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殿下が私以外と結婚? でも幸せならOKです!

「殿下が結婚? でも幸せならOKです!」


 王城に仕える侍女にして親友のアビーから「第一王子のウォーレン殿下が結ばれるそう」と聞かされ、私はそのように答えた。


 ……今の私はちゃんと笑えているだろうか。


 嫌な顔をしていないだろうか、そんなふうに思いながら。


 するとアビーは難しそうな表情になる。


「エマ、本当にいいの? あなたは聖女として殿下のために尽くしてきた。でもそれは……殿下が好きだったからでしょう?」


 アビーの澄んだ赤い瞳に射られて、私は少しだけ竦んでしまう。


 彼女の言うことは本当だ。


 私ことエマは元々は寒村の孤児だった。


 でもある時、人々を癒やす力──通称、聖女の力と呼ばれるもの──に目覚めたお陰で王国兵に保護され、王城にて育てられてきた過去を持つ。


 けれど王城に来たばかりの作法も知らない平民を、多くの人は快く思わなかった。


 当時、私は同い年くらいの貴族の子たちから虐められていた。


 王族、貴族の血こそ尊いという風潮のある国だから仕方ない、あの時の私はそう思って耐えていたのだけれど……。


「お前たち、よさないか。彼女は今は幼くとも当代の聖女。いずれ国を俺たちと一緒に背負う存在だ、ぞんざいに扱うのはやめろ」


 そうやって助けてくれたのがウォーレン殿下だった。


 歳も私より二つくらいしか離れていないのに、立派にそう言い、貴族の子たちを追い払ってくれたのを今もよく覚えている。


 そして貴族の子たちに転ばされて汚れた私の頬を、ハンカチで綺麗に拭ってくれたのも。


「酷い連中だ。君だって望んで王城に来た訳じゃないだろうに。聖女の力があるからと、兵士たちに無理矢理連れて来られた子になんて仕打ちだ……。エマと言ったかな、君もあんな奴らの言うことなんて聞かなくていい。俺からも後で、あいつらによく言っておくから」


 ……きっと私はこの時から、彼のことが好きだったのだと思う。


 それから私は城仕えの魔術師たちに教えを請い、聖女の力をより開花させ、王国の人々を癒やしていった。


 周囲の人たちは「流石は当代の聖女様だ!」と褒めてくれた。


 でも私は誰よりウォーレン殿下に喜んで、褒めてほしかったのだ。


 そしていずれ国を治める王となる、彼の力になりたかった。


 ウォーレン殿下は私と会うたびに「いつもありがとう。エマのお陰でこの城の皆も民も助かっている」と笑顔で言ってくれた。


 私はその笑顔だけで、全ての苦労が報われる思いだった。


 その笑顔のために、私は表でも裏でも働き続けた。


 ……そうやって時が過ぎて十年ほど。


 今や私は十七で、殿下は十九。


 第一王子であるのに今まで縁談がなかったのが不思議なくらいだ。


 だから彼が結ばれるという話については「ようやくその時が来たのね」といった思いだった。


「エマ、もう一度聞くけど……いいのね? 今思いを打ち明ければ、まだ間に合うと思うけれど」


「いいんです、アビー。……私は殿下のお力になれるだけで幸せだもの。何より平民出身の聖女じゃあ、殿下だって……」


「ふん。殿下はそんなの、気にしないと思うけどね。それにこの前、殿下が熱病でうなされていた時だって、誰もが諦めていたのにひっそりと看病していたのはあなたじゃない」


 アビーはそう言ってから「伝えたわよ」と部屋から出て行った。


 ……それから数日後、ウォーレン殿下と公爵令嬢のイザベル・ラナル様の婚約が正式に発表された。


 王城の大広間にて人々は口々にそれを祝い、ウォーレン殿下は笑顔でそれに答える。


 傍らのイザベル様も幸せそうにしているけれど、それを眺めている私に気づくと、イザベル様はこちらへ向かってきた。


「あら、ごきげんようエマ。元気そうじゃない」


 私はぺこりと一礼する。


 ……イザベル様はかつて私を虐めていた貴族の子の一人だったので、今でも少しの苦手意識があった。


 しかし今日は黙っている訳にもいかない。


 私はそのままの姿勢で話した。


「イザベル様、この度はおめでとうございます」


「あらあら、ありがとうねエマ。平民上がりでもちゃんとそれくらいは言えるようね」


 イザベル様は相変わらず上機嫌にしつつもこちらに毒を吐く。


 ……大好きなウォーレン殿下がこの人と結ばれると思うと、胸に小さな痛みが走った。


 でもそれが殿下の幸せなら祝福してあげようと、私は思った。


 するとその時、


「ああ、エマじゃないか。イザベルと話しているのか?」


「お久しぶりです、殿下」


 ウォーレン殿下がこちらへと寄ってきたので、改めて一礼しつつ「この度はおめでとうございます」と祝いの言葉を述べた。


 すると殿下は笑みを浮かべつつ、どこか寂しげにした。


「ありがとう、エマにも祝ってもらえて嬉しいよ。……今だから言えるが、実は俺は……昔、エマに惹かれていた」


「えっ……?」


 信じられないと思っていると、殿下は続ける。


「だが君はずっと仕事一筋のようだったし、加えてイザベルにも思いを伝えられてはな。それに彼女は、聖女に次いでこの国が誇る治癒の力の使い手でもある、実績は十分だ。イザベルの実家であるラナル家には最近、よく民を癒やしてもらっていたが、聞けば全てイザベルがやってくれたそうでな。何より先日かかった熱病、あの時は意識が朦朧としていたが……どうもイザベルが看病してくれたらしい、病も恐れずに。それも決め手の一つだな」


「……えっ?」


 殿下は今、なんと言ったか。


 聖女に次いでこの国が誇る治癒の力の使い手?


 イザベル様が?


 それに殿下の看病もイザベル様がやったですって?


 すると私にそれを聞かれたせいか、イザベル様は顔を青くした。


「あの、殿下……? イザベル様はその、治癒の力をお持ちではないはずですが……。それにイザベル様のご実家のラナル家が癒やしていた人々というのは多分……」


 私がラナル家経由で受けた、治癒の依頼で癒やした方々ではなかろうか。


 私は王国における傷病の癒やしを担う聖女であるので、その辺りの話は一通り耳に入ってくるようになっている。


 けれどラナル家自体が傷病を癒やしたという話は聞いたことがない。


 つまり看病の件といい、イザベル様はウォーレン殿下を騙しているのだろうか。


 それを問いかけようとすれば、イザベル様はウォーレン殿下の腕を引っ張った。


「さ、さぁ殿下! 参りましょう! 余所にもご挨拶に向かわねばなりません……!」


 それを私が止めようとした瞬間、大広間に誰かが入ってくる。


 しかも一人ではなく大勢だ。


 彼らは皆、かつて私が癒やした兵士や民、それに狩りなどで負傷した貴族たちだった。


「ウォーレン殿下! あなたがイザベル様と婚約なさると聞き、駆けつけた次第です!」


「あなたはイザベル様について、治癒の力を使い、我らを癒やした点に惹かれたとの発表でありましたが……」


「いいえ、そのような事実はございませぬ! 何よりイザベル様が治癒の力を扱えるなら、その道に優れるエマ様の前でも一度確認すべきではありませんか?」


「我々は皆、イザベル様ではなくエマ様に救われた身。今一度お考え直しくださいませ!」


「それに殿下! これまでイザベル様に口止めされておりましたが……先日、殿下を看病したのもエマ様でございます! これまでも度々、エマ様がひっそりと、多くを成してくださっておりました!」


 そのように嘆願し語る人々に、大広間はざわめき、イザベル様はたじろぐ。


 このタイミングでどうしたのだろうと思っていると、大広間の出入り口に立っている侍女、アビーがウィンクを送ってきた。


「アビー! まさかこれってあなたが……!?」


「さて、なんの話かしら。それより殿下があなたとお話ししたい様子だけれど」


 振り向けば、ウォーレン殿下が私の両手を握ってきた。


「エマ、今語られた話は本当なのか? イザベルではなく、君がずっと一人で……! 何より看病の件も……!」


「はい。いつの時代も癒やしの力を持った聖女は一人のみですから。それに殿下のお力になるのが私の役割です。それに私が殿下をお助けしたなどと……お話しするのも図々しいかと思いまして」


「そうか……そうだったのか、苦労をかけたな。……おい、イザベル」


 ウォーレン殿下の低い声に、イザベル様は身を竦めた。


「な、なんでしょうウォーレン様。もしやあなた様は、私の言葉よりエマたちの世迷い言を信じるおつもりでは……!?」


「なら今この場で治癒の力を使ってみよ。あの力は眩い光と暖かな熱を発する。真偽はすぐに分かるぞ」


 ウォーレン殿下の強い声と瞳に、イザベル様は固まり、いかなる言い訳も通じないと悟ったのか崩れ落ちた。


「治癒の力で民を癒やし、俺を熱病から救ったという虚偽の申告、これは最早謀反に等しい。……君との婚約はこの場で破棄する。……連れて行け」


 両脇を近衛兵に固められたイザベル様は「お待ちを、お待ちをウォーレン様!」と叫ぶが、そのまま引きずられて大広間から出ていった。


 その後、ウォーレン殿下は「すまなかった」と私に頭を下げた。


「エマの功績をイザベルの功績としていた件、謝らせてくれないか」


「いえ、それは……いいんです。私もこれまで、殿下には何も言っていませんでしたから」


「黙々と己の仕事を成す、エマの美点だな。……それとエマ、俺はさっき……」


 ウォーレン殿下は赤面しつつ、続けた。


「……エマに思いを伝える機会はもうないと感じて、胸の内を明かしてしまった訳だが……。今こんなふうに言うのもあれだが、こんな俺でよければ……どうか付き合ってはくれないだろうか。婚約を前提にしてだ」


 殿下の言葉に大広間は沸き、私は一も二もなく頷いてしまった。


 ……好きな人を取られる悲しみはさっき味わった、もう二度と味わいたくないと思ったから。


「ウォーレン殿下、今後ともお願いいたしますね」


 そんなふうに言う私の傍ら、アビーはふと独りごちる。


「本当、エマも鈍いんだから……。殿下が十九になるまで縁談なしなんて、普通あり得ないでしょ。殿下もきっと、エマに思いを打ち明けられるのを待っていたんじゃない?」


 するとウォーレン殿下は更に顔を赤くして「まあ、それも明らかになってしまった訳だな」と苦笑した。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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