最後に
ここに述べたのはあくまで実現性をあまり考慮していない例え話です。そのつもりで、笑って読んで頂ければと。
と、ちょっとアレな例え話をしてしまいましたが。最後に、さらにアレさを加速した例え話をしたいと思います。
――そうですね、「パニック[SF]ランキングを現代のインターネットパニックの舞台に! ――俺の書いた二百字小説でパニックを起こそうチャレンジ」とでも名付けましょうか。
やる事はまあ、言葉にすると簡単です。一人でコツコツと、「パニック[SF]ジャンル」の二百字小説を大量に、そうですね、九十作品くらい執筆する。で、一度に投稿して、ありとあらゆる手段を用いて宣伝する。……なぜ「パニック[SF]」ジャンルを選んだのかって? 私が選んだ理由はまあ、ジャンル別日間ランキングを見て、例として丁度いいかなぁと思ったのが理由ですね。それ以上を明言するのは避けておきますが。
で、もしその一人チャレンジが上手くいって、投稿した九十作品にまんべんなく評価点(ブクマでも可)が入って、その中の一、二作品にジャンル別ランキングのトップを狙えるだけの評価がつけば、まずは前提条件達成です。
そこから「パニック[SF]ランキングを現代のインターネットパニックの舞台に!」という状態にまで持っていけるのかはまあ、宣伝と運とタイミングかなと。普段は人が来ないはずの過疎ジャンルのランキングページにどれだけ人を呼び寄せることができるのかが勝負のカギになると思います。
まあ、始めはこっそり、最後には仕掛け人がバレる、そんな感じにはなるでしょうね。なにせ、全て同じ作者の作品ですからね。作者名を変更しても、最後には同じ作者のマイページにたどり着きますし、終わるまでには気付かれると思います。なのでまあ、隠し通すよりは、それも話題性として組み込んでしまった方が良い結果になるんじゃないかなぁと。――まあ、要するに炎上商法という奴ですね。批判は覚悟して、ということになると思いますが(笑)
ここで一つ、とても大切なことなので強調しておきたいのですが。
この企みは、別にランキングに載りたいとか、そういう意図で行われる訳ではないという前提です。そうではなくて、この作者は、自らを日間パニック[SF]ランキングを舞台にした現代のインターネットストーリーの原作者と目し、そのストーリーを現実のものにするためにこの一人チャレンジを行っているのです。
つまりこの作者は、ランキングを本来の目的である「人気作を目立たせるためのシステム」ではなく「創作者が現実世界に思い描いたストーリを表現する、その舞台」として利用しようとしている、そんな例えです。
きっとこの作者もね、「あいつはランキングジャックが狙いだ」みたいな感じで批判したら、きっと怒ると思うのですよ。――「俺の狙いはそんな小さなことじゃねぇ」と。
◇
で、実際にこんなことが行われたとしたら、先の「下品だ批判エッセイ」と「嘘タイトル本文導入な釣りエッセイ」の喧嘩とは、ちょっと同列には語れないと思うのですよ。
パニック[SF]のランキングは、パニック[SF]の人気作品を知るためにあるのであって、インターネットパニック物語の舞台となるために存在している訳ではない。そんなのは当たり前のことですよね。ランキングというのはなろうにおける評価システムの軸であって、物語の舞台ではない。現実世界のランキングを物語の舞台にするような行為は、作者によるなろうの機能の私物化のように思えます。賛否両論が出て当然ではないでしょうか?
――それでもね、批判されることに納得ができない、俺は何も悪いことをしていないと思うのなら、一度ストレートに運営に質問をしてみるべきだと思います。
聞けばいいと思うんですよ。真正面から堂々と。『私は今、「パニック[SF]ランキングを現代のインターネットパニックの舞台に!」という言葉を胸に秘めつつ、パニック[SF]ジャンルの二百字小説を一度に百作品近く投稿しようと考えています。もし可能なら、パニック[SF]ジャンルのランキングを起点とした罪のない騒動(インターネットパニック)を引き起こす。そんな大きな目標を持って、可能な限り宣伝に力を入れていきたいと思っています。もちろん、違反行為等は行わず、あくまで話題性で勝負したいと考えています。なので、できればランキング除外等の措置は取らずに投稿したいと思うのですが、良いでしょうか?』と。そう運営に質問をして、もし許可をもらえたのであれば、少なくともそのチャレンジの責任は運営も負うことになります。そうすれば、運営の非を問わずに作者の非だけを問うのはおかしいということになるんじゃないかなと思います。
……ホント、どういう返事が返ってくるでしょうね。「アカン」と言われる気もするし、意外と通ってしまう可能性も低くはない気はします。そのチャレンジが本当になろうのためになると思っているのなら、運営にだってわかってくれる人がいてもおかしくありません。聞いてみる価値は十分にあると思います。
そういう問い合わせに対応するために、運営はエロい広告を載せて広告費を稼いで、中の人はそれを給料として受け取っているのです。私たちユーザーは毎日のようにエロ広告を見せつけられているんだから、その位の仕事を期待してもバチは当たらないんじゃないかなぁ、なんて思います。
◇
今回例え話に出したランキングは、なろうの評価システムの根幹です。そこに何かがあれば話題にも上りやすいし、批判も出やすいと思います。なので、個人的には、そこで目立つ行動をとりたいのであれば、一定の配慮を示すべきだとは思います。
が、ぶっちゃけ、並み居る批判者どもを蹴散らすつもりで行動に出てもかまわないかなあとも思ってたりもします。……まあ、これは個人的に思っているだけで、色々な考え方があると思いますが。
でもね、これを「運営ガー」「質問ダー」と言うのは、ちょっと違うと思うのですよ。……いや、別に運営への問い合わせや通報を否定するつもりはないですよ。ただ、何かこう、白黒つけるための道具として運営を引き合いにだしているだけの人も出てくるんじゃないかと、そんな気がするのです。
混乱を避けるために運営と相談するのと、混乱を抑えつけるために運営に相談?するのは、似て異なることだと思います。
今回例に出したチャレンジも、もしかしたら真正面から堂々と質問して、許可がおりるかもしれません。その場合、それでも出てくるであろう批判に向き合いながら、胸を張ってチャレンジすればいいと思います。
が、それがOKだったからといって、次に同じ質問をして、OKという返事が返ってくるとは限らないと思います。なにがしかの事情で答えが変わるかもしれませんし、その質問の答えに問題があって次からは答えが変わってしまう可能性だってあります。なので、混乱を避けるために運営に質問したいのなら、次に同じことをしたいと思った方も、同じようなことを運営に質問すべきだし、やっぱり出てくる批判に向き合いながらチャレンジすべきだと思うのですよ。
結局、運営のお墨付きなんてものは、そんな程度のものじゃないかなぁ、と。
◇
と、これでざっくりと言いたいことは言えたと思いますが、最後に一言。特に運営も動いていない、多分動かないであろう問題にルールだ規約だを持ち出して殴りあうのは、ホンマ、どうなのかと思います。
拳(言葉)に乗せるは己の身から出た正しさで十分で、互いにその重さを拳(言葉)で示すことができればそれで十分ではないかなと思うのですよ。
殴りあうのは殴りあうのが目的で、それ以上の結果は追い求めなくていいんじゃないかなぁと。
以上、カッとなって書いてしまう悪癖を持つ検索除外エッセイを多く抱えた弱小マイナーときどきエッセイストのいち意見でした。
――うん、連載作品の執筆に戻らねば!
なお、本文中では色々書いてますが、ここに記載した一人チャレンジを実施するのは私個人としては反対で、その結果の責任を負うつもりもないことをここに明記しておきます。