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*黒百合伯爵

 ざまあは、あっさり?


 ジュナの父黒百合伯は侵攻してくる隣国の軍を打ち破って、軍全体を少し前進させていた。

 第二王子が総指揮官だが、邪魔はしない。

 たまに、作戦で

「こっちに進まないのは何故だ?」

 という疑問はぶつけるが、説明を受け納得すると「時間を取らせてすまない」と謝罪して、おとなしくしていた。

「なんだよ、これはっ」

 そんな、いつもは静かにしている王子が叫んだのを、黒百合伯は耳にした。

「来させない方が良かったのでは」

 と、谷に領のある子爵家の新当主が言った。

 父(前子爵)と大叔父(父の叔父)が戦死して、19歳で継いだ。

「現実だよ。知っておくべきだ。君も怒りに飲まれないように」

「無理です」

 敵軍が逃げるときに、捕まえていた捕虜をばらまいていくのだ。

 すぐに死なないが、少なくても日常生活は一人で送ることが出来ないほどに大怪我を負わせて。

 仲間で、身内が。

 目の前で無惨な姿で呻き声を上げているのだ。

 追撃はほぼ不可能。

 一兵卒はそこまで割り切れない。

「悪魔かあいつら」

 と、泣き、嘔吐し、震えてわめく王子に。

「いえ、あれらは我らと同じ、人間です。どこにも記しておりませんし、口伝するのみですが、覚えていてください。先にあれを、あの連中にしたのは、70年前の、我が軍、祖父たちです。だから、互いに、命をすり潰して力尽きる寸前まで、戦う羽目になった」

「こんなひどいことを?」

「だって、連中は蛮族で、我らにしてみたら、猿ぐらいの感じでしたから」

 黒百合伯は戦争には出ていない。ただ一人の跡継ぎで、ぎりぎり成人しなかったからだ。

 ただ、父から祖父から、繰り返し語られたことを、次に引き継がせねばならなかった。

 マントの裾を捕まれ、どうか殺してくださいと懇願され、ただ虚無の目をしながら、刃物で喉を深く深く刺してやる。

 足を切り落とされ、右手も折られ、陰腹を深く刺された男の、唯一動かせる左手の力がするりと抜けていく。

「助けられそうなら助けてやれ。駄目なら、船に乗せてやれ(死なせてやれ)」

 伯はしゃがみ込み、息絶えた男に

「どうぞ かもめよ この魂に添うて道案内をしてください」

 と、願った。



 丘を登りきれば、川向こうが見える。国境の向こう側。

「猿だと馬鹿にしていたので、殺して領地を奪うことになんの痛みもありません。ああ、ほら、見えるでしょう」

 砂漠が広がっている。

「あちらに国花の群生地があって、あそこを自分たちの国の地にしたい、と我々は望んだのですが」

 そこは砂漠だ。

「連中は群生地を根こそぎ刈りとり、大量の塩を撒いていきました。雨が降り、川があっても、ここいらは広い砂漠に変わりました。何一つくれてやるものか。何一つ、奪わせてやるものか。同じ数だけ、殺して奪うまで、戦はやめない。それが彼らです。20年、ただひたすらに、増えたのでしょう。またこちらを殺すために。殺された分、殺すために。もはや国花としたあの太陽のような花の、原生地は失われ、二度と戻らない」



 何をしてしまったのかな。

 何をしたかったのか。

 戦を始めた父世代は、戦の中に死に。

 私は青春らしき日々もなく、戦の中で育って、戦の中で生きて。

 終わって、平和になった中で、ただカモメたちが父や友人達を乗せた船に添うていってくださいと願い祈るほかにできることもない。



 東に行きたくなかったのだろう父の代わりに、自分がこちらに来ることが当たり前になった。

 だから、戦の指揮をとっても、領民や騎士がついてくる。


 味方を殺して、泣きながら。


 誰かが歌いはじめ、

 いつしか皆の声が絡まり一つになっていく。


 カモメよ

 どうか


 と。


 この時は春の兆しが見える、冬終わりで。

 ふと、西の都の方を身ながら。

 ジュナは正式に跡継ぎになっただろうか。

 くずおれるように王子は地に膝をついて、ただただ白っぽい砂の地を見つめている。

「深追いするな。こちらの馬は砂地をゆけな・・・・・・子爵ッ」

 敵軍のしんがりでも見つけたのか、子爵の軍が丘を駆け下りていく。


「待ちなさいっ」

 止まらなかった。


 そして、10日後には、年若い子爵の死体が発見され。

 十七歳の次男が子爵を継いだ。

 さすがに、伯はその細い盟友の肩に手を置いて、泣いた。

 この長い付き合いの隣家は男児は二人きりになってしまった。三男はまだ大人の扱いにならぬ年齢。ジュナより年下なのだ。

 奥方(母親)は生きているから、領地や家のことは仕切っていてくれる。

「貴方の弟を娘の婿にしたいのです。だから、生き残ってください」

 娘に婚約者が居るのを忘れてる。

「この怒りを どうおさえていいのか わからないのです」



 そして。

 補給物資を持って王太子がやってきて。

「持ってきてやったんだ、感謝しろ」とふんぞり返り東の者にも大層嫌われた。

 冬も終わる温暖な頃に、ピクニックみたいな感じできて、ずっと戦っていた連中にその態度をすれば、嫌悪される。

 本来の王太子の仕事は、出張お役所(城)であって、子爵家のように代替わりしたり、跡継ぎが変更した場合、城まで書類を届けられないので、『城』の担当者が現地で簡易受付するのだ。

 有事なので、未成年でも跡継ぎの登録がされ、その書類を持ち帰れば任務完了なのだが。

 王太子は居座った。

 戦場を掻き回し、深追いして。

 八千人規模の輸送隊が、帰還したときには三千になっていた。

伯「跡継ぎ、当主の登録の書類の作成とかはすごく手早くてよかったけれども。無理だな、あれは」

小候「娘ちゃんにも無茶ぶりしてたから、花は、君の王子に多く包むと良い(第二王子派閥になんなさいよ)」

 伯爵と小侯爵は従兄弟なので気安い。

伯「我が家をこけにする者に、花は届けない。それにしてもレクターとマーサさんがなんとかできたかな(彼が知るのは、幼い小さなジュナである)」

小候「いや、ジュナちゃんが、ああいや小伯爵は頑張ったよ。大丈夫。あの家は結束が堅くなってる。はい、手紙。君のところの騎士からも届いていると思うけれど」

伯「輸送隊の方の手紙は、紛失したようだよ。もうなんなんだ、あの連中は」

 娘から父へ、二通の手紙が届き。

 内容は「跡継ぎとして登録された(ほっとした)」「母と妹と仲良くしている(よかったー)」「勝手だが、ルイスを準男爵にした(いいよー)」「婚約破棄した(あれ? あ、そういえば婚約したね、あの人が勝手に)」と、味気ないぐらい簡潔に、事務報告が続いたあと。

「良いお嫁さんがきてくれたのだから、ほったらかしては駄目ですよ」と締めくくられていて。

 なんだか泣けた。

「ジュナが立派になってしまった。お父様、こっちで頑張ってるからねっ」

「従兄ちゃんが大変なのは、ちゃんと伝えておく」



 余談だが、王太子帰還後、ジェームズが送り込まれ。

「義父様」

 と、伯になれなれしくしてきたが、婚約を破棄したのは知っていたので、近くにこないよう別の部隊に放り込んだ。その後、そこでトラブルを起こして、大事な報連相をしてもらえず、取り残されて、戦死。

 伯は仕方ない、無能な味方の方が面倒だから、と大して悼みもしなかったが、死体を燃やして骨にして小さな箱に入れて、再度補給隊(このころには王太子はすでに廃されていたので小侯爵が責任者)が来たときに実家に届けさせた。

 実家は「いらん」とはいわず。

「これ以上は迷惑かけてこないだろうから、ほっとした」

 と、簡素な墓に葬ったらしい。

 死をほっとされる男、ジェームズ。

 これにて退場。


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