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婚約破棄

 開戦を告げる騎士達が我が家にも訪れ、糧食の提供義務についても書かれた王家からの手紙を置いていきました。

 家令ライリーがマーサ母様に残していった戦争時の手引きを見てみると。

 伯爵当主が戦争に出ているので、提供の割り当てが常の半分、であることがわかりました。

「記憶しておいてください。前回はこれぐらいだった。但し、特例だった、と」

 と、執事のレクターに念押しされました。

 手引きに頼り切るわけにもいかないので、それはそうだとその数字を頭に叩きこみました。



 以前は見せて貰えなかったものも見せて貰えるようになり、伯爵教育は着々と続いきます。


 他家からの干渉。


 戦争 東 あ、ここは未成年の娘しかいなくないか? 当主は東に張り付いてるだろうから。

     

 と、舐めてやってくるのです。

 こういう連中を止めるために、ライリーは男爵、レクターとメアリーを準男爵にしています。平民が貴族に楯突くわけにいかないが、一代限りだろうが国から貴族と見なされていれば、違うから。


 とはいえ、それを押し切って屋敷に入ってくる連中が居て、大事にならないように丁寧に接すれば接するほど、舐められて。

 結局。

「女子供しかいない屋敷に、連絡もなく押し入ってくるなぞ、ただの賊である。やつらの首一つに金貨一枚つける。やれ」

 と、騎士達に命じたら、慌てて逃げていったという経験則から、私の言葉は急激に悪くなってしまった。

 未成年(15歳ぐらいまではそう扱われる。法的には13で成人責任を負うが)で、親が近くにいなくて、女で。

 良いように出来ると思うクズが湧き出す。


 この時、マーサ母様が騎士たちに激怒した。

「貴方方が、小伯爵を敬わないからです。小娘が、お嬢お嬢と担ぎ上げられているのと、ぴしっと小伯爵様と敬われている領地、どちらが侮られるのか。親の庇護のない、金を持っている娘を笑いながら犯して殺す人間なぞいない世界ですか、ここはっ。優しい人間だけしかいないとでも思ってたんですか? あなた方の、その馬鹿にした態度が、主君の娘を危険にさらしています」

 それを受けて、騎士の指揮権を与えられている男(乳母の夫)が、膝を突いて頭を下げた。

「申し訳ありません」

 それに続いて全員が、

「申し訳ございません、小伯爵様」

 と、続いた。

 以後、私は領地の者たちから『小伯爵』と呼ばれ、きちんと敬われた。

 舐められてもいいことはない、というのは学んだ。



 人口三百人程度の領地でも、人がいればトラブルは起き、山賊や盗賊は出るし、私が出なくてはいけないことも起きるだろうと。

 騎士五十人を指揮できるのは、私かマーサ母様だけ。

 騎士とは、馬に乗り、長矛や槍を持ち、鎧を持つ。

 相手が騎乗してなければ、山賊盗賊ぐらいは、この数でたぶん、いける。


 八人が上限で、盗賊が何度か出たけれど、私の出番は跪く騎士に『祈り』を唱えて、出撃命令を出しただけ。念のため騎士は十五人、見習いや歩兵十人でいかせているので、こちらには大きな怪我もなく 盗賊は壊滅した。

 盗賊の首の数で、出陣した臨時手当を出すのだけれど、首を見たくないので、ええもう無理ですから、そういうのを見たがるアンリと、もう一人を使用人からランダムに選んで、首の数を数えさせた。袋詰めのままやると、中身が人じゃなくて猿でごまかしてることがあるらしく、改めないわけにはいかないのだった。

 盗賊が三人ぐらいなら、酒を二杯ぐらい全員に振る舞っておしまいだけれど、五人前後なら酒を振る舞って、歩兵たちに銅貨一枚、騎士は三枚。七名以上なら、人数×銀貨一枚を出撃時の小隊長に振り分けさせる。そしてどう振り分けるか、見てる。

 じーぃっと。

 たまに、割り方がわからなくて、門中(門と屋敷の間に騎士の宿泊施設やその他いろいろある)の食堂で「これでうちの連中に喰わせてくれ」と、やらかす隊長がおり。

「お金も配りなさいよ」

 と、マーサ母様にこんこんと説教されたりとかする。

 正式跡取りになることで、思ってたよりずいぶん、立ち居振る舞いが変わり、言動も変わった。

 騎士と関わることが増え、防衛の責任も負うようになり、歩兵達も指揮すると。


 言動が

 荒くなった。

 言葉は強いものをわざと選んでいるが、動作もだ。


「私、いままでどう喋ってたっけ」

 マナーの先生が諦めたため息をつき、

「せめて、ミーシャお嬢様だけは戦場の穢れを吸わないようにお育てしたい」

 と、泣いていた。

「諦めないでよ、先生」

「と、申されましても、小伯爵様。ろくでもない使用人から守るために、貴女の側についたのは、純粋に騎士爵出身の、戦える者ばかりで、マナーや立ち居振る舞いは、正直に言って、本当に正直に言って、下級クラスで、幼少期のそれは、矯正してもすぐに小さな呼び水で戻ってしまいます。あと、前までは『諦めないでください』ぐらいの丁寧な言葉は使えていらっしゃいましたよ?」

 前伯爵夫人が連れてきたのが、男あさり大好きとか盗癖持ちとかだったから、私が誘拐されたり、傷つけられたりしないようにと、今の乳母が選ばれているのだった。鍬を振っていたので、ものすごく腕力があって、夫は騎士。

「うーん。抵抗していたけれども、もしかして私は、もう首改めしても平気なのでは?」

 と、家人と騎士に相談したら。

「せめて、平和な時期の初陣年齢(十五歳)に達するまで、やめていいただきたく」

 と、止められた。

「アンリは」

「私はもう十六ですよー、嬢、おっと、小伯爵様。私は騎士の娘ですし」

「だからいいの?」

 マナーの先生は、何か重要なときだけ突貫工事で私に仕込む、ことに決めたらしい。

 苦労かけますね?




 と、なかなかに荒んでゆくところで、婚約者が来た。従者一人だけ連れて。

 ルイスに王都へ先行しもらったときでさえ、安全のために騎士三人つけたのに。

 ご令息が一人しかつけないとかあるのか。

 へー。

 私が一日ぐらいの距離の王都まで行き来すると、騎士と側付き、先ぶれ込みで、20人ぐらいで動くけどねぇ。

「戦争がなかなか押され気味らしいじゃないか。領地をなくしたお前との結婚にうまみはないから、婚約を破棄する」

 私は側にいる騎士に

「手当付けるから、適当に殺処分して外に捨ててきてくれる? 二人で移動するなんて、殺されても文句言えないでしょ。最近、戦争で盗賊も多いから、そのせいで処理しましょ」

 と、ひそっと指示を出した。

「小伯爵。マナーの先生にも言われたでしょう? いきなり殴るなと。一応対話を試みましょう。時間稼ぎして貰えれば、(殺処理の)準備もできます」

 婚約者は領地を持たない都住みの伯爵の三男。名前はなんだっけ?

 実母が死ぬ二か月前ぐらいに婚約が決まって、顔合わせ一回して、葬儀で一度会い、喪中になったので、手紙のやり取りさえほぼしてないというか、葬儀参加への御礼出してそれっきりで、忘れてたぐらい。というか、名前、は、そうそうジェームズだった。思い出せてよかった。一歳半年上。

 殺しても、兄弟の別のが新たな婚約者になるかもしれない。それは億劫。

 仕方ない。猿と会話するとしよう。話し通じるかな。

 騒ぎを聞いて、マーサ母様が、珍しく麗しい伯爵夫人っぽいデイドレスをまとって、玄関の大階段上から現れた。メイド二人がややぜこぜこ息しているので、早着替えがんばったんだろうな。飾り襟の刺繍、あ、私がしたやつ、と気が付いてなんだか嬉しくなって、高揚した。お誕生日祝いに差し上げたのを、使ってくれたのですね。

 久々にちゃんとしたマーサ母様を見ると、手入れをされて伸びた髪は金髪に近いぐらい。尖端が透けてるのは、痛んでるからだけれども。磨かれた貴婦人であり、私も誇らしい。メアリーが手入れに苦心した渾身の作品、である。

 その背後から、ぴょこっとミーシャが顔を出す。

 マナーの先生はミーシャを淑女にすることに魂を捧げることにしたらしいので、そっちの出来もすごい。ふにゃと笑えば、天使である。最近、お澄ましを身につけてしまって、あんまり見せてくれないけれど。

 私?

 この動乱に伯爵跡継ぎになるから、私はただ強気で行くだけ。

「え、なんだこの女。伯爵は再婚してたのかよ。聞いてねえぞ」

 保護者が出てきたとたん、ジェームズが狼狽しだした。

「我が伯爵家への縁組みの解除をご希望。確かに聞き届けました」

 マーサ母様から出るのは低い声だ。

 怒りをかみ殺して、喉から出している感じの。

 あ、ジェームズ、二歩下がった。

 ビビるよねー。うちの騎士達さえ、マーサ母様が怒ったら即跪いて謝罪するもの。

「すぐに破棄の書類をそちら様にお届けします。お帰りを。娘への乱暴な罵倒、しっかりと夫に伝えますが。裁量を在る程度渡されている私と娘は、ゆめゆめそれ、忘れませんので。伯爵当主の妻の私と」

「跡継ぎの私が」



 忘れないから


 本当の母娘のように、声がきれいに重なった。



 そんなつもりじゃ、とかなんとか言ってジェームズは慌てて帰っていった。

「ルイス、ばかりに行かせるのも悪いかしら」

 と、私は婚約破棄書状を相手の家にもっていかせるのを悩んだ。

「もめそうですから、爵位があるほうがいいかもしれませんな。私かメアリー、シルヴィアさんでしょうか」

 と。レクター。

 現在、玄関で急遽円座会議。座してないけど。

 

「ばあやって、爵位持ち?」

 祖母付きだったおばあちゃん侍女である。腰をやって、王都の屋敷からこっちの屋敷に移動して静養していたのだが祖母(侯爵家出身)の嫁入りに付いてきただけあって、立ち居振る舞いが良いと先生が感激して、今はミーシャ付きの一人である。

 我が家はミーシャが淑女でご令嬢である。

 貴女とマーサ母様は我が家の大輪のヒマワリ。私は黒百合なので。属性違う。

「代々の男爵(一代限りじゃないし、自前だよってことです)でございます、小伯爵様」

 呼ぶまでもなく、ミーシャの側にいたので、行ってくれるかと聞くとシルヴィアばあやは受けてくれた。

「それにしても、因縁でございますね」

 腰をやったのは、この婚約を止めようと前伯爵夫人(実母)に進言したら、腹を立てた夫人に突き飛ばされたから、という。

「返す返すも、ごめんなさい」

 生ける災厄みたいな母だったなぁ。

「良いところもあったのですよ」

 フォローしてはくれたが、思い返しても『残念』とかで笑えない存在感な実母しか思い出せない。

 ばあやは行くと言ってくれたので、書状をてきぱき作ってしまうことにした。上位貴族の跡継ぎの婚約なので、城にも届けることになる。来週までは城の役所に届けたい。

 ライリーの手引きに、私の婚約のことが書いてあった。

 伯爵家としては東の領地に隣接した子爵家の三男を婿にしようとしていたのに、前夫人がそれを嫌がって、勝手に登録を出した、という。田舎者が息子になるのは嫌だ、都暮らしの子がいい、と。

 我が家にはなんのメリットもない婚約だったらしい。

「あんまり会ったこと人だったけれど、ジェームズはなぜにあんなに、自分がえらいみたいな態度で破棄しようとしたのか、わからない」

 年嵩の使用人達は「ああ、実感がありませんか」と、顔を見合わせた。

 話しが長くなりそうなので、談話室に移動した。

 使用人でも、同じ卓を囲んで座ってもらう。

 使用人上位は執事のレクターだが、爵位で言うとシルヴィアばあやで、年齢的にもそうなので、彼女が私に、教えてくれた。

「ここ18年ぐらいは大きな戦争がございませんでしたので忘れられがちですが、長く続いた戦が国の男達の命を吸い上げてしまいまして。国の統治がどうにもならなくなったので、女性継承が認められて、私や小伯爵のように女児でも跡継ぎになり、当主にもなれ、妻の権限も大きくなるようになりました」

「うん」

 そのときの財政難で、一代限りの『準男爵』とやはり一代限り『男爵』が安く売り出されるようになったという。安いと言っても、ちょっと裕福な庶民が一生かけての稼ぎで準男爵が買える、ぐらい。それって、霞食って、妻子娶らず、親の世話もしなければ、という。

「それでもどうにもならなかったのが、婿、でございます」

「あー、男が死んでるもの、ね。戦争が激化すれば、男は超売り手市場になるから強気な訳ね」

「そう考えられますが、愚かです」

「跡取りの婿じゃなくなったら、次男三男って、戦争いかされそうだものね?」

 シルヴィアばあやは皺ぶかい顔でころころと笑って。

「破棄してしまえば、あとは勝手に自滅するでしょう」


 ああ、劣勢という噂を真に受けているから、あちらこちらの家の跡取りが死んでいくのを期待したんだろう。

 伯爵より格上の婿の座が転がり込む、と期待したというか、信じたというか、ずいぶんな希望を持ったものだな、と思った。

 まあいい。

 切り捨てよう。

 野心が強すぎるお馬鹿さんはいらない。私の実母だけで、当家はもう割り当て十分だろうにっ。



 盗賊が増えているので領地にも残さねばならず、騎士3名と歩兵12名を護衛につけて、母の名代としてシルヴィアばあやに婚約破棄の手続きをしてもらった。腰やっているご老体なので、強行軍は駄目、絶対。

 ということで、歩兵多めにつけた。

 歩兵っていっても、この領地で15歳以上20歳未満の連中だけれどもね。女の子もやる。少数な村なので、何かの時には『全員参戦』になる。これらは軍事徴収の一環で、この手の仕事をさせるんである。そうしないと、有事に鎧も着られないし、槍も持てないから。

 鎧といっても、胸当て、籠手、リングみたいな頭の防具だけれども。それ着用して、槍持って、歩かせると鍛錬なので。そして、彼らはこの5年しか、外に出ない。それ以降は村にこもりっぱなし。特殊な花や木に、寄生虫とか病気を持ち込まれるのは困るので、出入り厳禁。私ですら、屋敷で一か月以上身ぎれいにしてから、村の入り口にようやくいける、ぐらい。本当に大事な温室には、三か月以上の、おこもりが必要。

 それを禊ぎ、と呼んでいる。


 あちらさまの御当主は寝耳に水だったらしいが、こちらが激怒しているのがわかると、破棄書類に捺印して、謝罪の手紙と慰謝料をつけて、シルヴィアを返した。


 手紙を見ると、文官さんなので美しい筆跡だが、中途に怒りで手がわなないたのがわかる乱れがあった。


 せっかくのご縁を無念

 あの馬鹿息子許すまじ


 というのが、文字から怨念のように浮いてくる。

 ジェームズの単独犯か。


 わりと貴族のおうちあるあるで、長男次男はがんばって育てるけれど、それ以下の子供って、もう育てるエネルギーが残っていなくていい加減にしがち、なのだそうな。


 まあそんなわけで、城に婚約破棄の申請には、ルイスが行けばいいけれども。

「ごたつく前に、ルイスも準男爵にあがっとく?」

 交渉も多いので、申請のついでに爵位とってほしい。

 マーサ母様が『だんしゃり』しまくったおかげで、お金は用立てられる。

 元々、あと1年もすれば授与する予定だった。

 ルイスはうちの使用人と結婚して、子供もこちらで見習いみたいなことし始めてるし、たぶん私が伯爵を継ぐのに前後して執事になり、そのうち家令になることだろう。

「いまだ未熟な身に、ご期待いただけること、ありがたく、うれしく存じます」

 と、ルイスが頭を地面につけそうな勢いで礼をした。

 子供もいるのに、あっちこち行かせてご免ね、という罪悪感の解消のためにも。

「見逃した。初めてのたっちを」

 末っ子が立ち上がるのを見えなかったらしくて。見たかったって泣いてたりとか。

 心痛いわ。

 騎士に従兄がいるから、そこで愚痴っているのよね。仕事の不満は言わないけれど、子供がいかに可愛いかと、一緒に過ごしたいのに、時間がないとかそういうのを延々と。

 うちは、基本的に男の使用人は22歳ぐらいで、女の使用人は20歳ぐらいで結婚させていく。ルイスはお相手がちょっと年が離れたので、なんせ家令候補だから下手な嫁はつけられないからと選び抜いたから、結婚したのは彼が24、妻が19だった、らしい。

 妻の方は産育のため、お仕事はしばらく控えている。元は厨房の使用人だった。

 三人目が生まれたばかりで、ごめんね、戦争で。ごめんね、小娘が領地仕切るから、あわただしくて。

 ということで、早めに授与した。

 お嫁さんも喜んだよ。

 やはり、成果があるとがんばれるものね。


 あっちこっち気を配って、ちょっとお疲れ気味ですよ、私。


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