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シラドは逃げた。
和彦もフォウも、そのことにはずっと後になってから気が付いた。
気が付いた後も、どうでもいいと思った。というよりも、フレイムの死を見取った後は、他のことをしたり考えたりできなかったというのが正しい。
雪崩に押しつぶされていたらよし。そうでなかったとしても、次またやってきたら思い知らせてやる、というくらいの気持ちだ。
フレイムの残骸については、回収して研究するという道もありはしたが、和彦とフォウの間では、検討事項の中にもあげられなかった。
あの軽やかな動きからは想像できないほど、機械の身体は重たかった。
結局はジープに備え付けの大型ジャッキを使い、二人がかりでなんとか荷台に転がし入れた。
ただでさえ疲労困憊だった和彦は、恥ずかしながらそこで昏倒してしまった。
あとのことはすべて、フォウが孤軍奮闘でなんとかしてくれた。
雪崩の後始末で町も大騒ぎ。
もちろんクリスマスのお祝い気分なんか一気に吹き飛んでしまった。
よいニュースとしては、子供一人がしばらく行方不明になっていたことなど、誰にも気づかれなかったことだ。
あの子供も、目の前で起こっていたことは理解できなかっただろうし、話したところでおとぎ話と思われたに違いない。
クリスマスの不思議な、魔法を使う二人の兄弟の話。
「それにしてもさ。やりすぎだよ、和彦さんは」
フォウは苦笑する。
「俺を助けるために、雪崩を起こしちゃうなんて」
「いや。君を助けるためなら、どんなことだろうと、やりすぎなどということはない」
真顔で答えたのに、フォウはさらに大笑いした。
まったく、しょうがねえなあ和彦さんはと言って、そっと目の端をぬぐう。
もしかしたら、泣いていたのかもしれなかった。
涙を流せない機械人形のことをまた思いだした。
二人は今、フレイムを葬った丘を訪れていた。
機械の身体を土に埋める無意味さは承知の上で、二人は小高い丘の上に穴を掘り、フレイムを埋めた。
墓標は立てなかった。
ただ、花の種を添えただけだ。
「そういうのが、いいと思うんだ」
フォウがそう言った。和彦も異論はなかった。
フォウに外見を似せて作られた機械人間は、最後には魂までもフォウと同じようになった。
だからきっと、フォウの選んだ方法に満足して、眠ってくれるだろう。
「春になったら、きっときれいな景色になる」
フォウがそっとつぶやいた。
「楽しみにしてなよ、兄貴」
シラドを迎えたミリシアは、やはり無表情だった。
「そう。負けたのね」
「ま……負けてなんかいない!」
シラドは目を三角にして怒った。
「お、お前の呼び出したゼーラダイトとやらが非力だったんじゃないか! 炎使いの小僧と互角の勝負さえできないうえに、氷使いの剣であっさり殺されちまった! なんなんだよ、精神の化け物が物理で倒されるって!」
なおも八つ当たりの言葉を並べようとしたシラドは、ミリシアの一瞥を受けてウッと口を閉じた。
それほどに、異郷の巫女のたたずまいには威圧感があった。
「な……なんだよ。俺が悪いってのかよ」
「ええ、もちろん。あなたは悪者だもの」
容赦のないことを、容赦のない口調で巫女は言う。
「けれども、だからこそあなたは私と同じ存在。あなたがそうやって悪者でいる限り、私はあなたの味方。
さあ、考えて。次はどんな悪いことをするつもり?」
ぞくり、とシラドは背筋を震わせた。
恐怖ではなく、歓喜のゆえに。
舌なめずりをして、ニヤリと笑みをこぼす。
いいだろう。
このおかしな女と共に、俺はどこまでも、墜ちてやる。