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 だらだらと籠城戦をする

 熱を出して、甘やかされて二日もしたら、だいぶ具合もよくなった。

「姉様、あーん」

「もう一人で食べられるから」

「いや?」

 ミーシャはそうやって、小首をかしげてこちらを見上げて、全部の我を通す。

 ミーシャのお匙から粥を食べて、そろそろ起きる予定だった。

「あーんして」

「あーん」

「あーんしてくださーい」

「たべれ」

「はい あーん」

「あーん」

「全部食べましたね、お姉様。じゃ、ミーシャとお昼寝です」

「いや、もう起きまする。許して」

「おねんねなんです」

「いやー、お仕事もあるしね」

「お昼寝ですー」

 がちっとしがみつかれたので、仕方なく寝直します。

「もう、こんな我が儘な妹ちゃん、見たことないですよ」

 ミーシャと居ると、言葉遣いが昔に戻りますね。優しい気持ちになるからでしょうか。

 熱を出して、虚勢を張るのが疲れてしまったのかも。

 まあでも、昼寝は早めに切り上げて、マーサ母様のところに顔を出すと、険しい顔で手紙を読んでいるところで。

「何か、ありましたか?」

 不安になった。

「あ、いえ」

 くしゃりと握りつぶした後、

「気になってしまいますよね。どうぞ、小伯爵」

 と、差し出した。

 宿屋が潰れた、報告である。

「??」

「あー、ミーシャの前のおうちの屋号、ですよね、母様」

 ミーシャも覗き込んでいた。

「ええ、そう。三年ぐらいはもつかと思っていたら、一年で潰れたらしくて。ざまみろ、とか思いましたが、思うんですけれどもっ」

 あ、前のご主人に未練が?

「あれほど、十年近く心血注いで切り盛りして、伯爵様にさえ泊まって貰える宿にしたのに。一年でっ潰された私の気持ち、わかりますか?」

 ただ純粋な怒りらしい。

 よかった。父様と添い遂げて欲しいのですが、父様は、マーサ母様にとって夫にしたい人かどうかわからないから、前夫邪魔でしかないっ。


 復帰した。

 馴れないこと続きだもの。熱ぐらい出すわよねー。

 騎士隊長から報告があった。

「見慣れない武装集団・・・二千ぐらい?西の森の中を抜けてこようとしています」

 多いな。

「どこのかわからないの?」

「紋などのわかりやすいものがまったく見えないので、逆にどこかの手の者かと」

 騎士崩れとか、盗賊の集団だと、盗んだり殺して奪った鎧や服をそのまま着るから、わりと『家紋』がわかるそうな。意味ないけれども。

 で、逆に、そういうどこの者とわかるものがいっさいないのは、どこかの手勢で隠している、のがわかるらしい。

「うちの4・5倍いるけれども。狙いはこちらなのは、変わらない? 東への援軍の可能性とか」

「援軍なら、それこそ旗色がわかります。うちでないなら、街道を使いますが・・・王都狙いの可能性もなくはなく」

「数が少ないわね」

「攻城するなら、二千では足りない。都市部の制圧もありますし」

 この村か、マーサ母様達の宿があった村を襲うのかもしれない。

 近隣はあとは、子爵領がある。

 前にうちに押し入ろうとした・・・・・・。

 んー、子爵家の五男。

 ソフィアばあやを見れば、もう調べていたのだろう、紙を広げて、顔はわかりませんがと前置きして、白森の子爵家の人間の名前と年齢と城に上がっての役職をさらさらと書きつづってくれた。

「防衛。籠城する。食料とか出した直後できっつい?」

「冬が終わりかけですからね。備蓄があまり」

「でも、やるほかない」

「芋が結構あるので、それでよければ、屋敷としては80日ぐらいいけますし。村の備蓄も確認させましょう」




 花の村と呼ばれるこの村は、防衛要塞的な村になっている。

 人はむろん、鼠も鳥も虫さえも外から入れたくないという鉄壁の拒絶を見せた村だ。

 飼い慣らした鳶に上空を旋回させて、甲高い声で『ぴーひょろろろろっ』と鳴かせて、小型の鳥が近づかないようにしている。鷲や鷹ではない理由は、小型で馴れて、よく鳴くからだそうな。

 戦力になるか?

「敵が鷹や鷲を放ったらうちのピーちゃんたちやられてしまうので、しまいますねー」

 と、鳶飼いが家にしまってしまったので、戦力外通知。

 慣らして仕込むの大変だから、いたしかたなし。

 お勤めで、飛ばずに鳶飼いの家の屋根の上で、鳴いているけれども。

 壁が最初の守りで、そのあと、ちょっと人が飛び移れない程度の隙間をあけて、村人の家が建っていて、屋根が壁よりちょっと高く、壁の方には窓がほとんど無い。あるのは、バネ弓を固定して、発射する穴と、槍を突き出す穴のみ。

 家と家は密着して建っている石造りで、何カ所か隙間を作っているが、基本は土嚢で閉じている。そこの隙間は夜間はガチョウが入って寝てる。(昼間は基本的に門中で餌をもらって放し飼い)

 こいつらは、中間生物。禊してから、村に入ることもある。基本、兵隊や屋敷の人間が調理したりする。

 知らない人が来たら騒ぐから便利で、警報として飼っている。

 ああ、知っている人が来ても騒ぐけれども。

 ほかの家禽は皆、代々村で繁殖して、村の外にまったく出たことがない、純生?生物。

 うちには鶏と、遠い遠い東から連れ帰ってきた小さめ鶉がいて、鶉は木に登れるように仕込まれて、害虫駆除している。

 警備用の犬が二十ぐらい。見習い犬とか練習中も入れれば、五十匹近く。

 外に出られる犬は六匹。ガチョウが寝る隙間に入り込める。

 一度出してしまうと、犬も禊ぎしないと入れない。

 私は戦力の確認を村長や、各動物担当の家長、一時的(三年)に中で警備している騎士と話し合いをするときは、屋敷と村の境界線で、声が届く位置に立ち、私はベールで顔を覆い、村長達は蜂蜜取りの時の防御衣装をつけて、対面している。

 会談の最初と最後、互いに顔を見せ合うけれども。喋るときはいつもこんな感じ。

 ここまで気を遣っている場所に、王太子は入り込もうとしたんだよ。腹立つなぁ、本当に。

 屋根から見回り。

 登ってきた連中に投石。

 場合によっては、大石の装填可。

 敵の大量侵入が食い止められなければ、屋敷とそこに詰める騎士も村に入る。

 花より村人である。っていうか、村人が居なくなったら、花も枯れるし、人が土足で踏み荒らしたら、ここは花の聖地ではない。



 会談を終えて、私が背を向けると、やおら村長が叫んだ。

「み な の 衆っ。日頃の備えを使うときじゃっ。大石装填するぞー」

 なんか楽しそう。

 屋根の方が、壁より高いから、横から落ちないような渡し板に大岩を乗せると、外に向かって落ちていくから。

 千人以上で壁をかこんでいるなら、二・三人は潰れると思うんだけれど、今まで使ったことがない、らしい。

 それを試せるとなったら、わくわくするよね、やっぱり。

 私は全責任を負ってるから、吐きそうだけれどもねっ。

 そのまま、屋敷に戻ろうとしたけれど、黙って背後に居てくれたマーサ母様が「ジュナ」と名前を呼んだ。

 珍しいな、いつも外だと、小伯爵と呼ぶのに。

 そう思いながら、振り返って。

 陽気そうに見えて、青ざめた村長と、各責任者達の気負った背中、に気が付いた。

 小娘が頭領では、不安をさらけ出すことも、できないか。

 あれは、気遣いで。

 私は知っていなければならず、そして子どものうちは、それに気づかぬふりをしなくてはいけない。

 私は今、領民、屋敷の家人と騎士、合わせて四百近い命の責任を負っている。

 思えば、父様。いえ、父もそう。

 あの日の、変な軽々しさ。そんな人ではなかったでしょうと思ったのだから、『どうされたのですか?』と問うべきだった。

 戦争に行かねばならない父が、わざとらしく軽く、私に気づかせぬよう空回った言動をしながら戦の地へと去っていた、あの背中が思い出されて。

 ほんの一年前の、足りない経験、察しの悪さを悔やんだ。



 一応、城には応援頼む、みたいな手紙を出そうとしたけれども、お使いの騎士たちが引き返してきた。

 門の中に飛び込んで。

「どのルートも見張りがいます。二十騎以上なら、犠牲を出せばいけるかもしれませんがこの人数では突破するのは不可能と判断しました」

 と、言ってきた。

「二千より多いなら城攻めいくかな。ほら、よくあるよね? 囮と本命とか。陽動とか」

 と、期待をこめて呟けば。

 ソフィアばあやが残念そうに言った。

「そうそう上手くいきませんし、頭がよければやりません。王道とは、安全な道なのですから。自分の『身分』『身体』『生命』『誇り』を一か八かで賭けられるのは、貧乏人か手持ちの金のことを理解できない者だけ、でございます」

 戦時体験者は語る。

「それに、街道に見張りを置いて、行き来を止めたら、城にすぐに伝わりますよ。王都に近いのですから」

 馬交換しながらの休憩なしで、一日の距離だから、そりゃ数日で伝わるよね。

「じゃあ、何をしに?」

 私が考えついたのは『嫌がらせ』だが、それにしては二千超えの人数は動かしすぎなのだ。

 どこで集めたか知らないが、見張りの、壁の上から異変がわかる(鳥がばさばさ飛び立ったり、遠眼鏡で見ると、木々が倒れたりしているのがわかる)ぐらいの数で移動してきていて。

 移動中、食事もするし、給金も出るし。

 鎧や武器も一応与えているので、それも費用がかかる。

「嫡男でもない息子の腕を切り落とされた腹いせに、ちょっと脅すには、金と人、かけすぎ」

 五十人ぐらいならともかく。

 そして、五十人ぐらいだったら、するっと近づいてきてしまい、私たちは作戦会議などしている暇はなかっただろう。

 脅しと嫌がらせ、そして自分の指示だったという痕跡を消して、「え、それは言いがかりです」とでもぬらぬら逃げ、こちらはもしかしたら、数人の侵入を阻止しきれずに、村人に被害が出たかもしれない。

 なんせ、うちの騎士と同数だから。

「馬鹿、なのかしら」

「馬鹿、なんでは」

 ああ、おうち会議で全員一致してしまった。

 やだなぁ、それだと、理性的に話し合いと妥協を見つけられない手合いでは。

 馬鹿ならお城に攻撃しにいってくれないかなぁ。でも、途中の母様の村を襲われるのは忍びない。あっちも、人口は二千人未満だもの。宿町で栄えているから、うちより人数多いとはいえ、戦えるのは五百人程度だよ。




 私は屋敷の屋上から、相手の動きを確認していた。

 寒くないのは救いだけれども、あちらも野営しやすそう。

「動きがのんびりね」

 と、私が言うと。

「傭兵が指揮しているのかもしれませんね」

 と、ソフィアばあやが答えた。

「長引かせて、雇い主から金取るっていう?」

「戦っている間は、食事できますからね」

「せちがらいなー」

「食い詰めた者を集めているのでしょうから、そんなものですよ」

「でも、傭兵が何人かわからないけれど、百人かそこいらは、警戒しなきゃいけないでしょう?」

 なんだか、嫌な考えが浮かんだ。

「私が、傭兵団指揮するなら、使い物になるかわからない連中かき集めたなら、適当なところでふるい落とす、わね」

「ですね」

「うちを、適当な戦地だと思っているのね」

 雇い主の思惑と、実行している者の思惑が異なるのだろうか。まあどっちも、くびり殺したいけれども。


 街道封鎖を確認して、二日目のこと。

 やつらを確認して、三日目。

 待たされると長いが、すぐにこられても困る。

 気持ち的にはじりじりと追いつめられる気がしているのに、迎撃は間に合うのかわからない。

 門前に構築された、射塔。門を半円に囲む形で、板と煉瓦で簡易に構築され、近づく者を弓で射る。

 在る程度近づいたら、放棄して門の中に撤退。門を閉め。

 その 射塔に敵が入ってきたら、門の上にいる兵が射塔を敵を巻き込みながら崩す。

 板に油が塗られていて、着火用導線(油浸した荒縄)に火をつけると、重たい煉瓦が崩れ落ちるように、芸術的組み立てをしている。

 ちなみに、門前でなく、門内で毎年新年を迎えるときに、作っては燃やしているので、組み立てるの早いな。

「実戦で使う日が来るとは」

 と、騎士隊長。

 ソフィアばあやにしてもみたら、新年のファイアーイベントでしかなかったので、

「まあ、今年二回目の新年のお祝いかしら」

 のほほんと言った。



 敵側の動きは悪かった。

 ふつうは先行、偵察、先ぶれなどが出て、ここに要塞のような村があるのだから『○○家の兵士団です。東に援軍にいくので通ります』的な挨拶があるはずだが、ないので、敵である。

 あの人数で動いていたら、敵である。

 外壁近くまで来たので、用意していた粉末材を鳶が上から振りまいて帰ってきた。

 粉末は、気管支を長々と刺激するハーブ等を入れたもの、らしい。

 咳き込みながら壁を登るのは大変なので、在る程度抑止になるという。

 変な小道具いっぱいあるわ。

 げほげほ言っているのかわからないけれども、進軍が止まった。

「ほんと、いらいらするぐらい動きが悪い」

「目が良い見張りが目撃したところ、指揮する連中でもめてるみたいですよ」

 と、隊長。

「数が多いとまとめるの大変ね」

「いざや戦闘、となったら、逃げる連中もいますから、かなり減りますよ」

 たぶん、のったり進軍方針の者は、開戦を遅くしたい。

 早めたい連中は、城が参戦する前に片をつけたい。

 そんな感じかな。



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