009
侍女としての生活が始まって、半年が経った。人生で間違いなく、一番充実している。毎日が楽しくてしょうがない。仕事をした分だけ、自分に給料が貰えるのが嬉しかった。寮の部屋に帰ると一人だけど、誰にも邪魔されずに好きな事が出来た。
家にいた時の様に、父親の為に誰かのミスを肩代わりして謝る必要もない。自分で買ったお気に入りの小物を、妹に取られる事もない。母親の退屈なお茶会に駆り出されて、折角なら他の見目麗しい娘達にお会いしたかったわと嫌味を言われる事もない。前触れもなく突撃してくる姉の、嫁ぎ先の愚痴を延々と聞く必要もない。
素敵な毎日に、いつも幸せでありがとうございます。と誰に言う訳ではないが、感謝していた。
家族には、家を出る数日前に報告だけした。みな驚き、口を揃えてファビオラが居なくなると困ると言われた。父親に感じた様に、知らないです。と心の中で呟く。
父親に言った台詞を、みんなにも同じように告げた。
「これからは、シストがいます。シストは、頭も良いですし社交性にも優れています。困った事は、彼に対応させれば大丈夫です。なんてったって、義理の息子、義理の弟、夫になるんですから。それに、ユリアナが卒業する二年後には、二人は結婚してここに住むのです。何時までも、独り身の姉がいては困るでしょう」
皆一様に、押し黙った。
ファビオラが家を出てから、シストとクリフォードから度々手紙が届く。一度帰って来て欲しいと。シストは、マルティネス家の面倒事を一手に押し付けられてアップアップしている模様。クリフォードは、姉の愚痴聞き兼アドヴァイス係がいなくなり嫁姑問題に拍車が掛かっているらしい。
私には関係無いし、ファビオラには最早他人事。新人で覚える事が多くて、新しい生活に慣れるのに必死です。帰る時間はありませんと手紙にしたためてからずっと無視している。
王宮侍女としての仕事は、兎に角楽しかった。新人一年目は、三ヶ月毎に部署を渡り歩く。一年後に正式に配属場所が決まる。
初めに配属された部署は、財務部。シェリーのお父様である、フェレーラ侯爵様が部長をされている。フェレーラ侯爵様が部長をしているだけあって、官吏として働いている部下達は皆有能で親切。ファビオラの担当になってくれた、先輩侍女のエリンさんは、とてもいい人で丁寧に仕事の仕方を教えてくれた。
財務部での仕事内容は多岐にわたり、朝一番の室内の清掃から午前午後のお茶休憩の準備。官吏の補佐的な仕事もあり、書類の誤字脱字のチェック、他部署への書類の運搬、資料作成の為に調べ物をしに書庫へ足を運んだり実に様々で、毎日があっという間に終わっていく。
三ヶ月が経ち、次の部署に異動する時などすっかり慣れ親しんだ職場から離れがたく、少し落ち込んだ·····。財務部の皆さんが優しくて、何時でも遊びにおいでと言って貰えた事がとても嬉しかった。
次に配属になったのは、内部。内部とは主に国内の政を行う部署。仕事内容は、財務部とそこまで変わらず官吏達の補佐が主だった。
二つの部署を経験して思ったのは、部署ごとの色があると言う事。財務部は、お金を取り扱う事が多いからか真面目な人が多かった。
内部は、国の中枢で手掛ける内容もスケールが大きい。貴族間のパワーバランスを巧みに操り、国益を作る手腕を身近で見ると、かっこ良過ぎて痺れた。それだけに、いる面子は一筋縄でいかない狸ばかり。ファビオラなんて小娘には理解出来ない、偏屈な人が多かった。それでも、よく話を聞くと国を思って働いている志の高い集団である事がわかった。
三ヶ月が過ぎる頃には、やっぱり離れがたくなってしまった。内部最後の日に、お世話になりましたと部長に挨拶に行った。
「トバイアス部長、三ヶ月間お世話になりました。勉強になる事ばかりでした、ありがとうございました」
心の中で、寂しいなと思いながらペコリと頭を下げる。
「この内部で、そんな寂しそうに挨拶して行った新人なんぞおらんよ」
楽しそうに、内部部長のトバイアス侯爵様が返答する。
「そうなんですか?」
言ってる意味がよくわからず、頭を傾げる。
「あっはっはっ。儂が言った意味がわかってないな。内部は厳しかっただろう?新人はな、やっと三ヶ月が終わったとホッとした顔ばかりじゃよ」
トバイアスは、楽しげににやにやしている。
「·····確かに厳しいかも知れませんが、皆さん素敵な方々ですし。嫌な事はなかったですよ?」
ファビオラは、恥ずかしげもなく返答する。
「だとよ」
トバイアスは、ファビオラの後ろで机に向かって仕事をしている部下達に振る。えっ?とファビオラは、振り返るがみな反応はない。
「全く·····みな素直じゃないな。ファビオラ、何か困った事があったら内部においで。みな、待ってるよ」
「はい。ありがとうございます」
ファビオラは、嬉しくって涙を堪えて感謝の言葉を述べた。