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素直子(そなこ)③国語のノート

 節分の豆も全部一人で食べて、今年23歳、素数だろうがなんだろうが関係なくなった。

 それから10日たった。交換日記の返事はこない。

 連絡がとれないまま、恋人達のイベント、バレンタインデーも来てしまった。さすがに手作りする気にもなれず、不器用すぎる私が作った所で人にあげられる物ができる自信もないので、量産型のものすごく無難なやつを買った。心のどこかで会えない気がしてた。節分の日のような、勢いで早退できた強気な自分はいない。

 バレンタインデーは正直あんまり好きじゃない。思いっきり2で割れるし、思い出してしまうから。

 先生のこと。

 私は本棚の隅に大事にしまってあるノートを出した。中学時代の国語のノート。


 今も、あの頃と全然変わってない何やってもダメな私。

 中学時代、クラスみんなで競技大会みたいなものがあればいつも足を引っ張っていた。「連帯感」その言葉でよく苦しめられた。別にクラスの和を乱そうとしてるわけじゃないのに、私がそれを壊しているんだと責められた。勉強は出来たので、完全ないじめられっ子にされなかったけど、クラスの目立つタイプの子たちによくバカにされてた。常にネタにされて笑われた。笑われてる時は、私によって私以外の人たちの連帯感が強くなって、ある意味重要な役割を任せられていたのかもしれない。クラスのお調子者からは「おいしい」と言われた。笑えない。そういうの、おいしいって思わない。そもそも、おいしいって意味が分からなくて嫌だった。

 言われた側が嫌だと思ったら「いじめ」ってことになるって言うけど、そういう話じゃない。私に対する笑いがなくなったら、意図的に無視をするという逆の現象が起こる。笑いを好意的に捉えられない私の真面目さがいけないんだ。「ちょっと、やめなよ」と味方ぶる女子の方が面倒くさいとさえ思った。大人を動かせるほどの「いじめ」は存在していない。誰かに訴えたところで解決しない。

 あの日、何もないところで私は転んだ。バカにしたような笑い声が上がった。それを見ていた国語の月島先生は、みんなの前で派手に転んだ。

「先生なにやってんの」

「つっきー、しゃくれててバランス悪いんじゃーん」

「ウケる」

 生徒達は大爆笑した。私をバカにしていた嫌な笑いが楽しい笑いに変わっていった。私が転んだところから面白いコメディー映画が始まっていたかのようだ。先生と二人で観客を楽しませたような気分だった。

「お前たち、国語の提出物出てないぞ。揃ってないのはこのクラスだけだな。連帯感持てよ。まったく、国語係も困っちゃうよなあ」

 そして月島先生は、連帯感と言う言葉で私を笑った人たちに仕返しをしてくれた。私はこういう反撃がしたかった。やられている側が可哀想な図を作って、悪いことしてるからやめるみたいな関係で終わるのが嫌だった。余計自分が惨めになると思ったから。

 月島先生は私の代わりに笑われてくれた。

 月島先生に救われた。

 私は先生を好きになった。

 

 もともと月島先生の授業は面白いし、国語が一番得意なので先生のことは好きだった。だから、恋愛感情とか、師弟愛とか、そういうものなのかは分からないけど、先生がいると思うと笑われても頑張れた。

 国語で『走れメロス』をやった時も、課題に出されてるわけでもないのに、先生との繋がりが欲しくてノートにメロスの感想を書いて提出した。

 私は国語のノートを開いた。

 中学時代の私の文字。不器用すぎてシャーペンも美味く使えなくて、鉛筆を使っていた。しかも小学生みたいに2Bで書いてたから、ものすごく濃い。


『走れメロス』の感想。

私は、命がけの二人の友情を見せつけられても感動できません。

あんなに酷かった王様の気持ちが変わるなんて思えない。

きっと、私が同じ場所にいたら、孤独感が増して余計イライラして、

勝手にやっていればいいって放っておきたくなると思います。

そんな読み方、作者は悲しむのかもしれないけど、

簡単に他人の友情に感動できるのが不思議でなりません。

森岡 素直子



確かに、二人の友情の台詞は臭すぎて引いちゃう気持ちは分かる。

今、あんなこと言ってる奴いたら、コントのネタかって突っ込みたくなるよね。

でも、誰かのために頑張ってる姿は必ず人の心を動かすと、僕は思う。

国語係、いつもありがとう。                 

月島


 私は、ほぼ暗記してる先生の文字を何度も読んだ。私の感想に感想を書いてくれて、まるで先生と交換日記してるみたいだった。私の気持ちを否定しないで新しい道を示してくれる優しい言葉。「僕は」という一人称が一般論からズレてる私を非難しない。誰かのために頑張る。自分一人じゃ頑張れないことも、誰かのためだと思ったら、出来るような気がした。

 そして、わたしの「誰か」は先生になった。先生の心が動くぐらい、私、頑張ってみようって思えるようになった。

 だけど、


 昔の思い出に引きずられて感傷的になりそうになった時、メールが来た。一瞬、素志くんかと期待したが安積実さんだ。前にZINE関係でイベントに出展することもあるから、興味があったらお知らせすると言われ、アドレスを教えたことがあった。どこかに出展するのだろうか。


 件名 『ZINEパスカル』完成パーティーのお誘い


 素数の人が載っていた『ZINEパスカル』の第二弾ができたらしい。完成パーティーって、私は参加してないけど特別に呼んでもらえたってこと? 

 きっと、ここに行けば素志くんと会えるんだ。連絡つかないからどうにかしてくれたんだ。さすが。


 私はその日を励みに、毎日頑張ることにした。


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