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 老人の家は町はずれにあった。

 

 元はけっこうなお屋敷だったとみえた。敷地の広さもそうとうなものだし、この雪国で立派な屋根瓦つきの家を維持するには、資産に余裕がないと無理だからだ。

 しかしその屋根瓦もあちこちが崩れ落ちたまま、修理もなされていない。庭は草ぼうぼうのジヤングル同然。玄関先にはコンビニの容器や空のペットボトルが散乱している。

 それは貧困というよりも、どちらかといえば、自堕落と自暴自棄の現れだった。

 

 当然のことながら、呼び鈴も壊れていた。

 

「遠藤さーん、こんにちはー……。高校から来たんですけどー……」

 

 横開きの玄関ドアの曇りガラスを何度か遠慮がちに叩いて、珊瑚が声をかけた。

 返事はない。

 困った顔で珊瑚が和彦を見上げた。和彦は励ましの笑顔を返して、ガラス戸にそっと手を当ててみた。

 

「あたたかい」

 

「えっ?」

 

「中に人がいる」

 

 雪国の冬では富める者も貧しい者も、家に暖房は欠かせない。自治体の援助でも防寒が最優先事項だ。どれほどの引きこもりでも、家の中を冷え切った状態にしたままでは暮らしていられない。

 逆に言えば、家が熱を帯びているのは、中に人間がいるという証拠でもあるのだ。

 

 珊瑚に代わって、今度は和彦が戸を叩いた。

 勢いをつけて、わざと乱暴に音を立てる。横で珊瑚が再び中へ呼びかけた。

 しばらく続けてから、和彦は珊瑚を下がらせて、ガラスに耳を当てて中の様子をうかがった。

 

「どう?」

 

「しっ」

 

 和彦は神経を耳に集中させた。

 

 やがて、奥のほうからぜいぜいという肺病病みの呼吸が聞こえてきた。

 奥に隠れていたのが部屋から顔を出して、玄関のほうをうかがっているらしい。

 毎年のことで、この時期の高校からの来訪者がしつこいことを知っているからだろうか。それにしては、いつまでたっても出てこようとしない。

 その呼吸の中に怒りとは別の感情を読み取って、和彦は眉をひそめた。


 この感情は知っている。

 恐怖だ。

 

「どうしたの、和彦さん?」

 

 急に顔をこわばらせて激しく戸を叩き始めた和彦に、珊瑚が驚いた。

 自分の感覚を伝えるのは難しいと思った和彦は、中で不審な物音がしたんだとと、曖昧に説明した。

 

 何度叩いても相変わらず返事はなかったが、珊瑚が戸に手をかけて引くと、ガタガタとひっかかりながらもガラス戸は案外簡単に動いた。

 このあたりの住民は、昼間に自分が在宅しているときにはあまり施錠をしない。

 けれども、これほどの怯えを発散している者が、入口に鍵をかけないまま閉じこもっているというのもおかしな話だった。

 

「失礼します」

 

 戸惑う珊瑚にかまわず、和彦は一声かけると、開いた戸の隙間から中へ飛び込んだ。

 投げ捨てるように靴を脱ぎ、屋内に上がる。

 

 奥まで長い廊下の続く古風な間取りの屋敷だった。部屋を仕切る障子は破れたり壊れたりしていて、見る影もない。天井の雨漏りもそのままになっていて、ひどいところは穴から空がのぞいている。

 

 そんな各部屋の惨状に目もくれず、和彦は奥の間へ急いだ。

 恐怖にかられた人は最も入口から離れた場所に立てこもるものだし、恐怖の気配も、そちらのほうから流れてきていたからだ。

 両開きの襖を引き開ける。

 

 床の間までついた広い部屋。床に敷かれた畳の痛みはひどい。

 けれどもこの部屋には他と違って、人の生活の気配があった。

 食べかけのコンビニ弁当や汚れた鍋がところ狭しと山積みになっており、一番奥にある万年床をそれらのゴミが取り囲んでいる。

 

 万年床の中央では、盛り上がったふとんの塊がぶるぶる震えていた。

 

「遠藤さん!」

 

 やっと追いついてきた珊瑚が、和彦の背後から息を切らせて呼びかけた。

 

「私たち、高校から来ました。いったいどうしたんですか? どこか具合でも悪いんですか? 医者を呼びましょうか?」

 

 珊瑚は雄々しくゴミの山を蹴散らし、遠藤老人の万年床までたどりついた。和彦もすぐ後を追った。

 ふとんをはぎとる珊瑚の脇から老人の顔をのぞきこむ。

 

 思っていたよりは元気そうな老人だった。年齢も本当は、老人と呼ばれるほどではないのかもしれない。

 荒れた生活のために顔はしわやしみで崩れているが、なるほど植木鉢を投げるくらいの元気はありそうだった。

 

 これほどおびえていなければ、という但し書きはつくが。

 

「大丈夫ですか、遠藤さん!」

 

 てきぱきと額に手を当てて熱の具合を見ていた珊瑚が、改めて老人に呼びかけた。

 縮こまって震えていた老人が、ようやく珊瑚の存在に気づいた。

 血走った目でまじまじと珊瑚を見つめて、震える声で言った。

 

「あんたの手は温かい……あんたは……生きてる人間なのかい?」

 

「当たり前でしょう!」

 

 珊瑚が呆れたように言った。

 

「熱はなくても見当識が怪しいのなら、やっぱりお医者さんに診てもらったほうがいいです。動けますか? 起きられるようだったら、私たちがつきそって病院に連れていきますよ」

 

「い……いやだ! 外に行くのは嫌だ!」

 

 意外なほどの強さで、老人は珊瑚の手を振り払った。

 

「外には、あいつが待っている!」

 

「あいつ?」

 

 珊瑚と和彦は顔を見合わせた。

 

「あいつだ! そこに……家のすぐ外で、あいつはわしを待っているんだ!」

 

「私たちは玄関から来ましたけど、外には誰もいませんでしたよ。いったい誰がいるというんですか」

 

「あ、あんたたちには見えんのだ! あいつが!」

 

 老人がわめいた。

 

「あいつは、わしの過去からやってきたんだ。わしがあいつを踏み台にして見捨てたといって、今でもわしを恨んでいる。

 わしは……わしは、今はカネも力もない。かつてのあいつなんかよりも、今のわしのほうがずっと惨めな生活をしている。

 そのことを何度も説明したのに、あいつはわしを許そうとはしないんだ……」

 

 最後のほうはべそべそと泣き出してしまった。

 

「あー」

 

 珊瑚が困ったふうに両手を上げた。

 

「どこかで聞いたことがあると思ったら、なんかそれって、クリスマス・キャロルみたいな話だけど」

 

「何だいそれは」

 

「和彦さんは知らない? イギリスの有名な小説で、クリスマス・イブに昔の友人の幽霊が現れるっていう……」

 

「そう、それだ!」

 

 老人が金切声で、二人の話に割って入ってきた。

 

「昔の友人の幽霊……そいつが俺にまとわりついて、過去の罪をつぐなえと責めてくるんだ。

 過去のことなんかきれいさっぱり忘れた、と俺は言ってやった。

 そうしたらあいつは、無理やりに俺の心の中へ入り込んできて、思いだしたくもない昔の思い出を引っ張り出してきやがるんだ。

 おかげで俺は、俺は……!」

 

 ついに老人は頭を抱えてふとんに突っ伏してしまった。

 歯の根も合わなくなるほど全身を震わせ、おうおうとむせび泣く。

 

 この老人にどんな思い出があるのかは、和彦にも珊瑚にもわからない。だが、それがこの男にとって苦しく辛いものばかりであることは、その様子を見ているだけでも十分に伝わってきた。

 

 少しだけ、老人に同情した。

 

 和彦も己の過去にはろくな思い出を持ってはいない。

 それを誰かにひっかきまわされるとしたら、この老人よりも見苦しくのたうち回るだろう。

 

「しっかりしてください、遠藤さん」

 

 一方、珊瑚はあくまでも前向きだ。遠藤の肩を揺さぶり、正気に戻そうと試みている。

 

「疲れているんですよ。人間、疲れたときはろくでもない夢も見るものです。けれど、それはただの幻覚ですから、心配しないで。

 思い出があなたを追いかけてきたとしても、それはただの思い出です。あなたに清算を迫ったりはしなせんよ。過去を振り返るよりも、先のことを考えましょう、ね?」

 

「あれが幻覚などであるものか!」

 

 老人は顔をふとんに押し付けたまま絶叫した。

 

「あれは間違いなくあいつだ! あいつが悪霊となって、この世に舞い戻ってきおったのだ! しかも……しかもあいつは、わしを呪い殺そうとしておる。

 それを止めたければ誠心誠意で謝るしかないと、あの男は言った。だが、わしがいくら必死で謝ろうが、あいつは私を許してはくれんのだ!」

 

「あの男……?」

 

 和彦は老人の言葉尻を聞きとがめた。

 

「誰のことですか、それは」

 

「あいつの幽霊を、あの世から呼び出した男だ!」

 

 老人はふとんを両手の中でもみくちゃにしながら、悲鳴のような声で言い募った。

 

「まだ若い男だった。いきなりわしの前に現れたかと思うと、わしの人生には多くの罪が詰まっている、ゆえに償わねばならぬのだと言いおった。

 ふざけるな、とわしは言った。見ず知らずの者にそんなことを言われる覚えはないと。すると男は、あいつの幽霊を呼び出したのだ。

 香港で修行を積んだ霊幻道士だとか言っていた」

 

「……ええっ⁉」

 

 叫べただけ、珊瑚のほうがまだましだった。

 和彦は驚愕のあまり言葉を失っていた。

 

 なんだ? 今、この老人は何と言った?

 

 唖然として、老人を見下ろすしかない。

 

 香港の霊幻道士。

 この小さな町にそんな稀有なものが二人も存在しているはずはないのだが。

 

「フォウくん? フォウくんが、なぜ?」

 

 珊瑚に問われて、和彦はただ首を振った。

 そんなバカな話があるものか。

 フォウが和彦たちの目を盗んでこの老人を訪問していたということさえ信じがたいのに、そのフォウが悪霊を召喚して、見ず知らずの老人を呪い殺そうとしている?

 あのフォウが?

 

 ありえない。

 

「珊瑚ちゃん、この町の人にフォウくんが香港から来た霊幻道士だってことは知られているのか?」

 

「そんなことは……ないと思うけど」

 

 珊瑚もまた途方に暮れている。

 

「幽霊のことに詳しい知り合いが村にいるって、高校で話したことはあるけど。フォウくんに会ったことのある人も、彼がほんとに術を使ったり幽霊を呼んだりしてるところなんか、見たことないし。いや、そもそも私だってそんなの、話で聞いてるだけだし」

 

 突然。

 ぎゃあっ、と老人が叫んだ。

 

 目を飛び出さんばかりに見開き、指さした手の先がワナワナと震えている。

 

 ひびの入った雪見障子のガラスの向こうに、ぼんやりとした人影が立っていた。

 半透明の身体には、大ぶりの鎖が巻きついていた。

 

「ああ……」

 

 珊瑚も息を呑んだ。

 

「クリスマス・キャロルの幽霊だわ……」

 

 青白い顔、こけた頬。

 中年くらいのその男は、白目の部分が真っ赤に染まっていた。病院着のようなものを身につけ、その上から巻き付けた太い鎖の先を地面へ垂らしている。

 顔を上げて、こちらへ向けてゆっくりと手を差し伸べた。

 じゃらり、と鎖が鳴った。

 

「ゆ……ゆるしてくれ、ゆるしてくれええ!」

 

 老人はおびえあがって、何度も額を畳にこすりつけた。

 けれども幽霊は眉ひとつ動かさなかった。

 ゆらりと輪郭をかすませながら、一歩ずつ老人の方へ近づいてくる。

 

 そして、その後ろに。

 和彦は見た。

 

「フォウくん……⁉」

 

 いや。少し違う。どこかが違う。

 

 よく似た面差し。きついつり目の、鋭い輝き。そよ風にも乱れる柔らかな髪。

 呪術に使う、精緻な彫り物の入った抜き身の短剣を宙にかざしている。精悍な立ち姿。得物を狙う猫科の猛獣のような、ぴんと張り切ったその風情。

 

 だが、違う。

 

「フォウくん……なの?」

 

「いや。あれはフォウくんじゃない!」

 

 今度は自信をもって、和彦は断言した。

 

 似ているのは間違いない。けれども。

 フォウはあんなふうには笑わない。人を見下し、小ばかにしたりもしない。

 あれは違う。違っている。

 

「お前は誰だっ!」

 

 和彦は怒鳴った。

 同時に、密かに腕輪へ力を送った。

 

 謎の男の周囲に積もった雪を舞い上がらせる。

 勢いよく地面から噴きあがった雪の塊が、男の腕をはじいた。その勢いで呪術用の短剣が手を離れて、宙に舞う。

 短剣の柄に巻きついた紅色の紐には、鈴がいくつも結びつけられていた。その鈴も、和彦の起こした小吹雪に翻弄されて、紐からちぎれて周囲に散らばった。

 

 ちりん。ちりん。

 

 それが合図だったように。

 幽霊がゆらりとまたたいて、消えた。

 

 突っ伏した老人はぴくりとも動かない。

 だが和彦も今は、老人の行く末に気を遣っている暇はなかった。

 謎の男が身を翻し、走り出したからだ。

 

「待てっ!」

 

 和彦は後を追った。

 

 目の端に、老人を抱え起こそうとしているけなげな珊瑚の姿が映った。

 申し訳ないと思いつつも、そちらの後始末は珊瑚に任せることにした。

 

 後ろ姿だけだと、男はますますフォウに似ていた。軽やかな足取りで、ぐいぐいと通りを横切っていく。和彦は見失わないようにするのが精一杯だ。

 

 男に続いて幾つか生け垣を飛び越え、通りを横切った。

 

 いつしか周囲はひとけのない空地になっていた。

 工事予定の看板が斜めにかしいで風に揺れている。打ち捨てられた土管や廃材が、片隅にうずたかく積み上げられていた。

 

 そのがらくたの山の頂上に、男は一気に駆け上がった。

 和彦を見下ろして、にやりと笑う。

 

「そんなに似てないのか?」

 

「なっ……なんだと?」

 

「俺のオリジナルと、だよ。フォウとかいうんだっけか。まさか、ひと目で別人と見破られるとは思わなかったぜ。

 いったい、どこがそんなに違うんだ?

 目とか鼻とか、どこをとっても同じ形なのによ」

 

「全然違う」

 

 怒りを押し殺し、低い声で和彦は答えた。

 

「お前は誰だ。フォウくんによく似た姿を持ち、フォウくんと同じような霊幻道士の技を使って幽霊を呼び出せることのできるお前は、いったい何者なんだ?」

 

「さあてね」

 

 男は大げさに肩をすくめてみせた。

 

「俺が何者だか、俺も知らない。下手をしたら俺の創造主も、その質問には答えられないんじゃないかな」

 

「創造主?」

 

 和彦の言葉に応えて、男が和彦の背後のほうへ向けて顎をしゃくった。

 

 彼の目線の先を追って振り返った和彦は、そこにいた人物を認めて、思わず驚愕の息を呑んだ。

 

「シラド……!」

 

 自ら望んでジャメリンの配下となった地球人。倫理も道徳も持ち合わせない、狂気の科学者。

 その彼が今はジャメリンたちと同じような衣装を着て、マントをひらめかせながらニヤニヤと笑っている。

 

「どうにも納得がいかないな。僕の目にも、僕のこの傑作は、あの炎使いと寸分たがわぬ姿形に見えるのにな。見た目だけでなく、霊幻道士の技も同じように使うんだぜ? これ以上、どこがどう違っているというんだ?」

 

「何もかもだ!」

 

 和彦は怒鳴り返した。

 

「お前がこの出来損ないのコピー人間を作ったというのか! なんのために?」

 

「なんのため? そんなの決まってる」

 

 ひとしきり哄笑したシラドは、狂気に血走った目を大きく見開き、高らかに言ってのけた。

 

「面白いからさ!」

 

「貴様……」

 

 和彦はぎりりと歯を嚙みしめた。

 

 フォウの偽物は、シラドの目線による無言の命令を受けて、しぶしぶガラクタの山から飛び降りてきた。フォウのように軽々と、音さえ立てずに着地する。

 次の跳躍で、シラドの隣にひらりと降り立った。

 

 こちらに向かって油断なく構えを取る、その姿勢もフォウにそっくりで和彦を苛立たせた。

 シラドがこちらを怒らせようとしているのがわかっていて、その手に乗ってしまうのが悔しくもあった。

 

「あんたの相棒については、簡単に資料が手に入ったよ」

 

 いかにも楽し気にシラドが言った。

 

「なにしろ香港では、ネットの有名人だもんな。炎の技を得意とする霊幻道士で、慢心から大火災を引き起こしたくせに、心神喪失を理由にして裁判にもかけられなかった……。すごい経歴だよね。

 なのに今は、そんなこと忘れたふうに正義の見方を気取ってるなんて。ものすごい厚顔無恥だ。

 あんたもよく、あんなのを相棒にしてるね」

 

 落ち着け。

 

 ともすればシラドに殴りかかりそうになる自分を、和彦は必死で抑えた。

 挑発に乗るな。

 逆に、得意満面のこの男から、彼が作ったというこの偽物について、できるだけのことを聞きだすんだ。

 

 シラドの専門は機械工学。ならばこの偽物も、その技術を元に作られているはずだ。

 

 だが、それだけではない。この偽物は、フォウと同じ霊幻道士の技を使って幽霊を呼び出していた。

 あの短剣を使った招霊術には、和彦も見覚えがある。鈴の音を使ってあの世から霊を呼び出すのは得意技なのだと、フォウ自身からも聞いたことがあった。

 機械仕掛けの自動人形に、なぜそんなことができるのか。

 それを探り出さなければ。

 

「資料も顔写真も、あの炎使いについてのネタは、口さがない香港人たちがたくさんネットにあげてたよ。霊幻道士の技についてもね。だからこいつを作るのにも、データに不足はないと思ってたんだけどなあ。知り合いにだって見分けがつかないほどそっくりな外見に姿に作れたと、自画自賛してたのに」

 

 愚かなことを。

 和彦は内心で吐き捨てた。

 

 外見は心の引きうつし。目鼻立ちだけ似せたところで、しょせんは心のない、機械仕掛けの自動人形だ。フォウの真似など、できるはずもない。

 

 フォウの存在があれほど輝いて見えるのは、彼自身の内面からにじみ出てくるものがあるからだ。

 そして、あの輝きがなければ。

 それはフォウではないのだ。

 

「まあいいや」

 

 シラドはしかし、意外にさばさばした口調で言った。

 

「こいつはまだ、試運転だもの。君たちモニターの意見を元にして、これからどんどん改良していくつもりさ。外見はともかく、霊幻道士の術はうまく使えてたしさ。

 ……ああ、そうだ。フレイム、こいつに見せてやれ」

 

 フレイム。炎。

 

 その名で呼ばれた機械人形は、不敵な笑みと共に両手を前へ突き出した。

 指と指を絡ませて重ね、呪文を唱える。

 するといきなり、手の中に巨大な炎の塊が生まれた。

 

「どうだい? あんたの炎使いと違って、こいつには、元になる種火もいらないんだぜ?」

 

 得意げにシラドは言う。

 

 ずいと歩み出たフレイムが、炎をちぎって幾つもの塊に増やし、互いにつながった炎の鎖を作った。

 鎖を空中で振り回し、和彦に投げつけてくる。

 

 とっさに、和彦は腕を上げて炎の鎖を受け止めた。

 腕輪が白銀色に輝いて炎を跳ね返す。

 無数の火花があたりに飛び散り、和彦の視界を遮った。

 

 その隙に。

 シラドが手を空中へ差し上げ、ひらひらさせた。その動きにしたがって空間がぐにゃりとゆがんだ。

 デュアルの軍団員の誰もが使う、時空間に飛び込むための術である。

 シラドもこれが使えるようになっていたのか。

 

「待てっ!」

 

 和彦は叫んだ。

 急ぎ、近くの雪を呼んで剣の形を作ったが、間に合わなかった。

 

 シラドは高笑いと共に、捨て台詞を残していった。

 

「続きは明日だ! 場所は町の広場。あんたたちに、僕のフレイムと真っ向から闘ってもらいたい。ああ、もちろん君たちの負けは決まっているけどね。

 怖いかい?

 けど、逃げたらツリーの前に集まっている市民を焼き払ってしまうからな。


 必ず来いよ、待っているぞ!」


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