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第2話 兆しの残響

「……電車が“裂けた”、だと?」


警察署内、警部補の片桐が眉間に皺を寄せ、報告書を睨みつけた。

警視庁・第三調査課。

部屋の中では、白いスクリーンに映された防犯映像と事件の記録が並んでいる。


「午前七時三十四分、○○駅構内。ホームで多数の利用者がパニック状態に陥り、うち六名が軽度の過呼吸と精神錯乱で搬送。さらに、電車のフロントに不可解な破損痕が見つかっています」


若い刑事が読み上げる報告に、片桐の眉がぴくりと動く。


「……この件、普通の事故とは思えないな」


同席していた、グレーのスーツを着た男が口を開いた。


「妙だとは思ってました。あの空気……何かに“引きずられた”ような」

その言葉に、刑事たちは一瞬沈黙する。

片桐はコーヒーを口に運びながら、静かに端末を操作した。


――送信先:喫茶バロン〈コード:非公開案件〉

件名:「急患あり。要調査」


「視覚的異常と、感情の流動。まるで“感情の津波”だね……」


坂の下に走る路上列車が見える高台の町。

昼前の客入り時にclauseの看板がかかった小さな喫茶店のカウンターで、神波慧登こうなみ けいとは報告書に目を通していた。


「静流。どうだった?」


カウンターから見て一番奥、暖かな木漏れ日が降り注ぐ窓際のテーブル。

慧登が声をかけた先、一見何もない空間に一つ、繊細に揺れる人影があった。

注視しないと気付かない、暖かな影のように存在感の薄い彼女は、静かな眼差しをパソコンの画面に向け、何度も映像を再生し、映像に映る群衆の顔を一つひとつ解析している。

影森静流かげもり しずる。人間の目線をたどり、それぞれの興味を示す先、注視されている対象を読むことに長けている、喫茶BARONのキッチンスタッフである。


「……これ、“誰かの感情”が全体に拡がってる」


静かにそう呟くと、彼女は映像の一部を巻き戻し、ある一点で停止させた。


「これだ」


再生されたのは、泣きそうな顔で電話をしていた少女が、ふと視線を上げた瞬間だった。


「この子の視線の先に、制服の男子生徒がいる。その目が合った、ほんの一瞬のあと――」


静流の指が動くと、映像の中で周囲の乗客が次々に表情を変えていく様子が再生された。


「この男子生徒から、急激に“恐怖と絶望”が波のように広がってる。まるで……彼が“受け取った感情”を、そのまま周囲に吐き出したみたいに」


静流には人々の視線を通して“感情”がうねるのが見えていた。

慧登が眼を細める。


「“媒介”として反応した、ってことか?」

「媒介というより……共鳴。彼自身が感じた恐怖と、彼女の感情が一体化して暴走した」


静流は淡々と分析を続けながらも、どこか痛ましそうに呟いた。


「これは……自覚のないままに発動した“共振”。しかも、かなり強い」

「彼自身も戸惑っているみたいだね」


映像には、制服姿の男子生徒が一人、しゃがみ込んでいた。


「感情は、共鳴する。けど、この子は……“撒いてる”ように見えた。強く、鋭く」

「名前は?」

「……愁未しゅうみ 共哉ともや。高校2年。10数年前、家庭の事情で短期入院歴あり。現在は地元の県立高校に在籍」

「現在地はわかる?」

「映像を追えば。ちょっと待ってね。いま……商店街を歩いてる」

「街で感情を撒き散らしてる。コンビニ、バス、駅周辺。些細な混乱が続いてる。抑えられてないんだろうな」


切り替わる防犯カメラの映像。

その中でうつろな顔をした少年が、何かにすがるようにふらふらと街をさまよう様子が写されていた。

彼に近づいた人間は大小関わらず皆不安に駆られた表情に変わり、それに気づいた少年が走り去ってフレームから見切れていった。

「……放っておけないね」静流が言う。


「だな。陽真を行かせる」



同日・夕方。

学校の制服を着たまま、共哉は、ビルの影で膝を抱えていた。


「俺は……なにをしたんだ……」


誰にも会いたくない。声をかけられるのが怖い。

手のひらが汗ばんで震えている。

視線を上げると、もう夕暮れ。

目の奥に、あの子の顔がちらつく。

涙の理由、電話の内容、何も知らないまま――自分はあの感情に巻き込まれ、暴走した。


(僕が……壊した……?)


そのとき。


「見つけた」


頭上から聞こえた声に、共哉が驚き顔を上げる。

そこに立っていたのは、大きな体でパーカーのフードをかぶった少年――高重たかしげ 陽真はるま。


「お前が、愁未 共哉か?」


陽真はそう言いながら、一歩ずつ近づいてくる。


「話したいことがある。……怖がらないでくれ」


共哉は、怯えたまま立ち上がる。

逃げようとする足を、陽真の言葉が止めた。


「誰もお前を責めたりしない。その力を、ちゃんと見てくれる場所がある」


共哉の足が止まった。


「一度、話を聞いてみない?」


その言葉に導かれるように、共哉は頷いた。

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