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7/10

それにしられてはならない。7(あいにくですが、私は父の実の娘になりたかったです!!)より

もしも、だ。

私はそこまでかしこくも、知恵が回るわけでも無い頭で、それでもこの状況という物から導き出せる物事を、推測していった。

生まれ変わる前の私……王族様の娘のエーダ、正式名称をエーダインが行方不明になった世界という事が、あの砂漠の王からの返答でわかった。

つまり、ここは、私が消滅した世界というものであって、私が生まれ変わるまで暮らしていた世界なのだろう。

世界がいくつもあるなんて、物語の中の出来事としか思えなかったけれど、ほかに正解になる考えが導き出せない。

……私は未来を変えたと思った。けれども、それは私が過去を変える前の世界と、私が過去に渡った世界という、二つの世界を作り出してしまったという事になったのだろう。

そして、私がいなくなった世界では、砂漠の王の妻が行方不明になるという事で、事態がゆっくりと収束していったんだろうか。


「……炎には今しか存在しない」


私は竈の神様が言っていた言葉を思い出す。思い返す。

今しか存在しない炎の中に、竈の神様の力を借りて飛び込んだ私は、確かに過去に渡る事が出来ていたんだろう。

でも、私という人間がそう言う選択肢をしたという世界は、残されたという事で、エーダインが行方不明になって、誰もがその顔を忘れるという存在の消滅、と言う結末で落ち着き出そうとしているというわけなのだろう。

推測ばかりでどうしようもないけれども、ほかに導き出せる回答が無い。


「……わたしは、あなたをのこしていってしまったの」


小さく口から出てきた言葉が、あまりにも重たくて、私は寝台の中で顔を覆った。

大事だから、彼の苦しみの原因を取り除きたくて、彼の家族を取り戻したくて、何もかもをなげうって過去に渡って、存在まで失ったのに、世界が二つに分かれるなんていう事になって、結局彼から、今度は妻まで奪ってしまったのが、今の私という事だった。


「なんて、残酷な女だったんだろう」


もしも、過去を変えても、私の夫が苦しみ続ける世界が残されるなら、私はその道を選ばなかっただろう。

私は、過去に戻れば、過去を変えられれば、彼はもう残酷な運命では無くなると信じて、そう思って過去に飛び込んで……でもそれが間違いだった? 

どうなっても、この世界は存在し続けるというのならば、私は過去を変えるという方法では無くて、もっと別の方法で動けばよかったのだ。

彼に何度も、喪失を味わせるなど、望まない事だったんだから。

その喪失を無かった事に出来ると信じて、竈の神の力を借りて……結果がこれか。


「……」


私は寝台の上から降りて、床に敷布一枚で横になっているその人を、黙って見下ろした。

悔しかった。こんなに後悔している事など、どの記憶の中にも存在しないほど、私は後悔して、自分を罵りたくて、罰したくて、涙がこぼれだした。泣いたって何も解決しないのに、涙は止まってはくれなかった。

ごめんなさい、と言おうとした唇は、岩のように動く気配が無くて、ただ、私は涙を床に落とし続けていたのだった。






「女」


「名前を聞くつもりもないわけ?」


「名前など、俺にはもう意味が無い。妻以外は等しく女で十分だ」


明くる朝、私はあの後寝台に戻って、何事も無かったように振る舞った。そして私より先に起きていた王が、その気配で起き上がった私に呼びかけて、今に至る。


「お前の望みの物は都合しておこう。この砂漠の街は、今や全てが手に入る」


「大陸の半分の品物が、ここに流れてくるって言いたいわけ?」


「俺が居城にしているここに、否応なくあらゆる物が集まってくる」


「……あなたはそれが好ましいって訳じゃなさそうね」


「俺が真に豊かにした街を見せたかったのは、俺の妻ただ一人だ。俺には家族の一人も残されていないのだからな。俺の妻に、この景色を隣に並んで見せたかった」


「それだけ、奥さんを愛していたの」


私の馬鹿なような問いかけに、王は頷いた。瞳の黄金の中で、愛情が燃えている。


「そうだ。俺は妻を心の底から愛している。……妻が笑う以外の物など、価値が塵芥に等しくなるほど、俺はあの妻の、おびえない笑顔を想っている」


現在形であり、過去形にならない事こそ、彼の愛が揺るがない事、昔話にならない事を示していた。

エーダはそれだけ愛されていたのだ。もしかしたら、あの時、夫の元に戻って、自分の罪を告白すると言う選択肢があったのかもしれない。

それはもう、私の選んだ選択肢では、わからない事になってしまうのだけれども。


「……奥さんが見つからなかったら、あなたはどうするの」


「どうするとは何が言いたい」


「あなたは王様で、跡取りとかを必要とする身の上じゃ無いの? 後継者争いって、国を滅ぼすって聞くけど」


「俺が生きている間に、後継者を一族の見込みのある者から、選定するまでの事だ。そういった選定は長老やおばばが行うだろう。砂漠の王を選ぶ時の慣例だからな」


「自分の子供が欲しいとか考えないの」


「妻の子供ならば、欲しかっただろうな」


それだけを言って、彼は扉を開けて去って行った。即座に扉に飛びついて、私も開けてみようとしたけれど、扉はどういう仕組みなのか、開く事がなかったのだった。

また部屋に一人残されたから、床の敷物の上に座って、これから自分をどうするのかを、私は考えなくちゃいけなくなったのだった。





世界をいくつも渡り歩くと言う真似は、魔法の力など皆無に等しい私には出来ない。だから、今いる場所で、やれる事をやっていくしか無いのだ。

そんな私が、ここで出来る事って何だろうかと考えた時に、一つだけはっきり思いついたのは、


「二度とエーダの夫だった人を置いて、どこかに消え失せたりしないで、彼が飽きてしまうまで傍にいる事」


だった。

私は彼を残して自分が消滅するという可能性に思い至らなくて、こうして彼を一人残してしまったのだ。

それで、彼があんな闇を抱えた瞳で生きる結果にしてしまったのだから。

もう、どんなに見た目が違ってしまっていて、あのエーダだと気付いてもらえなくなっていても、彼が私などもういらない、と思うまでは、彼が顔を見たい時に、ここにいられるようにする事が数少ない出来る行動だと思うのだ。

彼の抱えた闇を払うと言う、高等技術は持っていないけれども、ただおびえないで傍にいて、彼が寄りかかりたい時に寄りかかる都合のいい女には、なれる。

そうなろう。と決めた。


「あなた。あなたが私を私だともうわからなくても、そんなのは関係ないよ。……ただ私があなたを愛しているだけの話で、終わるんだから」


愛を真心だという歌はどこにでも転がっている。でもそれは真実の一つで、美しい一面でもあるのだろう。

一面というだけなので、愛にも醜い側面はいくらでも見つけ出せるに違いなかったけれども、私は、彼がいかなる状態になっても、怖がらない女でありたいとだけは強く思ったのだった。






私の欲しかった暇つぶしのあれこれは、私が見ていないうちに、どういうからくりかは知らないけれども用意されていた。

楽器も楽譜も調弦のための道具も、一級品が用意されている物だから、こんなどこの生まれで育ちかもわからない商売女に、そんな物を用意してくれる彼の太っ腹さに、ちょっと笑いそうになった。女って雑なくくりで呼びかけるのに、彼の行動は、私を丁寧に扱っている。

きっとそういう、女性に対しての対応の丁寧さとかに気がついて、彼を慕う女性だってこの先たくさん現れると思うのだ。

その女性の中で、誰か、彼がもう一度、ちゃんと愛情を持てる人が出てくると、いいと心底思う。身勝手なエーダインを、記憶の中の元妻に出来るような女性が、現れてくれればと、心底思う。

だって私は彼の幸せを願っている。それを見守れる所にいたいと思うけれども、彼が私と関係ない場所で幸せを手に入れられるなら、それはとても喜ばしいのだ。

私は、彼に、


「あんな身勝手な奥さんなんてきれいさっぱり忘れなよ」


とはとても言えない。エーダは愛されているのだ。今もずっと。でも、それで彼が幸せでは無い事はわかる。……妻を探すために、大陸の半分を支配するなんていう、狂気の様な行動をとらせている今、エーダはあまり、彼にとっていい妻とは言えない。

でも、彼の言動と行動で、エーダが愛されていると伝わると、私はもう二度と彼が、私を見なくても、うれしいと思ってしまう部分があるから、私はエーダを忘れろとは言えなくなるのだ。

きっとそれは私の方が、相当に身勝手だからだろう。全く私はわがままだ。

それでも。

いつか、彼の本当の素晴らしさとか美徳とか、そういった愛すべき物に気付く女性が現れて、彼に寄り添って、彼が幸せになる未来が来るまで、彼の手の届くところで、彼を怖がらないだけの変な女として、存在し続けようと、思うのだった。



「お前は楽器がやたらにうまいな」


「楽師の拾われっ子が、音痴とか話にならないでしょ。私の親父は腕のいい楽師なの」


「母親はいないのか」


「流行病であっけなく死んで、奴隷として売り飛ばされた後に、色々あって親父に拾われてからは親父だけが家族だった」


「父親に売られたのか」


「それがさあ、いいところの男の人に目をつけられて、親父が見ていない隙に連れて行かれて、逃げ出したら変な男に捕まって、抵抗してたらあなたが現れてあなたにつれさらわれた」


「数奇な運命という訳か」


「あなたが現れた以外は、数奇でも何でも無いんじゃ無い? 結構転がってるでしょ、一つ一つは。家族が流行病で死ぬのも、奴隷として売られるのも、通りすがりの楽師に拾われるのも、いいところの男の人に目をつけられるのも」


「それだけそろえば珍しい」


「なんとも肯定に苦しむ言い方」


私はそう言って、弦楽器の弦を一つ弾いた。いい音がして、弦に使われてる素材が一級品だって事が伝わってくる。楽器は値段が物を言う。素材だっていい物は高額だから、楽器の上級品は高額になる事が大半だ。

それに装飾がついていたら、もう目も当てられないびっくり金額になるけれども、王は私が普段使いする様に、そんなごてごて飾った物は用意しなかった。

人の欲しいものを、よく見ているって気がした。気がつく人なのだろう。


「ねえ、何か弾いてあげる。何がいい」


「……肩肘張らないものにしろ」


「何にしようかな、あれがいいかな」


彼に言うと、そんな返答が返ってきたから、私は親父が特に気に入っていた、気楽に奏でられるのに、聞く方も気楽に気持ちよく聞ける、そんな曲を弾き始めた。

親父はあらゆる街のあらゆる曲を覚えている天才だったから、いくらでも親父の歌という引き出しはあるのだ。

一音奏でだして、記憶の中のそれを再現し終わった時だった。


「……どうしてこの曲を、まだ若いお前が知っている?」


彼が、静かに問いかけてきたから、何かとんでもない曲を弾いたのだろうかと思った。

答えに迷う私に、王が言う。


「それは、……もう二度と奏でる人間などいない、俺の故郷の童歌だ」


「あー、きっと親父がどっかで聞いて、覚えてて、適当に私の前で弾いてたんでしょ、親父ってそう言う失われた曲とか言うの、大量に覚えてる人だったから」


「……そうか」


「親父は結構無差別だったから、そういう滅んだ歌とかたくさん知ってただろうし。……あなたが気に食わないなら、もっと別のを思い出すけど」


「……いや、もう一度奏でてくれ。……もう俺以外の誰も、覚えていない物のはずだった」


「そっか」


神の怒りを買って滅びの道を進んだ街。エーダの父親のとばっちりで失われた街。きっとその街の記憶を、忌まわしい物だと消し去ってしまったのだろう。

彼の記憶の中にしか、彼の愛した美しい夕空の街は存在しないのだ。

……そりゃ、生まれる前に滅んでいそうな街の曲を知っていたら、驚く以外に無いだろう。

でも、懐かしくて、いくらでも聞いていたいのだろう。

私はこっそり、途中の音でひたすら曲を繰り返すという事をしたのだけれど、彼はやめろとか、気に入らないとか、飽きたとか一言も言わないで、目を閉じて、敷物に楽な姿勢で横たわって、私の手がしびれてくるまで、それに耳を傾けていたのだから。

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