006
ファビオラは、学園生活を満喫していた。シェリーとは、変わらず仲良くさせて貰っていてフェレーラ家へのお泊まり会は、月一の恒例行事になっている。一緒に勉強したり、一緒にお昼を食べたり、毎日が楽しくてファビオラは家族の問題もそこまで、思い詰める事がなかった。
それでも家では、相変わらず父親の仕事でトラブルがあると駆り出される。母親のお茶会に付き合わされる。姉はめでたく、結婚して家を出たが、伯爵家の女主人として求められる事が多い。義母から厳しく指導されているらしく、困り事があると家に帰って来てファビオラに泣きついている。妹は、ファビオラの友人関係に興味があるらしく、シェリーとのお泊まり会に一緒に行きたがる。姉が家を出てからは、邪魔する人がいなくなったと思っているのか、家で常にべったり付き纏われる。
頭が痛い事は相変わらず多いが、家の中だけで生活してた時と違って外の世界を知ったファビオラは、そこまで深く考える事をやめた。ファビオラは、家族以外の人との交流で自分の可能性を知った。容姿だけで、姉や妹と比較されてきたが世界はそれだけでは無い事を。またこの三年間でしっかり勉強した。自分に少し自信を持てたのが大きいのだろう。
季節は巡り、学園を卒業するまであと一月と少し。今日のお昼は、シストと一緒に食べる約束をしていた。学園最後のテストで、わからない所を教えてあげたお礼だと誘われた。
シストと二人でお昼を食べるのは初めてで、約束してから今日が来るのを心待ちにしていた。午前中の授業が終わる。
「ファビオラ、お昼行こうぜ」
すぐにシストが、ファビオラの席に誘いに来た。
「うん」
ファビオラが笑顔で席を立つ。二人で並んで廊下を歩く。二人で並んで歩いてるだけなのに、何だかドキドキするな。ファビオラは、平静を保つ為に胸の前で右手を握る。小さく深呼吸をする。
「もうすぐ卒業だなんて、信じられないよなぁー」
横を歩くシストから、声がかかる。
「そうだね。三年間ってあっという間だったな」
もうすぐお別れなんだと心の中で思うと、寂しさが襲った。
「卒業したら、ファビオラにも会えなくなるよなぁー。やっぱ、寂しいよなぁー」
ファビオラは、それを聞いて折角抑えたドキドキが大きくなって戻ってきた。寂しいって思ってくれるんだ·····嬉しい。
「私も寂しいな·····」
勇気を出して、ファビオラも返す。
「だよな!」
シストは、ファビオラの方を向いて屈託なく笑う。ファビオラは、嬉しくて幸せな気持ちに満ちていた。
程なくして、食堂に到着する。シストに何にするか聞かれ、カルボナーラとサラダとスープのセットをお願いした。
「じゃー、俺が頼んで持って行くから席取っといて貰っていいか?」
「うん。窓側の席を取っとくね」
ファビオラは、取ろうと思ってた場所を指さしてから席の方に歩いて行った。
席に座ってファビオラは、さっきの会話を思い出す。顔がニヤけてしょうがない。シストも私の事好きって思ってくれてるのかな·····。私ったら、自意識過剰過ぎだ·····。顔が真っ赤になるのを感じ両手で顔を冷やす。深呼吸をして、どうにか自分を落ち着かせる。料理を受け渡すカウンターの方を見ると、シストが丁度こちらに歩いて来ていた。
「ほらよ。おまちどう」
シストが、料理の載ったトレーをファビオラの前に置いてくれた。
「ありがとう。あっ、デザートがある!」
トレーの上を見ると、頼んでなかったプリンが載っていた。
「おまけな。女の子は、甘いもの好きだろ」
シストが、座りながらファビオラに笑顔を向ける。
「うん。プリン好き!ありがとう」
「良かった。じゃー、早速食べようぜ」
「「いただきます」」
ファビオラが、サラダを食べようとフォークに手をかけた瞬間·····。
「お姉様!」
ファビオラがよく知る、よく通る可愛らしい声が聞こえた。ファビオラは、固まる。ギギギと声のする方を振り返る。内心では見たくない聞きたくない、泣きそうになりながら·····。
「ユリアナ·····」
ファビオラから、ポツリと名前が零れた。ユリアナが満面の笑みでこちらに歩いて来る。
「お姉様が食堂でお昼って珍しいですね」
ユリアナがファビオラの前で止まる。
「ユリアナもお昼?」
ファビオラは、妹の登場に青ざめる。ユリアナは、姉の表情が暗い事に気づいているのかいないのか·····気にせず話しかける。
「折角だから、お姉様と一緒に食べてもいい?」
ユリアナが、いつもの上目遣いでお願いしてくる。ファビオラは、恐る恐るシストの方を向く。ユリアナも、ファビオラの移した視線を追ってシストの方を向いた。
カランッカランッと、昔聞いた鐘の音が聴こえた。そう、恋に落ちた時の音。
ファビオラが見たシストは、目を丸くして驚いた様子だった。ユリアナと目を合わせた瞬間、目を奪われていた。目がハートマークになっていたと言ってもおかしくない程。
「シスト、この子私の妹なの。一緒に食べてもいいかな?」
ファビオラは、一生懸命声を出す。笑顔で言ったつもりだったが、苦笑いしか出来なかった·····。
「いっ妹?まじか·····。もっ、もちろんだよ」
「嬉しい。料理持ってくるから、食べてて下さいね」
ユリアナがシストに花が零れる様な笑顔を向けて、カウンターの方に歩いて行った。その笑顔に、シストは心を持っていかれた。ユリアナが歩いて行った方向をずっと見ている。
ファビオラは、泣くのを必死で堪えていた。一瞬·····一瞬だった。さっきまであった幸せな気持ちは何処に行ったんだろう。
可笑しい。何このデジャブ。
ファビオラは、フォークを持ち直しサラダを口にする。悔しさ、悲しさ、寂しさが溢れ出るのを、サラダで押し込んだ。