008
結論から言うと·····ファビオラが学園を卒業する少し前に、ユリアナとシストは婚約した。
二度目の失恋を経験したあの日。家に帰ってからも、泣きに泣いた。泣けるだけ泣いて、スッキリしたファビオラは、ある事を決めた。──── 家を出ようと。
ファビオラは、卒業してからの進路を決めていなかった。もしシストと恋人になれたら、婿に入って貰って家を継げばいいと思っていた。今考えるとかなり恥ずかしいが、そんな都合のいい事を考えていたのも事実。だから、結婚するまでは家の事業の手伝いでもすればいいと軽く考えていた。
一年一緒にいて、恋愛感情が生まれないならこれ以上この気持ちを引きずってるのも馬鹿らしい。だからファビオラは考えた。この状況はチャンスじゃないかと。
シストは、二組に在籍しているのだから頭はそれなりに良い。友人も多く社交性に優れている。マルティネス家は、容姿の優れている事を利用して服飾関係の事業を手がけている。父も母も、社交性は全くないが服飾のセンスがずば抜けて良い。
そして、シストは女性の扱いが上手い。女性は、服飾関係には切っても切れない関係だ。このことから、シストをユリアナの婚約者にして婿に入って貰う。家族の面倒をシストに全部丸投げすれば、ファビオラの負担が一気に減るのではと思いついた。全く知らない相手に家族を任せるよりは、知っているシストに任せた方が安心だ。そして、ほんのちょっとの報復もある。
ファビオラは、至って普通の女の子なのだ。愛情ある家庭に憧れを持っているし、かっこいいクラスメイトと必要以上に仲良くなれば、好きになってしまう。勘違いさせたのは、シスト。ほんのちょっとの仕返しくらい許して貰おう。シストだって、愛する女性と結婚出来て爵位まで継承出来る。きっと悪くないはず。
そして、ファビオラはマルティネス家から卒業する。王宮の侍女に就職して寮に住めば、家族の面倒事に巻き込まれる事もない。自分だけの為に、自分の能力を使ってみようと心に決めた。
決心してからのファビオラは、行動が素早かった。翌日すぐに、学園の就職課に行き王宮侍女職の推薦状を書いてもらった。最後のテストは手を抜かずに全力で挑んだ為、かなりの成績を叩き出した。なので、推薦状もすんなりと書いて貰えた。寮に入りたい者は、別に申請書が必要という事だったのでそれも忘れずに貰う。後は、身元保証の為、保護者や保証人のサインを貰って提出すれば間違いなく採用されるとお墨付きを貰った。
家に帰ってから、父親の執務室に行き学園の書類にサインを下さいとお願いした。詳しい事を聞かれると面倒臭いなと思った。何の書類だ?っと聞かれはしたが、卒業に関する書類ですと返事をすると、書類に目を通す事無くあっさりとサインを貰えた。
ファビオラに対する投げやりな態度に、思う事はあったがこういう事も最後かなと流した。そもそも、父親はファビオラの卒業後の事をどう思ってるのか謎だったが·····。何も言われない事をいい事に、そのまま知らんぷりした。
次の日、サインを貰った書類を、学園に提出した。数日後にはすぐに採用の返事をもらえた。心配はしていなかったが、やはり採用通知を貰えた時は安堵の溜息が出た。こころの底からホッとした。
そしたら次は、二人の婚約だと策を講じた。ユリアナに、ファビオラがシストの事を少なからず想っていると見せつける為に何度かわざと二人で食堂に行きお昼を食べた。ファビオラの姿を見つければ、必ずユリアナが寄って来るのでシストをユリアナに近づけるのは簡単だった。
後は適当に二人きりにすれば、シストが上手くやるだろうと思っていた。ユリアナにシストへの好意を抱かせるのは、簡単だった。ファビオラが、シストに好意を抱いてる素振りを見せるだけでいいのだから。
ある日、いつもの様にユリアナと家でお茶を飲んでいた。ユリアナが気まずそうに口を開く。
「あの、お姉様·····」
「なぁに?ユリアナ」
「あの·····、私·····、シスト様の事を好きになってしまったみたいです·····」
申し訳なさそうに、伏し目がちにファビオラを見る。
「どうして、そんなに申し訳なさそうに言うの?」
心底疑問だと言う様に聞き返す。
「だって、お姉様も·····シスト様を·····」
ファビオラは、切なそうな辛そうな顔を演じた。
「私の事は気にしないで。きっとシストもユリアナと同じ気持ちよ。婚約の話を、お父様に話しても良いって事で平気?」
ファビオラは、出来るだけ優しく語りかける。
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
ユリアナは、満面の笑みを浮かべた。
ファビオラは、すぐに父親とシストに話をした。姉の婚約の時に、ファビオラが父親の補佐をして婚約を纏めたので二度目となる今回は楽勝だった。同じ子爵家同士だし、次男が婿に入るので先方にはいい事ずくめ。婚約を結ばせるのは簡単だった。
それと同時に、家を出る支度もちゃくちゃくと進めていた。自分の部屋のいらない物は、どんどん処分をした。卒業を迎える頃には、部屋はスッキリしていた。
婚約が無事に整った後、父親に言われた。
「ユリアナの婚約が、無事に纏まって良かった。頼りになる婿殿で安心だ。カリーヌもユリアナも結婚相手を自分で見つけたぞ!三人の娘のうち、一人は伯爵家。もう一人は、婿を見つけた。ファビオラは、自由だ。きちんと自分で、伴侶を見つける様に」
本来なら結婚相手は、父親が見つけてくるものだ。何を偉そうに言ってんだこの人は!大体、二人とも私が繋げた縁だろうが!と心の中で罵る。
「父上の仰る通り、伴侶を見つける為に外の世界を知って来ようと思います。私は、学園を卒業したら家を出ます」
ファビオラは、ハッキリと言い切る。
「なっ、何を言っているんだ!ファビオラは、卒業したら家の事業を手伝うのだろう?」
父親が、慌てている。
「いえ、お父様は何も仰らなかったので私は王宮侍女になる事にしました。家を出て寮に住みます」
「そんな事は、困る!トラブルが起こった時は、どうすればいいんだ!」
そんなもの、知るわけない!と言いたかったがぐっと堪える。
「これからは、シストがいます。シストは、頭も良いですし社交性にも優れています。困った事は、彼に対応させれば大丈夫です。なんてったって、義理の息子になるんですから。それに、ユリアナが卒業する二年後には、二人は結婚してここに住むのです。何時までも、独り身の姉がいては困るのです」
父親は、何も言えずに押し黙った。
「では、失礼します」
ファビオラは、これで完了だと執務室を出た。