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裏方令嬢と王子様  ~彼女と彼がおとぎ話になるまで~  作者: 響 蒼華
おとぎ話の裏事情
3/23

共犯者の条件

「お断りいたします」


 満ちる沈黙。

 きょとんとした暗黒主従……エセルバートとヒュー侍従がこちらを凝視しているのを感じる。

 誘いかけに対して間髪入れずに返されたあまりに迷いなく潔い答えに、首を傾げつつも次なる言葉を模索している様子だ。

 それに先んじて、シャノンは言葉を紡ぐ。


「そもそも。キャロラインの評判を失墜させたいだけなら、結婚する必要はない筈です」


 それだけなら、自分をキャロラインから引き離すだけでいい。

 極端な話、ここでさっくり息の根を止めてしまえばいいだけの話だ。

 それをしても無かったことに出来るだけの権力が、この王子にはあるのだから。


「そろそろ身を固めろという声が無視できなくなってきた。群がってくる奴らも煩わしい」


 エセルバート王子は未だ独身である。そろそろ妻を迎えてもいい年頃であり、かなりの数の縁談が持ち上がっている事だろう。

 兄が妃を迎えるということであれば、その煽りを受けて弟王子も是非……となるのは容易に推測できる。

 それに、彼ほどの容姿と権勢を誇るのであれば、妃と言わず側室でもいいという女性も多いだろう。


「お立場からして結婚は避けられないのでは……」

「……結婚したいと願っていた人が居る。それを貫きたいだけだ」


 理由になっていない、と思った。

 本当に結婚したいと願っている相手がいるなら、自分との結婚とてその相手に対する不誠実にならないだろうか。

 そして、ああ、とシャノンは気付く。

 立場上独身を貫く事が許されないなら、形ばかりの結婚で――名ばかりの夫婦で居られる後腐れのない相手を探していたということか。

 そこに、理由として更に都合のいいシャノンが現れたということだろう。

 何故か不貞腐れたような……ほんの僅かに照れたような複雑な色を滲ませていたエセルバートは、一つ大きく息を吐く。

 そして、シャノンに改めて視線を向けると首を傾げる。


「断る理由はそれだけか? まさかとは思うが、妹が可愛いから、ではないだろう?」

「……危うさに放っておけないと思う時はありますが、そこまで思うところはありません」


 頑張った功績を横取り続けた事に対して、思うところは確かにある。

 しかし、だというのにそれほど悪い感情を抱いているわけでもないのだ。

 キャロライン自身が良くも悪くも素直な性格であるからかもしれない。

 或いは、キャロラインもまたジョアンナの野心の道具として夢をいいように利用されているからかもしれない。

 在り方を危ういと思い気にかかりはする。可愛いと思うわけではないが、気にはなる。

 シャノンにとって、キャロラインはそんな不思議な存在だった。

 大きく嘆息し、シャノンは続けた。


「好きで協力していたわけではありません。理由があったからです」

「父親を人質にとられていた状態では逆らえなかっただろうな。……逆らえば、父親も自分も危うかったというなら」


 そこまで知っているのか、とシャノンの心中に苦い物が満ちる。

 この王子はかなり入念にカードヴェイル家の事情について調べたうえで行動に出たらしい。

 シャノンの父であるカードヴェイル伯爵は、心を病んだとしてジョアンナに遠方の屋敷に追いやられ監禁状態にある。

 何処に居るのかは分からない。

 ただ、事あるごとにジョアンナが、自分に逆らえばどうなるかと脅す材料として持ち出してきた。


「復讐してやりたいとは思わないのか?」

「あの家を出た以上、そのような積極的な形で継母に関わりたくありません。相応の恨みは確かにありますが、目に入らないところで勝手に生きてくれればいいと思います」


 エセルバートはシャノンの心の内まで見透かそうとするような眼差しを向けてくる。

 シャノンは心の内でもう何度目かわからない溜息を吐くと、静かに応えを紡ぐ。

 もう顔を合わせなくていいなら、記憶の中からすら消し去ってしまいたい。

 報復してやりたい気持ちがないとは言わない。けれども、それ以上にもう自分の人生から消えて欲しい。

 存在を無かった事にして、忘れてしまいたい気持ちの方が勝っているのだ。


「このまま、妹の影で……踏み台であり続けると?」

「少なくとも、そうすれば生きてはいけます」


 キャロラインの影であり続けるなら……その名声を支え続けるなら。

必要とされる限り、最低限の必需は保証される。少なくとも衣食住は保証される。

 シャノンは、もうそれでいいと思っている。それ以上はもう望まない。

 自分は表舞台に立つ人間ではないと思っている。明るい場所は自分には過ぎた世界だ。

 それならば、光の当たらない場所で。影に徹して生きていくほうがいい。寂しい生き方なのかもしれないが、いっそ気が楽だと思う。


「私は表舞台に立つ人間ではありません。主役ではなく、裏方の人間です」


 シャノンがそれを口にした瞬間だった。

 エセルバートの瞳に、明確な強い光が宿ったように見えた。

 それは、苛立ちとも怒りともいえる、激しいものであって。

 打たれたようにシャノンは身を強ばらせるけれど、次の瞬間にはそれは消え失せていた。

 何かの見間違いだったのかと怪訝に思うシャノンに対して、一度沈黙した後にエセルバートは告げる。


「成程、言い分は分かった」


 その言葉に、一瞬だけ安堵しかける。

 しかし、すぐにそれは早合点だと悟る。

 エセルバードの顔に浮かんだ、これでもかという程の『いい笑顔』を見たならば、背筋に寒いものが走る。


「しかし……このまま返してもらえると?」


(勝手に連れてきて、勝手に話しておいて何を言うのよ)

 短いけれど、含みのあり過ぎる言葉にシャノンはあからさまに顔を顰めて見せた。

 連れていってくれと頼んだわけでもなく、聞かせてくれと頼んだわけでもない。むしろ勝手に連れてきて、聞いても居ない事を話して聞かせて、更に脅迫までしてくるとは。

 間違いなく、相手に自分をキャロラインの元に返す気などない。

 良くて生涯幽閉、悪ければこの場であの世行き。対外的には恐れ多いと逃げ出したとでもするのだろうか。

 ここに連れてこられた段階で……あの場所で求婚された段階で、もはや自分に逃げ場などなかったのだ。断る選択肢など、この王子に目をつけられた段階で最初から与えられていなかったのだと悟る。

 今まで築いてきた妹の名声を失墜させ、お家騒動に巻き込まれる以外に自分が生き残る道は無いのだ、と。

 進んでも、進まなくても。どちらをとっても救いのない茨道である。

 それならば。


「……わかりました」


 大きな溜息と共に、シャノンは覚悟を決めた。

 しかし、このまま諾々と従うつもりはない。

 真正面からエセルバートを見据える。蒼と翠の眼差しが真っ直ぐに交差する中、シャノンは重々しく告げる。


「協力するにあたり、三つ条件があります」

「いいだろう。言ってみろ」


 脅されたからといって、ただで従ってやるものか。それなら、相応の見返りと保証が欲しい。どうせならば、最大限にこの話も、この王子も利用してやりたい。

 エセルバートに促され、シャノンはまず一つ目の条件を口にする。


「一つは、父親の保護を」

「ヒュー、すぐに手配しろ」


 それを聞くなリ、エセルバートは控えるヒューに鋭く命じる。

 諾の意だけ伝えて、侍従は直ちにその場から消える。

 この王子の情報網であれば父の監禁場所も直ぐ様知れるだろう。

 心の中で少しだけ安堵の息を吐き、シャノンは次の条件を告げる。


「もう一つは、継母に売り払われた母の形見を探し出して頂く事」


 亡くなったシャノンの母はカードヴェイル家に嫁いでくる際に、祖母から見事な装身具一式を受け継ぎ持参してきた。

 幼いころにシャノンが目を輝かせてみたそれらは、ジョアンナは目障りだ、趣味に合わないといって彼女の遊興費の為に売り払われた。

 泣きながら抗議したけれど受け入れられる筈もなく、酷く鞭で打たれて気を失っている間に、母の形見は消え失せていた。

 叶うならば、ありし日の母を飾った思い出を取り戻したい。

 エセルバートはその願いに対しても、頷き了承の意を示した。

 最後の願いを口にする際に、シャノンは一度躊躇ったものの、覚悟を決めて口を開いた。


「最後に。殿下の目的が叶った暁に、私が好きな場所で不自由なく暮らしていける保証を」


 今まで人の為に生きて来ざるを得なかった。せめて解放された後は自分の為に生きたい。

 そう思って口にした最後の条件だった。

 それを耳にした瞬間、エセルバートが一瞬息を飲んだ。

 わずかに怪訝に思ったが、すぐに気のせいであると、シャノンは思った。

 彼の瞳にほんの一瞬だけ、傷ついたような……寂しげな光が過ぎったなど、恐らく気のせいだ。

 すぐに元の不敵な笑みへと戻ると、淡々とした声音で応える。


「わかった。……その旨を記載した契約書を用意する」


 三つの条件が全て受け入れられたのを知ると、シャノンは思わず目を伏せた。

 これでもう逃げ道は完全に断たれた。

 これでもう、シャノンにはこの王子と共に進むという選択肢以外に無くなった。

 エセルバートは立ち上がるとシャノンの傍らに歩み寄り、あの時のように跪いて彼女の手を取った。

 そして、甘く蠱惑的とも言える悪魔の微笑みを浮かべ、手の甲に唇を落した。


「よろしく、我が妃殿……我が、共犯者殿」


 触れた唇の感触が、酷く怖ろしく。そして何故か熱くてたまらなくて、シャノンの心中には言葉にならない感情が満ちていく。

 意に反して上らされた表舞台に何が待ち受けるのか。自分はこれからどうなっていくのか。何処へと辿り着くのだろうか。

 分からぬ事だらけの戸惑いの中、王子の浮かべる笑みにシャノンは思う。

 これで自分はこの悪魔王子の共犯者なのだ、と――。

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