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それにしられてはならない。4(あいにくですが、私は父の実の娘になりたかったです!!より)

夢だと思っていた。だからどうなったところで、覚めてしまうものなのだから、何をしたって許されると思ったのだ。

自分の体を大事にしていないとか、いきなり出会った相手に体を許すのなんて普通じゃないとか、言いたい事がある人は色々いるだろう。

でも、私は、この出会いを、自分の望んだものが変な形で現れた夢なのだと、思っていたのだ。

だって私は、ずっと、ずっと、会いたいと願っていたのだ。会いたい、と。

たった一人の、私の夫に、会いたいのだと。言葉を交わして、ほんの一瞬だけでいいから、手を握る、それだけでいいから、と願っていたのだ。

強く強く願っていた事だから、こうして、願いに近い夢を見る事が出来たのだと。

だから、この夢の後に未練がないように、目を覚ました時に大泣きしないように、ありったけ好き勝手したのだ。

それなのに、夢は覚めなかった。


さんざっぱら、そう言う男女の仲でやる事をして、後始末のように体を拭って、寝心地の抜群にいい寝台で寝転がって、これで夢も一区切り、きっと覚めてしまうと覚悟しながら目を閉じたのに、私は次に目をさました時にも、その寝台の上で寝ていたのだ。


「あ……れ?」


なんなのだ。夢じゃないのか。夢じゃなかったら色々おかしいだろう、と起きあがって座り込んで、顔を押さえて、しばし寝起きのぼやけた思考回路で物事を考えて、やっぱり誰かに聞かなくちゃ、この状況って改善しないの? 本当に夢じゃなかったの? 現実ならここは一体本当にどこなんだ? とたくさんの疑問を頭の中に抱えて、人を捜して立ち上がろうとした時の事だった。

私は体ががくがくと安定しない事で、盛大に寝台の上で転んだ。寝台の大きさは普通のものよりもずいぶん大きくて、特別仕立ての物としか思えない大きさだったのだ。

それの上で立ち上がろうとして、あまりにも関節がおかしくて転んだのだ。


「いってぇ」


ぼそりと私は独り言を呟き、さすがに体は初体験という事で、頭よりも着いていかなかったかと納得し、少し休んで、動けるようになったら誰かを探すか、と考え直して、さて、二度寝だと寝台に寝転がりなおした訳だった。

二度寝をしたら夢が覚めるのでは、とも思ったのだが、そんな複雑な条件で目が覚める夢の体験など、した事がないので、あんまりないだろう。


「いい寝台だ……すごく……いい……」


いい感じに体を支える感じといい、寝具の清潔さといい、何もかもが贅沢の極みって感じの造りや整え方で、状況をしっかり判断できるようになるまでは、ちょっと味わってもいいかな、と思ってしまった私は、前向きに違いなかった。





「お腹が空いた……って、何か用意されてる」


私が次に目を覚ました時、最初に感じたのは空腹という当たり前の感覚で、夢の中で腹が減るなんて事は普通ないから、これやっぱり現実? と改めて思わされた。

現実だとしたら、砂漠どころか大陸の半分も征服している超大国ってどこだろう、砂漠のケビンのお兄さんの治める国では、そんな超大国の話を聞いた事が噂でもないんだが、と思った。

……いや、あの男は、ケビンのお兄さんがこの国の事も大昔は治めていたと言っていなかっただろうか。

色々衝撃が大きくて、昨晩のやりとりはそこまで記憶にないんだけれども、そんな事言ってたなぁ……たぶん。

ケビンのお兄さんの属国で、独立して、版図を広げたとかとか?

そんな自立心の強い国の噂、親父と旅を続けている時にも耳にしてない気がする。

一体ここはどこなんだろう。

とにかく腹が減った。腹が減った状態で物事なんてまともに考えられるわけもない。

何かもらえないだろうか。場所さえわかれば厨房とかに足を運ぶのだって辞さないんだけど。

そう思って立ち上がって、寝台のある空間から、一つだけ外につながっている扉を開けると、扉の向こうには背の低い卓と、覆いのかけられた何かがあって、それを開けてみると、食事が置かれていた。


これ食べちゃっていいんだろうか。ほかに食べそうな人間、この空間にも寝台のあった空間にもいなかった。

戸惑いは一瞬で、よし、食べよう、食べてから問題があったら謝ればいい、と開き直って、私はその食事を口にした。

……少し懐かしい味がする。初めて旦那と食事をした時に食べた味に、これはどこか似ている。

おいしくて、少し涙のでる味は、本当によく似ていた。

ここは砂漠の宮の中だから、宮廷料理と言うものが用意されているのかもしれなくて、もしかしたら砂漠の宮廷料理って、どれもこんな風な味かもしれないな、と私は料理を平らげつつ、判断したのだった。

腹が膨れたら次は状況判断だ。毒は運良く入っていなかったから、落ち着いて物事を考えられるだろう。

私は周囲のもので、何か手がかりになる物はないだろうか、ととりあえず調べてみる事にした。

調度品のいくつもが、女性のための物で、化粧台とか鏡とか、洗面台とか、女性用の長椅子とか、そういった女の子とかなら喜びそうなものが、最上級の仕上げで作られて置かれている。

ただ単純にそう言った物が置かれているだけなら、女性向けの部屋なのだろうという事しか思わない。

でも、もっとすごいのは、化粧台の脇に置かれていた、装身具を入れる棚でそう、棚なのだ……あり得ない。棚にたくさん置かれている装身具のどれもが洒落にならないと思うくらいに豪華な物で、この部屋の主は一体何者なのだろう、どうして見ず知らずの人間だろう私がいるのに、鍵もかけずにこんな贅沢な物を置いているのだろう、と違和感しか覚えなかった。


「うげえ」


私は、これに触ったら何か外に警報が鳴らされて、誰か来てくれるんじゃないだろうか、とちょっとだけ期待して、装身具の中でも、比較的落ち着いた地味なものをつまみ上げた。それは耳飾りで、地金は相当に贅沢な仕様にしてあるのか、重さもなかなかな物だった。


「純金じゃないかこれ……純金の装身具なんておとぎ話だと思ってたのに……」


いよいよ訳が分からないまま、私はその落ち着いたように見えていたけれども、実は価値がとんでもない装身具を、そっと棚の中に戻したのであった。


そうして装身具を戻した後の私は、外にでるための扉らしきものが、一つしかないものだから、そこに進んでいった。

扉の取っ手を回してみる。……この手応えは鍵がかけられているとしか思えない。そんな手応えで、もしかしたら回し方を間違えているのかも、と思いつつ、逆にひねってみても鍵の手応えは変わらない。

間違いなく施錠されている。

でもおかしいだろう。普通部屋の内側から鍵をかけるわけで、内側からだったら施錠を解除できるはずなのだ。

しかし部屋の内側にいるはずの私は、まったくもって、そうだ、まったく、鍵をはずすためのつまみや何かしらの部品を、見つけられないのである。


「どうなってんだ……これ」


しばらく鍵というか、扉をいじくり待わしていた私だったものの、どうやってみても鍵は開かないし、昨晩いつの間にか引き抜かれていた、もしもの時のために髪の中に隠していた七つ道具も取られている状態だと気付いたので、手持ちの道具で鍵を開ける事も出来ない。


「閉じこめられてるというわけなのか……これは? でもなんで……? いや普通に商売女だと思って、閉じこめたりする物だろうか……?」


昨晩あの、夫によく似た、でも瞳が闇を抱えていそうな色になっていた男は、私を買ったのだと言った。

いや、買ったって、買った人間をこんな豪華な空間に閉じこめて置くものだろうか? もっと雑に扱わないか?

腕を組んでしばらく考えていたのだが、答えになりそうな物は見つけられない。

鍵も開けられない。人を呼ぶ事も出来なさそう。呼び鈴すら存在しない部屋で、水とかは飲めるように、用意されている。

色々なものが、丁寧に用意されていて、部屋から出て行かなくても生活できるようにされている。

買った人間に、こんな入念な支度をした場所を与えるものか?

考えても、答えはいっこうに出てこなかった。

ただ、ふと思ったのだ。


「ここにいたら、またあの男が来る?」


夫によく似た、でももっと何かを抱えている男は、この部屋を訪れるのだろうか。

……夢じゃないなら、私は夫ではない男を許した事になるのだろうか。

それはけっこうきつい物がありそうだ。ちゃんと、あの男に、いろんな話を聞いてみなくちゃいけない。

たとえばここはどこなのかとか、あなたは一体何者なのかとか、ここに私を閉じこめる目的はなんなのかとか、前にケビンのお兄さんが王様だったってどう言う事なのかとか。

たくさんの質問をしたら、きっとどれか一つくらいはまじめに答えてくれて、私の混乱した頭でも、何かどれかは、納得できる気がしたのだ。


「夫じゃないなら初手からあなたを裏切った事になるんだけど、あなたは許してくれる? ……怒られるのは、まあ、わかるけどさ」


夢だと思ったから、といっても、きっと優しいあの人は、もっと自分を大事に扱え、と怒るのだろう。そんな気がして、私はちょっと笑ったのだった。

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