#1 生まれ変わっても治らない
ザワザワザワ
「あれが噂の、この国唯一の王子……?」
いきなり割り込んで申し訳ないが、正確に言えば、王子がただ一人というだけで、彼には姉妹がなんと4人もいるのだ。まずは、その辺りから。
———前日———
「おかしいねえ……。今日は “全員集合” って伝えたんだけどねえ……」
ケーガン・ジルアーク
>ジルダーク王国国王
「約束を守ってくれたのは君だけだよ、ギウ」
「……嘘つかないでくださいよ」
ギウ・ジルアーク
>主人公
「俺だけ早い時間を伝えられただけでしょう」
「あははは、バレちゃったか〜。ちょっとわざとらしかったかな?」
「前置きはいいんで、本題はなんです?」
「おいおい、もう少し父との会話を楽しまない?繋がりは大事だよ?
例えば国王を継ぐ時なんかに」
バンッ!!
「俺は王にはならないと言ってるでしょう……!!
話はもう結構ですよね、失礼させていただきます」
「そうも言ってられないだろう?」
バゴォォン!!!
「親父殿ォ!わざわざ私を呼び出すほどの話が本当にあるんだろうなァァ!!」
「扉はもう少し丁寧に開けてあげて〜〜」
「何を言っているんだ。歩きざまに蹴り飛ばした方が効率がいいだろう」
「……姉上、ですが扉の前に人がいることもありますので……」
「ああギウ、いたのか?扉の前に」
「ええ、今まさに開こうとしていたところです」
「まさか……怪我をしたのか?」
「……いえ、そろそろ来る頃だと思っていました」
「ハハハ!だろうな!安心しろ、私とて誰がいるかぐらいは考えてぶち破ってる」
「お姉様……面倒ごとを増やさないでください……」
見るも無惨にボロボロにされた扉が、一人でに動いて、いや、直っていく。
「また新しい魔法ですか?トキワ姉さん」
「『ドアを直す魔法』のこと?できたのはだいぶ前だけど」
「ああ……どおりで最近壊れたドアを見かけないと思いました」
「まるで前までは頻繁に見かけたような言い草だがギウ、私に何か言いたいことでもあるか?」
「……まさか」
「まあまあ、とりあえず掛けなよ」
ガタンッ
カタン…
「さてギウ、改めて王位継承権のある君の姉妹について紹介しようか」
「まずは長女、シルキ・ジルアーク。
王位継承権第一位にして、抜きん出た才女。
こと知識において、彼女がそれを知り漏らすことはない。
過去に類どころか足元に及ぶ者さえ見当たらない天才。
おまけにその身体能力は素手で軍を相手取れるほど、その怪力を余すことなく美しく発揮できる体躯。それが彼女の強みだ」
(王家には代々……何か一つ他の追随を許さない圧倒的な才能……通称王才が現れるが、彼女のそれは間違いなくその「知識」!!
吸収する量も蓄える量も底の見えない脳容量!!
つまり、あの身体能力はただのギフテッド!!
最強の頭と体を賜った女性こそが……シルキ・ジルアークその人……)
「「ただし!!!!」」
「猪突猛進!一心暴乱!魔王邁進!
「知識」への飽くなき欲求を満たすために辺りを壊滅させながら進む自己中っぷり!!
彼女を国王なんかにしたら国が崩れるまでは正しく秒読み!!!」
(今現在の王女4人は、史上でも至上の王才を持つ代わりに、大問題児だらけの玉手箱……!
故に巷では異名……いや “畏名” なるものが付けられている……。
姉上に付けられた畏名は『全智暴虐』
最強にして最凶の女性こそが……シルキ・ジルアークその人……)
「正直ギウ…僕は彼女を王にはしたくない……!」
「理解はできます……」
「そんなのこっちから願い下げだもん!」
「お姉様…可愛い子ぶっても遅いです…」
「そして次女、トキワ・ジルアーク。
継承権としてはギウの姉だから2番目だね。
彼女の強みは、なんと言ってもその魔法への造詣。
魔法の効率化、新術式の開発、新魔法の発明、魔力非依存の魔法発動方法の研究、etc……
関わった研究は必ず成功させる研究者としての理想像!魔法使いに彼女に憧れない者はこの大地の上には存在しないとまで言われてる!!」
(人類の魔法における進化史において、彼女は特異点であり、いなければ1,000年遅れが出ていたと言わしめるほどの研究狂。新技術・新理論、それらを絶えず産み続けるその様こそがまるで魔法!!)
「「ただし!!!!」」
「超!超〜〜〜引きこもり!!!
常に研究を言い訳にその姿を誰にも見せない!!
家族の僕でさえ今日久しぶりに見られて「あれ?何年ぶりだっけ……?」とか思わされるディスコミュニケーションお化け!!」
(彼女の最大にして最高の研究成果 “空間転移魔法” 。
その研究理由は『部屋から出たくないから部屋ごと移動するため』!!
そのあまりに卓越した引きこもりっぷりに、ついた畏名は『達人の岩戸』!!)
「正直トキワちゃん、お父さんはもっと娘の顔が見たい……!!」
「姉さん、今日何年ぶりに部屋出たんですか?」
「え、普通に3年ぶりだけど……」
「妹ォ…姉はそんな普通は知らない」
「と、いうわけで…上の王女二人には国王継がせられないので、ギウ君にお願いした
「…………」ギロ
かったんだけど〜……いちおー下の子たちの可能性も加味しておこうか」
「遅れましたーーー!!」
「あはは、大遅刻だけどタイミングはバッチリだから許しちゃうよ〜、ディー」
(俺の一つ下、三女、デイジー・ジルアーク。
彼女の王才は一目見てわかるものではなかった……。ただ確実に、着実に、なぜかこの国で栽培される野菜の質が変わっていった。今となっては段違いの味・規格・栄養を誇っており、食べた人は体の悪いところが全部なくなるし寿命100年ぐらい伸びるし二度と他の野菜は食べられない(中毒者談)もはや怪しいブツ!!付いた畏名は『禁断の楽園』!!
ただし……)
「また泥だらけにして……」
「あははー…お姉ちゃん魔法で綺麗にできない?」
「もう……」
「どこまで行ってたんだ、今日は」
「うーん、歩いて1時間ぐらいのとこかな?今日は “ 集合 ” もあったし、走ったらすぐの近いとこにしといた!」
「そりゃ遠いって言うんじゃねえのか?」
(自由奔放の天真爛漫。なにより農業以外ではちょっとアホ。上二人よりはマシだが、王を渡すには少し頼りない)
「皆んな、天使のご到着だよ」
「「「「………!!」」」」
「ほら、いつまでもお母さんにくっついてないで、みんなにご挨拶なさい」
さすがはこの国の女王。その美貌に非の打ちどころなし。しかし、彼女のその足元、美しいドレスをひしと掴んで離さぬ、吹けば飛んでしまいそうな小さな女の子から、人々は目が離せなくなるのだ…………
「こ…こんにちは…」
ズキューーーンッッ!!!!
その威力、まさしく兵器!!!!
「ミィィィ!!会いたかったよぉぉ!!!」
バゴォォンン
「クソ親父殿ォ……ミィが怖がるだろうが…………!!」
(いや、目の前で人が蹴りで吹っ飛ぶ方が怖い)
「ミィちゃぁん、綺麗な魔法を見せてあげましょうねぇ」
「お姉ちゃん多分顔覚えられてないよ」
立てば神聖笑えば傾国、存在そのものがまさしく天使の圧倒的美少女!!皓り輝くその神々しき御姿は芸術が額縁から飛び出してきたかのよう……!
『ザ・天使』ミィ・ジルアーク
「お………
「「「「……『お』……!!?」」」」
(お姉ちゃん来い……!!)
(お姉ちゃん来い……!!)
(お姉ちゃん来い……!!)
(お父さん来い……!!!)
おはよう、ごじゃいます…」
((((なんだ………))))
「おにいちゃ…」
「「「「!!!??!?!!?」」」」
「ああ、おはようミィ」
((((う、羨ましい……!!))))
(殺気混じりだな……)
「ギウ……言いたいことはわかるだろ?」
「流石の俺も、5歳に王を継げだなんて言えませんよ」
「いや、羨ましいから君は極刑に処す」
「なんでもありなんですか?王様って」
「まあ何はともあれ、これで君の姉妹たちがいかに王に向いてないか分かったろ?
僕としては、やっぱり君しかいないと思うけどな〜」
酷な話だ。
「俺は……王の器じゃない……」
少年が一番信じられないのは——
「何より、この国の誰も、俺が王になるべきだなんて思ってないですよ」
少年は、そう自嘲して部屋を出ていく。
「おにいちゃ…」
少女が服をひしと掴む
「ごめん、ミィ」
ーーー
「親父殿ォ……あいつも別に完璧じゃないんだぜ?
なんて言ったかあの渾名……ああ。
『信不全』だ。他人を信じるっていう力皆無だからな、あいつは」
「分かってるさ…」
(それでも、君は……)
———その夜、皆が寝静まった頃———
(眠れない。昼にあんな話をしたせいか…)
「…………」
少年は、静かに起き上がり、静かに扉を開け、部屋の外に出る。
(……誰もいない…?人の気配を感じた気がしたが……気のせいなら戻るか)
「うー…」
「………?」
少年の視線の、少し下。小さな少女が一人。
「ミィ?こんな遅くにどうしたんだ?」
「…おにいちゃ…おへや…どこ…?」
(トイレか何かの帰りか?)
「わかった。一緒に部屋に戻ろうか。
にしてもミィ、暗い時は危ないから一人では——」
刹那の刹那。そのほんの一瞬だけ、少年は安堵した。
ああ、たまたま自分がいて良かった、と。
そう思うまでより何倍も早い——
敵だ
「……おや、月夜に華麗に盗人しようと思っていたのだが……よもや一歩目で人に見つかってしまうとは……」
(足運びから音がしない……こいつ相当できる……!)
「ところで少年少女、『口封じ』という言葉は知ってるかね?これは君たちの未来を決めかねん大事な話になるからしっかり聞いたほうがいいぞ。
この『口封じ』に、最も最適、もはやこの時のためにあるとすら思える言葉がある……」
「へー…『人の口に戸は立てられぬ』か?」
「おいおい、失敗する前提の話は止めたまえよ。
(来る…………)
正解は『死人に口なし』だ」
スパ———
「!!?」
(いつの間に間合いに入られた……!?)
「おや?殺す気で行ったんだがねぇ……すんでのところで避けるとは……まあ。手が焼ける程度か」
(こういうことがあると…疑心暗鬼が肯定されたみたいになって嫌なんだが……)
「俺はお前みたいな奴に出会った時のために、常に剣を携えてるんだ」
(それらしき物は見当たらない……ハッタリか……)
「見晒せ……これが……お前を殺す剣だ」
スッ———
「———柄?」
「行くぜ……!!」
(剣の柄だけ持って突っ込んできた……?
気でも狂ったか……)
先程まで少年が握っていたのは確かに柄だけだった。
——はずなのに
〈夜闇ニ妖シク煌メク刃ト炎アリ〉
これを魔法と呼ばずして何と呼ぼうか。
[火炎之様]
「——?!」
(刃は避けたが……顔に少し喰らった……。火傷……確かに火系)
「『どういうことだ?』は後回しだ。重要なのは君が確実に厄介なこと。そして優先順位が変わったことだ」
(この不意打ちでスイッチが入るのか……!)
「手練れめ……!何が変わったって!?」
ガキィィィィン
刃が加速する——
「最優先は君を殺すことだ」
キキキキキキキキキキィィィィィィン!!!
(短刀の雨を浴びてるみたいな……!!捌ききれない……!!)
[火炎之様]ゥ!!!
トッ…………(避けれんのかよ……)
「その炎の出る刀、厄介だな。剣術も並じゃない……。
当ててやろうか!君、疑り深いタイプだろ?牽制の類の効果が薄い……常に何手も予想して裏の裏を読もうとするタイプだ。やりにくくて仕方ない……。
こういう時はさあ、相手にもっとやりにくい状況を押し付けるんだ。
(何か……不意打ちを狙っている……?)
幸いちょうどいいのがいるしね」
「ッ!!」(まずい…!!)
グサ————!!!
少年の左肩に、深く刺さる短刀。それを決して、妹には見せない角度を保つ。
「おにいちゃ……?」
「ミィ、少しだけ目を閉じててくれるか?」
(暗くて助かったな……
「ウッ……!」
血が見えづらい)
「意外だな……。他人を身を挺して守るタイプだとは」
「確かにな……。自分でもびっくりだ。俺はろくでなしだからな……。
自分より他人を大事に思ったことはない。
人と人との関係性を尊いと思ったことはない。
人とは脆く、愚かしく、信じる価値がない。
そんなどうしようもない俺だけど……だからこそ……!
こんな俺を尊敬していると言ってくれる妹を、裏切るような真似をしたくはない!!」
その少年は、誰も信じない。
だけれども、誰も信じたくない訳ではない。
それは矛盾した願い。
——せめて誰かに信じられる自分でありたい。
「でも君、死ぬぜ?」
「フッ……かもな」
(実際勝ちの目は薄い……その上……)
「おにいちゃ……!!」
「なっ、ミィ?!だめだ今は離れ——」
「がんばって!!!」パァァァァ——!!
眩さを錯覚させる少女と裏腹に、死神は鎌を首にかけていた。
「素晴らしい兄妹愛だが、それが敗着だ」
死——。
「いや、逆転の、神の一手だ」
[空風之様]
「グゥッ!!?」
(今度は風系!?いやそれよりも!
先ほどまでとは比べ物にならない威力!!
なぜ……何故急にこれほどまで……!?)
「まさかぁ……その娘ぇ…………!!」
「ご明察。ミィの王才は『究極の支援』。
さあ、こっちはもう負ける気はしないが、お前はどうだ」
天下にその名を轟かせた盗人も、 “死神” の前ではただ震えることしかできない。
「く、ぅ、クソォォォ!!!」
ナイフを投げる、投げる、投げる、投げる、投げる
冷静も理知もない、かなぐり捨てた攻撃。
しかしそれも、もう意味をなすはずがない。
ズバッ——「うぅッ…………!!」
「もう降参でいいんじゃないか?」
「はぁ……はぁ……はぁ…………」…………ニヤッ
「?…………?!これは……!」
「やぁっと効いたか。言わなくても分かるだろうがそいつは毒だ!俺のナイフには全部猛毒が塗りたくってあんのよ……!妹さえ庇わなきゃ、お前の勝ちだったかもなぁ!!」
「そ……そうだったのか…………ッ」
「ハハハハハッ!!ざまあないな!!随分手こずったが、これで俺の——」
「やっぱりか」
「……は?……あ?」
(視界がぼやける?手足が痺れる?体が動かない?いや痛い?なんでどうしてこの俺が!地面に伏せている!!)
今際の際で、冷静さを取り戻す。
少年が持っているのは、あの怪しい刀ではない。
「お前ぇぇ……疑っていたのか……!?ずっと……!!」
「……お前……投げたよな……ナイフを。お前程の泥棒が、わざわざそんな証拠を自分から残すような真似考えにくい……。
なら推察できるのは『投げてでも当てる価値がある』ってことだ。だから一応、使わせてもらったぜ」
(やられた……!俺のナイフで切られていた……!!早く……早く解毒剤を……)
「動くな」
「……!!な、何故動ける?!そんなヤワな代物じゃないぞこの毒は……!!」
「寝込みや毒殺、奇襲の類には準備をしてあってね」
(打つ手……なしか…………)
とある夜。王城
「ククッ……お前のその疑心暗鬼、きっと死んでも治らねえよ」
不世出の大泥棒 vs 信不全の王子
「死んでも?まさか……」
勝者
「生まれ変わっても治らなかったよ」
ギウ・ジルアーク。転生者である。
ーーー
「いやーー!昨日は災難だったね?ギウ」
「仮にも父親が、夜襲された息子にかける言葉がそれでいいんですか?」
「だって、一皮剥けたって顔してるよ?」
(この父親の、こういうところが気に入らない。
心だろうが可能性だろうが見透かせる。
予知にも等しい『人を見る目』、そんな王才を持つこの父親が。
そんな人なのに、俺こそが王に相応しいと言うこの父親が……)
「受けますよ。あの話」
清々しいほど爽やかに笑って男は言う。
「君ならそう言ってくれると思ってたよ」
これは、疑心暗鬼の塊のように生まれてきた……いや、生まれ変わってきた少年が。
大事な人たちを、守ることを覚えた少年が。
王になるまでの物語である。
「ということで、ギウ、君は明日から学校に通いなさい」
「…………は?」
そして話は冒頭に戻る——。
次回 『実力は隠せない』
第一話お楽しみいただけましたでしょうか。初回から人物紹介ばっかりで飛ばしすぎました。ので、名前だけでも覚えてもらえるよう、名付けのルールを軽く説明したいと思います。と言っても、全員ただ日本語をもじっただけです。
長女=知識の王才 → 知+識 → しる+しき → シルキ
次女=天才研究者 → 研+究 → トキワ(音訓入れ替え)
三女=畑仕事好きのお転婆 → 泥まみれ+土いじり → 泥+いじり → デイジー
四女=美しい(可愛らしいの意もアリ) → ミィ(音訓入れ替え)
主人公ギウ → 疑う(音訓入れ替え)
父ケーガン → 慧眼
男連中の名前の適当さたるや……。次回も人がたくさん出てきますので、暇でしたら由来を予想してみてください。