#5 此処から出ない
「へ〜〜、ここがギウを射止めたと噂のリューレルさん家か〜〜」
「……妙な言い方はよせ」
「ハハッ、茶化して悪かったよ。でも実際問題ギウが『素質がある』だなんて素直に評価するのは珍しいじゃないか。僕の時だって目にするまでは疑ってたんだろう?」
「……憶測でものを語るなよ」
「そうかい?キールがそうに違いないと言ってたから信じてしまったよ」
「……」ジッ
「……………」
「……いつの間に仲良くなったんだ?」
「ギウほど難しくはないさ」
「そうかよ」
「にしても、大きな家だなぁ〜〜」
眼前にずんと構えるは和風の豪邸。
タイマ家の屋敷である。
「代々司法の中枢に勤める者を輩出している家系らしい」
「ほぇ〜〜、とんだエリートじゃないか。はっ!まさかそのプレッシャーの中Iクラスに合格できず期待に応えきれない自分に耐えかねて引き篭もるように!?」
「いや、情報によればリューレル自身はIクラスに合格してる」
「ええ!?じゃあとっくの昔からクラスメイトだったってこと!?」
「その通りだ。それに司法の中枢ともなれば必要なのは戦闘スキルなんかじゃなく知能。狙うなら強さを求めるIじゃなく頭のいいやつばっかのIIのはずだ。Iクラスの合否はそんなに関係ないということになるはずだが……」
「これは……囚われの姫を連れ出すのは、一筋縄じゃいかなそうだね……」
ーーー
「ようこそお越しくださいました、ギウ殿下。
私はこの家の主、シメル・タイマと申します。後ろにいるのは倅のリューメルです」
「本日は遠いところまでご足労いただきありがとうございます」
(典型的な優男って感じの印象だな……後ろのは見た目的に兄か、こっちもまた典型的な優等生って感じだな……)
「今日は一生徒としてクラスメイトを訪ねにきただけですので、そういうのは結構ですよ」
(あ、ギウ猫被った……)
「そうですか。して、どのような御用で?」
「どのような、というのも不思議な話ですね。娘さんの現状は把握されているでしょう?」
(猫被っても喧嘩腰なのか……)
「ああ……」
優しかった表情が、ゆっくりと悲しげなものに変わっていく。
「あの娘は……これも致し方ないのかな、と……」
「致し方ない……ですか?」
「元々戦場に立てるほどの実力もなければ性格も不向きです。むしろ、傷付く前に諦めてくれて……いえ、こんなこと口に出すもんじゃありませんね」
「性格はどうか分かりませんが……実力に関しては侮れないと思いますよ」
「……!!……それはどういうことでしょう……」
「実は学生の中でも秀でた実力者を集めて特別な小隊を組む話が出てましてね。今日はスカウトできたらな、なんて考えてもいるんですよ」
「……光栄な話ですが、娘をそれに送り出すのは気が引けますね。まあ、一度娘と直に話してみてはいかがですか?」
「それはありがたい!願ってもない話です!」
「ははは、ではこちらへ」
トッ……トッ……トッ……トッ……
(あの話し方からするに……引き篭もってんのは本人の意思っぽいな……だが言葉の端々に感じる違和感……その正体が本人に会えばわかるのか否か……にしても随分遠いな、家がデカいからか?)※実家=王城
カチッ、ガチャッ
「リューレル、お客さんだ」
(……!!……なんだこの部屋……?あまりにも簡素な……なんもない部屋だな……まるで……)
「…………わたしに?……あなたは……!」
「久しぶりですね。いつぞやはお世話になりました」
「……そんな感じでしたっけ?」
「そうだな、もう面倒臭いし、単刀直入に聞こう。
どうして引き篭もる」
「あ…………それは…………わたしは…………」
「リューレル・タイマ、お前に特別小隊からの勧誘が来ている。指折りの学生を集めた戦闘部隊だ。今日はできれば速やかに、その返事をもらいたい」
「と、特別小隊……??
無理です無理です!!わたしにそんなの務まりません!!わたし弱いし鈍臭いし協調性もないし!!いざって時ほど臆病になってただでさえ足りない実力の半分も発揮できなくなるし!!わたしの魔法もタメは長いくせに威力は大したことなくて!!これそのままわたしのことなんです!!人より遅いのに!!人より劣るのに!!人より頑張んなきゃいけないのに!!努力を結果に繋げられない!!そういう才能がないんです最初からずっと!!何をやってもうまくいかないこんなわたしのどこに選ばれる要素があるって言うんですか!!
はあ、はあ……あ、……と、とにかく、せっかくのお誘いですけど断らさせていただきます」
「お、おお……」(すごい剣幕で自虐のオンパレード……ネガティブなことしか言ってないのに圧倒されてしまった……。すごいなリューレルさん、ネガティブが限界突破しちゃってるよ)
「…………お——「娘もこう言ってることですし、今日のところは一度お引き取りいただいて、また後日改めてということでいかがでしょう?」
「…………そうだな、一度出よう」
「な、おい、ギウ!すみませんお邪魔しました!なあ待てって!」
「………」ペコ
「いえいえ……」
「ギウ……ジルアーク」ボソッ
(流石かの『未来視』ケーガン・ジルアークの息子か。まさか一目見ただけで娘の特異性に気付かれるとは……)
「邪魔立てするようなら……始末する……。
リューレル……お前をここから出させることはない…………!!」
——一方、タイマ家を出た面々——
「ありゃ厳しいな、完全に自分の殻にこもってるし、仮に殻がなかったとて、あの精神状態は健全とは呼べないだろう……。取り付く島もなしって感じだな……諦めるのかいギウ?」
「……諦める……か、ここまで特殊な状況じゃなかったらそうしてたな」
「特殊……?」
「あの部屋、外側から鍵がかかってた。
『カチッガチャ』
それなのに戸の内側には鍵らしきものが見当たらなかった。それに加えて、年頃の娘の部屋にノックもなしに入れたのは、あの部屋には何もない……まるで…………まるで牢獄のようなあの部屋の現状を理解していたからじゃないのか?」
「ろ、牢獄って……でも言われてみれば確かに……。
……だとしたら……!!」
「ああ……一種の軟禁状態である可能性が高い」
「それは大変じゃないか!!なんとかして助け出さないと!!」
「だが肝心の本人があれだ」
「うっ…………ならギウはこのまま見過ごすのか?」
「軟禁の方はな」
「え?」
「それとは別に、個人的に言いたいことができた。もう一度会いに行こう」
「そうか、じゃあまた日を改めて——
「今だ」
「今!?」
「もしかしたら今頃、こん中じゃ “お出迎え” の準備が進んでる頃かもしれねえ。現在この瞬間を逃せばもう二度と会えないかもしれない」
「お、“お出迎え”……?」
「というわけで、お邪魔します、と」
「ああ、勝手に……」
「…私たちも行きますか」
「あ、キールいたんだったな。っておー……い……。
……はあ、しょうがない……!覚悟決めるか!お邪魔します!」
——タイマ家。司法の世界で知らぬ者のない名家であるが、その名が轟く訳はその優秀さのみではない。
嘘か実か、その家の者たちはこう噂されている。
——処刑家業——
歴史として残ることも無い遥か昔から、彼らは処刑人として国の中枢の裏側にその骨を埋めてきたのだと——。
ガチャガチャ
「ん……この扉開かないな」
「??そんなわけないだろ、さっきは真っ直ぐ部屋に案内されたぞ」
「まあ……遠回りするか」
ガチャガチャ
ガチャガチャ
ガチャガチャ
ガチャガチャ
「キール」
「…はい」
「この扉ぶった斬れ」
「待て待て待て待てギウ。確かにさっきから全然開かなくてイライラするのはわかるが、そこまで暴れてしまうと後が……」
「…御意」
「キール!?」
スパパパパパ…………?
「……?何やってんだ?外したのか?」
「…いえ、この扉…斬れません」
「ああ?おいおい一体どんな素材で出来てたらお前が斬れないんだ?」
「…これは、斬れないというよりは………」
ガチャ
「べ、別の扉が勝手に開いたぞ!?」
「モロに罠って感じだが……行くしかないか……。鬼が出るか蛇が出るか……」
「失礼だなぁ」
「「「!!!」」」
「俺は鬼でもなければ蛇でもない……強いて言うならお兄ちゃんだ。妹に会いに来たのか?だとしたら諦めて帰ってくれ」
——タイマ家大広間、家庭内別称『暴れる用』——
「三人に……一人かい?」
(シン……派手なのいけるか……)
(——!!了解!!)
「お客にお帰りいただくためだけに大勢必要かい?」
「困るなぁ……もてなしてもらわないと……!!」
(今だ!!)
雷系 rank.II
[深雷]!!
ドンガラガッシャーン!!!!
「驚いた……家の中で落雷に遭うとは……」
(効いてない……!?)
「ん?……一人いないな……」
「あんた一人の足止めのためだけに大勢は要らないだろ?」
「………………ほお?
時間稼ぎってわけだ?俺を相手に。
まったく舐められたもんだ……タイマ家の名が泣くな。
試してみるか、何 “秒” 持つか」
「行くぞキール!!」「…はい」
——リューメル vs シン&キール 開戦!!——
ダダダダダッ——!!
壁
「邪魔」
尸口辛土 <ウワァー
——タイマ家奥の小部屋手前、家庭内別称『塀』——
「来たのか……ギウ・ジルアーク」
「あの部屋……もうちょい奥だったよな?どいてくれないか」
「この家は、今お前が突き破った壁から石造になってる。忌まわしき過去を象徴するように。もう気付いてるだろうが、あの娘のいる部屋は普通の部屋じゃない。我が家ではあの部屋は『独房』なんて不吉な名前で呼ばれてる」
「……おたくの娘さんは、どうしてそんなとこにいるんだ?」
「ふふ……いる、か……。おかしな奴だ、普通『どうして入れた』とか聞くものじゃないのか?俺なら聞くね、『どうして軟禁なんて酷いことができる!!』って」
「…………答えは出たのか?」
「……!!……ははっ、ははははは!!なんでもお見通しか。そうさ、何度も自問自答した。どうして自分の娘をあんなとこに閉じ込めているんだと。答えは単なる甘えだ。俺はあの娘の魔法を恐れ、あの娘は外の世界を恐れた。それに託けてあの石の函に仕舞い込んだ。親なら……………………親なら外の世界を教えてやらなきゃいけないのにな」
「まだ遅くねえだろ」
スッ————チャキ
「そうか?お前ならあの娘を救えるとでも?」
スクッ————
「俺は他力本願は好きじゃなくてね。自分を救えるのは自分だけだ」
「…………救ってやれない自分もいるのさ。だから俺はどけない」
バッ——!!
(先手を取る……!!)
ババババババッ——!!
「マジかよおっさん……。真剣相手に丸腰で、まさか全部避け切られるとは思ってなかったよ」
「こちらこそ、だ。いきなり剣が現れて驚かされたよ。だが、まあ…………止まって見えたぞ」
「言うねえ……!!」
「恐らくその剣……魔法の系統は錬金系、それでいてお前、魔導士だな?」
水を撒くのに如雨露が必要なように、電気を通すのに導線が必要なように、“魔力” を “魔法” にするのにもまた、相性の良い仲立ちとなる存在が必要である。
曰く『媒体』と呼ばれるそれは、ある種類の人間たちの手によって “化ける” 。
言ってしまえば如雨露で電気を通し導線で水を撒くような、塵芥から珍品に至るこの世のありとあらゆる物を媒体として魔法を扱える彼らのことを——
〈魔導士〉と、そう呼ぶのである。
「ハッ!お見通しはどっちだよ!
ご明察の通り俺ぁ魔導士だ。この柄も替えが利きやすくて助かってるよ」
「そいつは良かったな、で?さっきの不意打ちが本気か?」
「そう思ってもらっても構わないぜこっちは。ちゃんと足元掬ってやるから」
「……フッ、さて……本番といこうか」
——シメル vs ギウ 開戦!!——
次回 『此処から出さない』
名前解説〜〜
シメル → 止める
リューメル → 留める
おさらいですが
リューレル → 流れる
それとなくちゃんと家族っぽいというか似通ってて、狙ってなかったので驚きました。
ちなみに「タイマ」は……まあ次回までのお楽しみで。
代わりと言っちゃなんですが、函は矢を矢袋に詰め込んでるとこが由来らしいですよ!