敗北
目を覚ますと、13番の不安げな顔があった。
カルテとアズリールさんもいる。
「…おはよう」と俺が言うと、
「ああ…良かった…」
という声。
「心配したよ全く!」
と13番が言い、
「合格おめでとう」とも言ってくれた。
「ありがとう…お前は合格したの?」
と聞くと、
「ああ、私?私は別の試練をクリアしたから。」
と言っていた。
「多分、13番が試練を突破して、外に出れるようになったからお前はもういらないって言うことで、あんな無理難題をお前に押し付けたんだろ。金もきつかったしな」
とカルテが言った。
「でもお前はよくやった!よくやったよ!」と言って、背中をバンバン叩かれた。
「いや、危なかった。本気で殺してないか心配してた。」
とアズリールさんが言って、心底安心したようにため息をついた。
「これで私たち、やっと外に出れるね!」
と13番が嬉しそうに言った。
次の日。
アズリールさんも、カルテもいなかった。
13時まで会議に出ているらしい。
研究者たちが、次々に俺たちを訪れてはおめでとうを言った。
「いやー本当に、アズリールさんが相手と聞いてもうダメだと思ったよ。」
と研究者たちは口を揃えて言う。
「いやー、死にかけましたねー。」
と俺は笑った。
そんな時、
「ねえ、12番…」
と13番が俺に話しかけてきた。
「何?」と言うと、
「これ、あげる」と、俺に包みを渡してきた。
「何これ?」
と言って開けると、一本の杖が入っていた。
俺はそれを眺めた。
「その杖は、ある特殊な効果を秘めてるんだが…まあ今度教えてやるよ。」
と研究者たちがニヤニヤ笑いながら言った。
思えば、13番とはもう一年一緒に過ごしたのか。
早かったな、などと思っていた。
「ありがとう」と言い、俺は腰に差した。
研究者がもう全員帰って行った。
12:50分ごろ。
俺は本を読んでいた。
「ねえ、12番…。」
13番が声をかけてきた。
「これからもよろしくね?」
と言って、照れたようにニッと笑った。
可愛い。
俺は少し間を開けて、
「ああ。よろしく。」
と答え、笑い返した。
えへへ、と13番は笑っていた。
そしてお互い俯いた。
その時。
「ふーん。いちゃついてんじゃねーぞ」
という声がした。
「あ?」
誰かに見られていたのか、と俺は焦って上をみた。
13番も顔を赤くして上をみた。
全身が真っ黒でフードを着た、謎の人物がこちらをみていた。
フードには、顔が、間抜けな顔が描かれていた。
「誰だお前?」
と言うと、
「…………」
黙っていた。
次の瞬間。
大きく13番が後ろに下がる。
俺が黒フードを攻撃しようと襲いかかると、もうそこにはいなかった。
俺たちの遥か後ろにいた。
恐るべき速さだ。
アズリールさんにも引けを取らない。
「食らうしか…ないよね?」
そう言って、ニヤッと笑ったように見えた。
背筋が凍る。
全身が警告する。
こいつ、危険だ!
凄まじい密度の魔力領域。
アズリールさんのような圧迫感を感じる。
黒フードが手を挙げると、空間にピッと線が入り、口のようにグパアっと開いた。
いや、口のようにじゃない。牙が並んでいる。真っ赤な舌が並んでいる。
それがいくつも空間中に浮かんでいる。
ガチガチ、と歯噛みする音。
魔法ではない、スキルだ。
しかもこんな特殊なスキル…
全身がぞっとした。
まさかこいつ…
「まあ、避けれないよね。私はSランクだもん。」
聞きたくなかった発言。
Sランク!?世界に8人しかいないはずだ。
だがそんなことを考えている場合ではない。
あのイヤリングは今持っていない。
武器も取る暇がない。
二人とも避けるだけでギリギリだ。
13番の「空間切断」で攻撃しても、「口」は切れない。
一瞬でも気を抜いたら、自分の側に「口」を作られ、食われてしまう。
攻撃しようにも、「口」で防がれてしまう。
そんな時。
「痛っ」
13番の悲鳴が聞こえた。
みると、腕が片方なくなっていた。
俺は頭が冷えていくのを感じた。
「あれ?もう片方まで何分かかるかなあ!?かかるかなあ!?なあ!?」
俺の中で、何かが崩れていくのを感じた。
目の前が白くなっていく。
殺す。殺す。殺す。殺す。
不思議だ。なぜか懐かしい。
全身を、魔力が下から上へと流れ満ち満ちている。
アズリールさんと戦った時を思い出せ。
魔力を凝縮。
魔力領域を波立たせ、一本の剣のようにして。
斬る。
「口」が全身を食っているのが分かる。
でも気にしない。
すぐに治して。
斬る。斬る。ひたすらに斬る。
「口」ごと斬る。
ほら、あと少しで本命だ。
ふざけた顔が必死そうな気がする。
上から振り下ろすように、高く持って。
その時、首にガツっと噛みつかれて、俺は正気に返った。
ゲホゲホゲホと血を吐き出す。
うえっ、うえっ…
13番は?
右腕を食いちぎられただけか。
まだ生きてる。良かった…。
「惜しかったね。」
ぜー、ぜー、と息を吐く音が聞こえる。
「口」が迫ってくる。
13番の叫び声。
その時。
「よく頑張った!!!」
と言う声。
「口」を一撃で切り伏せ、フードの腹に剣を突き立てた。
アズリールさん。激怒しているらしい。全身から今までの比にならない魔力量が放出され、近くにいる俺は圧死しそうだ。
「さあ。死んでもらおうかそこの古着!!」
とアズリールさんが言った。
「はあ…じゃあ帰るか…」
と黒フードが呟く。
が、その顎に思い切りアズリールさんの蹴りが直撃し、後ろの壁まで吹き飛ばされた。
「お前のスキルは割れてんだよ!スキル「万物捕食」!空間中に口を作り、そこからあらゆる物を捕食するSランクの魔法使いだな!!下品な下郎だ!!」
「ギャーギャーうるせえな。まあ、私は帰ー」
べきっという音。肋骨が確実に何本か逝ったに違いない。
が、俺からしたらそんなことはどうでも良かった。
もっと凄惨な光景が俺の前に広がっていたからだ。
魔力が唸っている。
電撃が走った。部屋に大きな亀裂が走り、床がバキバキに割れた。
黒フードは全身が赤くなっていた。流血のせいだろう。
「ちっ…」といい、そのままふっと消えてしまった。
「あ?どこ行きやがった?」
とアズリールさんが言った。
俺は一切聞いていなかった。
「なあ、あいつー」
後ろを向いたアズリールさんも絶句した。
そこには、真っ二つにされた13番の遺体が残っていた。
「…嘘だ。嘘だ。嘘だ。」
俺はなんども呟いた。
アズリールさんは何も言わず、拳を握っていた。
俺は、そのまま倒れた。
アズリールさんが近寄ってくる。
視界が狭まる。
ヒロインが死んだってマジ?