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 老人は死んだ。

 珊瑚が呼んだ救急車も役には立たなかった。

 直接の死因は心臓麻痺だったそうだ。

 彼が過去にどれほどの悪事を重ねてきたかは知らないが、眼前に迫ってきたあの幽霊の姿は、彼にとってそれほど恐ろしいものだったらしい。

 

 フォウのお使いはやはり方便だったが、彼はシラドの作った空間の歪みを感知すると、すぐに和彦のところへ駆けつけてきた。観測機械なしで空間の歪曲を体感できるのは、フォウの得難い一芸のひとつだ。

 

 しかしその彼も、自分と同じ姿をしていたという機械人形の話には面食らった。

 

「はあ? 俺をモデルにして作ったんだって? うええ、趣味悪ィな、シラドのやつ」

 

 呆れたのか困っているのか、顔をしかめてガリガリと頭をかく。

 

「それってもしかして、俺のふりをさせて誰かをだますために作ったんだよな? けど、珊瑚ちゃんにも和彦さんにもひと目で偽物って見抜けたくらいのお粗末な作りだったんだろ? そんなん全然意味ねえじゃん」

 

「意味はあるよ」

 

「どんな?」

 

「いやがらせさ」

 

 まさかあ、というフォウは呑気すぎだと和彦は思う。

 面白いからだ、とシラド自身も言っていた。

 

 和彦にはシラドのあの底意地の悪さが理解できる。

 シラドにも自分の機械人形の外見がフォウと見間違うほどの出来でないとは、わかっていたはずだ。そもそも、フォウに似せるメリットも特にない。

 それでもなお、その姿をした機械人形を実戦へ投入してきたのは、単に和彦を不快にさせたいだけだし、その目的が達成できたので、あれほどの上機嫌で撤退していったのだ。

 

「あーあー。せっかくのクリスマスだってのによう。よりによってへんな事件が起こったもんだぜ。まったくシラドの野郎、頭にくるなあ」

 

「しっ」

 

 和彦は人差し指を立てた。

 

「父さんの部屋は談話室のすぐ上だ。さっき上がっていったばかりだから、まだ寝てないかもしれない。自分の偽物を作られたフォウくんの腹立たしい気持ちはよくわかるけど、声はもう少し押さえないと」

 

「……すまねえ」

 

 フォウは首をすくめて椅子に縮こまった。

 

 二人がいるのは、研究所に併設された宿泊棟の一階だった。

 そこは広い共有スペースになっていて、形の違うソファがいくつも置かれ、囲碁や将棋のセットなども常備されていた。

 

 この宿泊棟は、元々は軍事施設として作られた建物の一部だった。兵団の全員が宿泊できる部屋数があるだけでなく、幹部の休憩室も兼ね備えており、中には来賓のための豪華な宿泊施設もある。

 

 何十も並ぶ部屋は、氷浦教授と和彦とフォウがそれぞれ勝手に一室を使っているだけで、あとは掃除もせずに閉め切ってあった。三人だけのこじんまりした暮らしには、共用スペースも必要ない。

 

 けれども今夜だけは1階の談話室に小さなツリーを置き、普段は使っていない暖炉へ薪を持ち込んで盛大に火を炊いた。

 そうして三人でシャンパンを一本開けて、ささやかなクリスマスのお祝いをした。

 

 本当ならクリスマスの本番は明日だけどね、と氷浦教授は笑っていた。

 

 日本はいつの頃からか、当日よりもイブのほうを派手に祝うようになったんだ。

 せっかく日本で暮らしているのだから、その独自文化に迎合するのも悪くないだろう?

 

 その言葉を、和彦とフォウは多少ばつの悪い思いで聞いていた。

 日本文化のせいにはしているけれど、氷浦教授がお祝いを明日でなく今夜にしてくれたのは、和彦とフォウが明日も町へ出かけるといいだしたのが主原因だったからだ。

 

 明日も広場で高校生の発表があるからぜひ見てねと珊瑚に誘われた。という言い訳は、研究所への帰り道のジープの中で、フォウと和彦の二人で話し合って決めたことだった。

 その実、珊瑚はたぶん、あの老人のことで明日もてんてこまいしているだろう。

 まずは市役所へ死亡を届け出るところから、親族のいない老人のためにと珊瑚は奮闘していた。

 葬儀まで手配するあの意気込みで、広場のクリスマス・ショーの世話などできるはずもない。

 

 だからこれはあくまで方便。

 

 逆に、珊瑚がいないほうが和彦とフォウにとってはありがたいともいえた。

 なぜなら、明日のその場では間違いなく、死闘が繰り広げられることになるからだ。

 

「まさか、クリスマスに死闘とはな」

 

 フォウがつぶやく。

 

 できれば隠し通しておきたかったが、どう考えても無理なので、シラドの捨て台詞についてもフォウには打ち明けた。

 フォウは怒りで顔を赤くしたり青くしたりしながら一連の話を聞いていたが、広場での決闘の予告にはううんと唸って腕組みをした。

 

「まずいことになりそうだぜ。今日の高校にだって、ずいぶんたくさんの人間が集まってきてた。つまり、明日は広場へショーを見に来た大勢の町の人がみんな、いわば人質になるってことだろう?」

 

 機械人形がフォウに似た炎の技を使ったことについても、和彦はできるだけ詳しく説明した。

 火種を必要せずに炎を出現させたと話すと、フォウはいかにも悔し気に歯噛みをした。

 それは非常に高度な技であり、炎を無から生じさせるときには、かなりの精神力を消耗してしまうのだそうだ。

 闘うためにはマイナスにしかならないし、最初の炎がマッチからの借り物でも術については何の問題もないので、フォウはいつも火種を使っているのだという。

 

「けど、機械人形にその高度な技が使えたってのは、どういうことなんだろう。シラドにできるのは機械を組み合わせて動かすことで、それと霊幻道士の技ってのは、まったく違うものじゃねえか。

 いくらやつがハルトマン博士の研究成果を奪ったからといってもよ」

 

 機械人形と、霊幻道士。

 

 その二つを研究対象にしている学者に、二人は心当たりがあった。

 かつて敵として対峙したこともあるドイツの機械工学博士、ヨーゼフ・ハルトマンである。

 しかし、キース・メックリンガーに依頼してハルトマン博士の動向を探ってもらったところ、驚くべきことが判明した。

 故郷のドイツに戻って隠遁したと思われていたハルトマン博士は、実はその間に、何者かに殺害されていたというのだ。

 

 研究資料はすべて持ち去られていた。

 

 博士の本業であるアンドロイドについても、余技であった霊幻道士の精神力に関する分析と再構成についても、一切合切の論文やデータがなくなっていたという。

 

「そりゃもう、シラドが殺して盗んだに決まってらあ」

 

 フォウはあっさりと断言した。

 

「あいつならやりかねないよ。

 そして、あのハルトマン博士にもできなかった、機械と精神力の融合っていうテーマに挑戦して、自分がそれをやり遂げたと威張りたいに違いねえ」

 

 シラドについてのその分析には同意できるが。

 

「だからといって、彼が急に精神世界のことに詳しくなって、自分の機械にその能力を組み込むにしては、時間が短すぎやしないかい?

 ハルトマン博士が殺害されたのは、つい先日のことだったんだろう?」

 

「確かになあ」

 

 和彦の指摘に、フォウも顎を撫でて考え込んだ。

 

「ハルトマン博士がもうそれを完成させていた……というのも無理があるよなあ。どっちかというと、隠遁する前の博士は、それまでの研究を全部やめてしまいそうな感じだったもんなあ」

 

 イブの夜はしんしんと更けていく。

 

 降雪が日常という豪雪地帯でも、クリスマスに雪が降るのはニュースになるようで、談話室に作り付けのテレビをつけてみても、地方の話題はそのことばかりだった。

 その片隅で一人の老人が心臓麻痺で死んだことなど、語られるはずもない。

 

「それは本当に幽霊だったのか? それっぽく見せかけた映像だったのかもしれないぜ」

 

「幽霊が本物かどうか、僕には判断できないよ。けれどもあの機械人形が持っていた儀式用の短剣は君の使っているものと同じ形だったし、呪文も同じように僕には聞こえた。何より、あいつは君と同じように炎を操れるんだ」

 

「ああ、そうか。それがあったよな」

 

 テレビは流したままにしておくことにした。

 会話を音声でかき消すことができるし、氷浦教授がまだ眠っていなかったとしても、二人がテレビを見てのんびりしていると思ってくれるだろう。

 

 クリスマスの明るいニユース映像が次々と映し出される。陽気なクリスマス・ソングが流れてくる。

 

 フォウがシャンパンの瓶を振って、底に残ったわずかな液体を、自分と和彦のグラスへ等分に注いだ。

 和彦はフォウをたしなめた。

 

「フォウくん、明日は危険な闘いを控えているんだ。あんまり酒をすごすのはよくないよ」

 

「そういうなって。クリスマス・イブだぜ、和彦さん」

 

 フォウがグラスを差し出した。

 

「今年も二人で、どんな苦しい闘いも乗り越えてきたんじゃねえか。

 だから俺は今、自信を持ってこう言うぜ、和彦さん。

 ……来年も、よろしくな」

 

 じいんと和彦の胸がうずいた。

 

 ああ、この強さが。常に前向きな、輝く瞳が。

 

 外見をなぞっただけの機械人形に、真似できるものか。ほんの少しでも、似ていたりするものか。

 これはフォウだけのもつ強さと輝きだ。

 

 和彦もグラスを取り上げた。

 

「乾杯」

 

 二人で声をそろえた。

 

 僕たちはこうやって。

 明日もまたきっと、二人で戦い抜いてみせる。


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