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それにしられてはならない。2


私は暗い通路をひたすら走り続けて、何とか外に出る事に成功した。

出られた外は、思っていた以上に面倒そうな場所で、簡単に言えば夜に活発になる通りだった。

この通りを、このいかにもそう言う事をする前提の衣装でうろつき回るのは危険だ。

そんな事くらいはすぐにわかった私は、何とかどこかで、衣装を隠せる何かを探さなければ、と物陰に隠れて周囲を見回していていたわけだが。


「なんだなんだ? えらい上玉がこんな所に隠れてやがった!!」


「痛い! 離して!!」


物陰から外に出ようとしたその時、通りで今夜の相手でも探していたのだろう男に、見つかってしまったのだ。

距離が近くて、身を翻す時間がなかったのが災いした。

私はしっかりと腕を掴まれて、ゲスな表情の顔を近付けられて、にやにやと笑われている状態だ。


「金もないから、今日はいい女になんて相手にしてもらえそうにないって思ってたんだけどな! ついてるぜ」


「あんたなんか相手にする訳ないじゃない!」


私はそう怒鳴り、男の手を振り払うべく思い切り男の足を踏みつけた。


「ってえ! このくそ女!」


意外な攻撃だったのだろう。男は一瞬ひるんだのに、どういう状態なのか、私の腕を離そうとしなかった。


「こんなじゃじゃ馬、きっちり男ってモノをわからせてやらなきゃならないな! 来い!!」


「い、や、だ!!」


今度こそ最大級にまずい。私は頑として動かない姿勢を見せようとして、必死に足を踏ん張った。音を立てないための裸足の足が、地面にすられてちょっと痛い。いや、結構痛い。でもそんなのよりも、見知らぬ相手にあれこれされる方がもっと怖いから、死にものぐるいだった。


「こいつ、なんて強情っぱりだ! だいたいそんな恰好して、男捕まえる気がないだたぁ、笑わせるぜ!!」


「無理矢理着せられたんだから仕方ないじゃない!!」


「んって事は、あんた親に売り飛ばされてここまで流れてきたわけか。じゃあ男に好き勝手される覚悟はできてるはずだろ!!」


「そんなのでもない!!」


必死に叫んだその時だ。男は明らかにじれったくなった様子で、私を蹴飛ばして、私を地面に転がすと、そのまま物陰に引きずり出したのだ。


「ちょっとはまともな場所で、かわいがってやろうと思ったのによぉ。ちょっとはお前、痛い目を見ないと大人しくならないだろぉ!」


「うるさい、はなせ、はなせ!!」


夜の町の通りでは、こんな話は日常的に転がっているのだろう。誰も私の声に耳を貸さないし、男を止める事もしない。つまり助けは来ないのだ。

こう言う時、どうすれば。いいや、どうしたら最善か。私が受け入れられないのは何だ。

必死に頭を回転させて、その間に男はにやにやした顔で、私の服をはぎ取ろうとしてくる。意外としっかりとした留め具は、酒の入っているらしい男には、難易度が少し高いものだったようすだ。

必死に考えている間、ちょっと大人しくなったからか、もう抵抗する気力が失せたのだと、相手は思ったらしい。


「そうそう、これで商売する事になるんだ、楽しんだ方が勝ちだぜ?」


……男が、胸の衣装の留め具がはずれないからと、布地を引きちぎった時だ。私の目に、男の持っている剣が目に入ってきたのは。

私はその時、間違いなく、迷いを捨てる事を決めたのだ。


「誰が、楽しむか、よ!!!」


剣を迷いを捨てて引き抜き、私は男に切りかかった。まさか私みたいなのが、剣をつかんでまで抵抗してくるとは、思いもしなかったんだろう。

剣を抜いてまでの争いは、この王都では、禁じられている事も大きい。

それでも私は、失いたくないモノのために、それを使う事を決めたのだ。

剣は思った以上に切れ味が鋭くて、私は結構しっかりと返り血を浴びる事になった。男がうめいて、顔を覆う。顔を切ったのだと、必死に後ずさりしながら、気付いた。


「このやろう……!! なんてえ女だ! ここまでの奴なんて聞いた事ない!! 警邏につきだしてやる!!」


こちらの抵抗はかなり不愉快だった様子だ。男が睨みつけてきて、私につかみかかる。相手を血塗れになるほど切った事に動揺していた私は、動きが遅れて、男に押し倒されて、手から剣も離れてしまった。


「こっちが優しくしてやれば、調子に乗りやがって!! 商売してんだ、割り切っておけば楽しい思いだけだったろうに!」


倒されてのしかかられて、男の顔から血が滴って、私は何とか剣を取り戻して、距離を置いて、逃げなくちゃ、と思ったのだ。でも剣は遠く、男は押しのけられないほど重たい。

泣いてたまるかと、私は歯を食いしばって、いっそ噛みついてやる、と睨んだその時だった。


「ここにいたのか」


……世界が、一気に重たくなる空気に包まれた。そうとしか言いようがなかった。他にたとえようがなかった。

そんな事を感じさせるような、重たくて重たくて、空気の温度を恐ろしく凍えさせるような、そんな声が私達の近くで響いて……闇から何か、いや、誰か? が姿を現したのだ。

誰なのかはわからない。顔も背格好も、皆布を被って覆って、わからなくしているのだから。

でも、声だけでわかるほど、その男だろう人は、関わってはいけないだろう人だった。そんな気配しかしなかった。

私の上にのしかかる男が、それでも虚勢を張ったのか、その男の方を見て言う。


「今良いところだ、邪魔するんじゃ……」


「これで足りるか」


「は?」


意味が全く分からなかったのは、私も男も同じだった。しかし、その闇から現れた男が首からかけていたらしい、何かを私の上の男に放った。

しゃらりと、黄金とか純銀とか、そう言った高価で価値が高くて、良いもの特有の金属音が響いて、男が私の上から退く。


「こいつは……すげえ!! こんな値打ちモノ見たことないぞ!」


「それで怪我の治療代も、女の分の値段も足りるだろう」


「足りるなんてもんじゃねえ!!! へへ、こいつはわび賃としてもらっておくぜ! じゃあな!!」


男がはしゃいだ声をあげて、顔から血を流したまま物陰を出て行く。

助かったのか、もっとまずい事になったのか。

私は何とか立ち上がったのだけど、上半身の服は引き裂けていて、人前に出られるようなものじゃなかった。ほぼむきだしである。

それに気付いてしまったから、とっさに胸を腕で隠した時である。


「俺と共に来い」


闇から現れた男が、低く遠雷のような不穏さをにじませた声で、私に言った。


「嫌だって言ったら」


「お前には選択肢などもうない」


男はきつい口調で断言し、まずいから逃げようとした私の腕をつかみ、そして。

見覚えのある、地面のでたらめな明滅に、うそ、と言い掛けた私は、そのままそこからどこかに、男とともに飛ばされたのだった。


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