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 小さな町は、クリスマスでいっぱい。

 

「わあ。どこもかしこも見違えたねえ」

 

 キラキラ電飾の輝く街路樹を見上げて、フォウは感嘆の声をあげた。

 

「ほら、見ろよ和彦さん。広場に足組みができてる。きっとあそこにでっかいクリスマスツリーが飾られるんだぜ。日本の地方行政も、なかなか頑張ってるじゃねえか」

 

「そうだね」

 

 くすくす笑って和彦も同意した。

 

 時計はもうじき正午をさすところ。

 珊瑚は準備があるからといって、朝一番のバスで村を出発していった。

 盛り上がるのは昼からよ、と言われてありがたく朝寝をしていたら、いいくらいの時間になってしまったのである。

 

 もちろん朝寝をしたのはフォウだけであり、和彦は朝から村で勤勉に家畜の世話をしていた。

 その後で、やっと目を覚まして慌ててやってきたフォウをジープに乗せて、二人で町までやってきたというわけだ。

 

「俺が寝汚いのはともかく、クリスマス・イブだってのに働きすぎなんだよ、和彦さんも」

 

「イブだろうがなんだろうが、動物には関係ないからね。ここ最近はいい天気が続いているから、今のうちに飼料を運び込んでおいたほうがいいと思ったんだ」

 

「ちぇっ。和彦さんってば、それだったら俺のことも叩き起こして、一緒に働けって声かけてくれればいいのに」

 

「君が声をかけただけで起きてくれるのなら、喜んでそうするんだけどね」

 

 和彦は笑い、フォウはますます口を尖らせた。フォウの朝寝坊と寝起きの悪さ未練がましさは、いつでも氷浦家の冗談の種である。

 

 珊瑚の高校でクリスマスのイベントが行われるということで、二人はそれに参加する約束をしていた。

 いや、これも約束をしたのはフォウだけで、和彦は強引に誘われて断り切れなかった、というのが正しい。

 

「おおー。いっぱしに、クリスマスセールとかしてるじゃねえの。帰りにいろいろ買って帰って、研究所でもお祝いとかやろうぜ」

 

 フォウが商店街を指さして陽気な声をあげた。

 

 普段はいささかさびれた雰囲気の店の並びも、クリスマス商戦で活気を取り戻している。どこを見回しても緑と赤を貴重にした飾り物が吊り下げられ、その隙間を縫うようにして粉雪が舞った。

 

「和彦さん、フォウくうん!」

 

 街角で待っていた珊瑚が、こちらに気づいて手を振ってきた。

 その珊瑚も真っ白なふわふわのコートに包まれ、雪の国からやってきた乙女といった風情だ。

 

「二人とも、こっちよ!」

 

 指さした先には古びた校門があった。

 

 生徒のいたずらだろうか、入口の銅像にもサンタの帽子がかぶせてあった。

 冬休みなのに校舎のあちこちに電灯がともっているのは、三年生が受験のため自主学習をしに来ているのだという。

 それさえも、今日はどこか楽し気に見える。

 

「だって、クリスマス・イブだもの!」

 

 珊瑚たちの先生も、今日だけは補習はお休み。

 朝から有志が集まって講堂を飾り付けたのだと、ウキウキした調子で珊瑚が説明した。

 今にも和彦の腕を取らんばかりにして、校舎の裏側へと案内する。

 

 和彦は今までに何度も珊瑚から高校のイベントに誘われたものの、本当に来たのは今回が初めてだ。

 それを聞いて、フォウも珊瑚の浮かれように深く共感した。

 好きな人と一緒に特別の時間を過ごせるという以外にも、こんなハンサムと連れだっていたら、ずいぶん誇らしく思えることだろう。

 

 想像どおり、珊瑚の友人の女学生たちは皆、和彦を見て目をまんまるにした。

 

「か……かっこいい……」

 

「ちょっと珊瑚! 今までどこにこんなイケメンを隠してたのよ!」

 

「えっ、珊瑚の村の人なの? 信じられない、あんな山また山の限界集落に?」

 

「あっ、でも私、こっちの人のほうが好みかも」

 

「ええ?」

 

 思わぬとばっちりに巻き込まれて、フォウも目を白黒させる羽目になった。

 

「お、俺?」

 

 さすがに照れて、どぎまぎしてしまう。そこが可愛いといって、女学生たちは無遠慮に笑った。まったく、集団になった女の子というのは空恐ろしい。

 

 パーティとはいっても高校生が学校で行う程度のものである。学生の親兄弟や近所の人までが参加する、和気あいあいとしたイベントだった。

 日本でイベントときたら所かまわず出現する焼きそばの屋台を始めとして、手芸部はクリスマスにちなんだ小物を販売しているし、天文地学部はダンボールで作った簡易プラネタリウムを無料公開して大人気を博していた。

 

 たわいもないテーブルゲームに興じ、高校生の作る、見栄えのしない屋台料理をほおばる。

 

「楽しいなあ、楽しいよ」

 

 招かれた和彦よりも、フォウのほうが目を輝かせていた。

 

「和彦さんだってそうだと思うんだけどさ、俺もフツーの青春みたいなの、あんまりなかったから。学生気分って、こういうのなんだな。いいじゃない? こういうの」

 

 フォウは霊幻道士の家系に生まれ、たまたま同世代の親戚の中で誰よりも才能があったために、年長者たちによって一方的に後継者と定められた。

 それからというもの修行が第一で他のことは後回し。義務教育さえろくに受けられなかったのだと、笑って本人は話すけれど。

 

 そんな境遇でありながら、あっけらかんと自分自身の過去を笑い飛ばすことのできるフォウの強さが、和彦にはいつも、まぶしくてならない。

 

「君がそう思うなら、来てよかったよ」

 

 フォウの笑顔に目を細めながら、和彦は言った。

 とたんに、バンバンと勢いよく背中を叩かれてしまった。

 

「何いってんだよ和彦さん! 今日は俺たち、珊瑚ちゃんのために来たんだぜ」

 

 とはいっても。

 和彦は戸惑いつつ、珊瑚の姿を探す。彼女は常にくるくると立ち働いていて、和彦たちを案内していたかと思うと、すぐに誰かに呼ばれて人ごみの中へ姿を消してしまうからだ。働き者であるばかりでなく、皆からの信頼も得ているらしい。

 いろいろな部門の責任者を兼任していて、あっちこっちから声を掛けられている。

 あんなに和彦とクリスマスを祝いたがっていたくせに。責任感が強いにもほどがある。

 

「珊瑚ちゃんも困ったもんだなあ」

 

 フォウが肩をすくめた。

 かと思うとすぐに人ごみの中へもぐりこんでいき、どこからともなく珊瑚を連れ帰ってきた。

 珊瑚はエプロンをつけ、片手には何かの進行次第が書かれた紙をわしづかみにしていた。

 

「なに、どうしたのフォウくん? 何か私に用?」

 

「何か用、じゃねえよ。俺たちを招待しておいて放りっぱなしというのは、あんまりひでえじゃねえか。仕事もあるんだろうけど、招待した以上、俺たちの相手もちゃんとしてくんなきゃ」

 

「あ、ああ。そうよね。ごめんなさい」

 

「じゃあ、和彦さんのことは珊瑚ちゃんに任せたから」

 

「ええっ? どういうことフォウくん」

 

「言うの忘れてたけどさ、俺、どうしても抜けられない氷浦教授のお使いがあって、行かなきゃいけないとこがあるんだ。和彦さん、ジープ借りてくぜ。ああ、夕方には戻ってきて、二人を乗せて村まで戻るから心配すんな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれフォウくん。そんな話は、僕も初耳なんだが」

 

「あれ? 俺、言ってなかったっけか? ごめんごめん。寝起きだったんで、忘れてたみたいだ。出がけに氷浦教授に頼まれちまってよ」

 

 悪びれる様子もなくフォウは言ってのけるが、誰がどう聞いたって怪しい話だった。

 二人が町へ出かけると知っていて、氷浦教授がフォウだけに仕事を頼むのもへんだし、そもそも珊瑚からクリスマス会に誘われていることは、氷浦教授も知っているはずだ。

 今、いきなり言い出したのも不自然だった。

 どう見ても、たった今いきなり思いついたようではないか。

 

「というわけで、頼むよ珊瑚ちゃん」

 

 しかしフォウは強引に、和彦を珊瑚のほうへ押しやってしまった。

 その意図は明白である。

 珊瑚は真っ赤になった。

 

「え、でも……でも、フォウくん!」


「放っといたらぼおっと突っ立ってるだけの人だからな、和彦さんは。せいぜいパーティの手伝いをさせなよ!

 でもって、お礼になんかごちそうするってのもいいんじゃねえ? 屋台でもいいけど、近くの喫茶店とかのほうが落ち着けると思うぜ」

 

 明るく言って、フォウは駆け去っていってしまった。

 

 残された和彦はただ呆然とし、珊瑚は赤くなったままでもじもじとした。

 

「ふ……フォウくんったら」

 

 あからさまに気を回されてしまった珊瑚は、気まずさと恥ずかしさでどうにかなりそうである。和彦が事態を半分も理解していないらしいのも、またつらい立場だ。

 せっかくだから二人きりにしてやろうというフォウの気持ちはよくわかるが、緩衝材となってくれていた方がずっとよかったような。

 

 和彦をちらりと見やると、彼も困った顔をしていた。

 

「どうしたのかな、フォウくんは。もしかして前に言っていた、なんとかのブランドの限定版が今日発売で、並ばなきゃ買えないとかいうやつだろうか」

 

「あー、そうかも」

 

 和彦の見当はずれの推測に、珊瑚も乗ることにした。

 

「欲しがってたジャケットの話でしょ? 私もそれ、聞いた覚えがあるわ。クリスマス仕様の特別なデザインのが出るっていうやつね? 氷浦教授のお使いだとかいって、ホントは自分の買い物に行きたかったのをナイショにしたいのかも」

 

「あはは。フォウくんらしいなあ」

 

 和彦が笑いだしたので、珊瑚はほっとした。

 

 普段ならからかいに来る女友達も、和彦があまりに場違いな美男子であるせいか、遠慮して遠巻きにしてくれている。

 さっきまで珊瑚をうるさく呼びたてていた実行委員会の連中も、女生徒たちにたしなめられて、あきらめて自分たちだけで運営をする気のようだ。

 

 改めて珊瑚は、和彦を連れて会場を案内することにした。

 

「屋台やバザー会場はひととおりフォウくんと一緒に歩いたんでしょう? ものを売るだけじゃなくて、いろいろな団体が展示や発表をしているの。ほら、こっちの特別教室が展示室で……」

 

 通り過ぎる人々は老いも若きも、愛らしい女学生と絶世のハンサムのコンビに思わず振り返っていく。

 それにも気づかないくらい、珊瑚は高揚している。

 

「ああ、そうだ。今から講堂でボランティア部が子供たち向けの人形劇をするのよ。私の作った人形もあるんだけど、見ていってくれる?」

 

「もちろん、喜んで」

 

 どっちにしろ夕方までここでフォウを待たねばならないと思っている和彦は、鷹揚なものだった。

 珊瑚に勧められるままに講堂に赴き、観客席へ腰掛ける。

 隣で珊瑚がささやく発表のウンチクを楽しく聞きながら、素人演芸をそれなりに楽しんだ。

 人形劇の次は有志による合唱、ダンス。漫談に落語。高校生もけっこう頑張っている。

 

「でも、今日ここで発表してるのは、実は二軍なの」

 

 珊瑚が和彦の耳元にささやいた。

 

「もっと上手な人たちは選抜チーム。明日がクリスマスの本番だということで、市民広場のツリーの前で大々的に発表することになってるのよ。ダンスクラブでヒップホップを習ってる人とか、ピアノコンクールの全国大会に出た人とか」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 高校生のヒエラルキーもなかなか大変そうだ。

 

 そこへ、実行委員の腕章をつけた男子学生が珊瑚を探しにまたやってきた。

 

「いたいた。九条さん、こっちは例の件でまだもめてるんだよ。みんな嫌だって言って誰かに押し付けようとするんで、すごく険悪な雰囲気になってるんだ。お友達の接待をしていることは知ってるんだけど、俺たちほとほと困ってしまって。何かいいアイデアはないかなあ」

 

「えええ?」

 

 珊瑚が眉をきゅっと上げた。

 

「この忙しい中、頼む頼むってあれだけ拝み倒されたから、しかたなく、リスト作りまでは手伝ってあげたのよ。あとは自分たちで割り振りできるって、胸を叩いて言ってたじゃない。

 なんでもかんでも私に持ってきたらなんとかすると思ったら大間違いですからね」

 

「そういわずに、頼むよ九条さん」

 

 実行委員の男子は両手を擦り合わせて珊瑚を拝んだ。

 

「他の独居老人を訪問する割り振りは全部できたんだよ。例のあの人のところだけが決まらないんだ。誰も行きたくないっていうんもの」

 

「そんなの最初からわかってたことでしょ? 誰も引き受けないんだったら、あなたが行けばいいじゃないの。地域連携プロジェクトの代表なんでしょ、あなた」

 

「それがダメなんだよ。俺は去年のクリスマスにあの人のところに行って、二度と来るなって追い返されてるから。悪口雑言さんざんわめき散らされた挙げ句、植木鉢とか投げられたんだぜ。お前の顔は忘れないぞって、呪いの言葉みたいなことまで言われたんだ。僕が行っても、門前払いをくうだけだよ」

 

 和彦は脇で、ぽかんとしてこのやり取りを聞いていた。

 すぐに珊瑚が振り返って、説明してくれた。

 

「彼のチームは町内の独居老人のところへ、みんなが手分けして作ったクリスマスカードとプレゼントを届けるのが担当なの。けどその中に一人、ものすごく気難しいおじいさんがいてね。訪問した学生が毎年ひどい目にあってるという話が先輩からも申し送りされてるんだけど、だからといって、その人のところだけ届けないというのもおかしいでしょ?」

 

「九条さんはこの町に住んでないから、あのじいさんのひどさを知らないんだよ」

 

 恨みがましい口調で委員が言った。

 

 しかし、遠くの村から毎日一時間かけてバス通学をしているのは珊瑚のせいではないし、そもそも彼女の仕事でないことについて恨み言を言われても、珊瑚も困るだろう。

 

 と思いながら、和彦は珊瑚の顔色をうかがった。そして、密かに苦笑した。

 珊瑚の今の表情が、自ら厄介事をしょいこもうとするときのフォウによく似ていたからだ。

 

「いいよ、珊瑚ちゃん。僕も付き合おう」

 

 珊瑚が何か言い出す前に、和彦は自分で言った。

 

「えっ……でも、和彦さん……」

 

「だって君は、その老人のところへ行く役目を自分が引き受けるつもりなんだろう?

 どんな人かは知らないけれど、訪問者に植木鉢を投げつけるようなところに、女の子一人をやるわけにはいかないよ。九条先生が激怒するのはもちろんのこと、君一人で行かせたと知ったら、僕も後からフォウくんに怒られてしまう」

 

「けど、いいの?」

 

「だって、クリスマスじゃないか」

 

 異世界から来た和彦も、今はこの世界のことをいろいろと知っている。

 クリスマスというのはこの国では、知人同士でプレゼントを送りあったり、ご馳走を食べたりする一大イベントの日だ。

 そして、それだけでなく。

 

「クリスマスは自分たちが幸せになるだけじゃなくて、見知らぬ人にも手を差し伸べる日、なんだろう?」

 

「和彦さん……」

 

 珊瑚の目に感激の涙が盛り上がった。

 

「ありがとう。私、嬉しい」

 

「さあ、そうと決まったら急いで行ってこよう。フォウくんが戻ってくるまでに、植木鉢を投げられておいたほうがいい」

 

 珍しい和彦のおどけた発言に、涙をぬぐっていた珊瑚が、弾けるように笑い出した。



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