誕生日
新年があけて、わりとすぐに、私の誕生日があります。
この、十三歳の誕生日の思いでは
強行軍
でした。
馬車の馬を取り替えながらずっと走らせると、なんと丸一日で都に着いたのです。
中の人に優しくだと、四日近くかかりますが。理由が理由なので、まったりのったりしません。
私、吐きましたわ、四回も。
「お水飲んで。吐いてしまえば楽です。もうじきですよ」
アンリに背中さすりさすりされて。
きっつー。
ミーちゃんはお留守番。
マーサ母様、乳母、アンリ、私で馬車に乗り、十二騎の騎士を前後左右につけての旅。
メアリー(侍女長)の次男で執事補佐の、ルイスが三日ほど先行して王都の宿を取ってくれていて、そこでみんな、寝込みました。
お父様、いえ伯爵は領地が東にあるのと、爵位がけっこう上なのと、ちょうど城に来ていた都合の良さで、戦争準備に現地入りする第二王子の参謀みたいな感じで、同行したらしく(うちで一泊しかせずに、あちらさまと合流したんですね、きっと)。
私の扱いが、お城ではとても善くして貰えて。
先触れはルイスがしてくれてますが、到着してもあれこれ待たされる覚悟をしていたのに、待合室で待つこともなくすぐに王に謁見できて。
目の前でぱんっと、跡取りですよ書類に判子を押され、王太子様と陛下がいて。
「お父上を急遽、あちらに行かせてしまったから、あまり話しもできなくて不安だろう。すまないな。本来なら、この手続きも、十四歳ぐらいでするのに、一年も子供時代を削らせてしまったなぁ」
と、痛ましそうに陛下から同情されました。
喋るとぼろが出るので、ただ憂いのある表情を作り、定型挨拶以外は、
「未熟者ですが母と力を合わせ精一杯領地を守りたいと存じます」
「光栄です(マナーの先生曰く、教えたでしょう、『光栄にございます』ってっっっ)」
「父を信じています」
「若輩にてご容赦賜りたく」
の、どれかで返せ、というマナーの先生の指導の元、無難に切り抜けました。
生きた心地もありませんっ。
母は私の後ろで、後見人として挨拶した後は黙って立っています。ああ、でも、居てくれるだけでありがたい。
ひどい戦争状態だと、十二歳で後見人なし当主になったりしますが、まだ戦争始まるかなって頃だと、十五歳未満は後見人付きで当主になる、はずです。
酷い戦争、だと後見人も摩耗しているから、ガキに領地見させるぐらいなら、大人な後見人に継がせるよ、って話しです。
跡取り届けは、私の顔の画と私の特徴と、掌をぺたっと押したものです。
それが三枚。
城の文書室に本紙、写しを私と立会人が一枚ずつ持ちます。
立会人は、今回は王太子殿下ですが、普通は宰相閣下か王妃様です。あ、伯爵以上の場合です。子爵以下だと当人は謁見せず、陛下がぽぽんっと書類に判子を押して、文官とそのときどきの担当者が立ち会い人として写し預かるそうです。まあ、普通に写し保管塔があってそこにしまわれます。
お役目を無事に果たし、写しを大事に抱え、馬車に乗り、ちょっとした感傷で売られた家の前をぬけて貰い、ああこんな門でしたねぇと懐かしく思いながら、宿屋にマーサ母上と共に帰り着き。
もう一泊して。
強行軍で、とんぼ返りです。
戦争の噂が流れて、街道の治安が悪くなっているので、宿場町も安全でないかもしれず、走り抜くのが一番だったらしいです。
ルイス「旦那様が愛用していた信用できる宿が、すっかり使い物にならなくなってしまって。あそこで泊まれたら、とても楽なのに」
乳母の夫(騎士)「若い女に入れあげて、女将追い出すとか、ほんとろくでも」
というのが馬車に揺られていると、細切れで聞こえます。
馬車酔いがひどくて、マーサ母様の膝に頭をのせて、呻いていたのですけれども。
母様が、苦笑いのような顔をして。
私の目を掌で覆いました。
「無事に小伯爵になれました。些事などに心囚われずに、お休みなさい。屋敷に戻ったら、ジュナの好きなものをメインにした晩餐にしましょう」
ああ、まるで本物。
本物?
本物は、アレでしたからねぇ。
なんだか泣きそうです。
帰宅して二日後。
馬車にいてさえ強行軍のせいで、あちこち筋肉痛になっていたのがようやく和らいで。
良いワインをみんなで飲んだ。
体がきついときに飲むのはもったいない、と言われて。
確かに。ただ純粋に味わいたい。
私が生まれた日に作られたワインは、いつもより香りがよかった。
ミーちゃんさえ、お湯で割った同じワインを飲んだ。
マーサ母様はワインを飲むとき、とても幸せそうだった。
口紅をぬぐって、雑味が入らないようにし。
湯冷ましで口の中を整えて。
ゆっくり、グラスを動かして香りをゆっくり吸って。
一口。
ゆっくり嚥下する。
そして、眦を下げて、緑瞳をくゆらせて、ほほえみながら名残りを楽しむ。
それはそれ。
ほぼ4日、留守にしていたら、ミーちゃんは立派になってしまって。
私へは『ねえちゃま』ではなく『お姉様』と呼びかけ、マーサさんには『ママ』『かあちゃん』とあっちこちぶれぶれしていたのが『お母様』とちゃんと言えるようになっていて。
寂しい。
あれは可愛かったのに。
マナーの先生がこっち見ていて
「ジュナお嬢様も、頑張って頂きたく」
ひぃー・・・。
「と、言いたいところですが、領地のことを学ぶ時間がどうしても多くなりますから」
私は一人娘で、跡取りなのは決定していたけれども。
正式に国に登録されたのだ。
父は戦場で。
いつどうなるかわからない。
跡継ぎとなってようやく、執事達の『これは、お嬢様にはお伝えできない』という濁しが外れるのです。
ほんのわずかでしたが、屋敷の者とマーサ母様が、私の子供である期間をなんとか守ろうとしてくれたことを、ありがたいと思っています。
聞かされたのは、だいぶん酷い話しでした。
以前から、父が東に出かけて、長く帰らないことが多かったのですが、ここ三年ぐらいは嫌がらせが続いていたそうです。
麦の産地なので、収穫前ぐらいになると、隣国が火を付けにきたり、農民を殺したり、収穫物を奪ったり。
父はだから、夏半ばから、収穫が終わって、麦の輸出や輸送が済むまで、東の領地から離れられなかったのですね。
そして、隣国に忍ばせた密偵からは、まとまった数の人間を集めようとしている、という報告。
城にその情報を届けてみれば、王家もその情報は掴んでおり、第二王子を出陣させるからお供しろと勅命がおり。未成年の娘をほったらかして戦争には行けないので、ちょうど、浮気相手と再婚するから出て行けっとやられた知り合いの母娘を保護していたので、ライリーと養子縁組してすぐに再婚して。
私を頼む、とマーシャリー様にお願いして戦場へ。
「伯爵夫人として贅沢して良いんですよね?」
と、約束を取り付けて、マーシャリー様は義母としてここへ。
「なんかすいません」
「住むところと、食べることに不自由しないのはありがたいことです。庶民では手のでない、お高めワインが飲めますし」
「父との付き合いはどれほどに?」
「十年、ぐらいでしょうか。宿の常連で。宿は亭主のでしたが、あいつ働かなくて。私が切り盛りしていました。私どもの宿に宿泊されて、都で知人や取引先に配る土産物なども私が手配しておりました」
ああ。
うちの母やらないものね。
おばあさまが生きていた頃は、おばあさまがしてたんだろうけれど。
屋敷があっても、疲れるからその手前で、一泊してから来てたのですね、お父様。
思えば、そんなノリの人でしたかって、母といるときは楽しい気分ではなかったのでしょうし、喪中に冗談も言えません。
庶民のわりに、人を使ったり、手癖の悪い使用人見つけて辞めさせたりするの上手いのは、お客商売だからか、と思ったけれど。
「大きな宿だったので、従業員も多かったんですよ。それだけです。ただ、だから、切り盛りできる、と旦那様は確信されたのです」
土産物などの贈答品手配ができて、家人の指揮が取れる、十年ぐらい付き合いのある女性が、困っているところに落ちてきたって、父様なんて強運な。
物語の主人公は父と義母では?