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*敵側の都合

 食い詰めを集めて、とりまとめているのが傭兵団の団長。四十代の歴戦の猛者。

 そして雇い主である子爵の息子であり、利き腕である右の手首を失った若い男。

 子爵家が欲しかったのは、皮肉なことに珍しい『蘭』の一つで、それはジェームズの迷惑料の返礼で、王都住みの伯爵家に贈与されている。

 父である伯爵は東で戦争中で、小娘が代理で村を治めているから、戦時下のどさくさで手込めにして脅して手に入れようとしたら、逆に脅されて追い返された。

 その屈辱を聞かされた息子は、王太子にねだり、なんとか村に押し入りどさまぎに蘭を盗むか、ジュナに恥を掻かせるか、しようとしたら。

 右手をなくした。

 傭兵の隊長としては、その話を都合が悪いところを隠されながら聞かされて、それでもだいたい正確に把握し、正直なところ。

「いや、おまえらが駄目じゃないか」

 と、思った。

 しかも、花の村。

 ほぼ要塞。

 仲間内でも話題になるが、まず攻めるのは無理だ嫌だ、と口を揃える。

 壁が鼠返し(忍び返しだが、こっちには忍びがいないので。ジュナたちは盗賊返しと呼んでいる)状態。それを確認するだけで気が滅入る。

 ついでに、鳶が落としていった袋が派手に飛び散って、その中の粉を吸った者は激しく咳き込み続けた。

 壁にようやく先行陣がたどり着いても。

 壁に変な溝と、半円とまでいかぬがきれいな丸みがあり、イヤーな予感がするのだ。

 実際、壁に添って大石がごろごろっと転がっていく仕掛けなので、壁にとりついたり、梯子をかけて登ろうとしていた者が踏みつぶされたり、吹っ飛ばされる。

 初お目見えなので、初見殺し。

 この後、六十名が重軽傷+死者となる。

 壁の付近は木々がきれいに刈られて、木を伝って飛び移るなどを許さず。

 梯子を掛け、そこから頭を出すと、石が飛んでくる。

 壁の上にたどり着いても、飛んであちらにたどり着ける幅ではないし、落ちると、普通に怪我する。今はガチョウも門中にしまわれて、鋭い串が立てられているので、悪くすれば死ぬ。

 壁と民家の間に梯子や板を渡して走り抜けばいいのだが、石を投げつけられているのに、食い詰め農民にそんな飛び職レベルの動きをせよ、というのは無理である。

「いやー、知ってたけれどもね」

 戦用ではなく、ただ単に村に有害な『カビ』『病気』『害虫・害鳥』を入れないための措置なので、人間ごときの大きな物が入れるわけもなく。

 むろん、鎧兜着用で、盾も持って登るというのもするんだが、重いので動きが鈍く。

 で、ごろごろと壁を周回していく大石がきて。

 警戒してたというのに八人死んだ。

「どーしろと」

 ほとんどが戦闘民ではないため、数人無惨な死に方をすると、すぐ怖じ気づくし、逃げ出すので。あのごろごろ岩が本当に、面倒だった。

 咳やくしゃみが止まらないのも、よくない。

 風邪で平民はすぐ死ぬんである。

 治りが悪いそれに、だんだんと人が避け始める。

「悪い病気なんじゃあ」

「肺病か?」

 と。

 そうして弱気なところに、不機嫌に『びーっっっっ』と鳶が鳴く声がつんざくように聞こえてくる。散歩が出来ず、周囲の空気がおかしいため、機嫌が本当にすこぶる悪いので、声にそれが出ている。

 鷹や鷲でも連れていれば、中に威嚇でもさせたかもしれないなと傭兵の古参たちは言い出したが、

「それはないかな。撃ち落とされてしまう。訓練された鷹は高いんだよ。あいつら(食い詰め)の一年の報酬の何倍も」

 いずこも同じ。

 ジュナのところの鳶飼いとて、怪我したら嫌だと、一度作戦には使ったが、あとは家に閉じこめたり、紐付きで腕に乗せて、ただ鳴かせてるだけである。

 飛ばさない。絶対。

 腕をなくした子爵家の息子が、「いけっ」「何してるっ」と、怒鳴り散らすのでうんざりした。

「じゃ、門に回って、押し入ってみますか? そちらさまの手勢で。こっちは壁に注意を向けておきますよ」

 門は門で変な囲みが出来てたしなぁ。

 無理だろうな。

 と、思う。

 それにそろそろ、援軍が来る。うちのではなく、花の村の。

 子爵家の考えでは、王太子に五〇〇〇人連れて行かせたから、城にはもう防衛用の兵士しか残っていない、と考えている。城と都市を守るとなると、結構な大人数確保しなければならないから、そう考えるのはわかる。まあ、王家は動けない。

「でも、女王様は動くんだよな。逃げる準備はオッケー?」

 ここで国の爵位と、いろいろを説明すると。

 王と王妃、王太子、第二王子、第二子で第一王女、が王族となる。

 大公はいない。いろいろやらかして、実は黒百合伯が東の領地を二つ持っているのは、一つは大公の持ち物だったのを持たされたのだ。大公家が泥沼戦争の引き金になったのである。

 公爵家は一つ。昔は三家あったが、戦争で磨り潰れた。

 そして、王妃は公爵を兼任している。一人娘になったので。兄三人戦争で死んだから。

 公爵家の兵は当然、王妃が動かす。

 その行軍の速度から、チェスに見立てて、クイーンと。

 特に戦時下で、王妃が外に出る時には、

「女王様が動く」

 と、表現した。

 というわけで、王妃の旗(緋色に近いオレンジ色の大輪花)も掲げるが、本営の大きく翻るは公爵家の青星花と白百合の紋であり。

 ロバに乗った農民風の、だが古参の傭兵団の男が、懐に鷹を仕舞・・・溢れ出させて、言った。雛の時から懐に入れて慣らしたので、大きくなっても入りたがる。

「門を出ました」

 誰がとは言わない。どこのとも言わない。

 小さな紙にも、それしか書いてない。

「はい。逃げますよ」

 もともとひと当てして、食い詰めの度胸を確認するつもりなだけだった。

 逃げた奴は見捨てるし。

 さらにここで、上手く逃げられない奴も、足手まといだから足切りする。

 想定以上に、壁で死者が出たが、仕方ない。襲い殺しに行ったのだから、あちら様もこちらを殺す権利はある。

 門に攻撃しにいった子爵家の家来をそのまま置き去りにして。

 傭兵団は女王軍と反対方向に逃げ出していった。

「どんだけ残った?」

「四〇〇人もいないかと」

「勇敢なのは潰されたが、蛮勇もまた味方の脅威だったから、よく引っこ抜けたよ」

「勇敢なのって駄目ですか?」

「守る物があるんなら必要だけれども、俺たちみたいなのには、死地に無意味に突っ込む勇気とか不要だな。男って馬鹿だからさ。そういうのが先頭切ると、ついてっちゃうんだよ。気を付けようね」

 生き延びてきた傭兵団の男はそう年下連中に生き方を伝授しながら、去っていった。

 子爵家の兵の数は百二十人程度で、壁の攻略などに巻き込まれて、怪我をして百名に減っていた。それで食い詰めで補充して、三百人規模で門を攻めに行き。

 射塔からの矢で、二十人近くが脱落。

 騎士や訓練された兵なら、その屍を踏み越えて殺到するが、そうでない連中を、大量に抱えているので、混乱が生じた。

 逃げる連中と。

 それを止めるために罵声や暴力を振るう者で。

 そうして内輪もめやら逃亡、交戦での死亡などで、あっと言う間に二百人にまで減っていた。

 さらに、射塔に到達して、中はもぬけの殻で、あっと言う間に火が回って。

 混乱している間に、焼死、重軽傷、さらに逃亡者とで。

 百七十人を切った。

「万の軍には微々たるものだけれど、こういう烏合の五千人以下ぐらいなら、射塔燃やすのはいけるのね」

 と、危ないから見せては貰えないが、見張りからの報告を受けて、ジュナは感心した。

 そして翌日の昼、援軍が来た。


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