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もっと君を楽しませたいのに

作者: にわかあめ

 ここは、おもちゃ箱の底。あたりは真っ暗で埃っぽく、今が昼か夜なのかもほとんどわからないような場所だ。そんな場所で今日も、僕はかつての栄光を思いだしては現実に絶望している。僕より上に積まれているおもちゃが動くたびに、光が漏てくる場所が変わる。その光はまるで、あの日見た星空のようだった。でも、それよりずっと、その光はくすんで見えた。あの星空とこの光は何が違うのだろうか。そう考える度に、僕はあの日のことを思い出す。


 あの日、商品棚に並ぶ数多くのライバルの中から、僕はご主人に選ばれた。ライバルが買われていくのを見て焦っていた僕は、その瞬間に何にも代えがたい喜びを味わったことを覚えている。ご主人は、小さいけれど、やわらかくて温かみのある手で僕のことをギュッと握りしめてくれた。「これがほしい!」そう言った時のご主人の期待に満ち溢れた笑顔は、忘れることができない。


 バーコードリーダーの赤い光を浴び、僕はご主人と共に店を出て、外の世界へと旅だった。その時見たのが、あの星空だった。すごく綺麗で、キラキラしていて、それを見たときに「僕は絶対おもちゃとしてご主人を楽しませる。」と決心した。そのとき輝いていたのは多分星だけでは無かったんだろうなと思う。僕もご主人も、あの星空に負けないくらい輝いていたはずだ。


 次の日の朝から、僕は第一線に立ってご主人を楽しませ続けた。僕の売りはスピードが出ること。その時は、ご主人の持っている他のどんな車のおもちゃよりも速く、僕は走ることができた。僕が他のおもちゃを追い抜かす度に、僕が積み木でできたアーチを颯爽と潜り抜けていく度に、ご主人は笑顔になった。僕はその笑顔が大好きだった。もっと、もっとその笑顔を僕に向けてほしいと思うようになった。


 でも時が経つにつれて、ご主人が僕を取り出す頻度は下がっていった。最近はティラノサウルスのぬいぐるみがお気に入りなようで、ずっとティラノサウルスとヒーローを戦わせて遊んだり、積み木で作った街をティラノサウルスで破壊したりして遊んでいる。そのシチュエーションで僕のスピードは活きてこなかった。だから僕はおもちゃ箱の中段で身を潜め、楽しそうに遊ぶご主人の声を聴いていることしかできなかった。僕よりも彼で遊ぶのがご主人にとって楽しいのなら、それは仕方のないことだ。むしろ、ご主人を楽しませ続けられなかった僕が悪い。僕の実力不足だ。だけど、僕はまだ第一線で戦いたかった。チャンスがあるなら、またご主人を楽しませたかった。


 そんなことを考えていたある日、僕にチャンスがやってきた。ご主人が新しい車のおもちゃを買ってきたのだった。ご主人は、新人の速さを確かめるために、僕たち先人と新人をレースさせるはずだ。そこでもし、僕が新人に勝ったなら、ご主人はもう一度僕のすごさに気づくだろう。ご主人はまた僕を見てくれるようになるし、僕はまたご主人を楽しませられる。僕の胸は期待で膨らんだ。


 ご主人が新人を試走させる。それを僕はじっくり観察していた。どうやら新人のトップスピードは僕より速いようだ。さすが新型のおもちゃだ。でも、その程度のスピードなら想定内。僕がいつもよりタイヤに力を込めて回転数をあげれば、おそらく新人は追い越せる。メーカーの人たちに言われていた規定のスピードは超えているけれど、少しオーバーするくらいだ。きっと問題ないだろう。僕はこの新人に勝って、ご主人の期待に応えてみせる。


 ついにレースの時が訪れた。ご主人のやわらかい手が離れ、僕と新人は同時にスタートを切る。持ち前のスピードで僕を突き放す新人。そして新人は余裕そうな表情で僕の方すこし流し見る。だが、僕の本気はこんなもんじゃない。タイヤに力をかけて、カタカタとなる作り物のエンジンを思いっきり震わせる。予想以上に力が必要だったが、僕は新人に並ぶことに成功した。そして新人にどや顔を見せつけ、最後のひと踏ん張り。さらにスピードを上げて、僕は新人よりも早くゴールに到達した。はやるエンジンを抑えて顔をあげると、そこにはあの時と同じご主人の笑顔があった。僕は嬉しかった。たとえどんな新人が来ようと、家で一番速いのは僕だ。どんなに無理をしようと、僕はずっとご主人を笑顔にしてやる。


 そのレースからというもの、ご主人の興味は再び僕ら車のおもちゃに移った。もちろん、その中心は僕だ。毎日のように他のおもちゃとレースを繰り広げる。ご主人がレース場を作ってくれたこともあった。レース場の装飾にまで成り下がったティラノサウルスやヒーローを見ると、なんとも言い難い優越感が込み上げてきた。でも理想に見えるそんな日々も、決してラクなわけではなかった。時折タイヤがすごく痛むのだ。エンジンのパーツも不調なようで、カラカラと音を立てるようになった。タイヤを支える支柱も少し黒ずんでいる。規定のスピードの超えるのだから、多少の代償があるのは覚悟していた。でも、これほどの物とは思わなかった。不調は走りにも影響を出し始め、レースの度に新人との距離が詰まっていく。僕は「ご主人を楽しませるため。」と自分を奮い立たせ頑張った。


 ある日のレースのことだった。最終コーナー、僕はいつものようにスピードを上げる。だがそのとき、僕のタイヤに激痛が走った。でも僕は痛みをこらえてスピードをあげようとした。


グシャリ。大きな音がして、僕のタイヤは勢いよく前に転がっていった。えっ…… 困惑のさなか自分の体をよく見ると、タイヤを抑える支柱がひん曲がっているのが分かった。完全な故障だった。これじゃあもう僕はご主人を楽しませられない。僕は絶望した。その後、ご主人が僕を修理に出したようで、タイヤは元通りに戻せたが、前の様にスピードを出すことはできなくなった。


その日から、おもちゃ箱の中での僕の位置はどんどん下がっていった。かつてレースで簡単に打ち負かしていたようなおもちゃにもどんどん追い抜かされ、気づいたらおもちゃ箱の底にいた。


またご主人をたのしませたい。そんな願望とは反して、それから僕にお呼びがかかることは二度となくなり、もうご主人に忘れられているかもしれないような状態になった。そして、今日もおもちゃたちから漏れてくる光を見て昔のことを思い出し、悔しさと絶望の中にいる。「ああ、もう一度君を楽しませたい。」「僕が故障したのが悪い。でも、もっと速く、前よりも速く僕は走れる。」そんなこと出来る訳ないのに。届かぬ理想だけが募っていた。


ある日、僕はいつもより強い光で目を覚ました。これは日の光だ!


「もしかしたら、ご主人が僕を探してる? ご主人は僕のことを忘れてなんてなかったのかな!」


 僕にもう一度輝きが戻る。ご主人を向かえる態度は、「誰よりも楽しませたい」っていう気持ちは、出会ったあの日から変わっていない。僕をご主人の手が掴む。ご主人の手の感は久しぶりだから少し違って思えた。ご主人も大きくなったんだなと少し感動する。


「ねぇ、このおもちゃでしばらく遊んでないでしょう?」


「何そのおもちゃ―。あー、あの壊れちゃったやつねー。」


「あら、忘れてしまうくらい遊んでないの? それじゃあ、バイバイしましょうか。」


「いいよー。勝手に捨てといて。」


「ゲームばっかりしてないで、部屋の片づけぐらい自分でやってほしいものだわ。」



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