消えてしまうのか。

その答えは、誰にもわからない。でも」


穏やかな表情を崩さずに、言葉を結ぶ。


「それでも、俺たちはこの場所で、“怖い”を否定しない。

怖いものは怖いって思っていい。

その上で、一緒に進んでいこう。

──ここは、そういう人間のための場所だから」


慧登は静かにほほ笑む。その瞳からは、慧登からは何の感情も感じない。安らかに凪いている。

共哉にとって、これは初めての経験で、とても落ち着く空間だった。


「ここでは安心していい。話すも黙るも、どちらでも構わない」


慧登はそう言いながら、柔らかく続けた。


「ここにいるメンバーは、みんな同じように“恐怖”と向き合ってる。俺たちは君を助けるためにいる。ここで少し、話を聞かせてくれないか?」


共哉は、何も言わずにうつむいた。

でもその瞳の奥には、ほんの少しだけ、光が差していた。


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