だから魔王じゃありません
素朴ながらも美しい景観をかたちづくっていた村は、見る跡もなく無惨に焼き尽くされてしまっていた。
さすがに魔王を名乗るだけあって、強かった。負けることはなかったけれど、とどめを刺す前に逃げられたし、村も焼かれてしまった。でも、村人はみんな生き残っている。そう、いいほうに考えよう。失ったものばかり数えても、悲しくなるだけ。
とりあえず、即席で作った地下の穴倉からみんなを出してあげよう。そう思っていたら、男の声が聞こえてきた。
「そこのお前! これはお前のしわざか?」まさか、私に向かって言っているのか?
振り向いてみると、きらびやかな鎧に身を包んだ男が馬上から私をにらみつけているのが見えた。
「お前が魔王だな?」騎士は言う。
「違いますけど」私は本当のことを言う。私はこの村の近所に住んでいる、ただの魔女だ。魔王ではない。
「魔王の存在を知らせる感知魔法が、この村の位置で反応した。ここには絶対魔王がいるはずだ」騎士が言う。
「それなら追い払いました」私は答えた。
「それは、本当か?」
「はい」私はうなずく。
「そうか、ってそんな嘘を信じるわけあるか!」騎士は馬から降りる。「魔王をたった一人で追い払えるやつなど、いるわけないだろ。ひとまず、拘束させてもらう。悪く思うな」騎士が近づいて来る。
「え、いや、困ります」私はあとずさる。しかし騎士は構わず近寄ってくる。どうしよう、拘束されるのは嫌だ。「待って、困りますって。あ、ちょっと」
やむをえず、私は魔法を使うことにする。
「不動氷索」地面から太いツル状の氷が伸びてきて、騎士の体を覆いつくしていく。一本を壊しても別の一本から再生するうえに、必要なエナジーはすべて、拘束している人から奪い取るという魔法だ。
「なんだこれは! 動けん!」彼はなにやらいろいろな魔法を使ってあらがおうとしていたが、そのすべてが無駄に終っていた。
「くっ、これが魔王の力か。まさかこれほどとは、油断した」彼は無念そうに目を閉じて、唇をかむ。
「いやあたし、本当に魔王じゃないんです。魔女なんです。なんで信じてくれないんですか?」私は尋ねる。
「もうごまかさなくてもいい。その白い髪と赤い目を見れば、人ではないことは一目瞭然だ」
「はあ?」なんか、むかついてきた。このまま殺してしまおうか。別に、こいつが死んでも私は困らない。
「どうした、なぜやらない?」彼は私を見てくる。
「だから魔王じゃないって言ってるでしょうが。あたしゃ、見た目はともかくね、心は善良なんです! 自分で言うのもイタイかもしれないけど、とにかく殺したりとかしないから! これだってあんたがうるさいからやっただけなんだからね」私は氷のツルを指さす。
「だいたい、いきなりやってきて人を魔王呼ばわりとか、失礼じゃない? ぶっ殺すよ?」
「魔王ではなく、第六魔天鬼神と呼べと? あのくだらない手紙に書いてあった名前が本名であるというのか?」
「だーかーらー! 魔王じゃないし、第六なんちゃらでもないんだっつの! なんでわかんないかねえ! もういい、ずっとそこにいろ!」
私は彼をおいて、村人たちのもとへ向かう。うしろでなんか言っていたが、無視した。
地下にいた村人たちは、全員無事だった。彼らを外へ出してやる。彼らは村の惨状を見て、唖然として、それから嘆いた。それに対して私は、これからまた作り直せば大丈夫、と言う。私も手伝うから、とも。
そうやって村人たちを連れて歩いていると、自然と騎士のいるあたりに戻ってくることになった。
「あ。ほら、お前見てみろ! この村の人たち、生きてるでしょ? 魔王だったら生かしておくはずないって、わかるよね?」
騎士は驚きで目を見開いていた。
「なんと・・・・・・では本当に、魔王ではなかったのか?」彼はようやく、事実を悟ったらしい。
「だから、そう言ってるじゃんよ」私は言う。
「申し訳ない。いやまさか、本当にたった一人で魔王を追い払える人間がいるとは思わなかったから。申し訳なかった」
「わかればいいよ、わかれば」私は彼を拘束している魔法を解いてやる。すると彼はすぐさまその場でひざまずいて、大声で謝罪を口にする。
「申し訳なかった、魔女殿。今回の無礼、けっして謝って許されることではない。今度来るときには」
「二度と来るな、ボケ! 帰れ!」私は怒鳴る。
「お、お礼と謝罪をかねてまた来ますから、それではさようならっ」
彼は怯えた表情で馬に飛び乗ると、立ち去っていった。