菜莉(なり)①本物はどっちなんだろう
天才子役とは言われなかったけど、結構いろんなドラマに出てた。記憶に残ってないだろうな。自分で言うのもなんだけど演技が上手い子だった。ただ強烈な個性がない。お人形さんみたいに可愛いわけでも、子供のくせに妙な色気があるでも、忘れられない声の持ち主でもない。ものすごく普通。普通だから、どんな時代の子供役でも馴染む。無名の子役にカメレオン的な演技力はいらない。あの子がこの役やっていたなんて気づかなかったー、っていう楽しみ方はある程度知名度がある役者に求められる楽しみ方。その役だけに選ばれた子みたいに、みんな覚えてない。存在感が薄いので作品を壊すことはないエキストラみたいな子役。
常に脇役だけど、お芝居するのが楽しかった。どうすれば大人が求めた形になるか、なんとなく分かった。それでよかった。お母さんが喜んでいた。主役になりたいという向上心もないし、まだ将来俳優になるかどうかも分からなかったから、お母さんが嬉しそうだから頑張っていた。
だけど、子役扱いされない年になったら自分が望まない個性ができてしまった。おっぱいがものすごく大きくなった。小玉スイカ入れてるのかってぐらい立派に育ってしまった。すると周囲の大人たちの見る目が変わった。その大きな胸を「才能」と呼ぶ人まで出た。子役時代の演技力なんてなんの経歴にもならない、その胸でグラビアアイドルになれると言われて悲しくなった。才能とはそういうものなのか。性的な目線で搾取されるだけの商品にされるような気がして続けられる自信がなくなった。主役願望もないし、もっとすごい俳優になりたいという野心もないので、さらに上に行くための踏み台となる経験とも思えない。お母さんもやらなくていいと言った。
別に売れっ子でもないので引退宣言などすることなく、あたしは演技の道から抜けた。普通の中学生、高校生になった。そこでも芸能人オーラなんかない。普通。学歴も普通。両親は大学までは行かせると言ったが期待も協力もしない。自分でも何がやりたいのか分からない。その時の自分が行けるレベルの大学に進学した。都心にある実家からは少し遠いので一人暮らしを始めた。
新しい土地、自分が育った場所から離れて、アイドルという存在に憧れた。そこで出会ったアイドルは、あたしが思い描いていたアイドルとは違ったから。その地域で活動している全然可愛くないご当地アイドル。初めて見た時は、申し訳ないが何でこんなに可愛くないのにステージに上がれるんだろうと疑問にさえ思った。共感性羞恥に近い感情で見ていられなかった。特別不細工って言うわけじゃないけど、胸もないし脚も太い。華やかなオーラも心揺さぶる歌声も驚異的な身体能力もない。いや、地方ではこのレベルで上級なのかといろんな意味で失礼なことを思った。オーディションはあったのかもしれないけど、その審査基準はよく分からない。一生懸命練習しましたという歌とダンス、自分で作ったみたいな安っぽいヒラヒラ衣装に身を包み、笑顔を振りまく。普通すぎる。メイクして「アイドル」って言ってるからちょっとよく見えるだけで、着飾ってない学校だったら中の下レベルだ。
あたしは「アイドル」というものを「学園のアイドル」みたいに、自然発生でみんなに選ばれた究極の美の化身的存在だと思い込んでいた。だけど、アイドルはある意味職種で目指して名乗れば誰でもなれるものだった。別に選ばれし人たちじゃない。むしろその方がいい。憧れではなく自分に重ねて応援したくなる存在。スターとは違う。
ファンに応援されている側だけど、その活動、その姿を見て元気づけられるっていう不思議な存在。どっちが応援してるのか分からない。
彼女たちのステージは幼稚園児のお遊戯会が一番近いんじゃないかと思える。頑張ってる姿に感動しちゃう。考えてみれば、幼稚園の頃からお遊戯を頑張るだけで褒められたことなんてなかったんだ。ちゃんと大人の要求に応えた「仕事」をしてた。もしかしたら実は天才子役だったのかと思うほど、子供らしさ全開で過ごした記憶がない。
こんなんでいいんだ。ものすごく失礼な見方で酷い言葉しか出てこないけど、ご当地アイドルを見て安心した。できあがった完璧な完成品だけが受け入れられると思っていたあたしにとって、恥ずかしいぐらい発展途上な頑張ってる姿が受け入れられている世界がすごく温かく感じた。身体の底から湧き上がる、わくわくした気持ちになった。
彼女たちは自分の人生を一生懸命生きて、それを応援されている。当たり前のことが、なんて素敵なんだろうって思った。
あたしは今まで自分の人生を生きていなかったんじゃないかって思えてくる。子役時代は母親が喜ぶから頑張っていた。演技をすることは楽しいと思ったけど、自分がこうしたいからとかじゃなく与えられた課題をクリアしていくような感じだった。親が敷いたレールどころか、親が主人公の親の人生の脇役として生きていた。一人じゃ生きていけない子供はみんなそういうものだと思ってた。子供が子供として自己主張して生きていいなんて知らなかった。
子供なりに逆に分かっていたのかも、と今は思う。自分が自分として感情を吐き出したら、わがままだと言って怒られるから、他人になることに居心地の良さを感じていた。演じることが面白いって感覚、そこに自由があったのかもしれない。
母親は早く結婚して専業主婦になり、あたしのマネージャーだった。父親の実家は家父長制が残る田舎で、男性を立てることを強要され、母は嫁として見下されていたのに「本当はお母さんの方が手のひらで転がしてるのよ」と主導権は自分が握っていると豪語していた。父の浮気も全部知ってたけど知らないふり。貞淑な正妻を演じ続けていた。そんな姿を見て育ったからか、刷り込みなのか、癖なのか、いつも男性に合わせてしまう。望まれたキャラを演じてしまう。男の理想の女を演じてしまう。それができるのが大人で本当は賢い女だと錯覚していた。
好きでもない男に好きだと言われれば合わせてしまう。相手の好きに合わせているだけなのに男がどんどん調子に乗っていく。恋愛なんてみんな演じてるでしょ。演じてない女なんているの? そう思いながらも、男は自分の方が愛されていると思いあたしを大事にしなくなる。見下すし平気で浮気する。元々好きじゃなかったから別れて問題ないのに、あたしが振られた側みたいになっていく。それを分かっていて受け入れるのが大人であり、女の人生なんだとどこかで思っていた。
全部、嘘だから、演技だから、あたし全部分かってるから、もう一人のあたしが言う。実体がある方が偽物? 本物はどっちなんだろう。
あたしが、あたしとして生きて行くにはどうすればいいんだろう。自分のやりたいことと、やってきたことと、自分の持ってるものと、いろんなものが、全部かみ合わなくて、就活もうまくいかなくて行き先がない。そんなに必死になっていなかったけど、不採用続きの就活でボロボロになった大学生を演じれば母親は逆に同情してくれた。
「お母さんたちの時代とは違うよね」と理解を示してくれる。結婚なんかしないほうがいいいし、焦って将来決めなくていいと言われている気がした。あたしの母としては幸せだったけど、それ以外は同じような目に遭って欲しくないと、窮屈な女性の人生を選ばされた先輩からのアドバイスと、どこか謝罪のように聞こえた。本当に手のひらで転がしていたとしても、バカなふりは本当の姿を分かっている人がそばにいなければ、本物のバカになってしまう。「お父さんの前ではお母さん演じてるの」とあたしに言っていた母が本物の母。あたしがいたから、母はマネージャーという表に出ないポジションであたしをコントロールして自分の人生を生きてきた。主役のはずの子役が脇役にいたから成り立った。
大学卒業と同時に両親は離婚した。親の役目終了。家族解散。あんたも自由になりなさいと子役時代に貯めたという通帳を渡された。両親共に、新しい相手を見つけて自由に生きてるんだろう。
あたしは定職にも就かずバイトをしながら、大学時代の友達が旗揚げした劇団を時々手伝っていた。何かを表現したい人たちの集まりは楽しかった。本気で役者を目指してる人もいたけど、あたしはこの時間がずっと続けばいいのにと、また向上心もなく部活みたいな気持ちで芝居をかじって満足していた。常に貧乏だった。洋服はいつもジャージ、胸の目立たない服を着ていた。
27歳頃、風邪をこじらせて肺炎になりかけて入院した。抗生物質がすぐ効いたので入院するほどでもなかったけど、家ではろくな食事していないのがばれて入院を進められた。不規則な生活が続いて心身共に疲れていた。友達が結婚だ出産だという話を聞いて素直に喜べなかった。劇団員たちも実家に帰るとか定職に就くだとか、だんだん減っていき、解散という話が出てきた。急に自分だけ取り残されるような気持ちになった。ああ、あたしこれから先のこともうちょっと真面目に考える時期が来たんだ、これ以上先延ばしにしちゃいけないんだと思い始めた。
入院中の病院の庭で数独やっていたら今のお店のオーナーに声をかけられた。数独は知識が問われるクロスワードよりも好きだった。オーナーは数独マニアなのか、そのシリーズはいいとか熱く語り出した。全然意味が分からなかったけど、面白くていろんな話をした。
オーナーは数学者。職業じゃなくて、性格っていうのかモノの考え方。はっきりいって変態。でも変態の路線がおっぱい目当てに来る奴らとは違って、次元が違いすぎて凡人には分からない面白さがあった。年は父親よりちょっと上くらいかな。
めちゃくちゃお金持ちらしくて、店を何軒か持ってる。怪しかったけど、見舞いに来る人たちは真面目そうな人たちばかりだし、たくさんの人たちが代わる代わる来ててすごく慕われているようだった。体調は回復しているのに忙しい日常から逃げるように、ここで長期入院を満喫していたみたい。
あたしが先に退院になり挨拶に行くと、自分が経営する会員制のお店で働かないかと誘われた。あたしの頭がいいからだって。初めて言われた。そして、子役時代のあたしを知っていた。あの子の演技は素晴らしいと、出演作品、役名まで間違えることなく言った。
なんだ、このドラマみたいな胸熱な展開。あたし、子役時代にこの人を助けたのかなとかいろいろ夢想した。
オーナーが経営するお店は簡単にいうとコスプレバー。お店の子がコスプレしてお客さんにお酌をする。キャバクラかメイド喫茶みたいなものを想像してしまったが、そこにはガチの役者魂が必要だった。完全にその役になりきることができる演技力が必須。昔は芸能プロダクションでプライベートアクトみたいなことをやっていたらしい。遠くに住んでる親を安心させるための偽装恋人とか、死ぬ前に会いたい生き別れの娘とか、誰かの幸せのために演技する仕事。だけど、振り込め詐欺とか地面師とか演技力が物言う詐欺が増えてきて、犯罪者の養成所みたいに思われて派遣型の役者はやめたそうだ。店に来た人だけが楽しめる、大人のごっこ遊びをする場所。
コスプレと言っても肖像権、著作権にはうるさく、実在する人物のモノマネや2次元キャラはダメ。いわゆる制服職業系が主で女子高生とか未成年もなし。医者、看護師、CA、乗り物の運転手系、制服のある会社員、カフェの店員、学校の先生とか保育士とか決まった制服はないけど地味ハロウィン級に「それっぽい」役を求められることもある。お客さんは一人で飲みに来るし、カウンター越しでの対話で身体を密着させることはない。
とくにレッスンとかないので、オーナーが自らスカウトしてこの仕事ができる資質があるか判断しているという。あたしは見事合格。
あたしはこの店で働くことになって店の近くにマンションも用意してくれた。友達には資格を取ってセラピストになったと言った。いろんな衣装を着てちょっとしたごっこ遊びをしながら話をする。普段言えない心のうちを吐き出してスッキリしていく。まあセラピーみたいなもんでしょ。
店は会員制だから事前に希望の詳細が渡されて、それなりに勉強する。特に要望がない場合は、あたしのデフォルトは看護師。看護師の演技ができるように勉強も徹底。エロいコスプレ系看護師だとたいていミニスカートのワンピースで胸を強調してるけど、ガチの看護師はパンツスーツで固めの素材だから胸のラインはそんなに出ない。全然色気ないし、優しくない方がリアル。看護の勉強も含めて楽しくて仕方がなかった。
なによりお客さんはほぼオーナーのお友達関係で、理系に偏った業種の頭の良すぎる人たちばっかり。異次元の変態すぎて面白い。
そこであたしは「今治菜莉」という名前をもらった。店は数学用語で芸名前を決めている。友愛数の「ゆあ」や有理数の「ゆうり」もいる。
菜莉としての人生を生きることにした。
やっと自分の人生が始まった気がした。




