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素数な人たち  作者: 牧田沙有狸


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菜莉(なり)③本当に虚数の人

「菜莉ちゃん最高!」

「いやー小説書けそう」

「面白い」

「すごいですね」

「本当は29歳!」

 自分でも何をしたのか分からず勢いで素志を殴り、全力でパスカルに来た。コスプレバーの概要とかグチャグチャだけど公園で素志と話したことを一通り説明すると皆さんはあたしを褒めちぎった。安積実さん、美数さん、商吾さん、整さん、那由太くん。黙ってるけど素直子さん。みんな数字がらみの名前で面白い。

 あたしと素志が出て行った後、いろいろあって素直子さんも落ち着いて、みんなで楽しくランチをしていたようだ。素直子さんがナイフ振り回したとか、どこまで話盛ってるのか分からないけど、みんな昔話みたいに笑いながら話してる。

 そして「結局、何が悪いのか」という議題になって「素志が本音を言わないからいけない」という結論に至ったようだ。目を覚ませと誰かが言うべきだ。で、誰が言う? 誰が言うのが効果的? どうやって? と話が発展していったところにあたしが来て、素志を殴って置いてきたとの報告。もう拍手喝采。みんなみんな、必死でかっこつけてる素志を知っていて、そんな彼が大好きだということが伝わってくる。素敵な場所だ。

 『ZINEパスカル』第二弾、『虚数の人』も読んだ。

 公園で素志が言ってたようなことが書いてあった。孤独を感じていた素数の人である素志は、虚数の人であるあたしに出会っていろいろ頑張ろうと思ったらしい。だけど、実体を感じない虚数に常に不安を感じていて、思春期みたいな答えのない無限ループにはまっている。小説なのかエッセイなのかよく分からない文章。

 だけど、ここにいる素志は何も演じていないように見える。実体のないあたしに不安を抱いている素志が逆にあたしはすごく遠くに感じた。あたしの知ってる素志じゃない。もっともっと深い。

「相変わらずな感じでしょ」

 美数さんがお互い古くからの知り合いみたいに言う。素志を通じて身内になったような感覚だ。

「はい。でも、虚数がイマジナリーナンバーって知ってるのに、菜莉の名前に気づかないなんてありえないですよね」

「気づいてるでしょ。絶対」

「やっぱり、そうですよね。イマバリと読んでいたとしても、分かってて虚数に重ねてる」

「菜莉ちゃんのそばにいたいんだよ。関係壊したくないから、気づいてるけど気づかないふりしてる。気づいていることを悟らせないように自分さえも欺いてね」

 安積実さんがすべてを分かったかのように言う。

「安積実さんが言うと説得力ありますね」

 美数さんが商吾さんの方をちらりと見ながら不適に笑った。

 商吾さんは奥で電話している。相手は素志のようだ。

「もうすべて解決したから戻っておいで。菜莉ちゃんもいるよ。うん、そう。寒いから早く帰ってきなさい。お腹すいてるだろ」

「商吾はオカンだな」

 安積実がどこか誇らしげに笑う。なんか夫婦円満のコツだと言われている気がした。ああ。みんなに愛されている素志に愛されてると思うと、自分がすごい酷いことしてきたって思いと、自分までみんなに愛されているみたいで、なんか、よく分からない感情が入り乱れる。

「いやーでも菜莉ちゃんが本気で素志のこと好きで良かった。ロマンス詐欺だったらどうしようかと思っちゃったよ」

 安積実が本当に嬉しそうに言う。

「あ、でもあたし、ふわふわした年下演じてたから、素を出したらある意味詐欺です。全然キャラ違うから嫌われちゃったり」

「それは絶対ない」

「うん。逆にさらに惚れると思う」

 安積実と美数さんに言われると絶対大丈夫な気がしてくる。弟の恋愛話で盛り上がる姉たちにお墨付きをもらったみたいだ。歴代の元カノのこととかも知ってるのかな。

 元カノをという言葉が浮かんだと同時に存在をすっかり忘れていたことに気づいた。純粋な恋愛感情ではなかったようだけど、彼氏と思い込んでいたぐらいだから、素志への想いがなくなったわけではないだろう。こんなに無邪気に素志ラブな話で盛り上がってよかったのか。あたしは恐る恐る素直子さんを見た。

 素直子さんは真顔で目を合わせてきた。

「あ、あの」

「大丈夫ですよ。私、素志くんのファンやめましたから」

「え、そんな」

「もっと推せる存在に出会ってしまって」

 素直子さんは整さんの方に顔を向けた。那由太くんにせがまれてノートにいろんな絵を描いている。

 素直子さんの大好きな先生の親友、整さん。同じ人を大事に思ってるし、なによりこのビジュアル。神秘的な空気をまとった美しさ。大人の色気ダダ漏れ。素志がイケメンだから会わせたくないと言っていたのは誇張じゃない。確かに素志もかっこいいけど、整さんと比べると所詮身内に愛されてるご当地アイドルに思えてくる。それは、素志のファンやめてもいいと思う。ただ、ストーカーみたいなことを整さんにはしないで欲しいな。

 あたしは整さんを心配するように見つめた。

「整さんじゃないですよ」

 あたしの視線をたどって素直子さんが突っ込んできた。

「違うの?」

「那由太くんです」

「え」

「もう彼の存在が嬉しい。『那由太の数楽教室』バックナンバー全部読んで、ああ、私も幼稚園の時しんどかった。小学校辞めたいって何度思ったことか。でも、勉強できたからあんまり心配されなくて、誰にも伝わらないまま大人になって。ああ、美数さんみたいなお母さんだったら、もっと自分の気持ち周りに伝わったのかな。もう那由太くん愛おしい」

 美数さんがちょっと困ってるけど、嬉しそうに笑っている。

 那由太くん。独特だ。無駄に店の中を歩き回ってたり、急に図鑑に集中したり。お店に置かれている那由太専用コップは計量カップ。これできっちり計ってジュースを飲むのが好きらしい。大人の話を聞いてるのか聞いてないのか分からないけど、数字がらみの話は即座に反応する。オーナーと同じ匂いを感じる。あたしは個人的に面白くてしょうがない。

「それは素志ファンやめていいです。もはや整さんも勝てない」

「あーでも、距離感、ちゃんとします。大丈夫です。あの私、やっぱり、先生になりたいって将来的希望も持ち始めました。那由太くんや昔の自分みたいな子の力になりたい」

 正直、ちょっとヤバい人かと思っていたけど、素直子さんも純粋すぎて上手く生きられていない人だ。もう一度、諦めた夢を見つめ直そうとする姿はちょっと眩しくみえた。人のために力になりたいって気持ちが原動力になるなんて、あたしのやってることが本当に不純に思えてくる。相手の機嫌をよくして自分が気持ちよくなりたいだけ。自分の存在意義を確かめてるだけだ。お客さんでも身体壊して教師やめたけど、支援が必要な子の力になりたいって非常勤で先生やってる人いたな。すごいな。そういうの。

 そうか。

「ピアティーチャーとかやればいいんじゃないですか」

 あたしは思いついたように言った。

「なんですかそれ?」

「教育補助員だね。自治体によって呼び名が違うから詳しく分かんないけど、うちはサポートティチャーって言われてる先生がいる。那由太も担任とは別にほぼ専属みたいな先生がいて、いろいろお世話になってるよ」

 美数さんが補足する。

「そういう先生もあるんですね」

「うん。いいじゃん。詳しく調べて考えてみなよ。正直、普通の先生は難しいんじゃないかとわたしは思うんだよねー。とくに中学は」

 あたしの思いつきに美数さんが説得力をつける。

「自分でも思います。自分を笑ったような生徒たちのことも考える自信ないです。教育補助員、調べてみます!」

 なんか、いろんな歯車が新しく動き出していく。

 あたしはこのままでいいのかな。

 なんか解決したような。してないような。

 商吾さんがキッチンから出てきた。

「素志君、あと10分ぐらいで来るって。薬局行ってたって」

「相当すごいパンチだったのね」

 安積実さんが感心してる。

「ははは」

「じゃあ、乾杯し直さなきゃね」

「あの」

 安積実さんが立ち上がって片付けを始めようとしたので、あたしはみんなに話すことにした。素志が来る前にみんなに大丈夫だって言って欲しい。もう少し、あたしの話を聞いて欲しい。

「あたし、今治菜莉のままでいいですかね。実は、あたし本名で子役やってた時代があって。小門司亜依(こもじあい)って言うんですけど」

 子役だけど芸能人。みんなその名前を知らないことに何か申し訳なさそうな空気が流れた。いいんだ。面影もないし。

「すごい、お姉ちゃんやっぱり虚数なんだね」

 那由太くんがキラキラした目で見つめてきた。

「え」

「虚数はね、小文字のアイだよ」

「さすが。よく知ってるね」

「うん。ほら図鑑にも書いてある」

 那由太くんが安積実さんたちにも図鑑の虚数のページを見せる。

 そう。虚数は「i」。病院でオーナーに自己紹介した時、第一声が「虚数」だった。いい名前の子役だなと思って気にかけて見てくれていたという。そしてイマジナリー、今治菜莉の名前をもらったんだ。

「へー面白い」

「本当に虚数の人だったんだ。素志、実はそれも知ってたのかな」

 美数さんが感心したように言う。意外と深かった素志の作品にちょっと驚いてる感じだ。

「どうだろう。あたしが思っていたより深い演技してるから、知っていたのかもしれませんね」

 うん。知ってて一生懸命演じててくれたんだ。なぜか今、確信する。

「亜依より菜莉の方がしっくりくるんです。あの頃、自分の人生を生きていた気がしないんです。どこか空っぽで。いや、その時は気づかなかったんですけど、振り返ると親の人生の脇役だったなって。母の名前が亜依の依、にんべんに衣で依子(よりこ)。同じ字を使うって家族の絆っぽく見えるけど、逆に言えば鎖ですよ。ずっと母に縛られている気がして。菜莉になって、やっと自分が主役の人生始まった気がします。今、自分が主役で、楽しいんです。だから、菜莉のままでもいいですかね」

 いいとしか言わせない問いかけをしてしまったと思いながら、自分に言い聞かせるように言った。

「いいと思うよ。僕も安積実とこの店始めてから、やっと自分の人生始まったからね。それまでは親の人生だったな。35過ぎてたのにね」

 商吾さんが当たり前のように言ってくれた。

「うん。役所の書類以外はいいんじゃん。素志もね。昔、役者名英語表記にしてたから、逆にダサいよって言ってやったの。そしたら自分の名前嫌いだからだって。子供の頃、スシってバカにされたって。でも素数を知ってからは気に入って本名にしたみたい。いつか、自分の人生取り戻せたら名前も取り戻せばいいじゃん」

 安積実さんが言う。

 そっか、あたしは名前を奪われてたのか。神隠しにでもあってたみたな気がして面白くなってきた。虚数ってパラレルワールドみたいに、存在しないけど存在する別の世界があるのかな。

「ありがとうございます」

「親の人生か」

 美数さんが何かを発見したような顔をしてつぶやいた。

 ここにいる人は、納得いかないこといっぱい抱えて、けど一生懸命歩んできたんだろうな。それを吐き出せるのがフリーペーパーだったり、ZINEだったり。なんかちょっとずつ、自分に似ているところがあるように思える。いや、みんなそうなのかな。言語化したら同じじゃなくなるけど、みんな似たような思い抱えて生きているんだろうな。

 そんな気がしてくる。

「ただいま」

 気配を消すようにそっと素志が帰ってきた。

「あ、スシが来た。まだ7分51秒。素数だ!」

 那由太くんが時計を見ながら言う。


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