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素数な人たち  作者: 牧田沙有狸


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11/22

安積実(あつみ)②親友になってくれませんか

「整さんの絵、今回も素敵だなあ」

 できたばかりの『ZINEパスカル』を見て美数ちゃんが溜め息をもらすように言う。

「でしょう」

 表紙は整くんの水彩画。淡くて優しいのに力強さを秘めてて、そしていつもどこか寂しげな絵。前回は文字だけのシンプルすぎる表紙だったけど、整くんの絵で冊子全体の格があがったような気がする。前回載せた整くんの絵のファンが多いし、今回の絵も素晴らしいのでどうしてもカラーにしたかった。整くん自体は、前に出たがらない人だから表紙にされることには抵抗があったけど、表紙だけならカラー印刷にしても予算内でいけるからと製作の都合で納得してもらった。やっぱり色にも拘ってるようでカラーで見てもらいたいという思いはあるんだろう。

 今日は、完成した『ZINEパスカル』を近所にある印刷所へ二人で直接取りに行った。なんでも自由に書いていい自費製作本。お店のお客さんとは別に原稿を募集して作っているので、参加してくれた作家さんは30人近い。その人たちに配りつつ、パスカル以外のお店に置いてもらったり、文学やアートのイベントに出展したりするので結構な部数作った。小冊子とはいえ、本なのでそれなりに重い。

「重かったでしょ」

「はい。でも、みんなより先に見せてもらえて嬉しい」

「そう言ってもらえると、やりやすいわ。ほんと助かったよ。わたし一人でこれを持って帰ってくるのはきついもん」

「送料もバカにならないですからね」

「うん。近くだしね。あとまあ、お店とは別でわたしの趣味だから、商吾には迷惑かけたくないし」

「迷惑、なんですか?」

 美数ちゃんは「迷惑」と言う言葉をゆっくり言う。その言葉の使い方は適切ではないのでは? と言われているような気がした。

「商吾はこういうの全然やらないし。アートとか分かんないって」

「商吾さんの料理は充分アートですよ。なんで同じ素材であんな美しくなるのって」

「まあね」

何かを作る姿勢は同じだと思う。職人気質は商吾の方が上だ。格が違うから逆に一緒にしない。どこか気を使わなければいけないような気がする。今日も、商吾が契約農家のところに行く日を狙って取りに行くことにした。

 商吾が迷惑だなんて思ってない。むしろ迷惑だと思われてると知ったらきっと怒るだろう。けど、そう言っておかないとわたしの居心地が悪い時がある。くだらないことで傷つかないようにする予防線。自分でハードル下げて自由になりたいだけ。気を使うこと、それっぽい台詞を誰かに言うことで、自分のワガママ通してるだけじゃないんだよって言い訳してる。

 美数ちゃんは深追いせず、さらりと流してくれる。

 彼女は、わたしが強烈に惹かれてしまうタイプの人だ。同じ学校の友達とかじゃなくて良かったと思う。好きになりすぎて嫌われてしまうかも知れない。年の差と、いろいろ学習したわたしだから彼女といい関係でいられるんだろうなと思う。

 美数ちゃんは、発達障害と診断された息子の那由太を通して、多様性を受け入れない世間と必死に戦ってる。彼女自身も診断はしてないから障害とかそういうのかどうかは分からないけど、いろいろ拘りが強くて頭が良すぎるゆえ理解されず傷ついてきた人のようだ。世の中の「普通」という見えない基準で測られるやり切れなさを文章で表現しようとしている。その姿は愛しくてしかたない。

 美数ちゃんは冊子の目次を見て笑い出した。

「素志もまた書いたのか、しかも虚数」

「『虚数の人』でしょ」

「虚数って、あいつ意味分かってるの? 前回、素数でしょ。那由太の愛読書パクッたのよね。今度はどうなのよ」

「どうなんだろう」

 『素数の人』に『虚数の人』物語なのかエッセイなのかよく分からないけど、書いたから載せて欲しいと原稿を出してくれた。劇団員の素志。

 素志は本気で表現したい、表現していないと生きていけないような人。だけど、うまくいかないから「モテたいだけ」とフェイクかましてる。ずっと何かを演じている。ある意味役者だ。けど不器用すぎて全然かっこつけられない。その姿がまた、ダサすぎて可愛くていじめたくなる弟みたいだ。

「うわ、中二病炸裂。意味分かんない」

 素志の新作に目を通した美数ちゃんが、怒りながら笑った。

「そうなんだ」

「安積実さん印刷前に読んでなかったの?」

「ちゃんとは。ほら、印刷上のレイアウト以外はいじらない。内容は校正しないのが、自費製作のいいところじゃん」

「まあ、そうですけど。これは夜中に書いたラブレターみたいで痛いね」

「ええ、そんなだっけ」

「ま、素志だからいいか」

「うん」

 そう。あんまり干渉しない。距離を大事にする。

 わたしは自費製作本。ZINEの編集長として、不器用な表現者を集めて作品を発信する新しい支え方を見つけた。 


 数え終わった『ZINEパスカル』を袋に戻す地味な作業をもくもくとやった。穏やかな時間が流れる。

 こういう内職のような準備の作業をよく「文化祭の前みたいで楽しいね」と言う人がいる。そういう人は、リアルに文化祭準備をしたことがないと思ってしまう。それかいるだけで参加した気分になって、大変な仕事は全部実行委員にまかせて半分遊んでる人たち。

 いろんなアーティストの準備に携わったが、本気で準備してる人は忙しい。こんな穏やかな時間はない。

 この穏やかな時間が大事だと思えるようになった。

「これ、それぞれ取りに来てもらうんですか?」

 美数ちゃんが完成したZINEの配布方法を聞いてきた。わたしは平行して考えていた企画を思い出した。

「あ、そうだ。今度、完成記念パーティーしようと思うの」

「パーティー?」

「パーティーというのは表向きの話で、素志の三角関係をどうにかしようって会を開こうと思って。なんかね、素志を彼氏だと思い込んでいる子がいてね。面倒なことになってるみたいなの」

「三角関係って、年下ですか?」

「23歳って言ってたかな」

「若いから騙されるのかな。あいつ顔は悪くないもんね」

「それが『素数の人』読んで運命の人! みたいになっちゃたらしいのよ。23も素数だからとか言ってたから年齢覚えてた」

「え、それは貴重な子なんじゃ。ちゃんと付き合ってあげればいいのに」

「でもね、巨乳の彼女がいるんだって。しかも今、彼女の家に転がり込んで同棲中」

「へー、それで三角関係ってことか」

 美数ちゃんは新しいオモチャを見つけた子供みたいに目を輝かせた。二人で素志の話をするときは、弟の恋路に口出す姉妹のようになれて楽しい。

「役者なんだからうまいこと演じてどうにかしろって言ってやったの。そしたら素志が自分で台本書いてみるって」

「あいつそんな台本書けるの?」

「無理だと思うから美数ちゃんに頼もうって言ったら自分で書くって」

「安積実さん意地悪だね~」

「だって面白いんだもん」

「土曜のランチとかにするから、那由太も連れて美数ちゃんも来てね。都合の悪い日あとで教えて」

「了解です」

 パティーのメンバーは、素直子ちゃん、素志、素志の彼女、美数ちゃん、那由太、整くんもかな。整くんはパティーとか苦手そうだけど来て欲しいな。 

 わたしは新しい『ZINEパスカル』の表紙と壁に掛けられた整くんの原画を見た。本当に素敵な絵だ。

この絵からこの冊子を作ろうって思ったんだ。

「あの、前から聞いてみたかったんですけど、安積実さんと整さんって、どういう関係なんですか?」

 ものすごく言いにくそうに美数ちゃんが聞いてきた。

「どういうって」

 芸能人のインタビューみたいだ。関係性を疑って確認のために聞いてるのに、どんなジャンルかとわざわざ聞いている。別に大喜利やってるわけじゃないからボケる必要もないけど、素直に答えにくい質問だ。

「だって、仲良すぎじゃないですか。商吾さん、かなり嫉妬してますよ」

「ええええ」

「知らなかったんですか」

 知ってる。けど、知らないふりしてる。自分でも気付かないようにしてる。気付いていることを悟られないようにしてる。

「だって、何もないよ」

「整さんイケメンなのにまだ独身なんでしょ」

「イケメンだから独身なんだよ。まだ37歳。同い年」

「タメだから、仲良しなんですか」

 仲良し。

 その緩い表現が優しくて、変な誤解されるのも悔しいし、整くんとの二人だけの秘密だと思われるのもなんか嫌な気分になってきた。

 わたしは壁に飾ってある水彩画を見た。

「ぼくが堕ちて行こうとも、月は、ずっとついてくる。どこにいても、ソラは、ぼくを見ていてくれる」

「この絵に付けられた詩、ですよね」

 前回のモノクロ作品の横に添えた言葉。

「整くんの絵を初めて見た時、わたしが言った言葉なの。純粋に絵の感想として、そんなふうに見えたんだ。月と空が見てる」

「整さんの詩じゃなくて、安積実さんの言葉だったんだ」

「うん。その時に、整くん、真面目な顔で言ったの。親友になってくれませんか。って」

「親友?」

「うん。もうこれって、男女の関係じゃ絶対ありませんからって、最初っから宣言されたようなもんだよ」

「え?」

「友達っていうと、いずれ恋人に、みたいなニュアンスあるけど、いきなり親友だよ。しかも親友と言っておきながら、タメなのに敬語使ってるし。程良く距離作られてるから」

「はあ」

 そう。画材屋の袋を持ってお店に来た整くんに声をかけた。絵を描いている人だと知って、半分社交辞令みたいな感じで見せて下さいって言ったら、わざわざ店に来てくれた。最初にこの絵を見て衝撃が走った。

 わたしの好きなものが詰め込まれてた。

 寂しくて悲しくて手を伸ばすように誰かを求めて、だけど孤高でありたくて人を寄せ付けない。淡い色彩が儚げで、面で作られた線に揺るぎない意思があって芯が強くて、絵で何かを表現しようと必死にもがいてる。

 これをいろんな人に見せたい。

 でもこれだけだと、この人はすごく負担を感じてしまう。もっと同じような人を集めたい。集めてわたしが発信したい。わたしの大好きな物という名前を付ければ、それぞれの負担も減る。

 整くんはわたしの思いに答えてくれた。それはわたしが似てたから。

「わたしね、似てるんだって。整くんの親友に。顔とかじゃなくて、話し方とか雰囲気とか。もちろん男ね」

「まさか、その親友を愛してるけど、とか、そっち系ですか」

「いやいや。口下手で誤解多き整くんの唯一の理解者だったらしいよ。整くんが描く絵は、親友と自分なんだって。それをわたしに言い当てられたようで、すごくビックリしてた」

 整くんは、昔のわたしがすぐに好きになってしまうタイプの人だ。出会うのが遅くて良かったと思う。放っておけない。力になりたいと思う。だから親友になってくれという言葉に、ホッとしつつも揺らぐものは確かにあった。

 けど、わたしに似ている親友の話を聞いて、いい距離をずっと保てると確信した。

「……その人ね、二年前亡くなったんだって」

「え。そうなんだ。でも、亡くなった人に重ねられるって重くないですか?」

「まあね。でも嬉しかった。恋愛や結婚、仕事でもない男女の関係。純粋に好きなの。人として」

 整くんと話していると、そういう気持ちになった。彼の作品や人間性に惹かれてるということ。それは男女関係ない。自分の愛情がどれだけ影響するかとか考えて、心乱されることもない。今まで私に関わった人たちも、こういう距離感を保っていればお互い傷つかなかったのかなって思えてくる。でもそれは、年を重ねて得たものだから、昔のわたしに教えてあげても気付かないのかもしれない。

「その親友の話は商吾さんも知ってるんですか」

「もちろん」

「じゃあ、安積実さんも、整さんに絶対に恋愛感情はないってことですか」

「ない。まあ、触ってみたくなる時は、あるけど」

「キレイな顔してますからね」

「うん。でもさ、本当に安易に男女の関係とか疑われると不愉快になるね。もっと精神的なつながりなの。正直、商吾には分からない領域を共有できる人だよ。そんなこと言うと、後ろめたく聞こえるけど」

 全く相手のこと知らないのに、昔から知ってる気がしてくる同胞意識。同じはみ出し者同士、なんか同じもの持ってるよねっていう感覚。共感って言葉は重すぎて、同じ気持ちになんかなってないけど、なんかこの感覚知ってて落ち着く。

 きちんとしたご飯食べて生きてこなかった時間を時々取り出して、懐かしんじゃう自分を認めてくれる存在。商吾の前ではちゃんとしてる自分でいたい。それは全然苦痛じゃないし、ちゃんとできる自分も好き。だけど時々、無性に、子供みたいに飛び出したい衝動に駆られる。整くんは「それ、いいですね」って言ってくれるだけの人。

「男と女が一緒にいれば男女の関係に発展するって思う人はいますからね。それ以外ありえないと決めつけられるのは悲しいですね」

「ほんとだよ。性の多様性とか言いながらも、それ女同士だったら何も言われなくない?」

「確かに」

「わたしはただ本やこの店を通して出会った人と、心で繋がりたいだけ。不倫とか言われたら虚しいわ。しいて言うならファンか。私、整くん推し」

「それは私もです」

「じゃ、そういう事で。ご心配なく」

「はい」

 そう。尊い推しなんだ。

 この言葉が昔は見つからなかった。

「でも、整さんがイケメンだから親友申請受け入れてる所ありますよね」

「まあね」


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