それにしられてはならない。(あいにくですが、私は父の実の娘になりたかったです!!より)
没ネタなので続かないかもしれません!
「その女をハレムへ」
「なんでですか!」
私は大声を出したのだけれども、それは王様にはちっとも耳を傾ける言葉にはならなかったらしい。
周りの文官達も武官達もざわついている。それだけ、信じられない事を王様は命令しているのだ。
ざわついたまま、動かない人達に王様が二度目の命令を告げる。
「聞こえなかったのか。その女をハレムに入れろ。そうだな、部屋は月の部屋がいい」
「陛下、それは」
文官の中でも年かさの女性が止めようと口を開く。だが王様はそれを一睨みで黙らせて、早くしろと言うように手を振った。
それにより武官達が動き出して、呆気にとられて逃げそびれた私をつかんで引きずっていく。
「何で! 待ってよ!! 私ハレムに入りたくなんてない!!」
必死に抵抗しても、力の差は歴然としたもので、武官の腕力に私がかなうわけもなく、ずるずると罪人か何かのように引きずられていく
「陛下!! あんまりです!! 私がそんなに、鏡で見たものは、危険なモノだったのでしょうか!」
私は有らん限りの大声を出してそう言ったのだが、誰もそれに答えてくれなかった。
「月の部屋に。陛下が誠にそのような事をおっしゃったのですか」
ハレム内でかなりの動揺が走っている。そりゃそうだ。ハレムに入る条件を満たさない、楽師の娘が、一人部屋まで与えられて、ハレムの中にはいるなんて前代未聞と言っていい事態で、こんな事一回も起きたりしなかったんだろう。
引きずられて、いやだいやだと叫び続ける私に、いい加減うっとうしくなっていそうな武官が、それでも仕事だからとハレムの中に入り、険しい顔の女官長に事情を聞かれて、そして女官長のこの反応である。
彼女は堅く険しい顔をして、私を見ている。私は逃げようと死にものぐるいで武官に掴まれている自分の腕をはがそうとしているが、武官も逃げられてはなるものかと、相当な力で私の腕を握っているのだ。
さすがにこの相手に、短剣をさしてでも逃げる、と言う選択肢がとれない程度に迷いがある私では、どうにもならないのだ。
「そちらの娘は明らかにいやがっているのに?」
「陛下のご命令です、女官長。ほかにどうしろと。……今夜にでも、陛下はこの娘にお渡りになるでしょう」
この言葉に誰もがざわめくのは、お渡りになると言う言葉が、重たい意味を持つからだ。
陛下のお渡り。それは相手と性的交渉を行うと断言したに等しい言葉で、ハレムの女性たちは皆、王様のお渡りを願って、切磋琢磨し自分を磨き、相手を追い落とそうとしているのだから。
「いやだ、いやだ、いや!! たすけて、ねえ、なんで!! いやだ!!!!」
女性の恨みってモノは計り知れない。それがこう行った場所の女性ならなおさらで、私は彼女達に勝る部分なんて何もないって、自他ともに認める女の子だから、怖くて怖くて仕方がない。前の人生のお姫様学校の嫌がらせとかなんて、きっと子供だましになるほど怖い目に遭うと、いやでもわかるのだ。
必死にいやだと叫んでも、何かがどうなる事も出来ないで、私はぎゃんぎゃんとみっともないだろう泣き叫び方でわめいて、でも王様の決定は覆せず、そのまま引きずられるままに、私はハレムの中でもとびきり特別だと、女性達が小さな声で言っている部屋の、月の部屋に放り込まれたのだった。
堅く険しい顔の女性達が、王様のお渡りになる女性だからと、私をきれいに磨き上げて、お化粧をして、人生で一度も着た事がないような、薄絹のきれいな、そして肌を色っぽく見せる衣装を着せてくる。
「たすけて、おねがい、たすけて」
と、私がいくら訴えかけても、彼女達はかわいそうな女の子をみる顔で、でも仕事はしてしまった。
「陛下が女性に乱暴な振る舞いをするとは、聞きませんから」
「月の部屋は、一国の姫君のお部屋になるほど格式の高い部屋ですから、あなたは陛下に特別視されているのです」
「あまり嘆かなくても、あなたの待遇は特別になりますよ」
「月の部屋の女性をいじめたりしたら、ハレムの女性達は皆首をはねられる覚悟があるという事。誰もあなたをいじめませんよ」
そう言われても怖いしいやだ。私は頭の中にいるたった一人しか、相手としていらないのだ。
「たすけてくださいよぉ……!!」
「お化粧が落ちますから、涙をぬぐってください」
「普通ではあり得ない幸運ですよ」
「いやだあああああ……」
泣いても泣いても、皆同情的だが、決定的な手助けを行ってはくれないらしい。
さんざん泣いて、弱々しい女の子のようなそぶりをする私に、皆かわいそうな女の子、と言う顔をして、せめて心の準備が整うまでは一人にしてあげようと思ったのか、準備をすませたら月の部屋を出ていく。
私は全員が扉の外に出て、気配も遠ざかっていくのを、しっかり扉に耳を押し当てて聞いて確認し、……涙を拭った。
これで皆、私がただのか弱い女の子であると印象を持っただろう。
ここから自力で脱走するなんて、考えつかないだろう。そういう、不運に泣き濡れる女の子の演技をしたんだから。
ここから、絶対に逃げるために。
「逃げるぞ」
私は小さな声で言い切り、月の部屋の窓を見た。その月の部屋の窓は、普通の女の子だったら背が届かないし、よじ登れない場所に明かり取りの窓がある。そして窓ガラスはこの砂漠では使われないから、開きっぱなしだ。
「……絶対に、王様のお手つきになってたまるか」
私は力一杯断言し、高さを目で計って、部屋をいっぱいに使って助走して、飛び上がって、飛び上がった勢いと同時に壁を蹴ってさらに上に跳び、その明かり取りの窓に手をかけて、気合いを入れて体を窓枠に引っ張り上げたのだった。
窓の上によじ登った私は、そこから明かりの位置や兵士達の持っている槍その他の武器の反射、急ぎ足の文官達の翻す衣装のかすかな光などをよく見た。それから、前の人生で頭の中に入れておいた、この砂漠の宮殿の間取りを頭に浮かべた。
前の人生でハレムは、廃墟同然だったから、立ち入り禁止で入らなかったけれども、他の場所は王妃のたしなみとして、間取りとか通路とか、隠された脱出経路とかを、あの人に教えてもらったのだ。
脱出経路は、役に立つ日が来なければいいのにな、とお互いに笑っていたけれども、この今、絶対に役に立つ。だって誰も、私がその、秘密の脱走経路を知っているなんて思いもしていないだろうから。
そこにいたるには。私は周囲を見回して、いくつかある脱出経路のどれが一番近いのかを考えて、あまり熟考している時間もないから、とにかくここを離れるのが最善の一手だと、高さでいったら二階建ての、さらに高い位置の窓から飛び降りたのだった。
前の人生で、高いところからの飛び降り方とか、登り方とか、足音の消し方とか、体に叩き込まれていて本当に良かった。今こうして役に立っているからね、ばあちゃん、ジョン兄ちゃん、と二人の師匠に心の中で感謝を伝えて、私は物陰に隠れて、こそこそひそひそと、宮殿の中を進んだ。
途中何度も冷や冷やする現場に出くわしたけれど、何とか一番距離の近かった脱出経路の入り口に到着する。
「……くっそ、重たい……」
私はその入り口を封印している岩をずらそうとしたんだけど、この人生では腕力も普通の女の子並でしかない私は、その岩をぎりぎり通れるか通れないか位しか、動かせなかった。
でも、ここを通って抜け出せば、外に出られる。
その一心で、私は体に擦り傷が出来るのもわかっていて、そこに体を押し込み、暗く明かりもない通路に、足を進めていったのだった。