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終戦

 国王、退位。

 女王即位。

 そして、それが今まで王妃として城につながれていた女公爵が解き放たれることだと察した周辺国は、戦争の準備を停止した。あわよくば、ちょっかいをかけるつもりだった。だが、流れが変わった。

 そして前国王も、海賊を睥睨しに港に居を構え、物流の安定に専念しだした。

 女公爵は西を拠点にし。

 東は女王の弟がおり。

 かつて、周囲からぶん殴られて、なかなか停戦にならなかったのが、今回は三年ほどで落ち着いたのだった。

 いやだいやだとわめいた姫も女王になってしまえば諦観し、必要物資を右へ左へ動かし、人のあやうい流入を抑え、流出を止め。

 人心が荒れ、治安が悪化した地域には容赦なく圧力をかけた。

 婿はけっきょく公爵領に責任者がいなくなったので、子を連れてそちらを管理し、侯爵家三家と調整を率先して行ったので、内部は落ち着いた。


 北から多少のちょっかいはかけられたが、過剰の戦力で女公爵が駆けつけて敵軍を殲滅してのけると、長期化戦争の入り口は、ようやく閉じられた。



 私は十五歳になっていた。

 子爵領では中の女達が食い詰めて逃げた連中(花の村を襲った一部・ないし襲う前に逃げた)をひっそりと内部に入れたあげく(土地を捨てた領民は罪人。戦時は死刑もありえる)、炊き出しを奪おうとして何人も殺すという事件を引き起こして、乳母とアンリが指揮して罪人を処刑、生首を村の入り口に飾り、手引きした女達を奴隷に落とした(この処置は、本来のといっても代理だが、私の処置を待つ一時措置)。その直後に私が戻り。なんだこれはと怒り狂い、手引きした女たちを足の腱を切って、片目を潰す処置後、永久奴隷として酷使することにした。人も死んでるし、罪人を庇えば、そういうことになる。一つの小屋に押し込めて、日の出から日の入りまで、畑仕事をさせて、炊き出しのものを食べられるのは最後。まあ、具はほぼ残っていない。

 夜中は寝させる。日が暮れてから何かさせても、怪我して面倒が増えるだけ。

 そうして、まあなんとか普通に、炊き出しなしで生活できるまでになっていた。

 人数は四百人になっていた。

 公爵家の兵はいなくなっており、身内の侯爵家から百人借りている。

 咲かなくなった鉢の薔薇を二十を預かり、咲くように世話する、のが対価で。

 お金で払う方が楽だよ。枯らしたまずい希少な薔薇を二十も。

 咲かしたけども。

 うちの村人優秀だなぁ。


薔薇担当「温室がすごいんですよ。あと肥料」


「父様が帰ってくる」

 その報告を受けて、ここからまた離れるのだが、あんなことがあったので不安である。

 村民を全部集めて、言った。

「しばらく私はいなくなるけれど、帰ってきたときに騒ぎを起こしていたら、今度こそ全部殺処分にするから、おとなしくしてなさいね」

 ほぼ全体から、

「ご命令のままに 小伯爵様」

 と、返ってきた。

 調教の成果で、見た目だけは従順である。

「アンリとその夫を代官とします。お願いね」

「はい、小伯爵」

 アンリは騎士と結婚していた。いろいろ考えたけれども、独身のまま騎士たちの間に置いておくのも問題だな、と思って。東から見合い相手が来たので、一ヶ月ぐらいじっくり話合いをしてもらったあと、婚約一ヶ月、そして成婚。戦時でなければ、もう少しゆっくり準備したのだけれども。

 乳母とともにこの村を見て貰っているので、短期に抜けるときは彼女と夫に任せている。そして乳母には準男爵を授けて、アンリを見守って貰っている。

「一ヶ月以上、あちらにいることになるなら、一度様子を見に戻るから」

「少しはゆっくりお休みください」

「そうね、って言いたいけれど。アンリたちもあまり休んでないでしょう」

「小伯爵様がいる間は、私たちはほっとしていられるので、十分です。ご立派になられました。伯爵様もお喜びかと」

「一万二万の領民を背負う父様には全然かなわない、と思う」




 そしてようやく、花の村に帰還。屋敷の自室で、半日眠った。

 起きたら、ミーシャが添い寝していた。

 ミーシャも大きくなったなぁと、姉らしいことを思いながら、起きて。

 ヨウという私専属の小間使いが、ささっと髪を直してくれます。

 彼女も十四歳で、アンリや乳母のしていた私の世話はだいたいできます。私が屋敷にいないときは、先生について礼儀作法などを学んでいるそうです。

 ミーシャも起きたので、彼女の髪やドレスも整え、

「お茶をお持ちしますか?」

 と、聞かれたけれども、サロンで飲むと答えて、ミーシャと一緒に部屋を出た。

 てきぱき仕事もしているし、小間使いからメイドにしてあげてもいいかな。メアリーとレクターと母様に相談しよう。

 もうじき父様が帰ってくるので、浮かれながら、明るいサロンでお茶を飲みながら、当たり障りのない手紙を読んで、お祝いや悼む言葉を添えて、生花ではなく、ドライフラワーや押し花にした花を添えたり。

 ふっと、おそろいの髪留めの、白金の方がミーシャの髪に繊細に輝いているのを見て、うんやっぱり、ミーシャに似合ったわね、と思った。

 白金の方が高いし、組み合わせでもそちらを上にしているから、姉の私にプレゼントしたかった空気は感じたけれども。

 金色っぽいミーシャの髪に、ゴールドの輝きは、とけ込みすぎる。

 ということで、交換した。


 この屋敷は、ゆるく、優しく。

 ほっとする。


 もう、それぞれが自分の部屋でお風呂に入ってもいいぐらいには屋敷に普通の人手はいるのだけれど。

 もうじき一緒に居られなくなるだろうから、三人でわちゃわちゃとお風呂に入った。

 ハーブや季節の花びらを浮かばせる余裕も出来た。

 戦争が、終わった。

 その事実は、こんなに、息がしやすくなるのか。

 洗った髪に、椿の種を絞った油を塗りあいっこした。



 私は、父様の代わりに、東へ行くことを、決めていた。

 辛いときに添うことのない人間に、人はついてこない。

 戦争は、年齢的にも、立場的にも無理だったが、復興ならば、私はそこに立つことが出来る。

 東の領地は、大きく、強い。

 私は伯爵家と領民を継ぐから。

 そこに、母はいないだろう。

 父もいないだろう。

 広大な、見知らぬ土地で。

 完全にあちらにいくのは、二年か三年後を予定しているけれども。

 幾度かあちらに足を運ばねばならない。

 そうしているうちに、ミーシャはどこかにお嫁に行き、私も婿を貰い。

 バラバラになってしまう。


 マーサさんを見た。

 まだ二十八歳で、若々しい。

 難しい時期の三年を実際に伯爵夫人として切り盛りしてくれた。

 平民上がり、一代男爵の娘(ライリーととりあえず養子縁組してる)と、文句を言う者もいるかもしれないが、あの籠城戦でも普段通りに献立を決めて、屋敷内を制御できる夫人はそうそういないから、手放す気はない。父様には頑張ってもらいたい。本当に。



 それから七日が経ち、屋敷の中の父の部屋や、父がよくいく入りびたる剥製を飾った部屋の掃除もし終え(この部屋、この近辺のだいたいの動物が剥製にされていて、昆虫の標本もあるので人気である)、あとは父を待つだけ。

 先触れが一昨日来て、本日到着予定だと、伝えてくれた。

 先触れの伝令騎士は夕飯を食べて寝た後、朝食用の豆を練り込んだパンと水だけもって、父の隊に戻っていった。

 待っていても来るけれども、戻ることは、道中が問題ないことを伝える意味もある。

 屋敷の屋根から、東の方の街道を見ていると、戦後すぐなのでいつもより護衛が多い状態で、黒百合の紋の入った馬車が見えた。天井にも描いているし、旗持ちが旗を持っているから。

 騎馬は二百騎を超え、そのための食料や生活用品を台車にのせて運ぶ人足や歩兵。

 三百人以上で移動。

 王都周辺出身の参戦者を帰還させるのも兼ねている。


 黒い布におおわれた荷車がある。Uの字を一本の線が貫くΨの記号は、簡略化したカモメであると。


 私は祈った。


 カモメよ

 どうか 

 彼らの乗る魂の船に

 添うてください



 生きて帰れなかった者もいるのだ。    

 父が帰ってくる。

 だから、浮かれていた。

 でも、見えた黒い幕に、私の気持ちは沈んだ。

 父は、怪我をしていないらしい。

 生きているし、元気だと。

 それが幸運なことだと。

 そして、戦前の日々が帰ってくるのだと、私は無邪気に信じていたことに、我がことながら、ぞわっと嫌悪感が走った。




 一行は黒百合の関係者だけを置いて、都に、城に戻るという。一部はそのまま故郷にも戻るが、死者たちは女王によって、悼まれ、王都の者に英霊だと称えられて、無縁の者は英霊墓地に、家族が待っていればそちらで、埋葬される。

 せめて、と。

 干果を練り込んで焼いた甘めのパンと、酔ったりしないように水で薄めたワイン樽を渡した。

 全員に二つ、三つ、ポケットに入るぐらいの水気の多い瓜を。

「ありがとうございます」

 そういって、先頭列が城への道に向かっていく。

 立ち止まると、長いこと動けなくなってしまうからと、ゆっくりと進んでいく。

 黒百合の紋の馬車はずいぶん手前で横によけて停まり、去りゆく仲間を見守っていた。


 そしてすべてが流れるように去っていき。

 うちの騎士達がその最後尾を少し先までお見送りして。

 仲間が去るまでは、静かだった黒百合の馬車と、それを守るうちの護衛たちが、ゆるゆると門前にきて、停まった。

 

 馬車のドアを、レクターが開けて。

 父様が、おりてきた。


 思ったよりも、ちゃんとした服を着ていた。 血が付いているとか、破れているとか、焦げているといったこともなく、襟がぴしっとした服だった。髪もきちんと撫でつけられて、髭も整えてある。

 3年前より、すごく痩せている以外は。

 それ以外は?

 戦の前、のまま?



 私は幾度も暴力の中に、暴力の中心にいたことがあるから、かつてなら気が付かなかっただろう、父様の目の荒みに気が付いてしまった。纏う空気が、もう昔のソレではなかったから。

 怖い、と思った。

 怖じ気づいてしまった。

 そのすぐ後ろにいたマーサ母様が、ふっと息を吐くと。

 とても柔らかな声で、

「お帰りなさいませ、旦那様。覚えてらっしゃいます?」

 と、朗らかな空気を生み出して一歩ずつ父様に近づいていった。

 そして、そっと抱え込むように父のことを抱きしめて、

「お帰りを、皆でお待ちしていました」

 父の目がゆるりと潤んで、

 私はようやく呪縛みたいなものが解けて、

 駈けだして。

 抱きついた。

「父様、お帰りなさい」

 便乗してミーシャも来た。

「おかえりなさーい、伯爵のおじさま」

 骨張った手が、私の手に重なりました。



「ああ ああ ただいま」



 父様が戻りました。


ここのシーンのために、無夜はこの物語を書いたのです。ここのためだけに。

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