アズリールさん
「ここは…?」
俺らが扉に入ると、そこはごく普通の部屋だった。
机があり、椅子があり、水の入ったカップがあり、青いカーペットがあり、電灯があり、電話機があり、本棚があり…
カルテは、周りをぐるりと見回したあと、
「まずいな…」
と言った。
異質な魔力が部屋全体に溢れているのがわかる。
そのとき。
プルルルルル…
電話が鳴る。
俺はそれを手に取る。
「とるな!」
カルテがそう言ったが、もう遅かった。
俺は、一瞬で意識が飛んだ。
5秒も経たずに起きた。
敵の襲撃かと思って、すぐに目を開けて構える。
だが、目を開けた俺を待っていたのは、白い地面だった。
前をみると、剣をモチーフにしたと思われる巨大な柱。
それが8本、角に配置されている。
それぞれの間には、溢れるような多くの人。
「ここまで強力な魔法障壁…」
カルテが下を打つ。
「ここは、…中央国立闘技場だ。」
「カルテよ、下がりなさい。」
そんな声がした。
俺とカルテが前をみると、ずっと上の特等席らしきところに軍服を着た人間がいた。
胸に紋章をつけている。
「マンレータ・ゼトス。軍部省最高司令官だ。」
カルテが俺にそう耳打ちする。
そして、俺に何かを手渡した。
なんだ、これ?
イヤリングのようなものだ。
縦長い青い楕円に、赤い星と青い眼の形が書いてある。
非常に独特なデザイン。
「ただいまより、実験個体12番の入隊テストを開始する。
試験方法は簡単。国軍第0部隊隊長アズリールに一時間以内に一撃を入れることができれば合格。」
え?ちょっと待って。
テストは「カルテを相手に15分耐える」じゃなかったのかよ。
そう俺が困惑していると、
「ちっ…あのジジイ、本当に短気だな…。研究費が足りなくなったから、もう試験に踏み切りやがった…。」
カルテがイライラを隠さずに言った。
「12番。決して油断するなよ。あいつは人間の形をしているが、はっきり言ってこの世のものじゃない。」
カルテは俺にそう言い残して、去って行った。
入れ替わりに、アズリールさんが入ってきた。
やばい、と全身が警告する。
魔力領域が見えない。
おそらく、この馬鹿でかい闘技場全てが彼女の領域内なんだろう。
アズリールさんの白い髪が揺れるたびにあたりに強風が吹き、赤い眼がこちらをみるたびに精神が揺らぐ。
腰には銀色の棒を刺し、ピストルを地面に投げ捨て、黙ってこちらを見る彼女の口元は、薄く微笑んでいた。
「12番。武器を支給します。
受け取りなさい。」
12番の横に、テレポートケースが置かれた。
遠いのでよく見えないが、おそらく中に入っているのはー
「「空閉剣」と、「CR-998」、そして「動体グラス」だね。」
俺の隣で、友人の武器商人、ネスカル・リロードが言った。
「どうだいカルテ君よお。
12番君は一撃を与えられると思うかい?」
「わからないが…おそらく無理だ。」
「へー。どれもランクA以上の名兵器だぜ?それでも無理かい。」
そう言いながら、リロードは「映写」で俺に武器データを見せてきた。
「空閉剣」
ランク:A
全長:1m38cm
能力:切断した物体を異空間に転送する。
CR-998
ランク:A
全長:28cm
射程:82m
能力:弾切れがない。
動体グラス300
ランク:A
全長:13cm
能力:周囲の動きを300倍で知覚できる。
「うーん。」
俺は唸った。
「対するアズリールさんは…おっほう。」
「どうした?」
「ありゃあ「雷撃棒」だな。強盗とかの撃退に使う、護身用の簡単なものだ。」
「あいつが使えば、水さえも人を殺す凶器になるぞ。」
俺がそういうと、
「まあ、黙ってみてみようや。」
とリロードが言った。
俺は1人、ポツンと闘技場に残された。
コンタクトをつけ、剣を構えて待っている。
アズリールさんは、棒を腰から抜いたが、構えない。
「始め!」
という声がした。
一撃、一撃でいい、一撃、一gー
ヒュンっという音。
俺はスレスレにかわしながら、体勢を整える。
嘘だろ、と思った。
周囲を300倍に知覚できる「動体グラス300」ですら動きを追えない。
思えばカルテにスキルを聞いておくべきだった。
パチッ、パチッという音。
彼女の持つ棒から聞こえる。
背中がとても痛い。
眼に血が入ってきた。
最初の一撃で思い切り壁に叩きつけられたせいで、耳がぐらぐらする。
息も苦しい。
と思っていたら、また視界がぐるぐる周り、床に叩きつけられた。
背中の骨が何本か間違いなく折れた。
アズリールさんの姿がぼやけて見える。
これがランク「S」。
カルテとは圧倒的に違う。
少しも動けない。
「こいつはひでえな…まるで闘いにならない。「動体グラス♾」でも与えないと。」
リロードがいう。
俺も同感だった。
12番がわかっているのか知らないが、この2分間ですでに100回以上壁に叩きつけられている。
すでに骨はめちゃくちゃになっているだろうし、この状態から一撃を与えるのは至難の技だ。
「逆にこれでまだ動けてる12番も十分すごいと思うけどなー。」
リロードが言う。
アズリール・レセクレス。
スキル 「異常演算(extraordinary culcurator)」
あらゆる演算を自分の思うよ
うに設定する。
確かに、あのスキルのせいで並の人間では一撃入れる前にあの世に行く。
だが、
「あれがあればー」
読んでくださってありがとうございました。