最終話
ファビオラが目覚めて三日後から、色々な人達がお見舞いに足を運んでくれた。もちろんファビオラの家族も来てくれた。嫌な事を言われるのかな?と、身構えていたが意外にも純粋に心配して来てくれた。髪の短さと包帯の多さに驚き、危害を加えた令嬢達に憤りを見せていた。自分達がファビオラにするぞんざいな態度は許せても、誰かに傷つけられるのは駄目らしい。一応家族愛は、あったのだなと笑ってしまった。きっと家族とは、これくらいの距離感が丁度良いのだろうと改めて思う。
他にも、内部のトバイアス侯爵様や先輩侍女のエリン、王太子部からはセバスチャンさんが来てくれたりとお見舞いのお客さんが途切れなかった。トバイアス侯爵様は、ファビオラを見て怒りのボルテージを上げていた。酷いと聞いていたが、ここまでとは·····と言葉を失くしていた。後の事は心配せんで良いからな、きっちりこちらで対応しておくからと不穏な言葉を残して部屋を去って行った。
ローレンツ様とキース様も、二人揃って来てくれた。キースは現場を見ているだけに、物凄く心配だったと零す。痕が残るんだってねと痛ましげな表情で、腕の傷をさすってくれた。ローレンツも嫁入り前の娘が、髪をこんなに短くされてと憤ってくれる。ファビオラは、傷は長袖を着ればわからないし髪はそのうち伸びるから大丈夫ですと笑って答えた。それよりと、どうしてあの時に見つけて貰えたのかを聞いた。
ローレンツが教えてくれた事によると、第一騎士団の先輩侍女がファビオラが休憩から帰らないと団長に知らせてくれたらしい。今までそんな事なかったので心配になって、第二騎士団に問い合わせをしてくれた。
時を同じくしてシェリーの馬車の従者が、なんの連絡もなくシェリーがなかなか戻って来ないと王太子部に様子を聞きに来たらしい。そこでシェリーがいないと発覚し、第一騎士団・第二騎士団に捜索の伝令が来て、これはおかしい、急いで見つけろと言う事態になった。普段人気が無い場所はどこかと考え、アーベルが先頭切って夜会会場付近の捜索に走った結果、ファビオラを見つけるに至ったのだそう。
ファビオラは、先輩侍女に後で深く深くお礼を言わねばと心に誓った。
またフェレーラ侯爵一家もお見舞いに来てくれ、謝罪と感謝の嵐だった。シェリーに至っては、ファビオラを見た瞬間に泣き出してしまい落ち着かせるのが大変だった。ファビオラは、呼び出されたのがシェリーだけじゃなくて本当に良かったと心から述べた。泣くくらいなら、もっと強くなってとシェリーに発破をかける。シェリーも、涙を拭って本当にそうだわと意思の強い目でファビオラに誓った。
「ファビー、私誓うわ。もう誰も傷つけさせない様に、私強くなるわ」
シェリーの言葉を聞いたフェレーラ夫妻は、娘の成長に目を細めていた。ファビオラも、微笑んだ。
そんな風にして一カ月程、王宮のゲストルームで過ごした。お見舞客の対応をしている時は笑顔で居られたが、一人になると空っぽになる自分がいた。この一年、色々な事があり過ぎて疲れてしまったのか、何もする気が起きなかった。
ベッドに腰掛けて天井を見ながら、終始ボケーッとする時間が多くを占めていた。張りつめていたモノが、パチンと割れてしまった様に元気を失くしていた。少し休みたいなと、自分の姿を鏡で見ながら焦燥感に襲われる。みんなに笑って大丈夫だと言っていたが、実際には強がっているだけで夜中に何度も枕に向かって泣いた。髪なんてすぐに伸びてくると思っていたが、鏡を見るたびに溜息が出てくる。腕の傷を見るたびに、泣きたくなった。
それでも、包帯が取れて日常生活に支障がなくなると自分の寮に戻る事に決めた。研修も途中になってしまったが、もうすぐ4月。本配属先が決定するはずだ。仕事に戻らないとと自分を奮い立たせる。
寮に戻った次の日に、アーベルからずっと王宮にいたから気分転換に外に出かけないかと誘いを受けた。正直ファビオラは、もう誰かと誤解されるような事はやめた方がいいのではと悩んでいた。好きなだけでいいと、曖昧な関係は終わりにするべきなんだと。この機会に、距離を置きたいと告げるべきだろうなとファビオラは心に決めた。
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アーベルとファビオラは、たんぽぽ畑が見渡せる小高い山の上に立っていた。そこには大きな木がぽつんとあり、強い日差しには丁度いい木陰になっていた。
「綺麗な所ですね。一面たんぽぽが咲き誇ってて、童話に出てきそうな風景です」
ファビオラは、どこか遠くを見つめながら感情が感じられない面差しで立っていた。あの事件から1か月が過ぎ、ようやっと今日アーベルはファビオラを外に連れ出した。
ファビオラは、肩までになってしまった髪を結ぶ事なく無造作に下ろしている。腕に残ってしまった傷を隠す為か、今日は春の日差しが強く暖かな日なのに、長袖のワンピースを着こんでいる。あんなに、感情豊かだった瞳にはほの暗い影を落とし無表情でただ立っていた。
「ファビオラ、今日はファビオラに聞いて欲しい事があってここに連れて来た。俺の話を聞いてくれるか?」
アーベルは、ファビオラの手を取り顔を覗き込む。ファビオラは、アーベルの真剣な瞳と向き合い、黙って頷いた。了承と受け取ったアーベルは、木の根元に持っていたハンカチを広げファビオラを座らせた。
二人は、たんぽぽ畑が見渡せる木の根元に腰掛ける。しばらくしてアーベルが景色に視線を向けたまま話し出した。
────────── たんぽぽは、俺の実の母が好きだった花なんだと。
アーベルは、昔を思い出しているのかその声音はいつもより優しさが含まれていた。
アーベルの母は、侯爵家の嫡男と結婚するには不釣合いな男爵家の娘だった。アーベルの父が、学園に通っている時に見初め周りの反対を押し切って結婚した。母親は、侯爵家に恥を掻かせない様に自分に足りない知識や作法を必死で学んだ。幸いにも、学力が高く呑み込みの早い女性だったようで恥ずかしくない程度の知識や作法を身に付けた。早い段階で、侯爵夫人として少しずつ馴染んでいった。
そうは言っても、貴族社会は厳しい。女性だけの付き合いに参加した時などは、下位の貴族令嬢がと侮辱される事が多かった。アーベルの父親は、侯爵家の嫡男で美男子で頭も良く将来有望視されていたため高位の令嬢達にとても人気があった。しかしそんな父親が選んだのが、財力も無い地位もない令嬢だった事で、嫉妬や嫌がらせを受ける事も多かったようだ。
ある時、母親が嫌がらせを受けている場面にアーベルが遭遇してしまった。母親がいつも着けている、たんぽぽの髪飾りを馬鹿にされていた。男爵家ともなると、どこにでも咲く雑草ぐらいしか知ってる花がないのねと。身分不相応な家に嫁いで、申し訳ないという心はないのかしらと。母親は毅然とした態度で、沢山の花があるけれど私はたんぽぽが好きなんですよと答えていた。その答えにその場にいた婦人達は笑っていたけれど、母親は全く気にしていなかった。
アーベルは家に帰る馬車の中で、母親に聞いた。どうして母上は、そんなに強くあれるのかと。母は、語ってくれた。アーベル、たんぽぽはねどこででも咲けるのよ、とても強い花だと思わない?そして、最後には風に乗って好きな所に飛んでいくのよ。自由で強い花なの。だからお母さんは、たんぽぽが好きなの。アーベル、アーベルもたんぽぽみたいに強い男の人になって。そして、自分で好きな人を見つけてくれたら嬉しいわ。そう言って、アーベルに微笑んだ。その笑顔がずっと忘れられない。
その後ほどなくしてアーベルの母は、アーベルが6歳の時に病気で亡くなってしまう。アーベルの父と母は最期まで仲が良く、母が亡くなった時の父の憔悴は見ていて辛いものがあった。それでもハーディング侯爵家の当主として生きて行かなければならない父は、仕事に打ち込み少しずつ元の父親に戻っていった。
母が亡くなって三年ぐらい経った頃、周りの勧めもあり伯爵家の令嬢を後妻に迎えた。嫁いで来て義理の母となった人は、アーベルを自分の息子の様に可愛がってくれた。侯爵夫人としても申し分のない令嬢だった。やがて、義母に子供が出来男の子が生まれた。異母弟が生まれても、アーベルを邪魔にする事なく育ててくれた。10歳になっていたアーベルは、義母の事は好きだったが、父親の中から、屋敷の中から、自分の生活の中から実の母の存在がなくなってしまう事が堪らなく寂しかった。
家族でいる時に、後継者教育の話になると義母が時折残念な顔をする事がある。ほんの一瞬、きっと義母自身も気づいていないほどの刹那。きっと無意識の内に自分の子を後継にしたいと言う思いが、少なからずあるのだろうと子供ながらに感じていた。
実母を思い出すのは、いつもたんぽぽが好きな理由を聞かせてくれた時の笑顔。大好きだった実の母の存在を、自分の中にだけは残して置きたかった。強い男の人になってねと言うあの言葉。だから父親の後継ではなく騎士になろうと決めた。父親にその話をすると、そうかと言って抱きしめてくれた。アーベルの中に、レーヴェンが生き続けるんだねありがとうと。
ハーディング侯爵家の後継は、弟が継ぐことになった事を聞いた義母はアーベルに申し訳なさそうな視線を送ったが何も言うことはなかった。
「だからファビオラ、俺は嬉しかったんだ。ファビオラが、たんぽぽの刺繍の入ったハンカチを、お礼だと言って持って来てくれた事が」
ファビオラは、ずっとアーベルの話を黙って聞いていた。自分の話をしてくれる事が嬉しかったが、なぜこんな話をするのだろう?と不思議でしょうがなかった。ただ、アーベルの腕の腕章がたんぽぽな意味はわかった気がした。
「でも、ハンカチなんて沢山の令嬢から貰いましたよね?」
ファビオラは、首を傾げる。何がそんなに喜ばれたのか見当がつかない。
「初めてだった。たんぽぽの刺繍が入ったハンカチは。どの子も、ハーディング家の紋章か騎士に纏わる物だった。たんぽぽについて触れる子なんていなかった」
アーベルの青い目が、嬉しさと温かさを備えてファビオラを見据える。
「そう·····なんですか·····」
思わぬ事を言われ、アーベルの目がファビオラを愛しんでる気がして目を逸らせない。なんでこんな目で私を見るんだろう·····。
「その時は気づかなかったが、後になって思った。きっとあの時に、ファビオラの事が気になりだしてしょうがなかったと。自分らしくもなく、その日に一緒にご飯を食べに行って驚いた。キースやローレンツと楽しそうに話すファビオラを、ずっと見ていた。また会いたいと思った」
アーベルが、ファビオラに笑いかける。ファビオラは、動揺する。自分の胸の鼓動が、さっきから煩いくらいにドキドキと鳴っている。
「この気持ちが何なのかわからなかった。この前の事で、はっきりしたんだ。目を覚まさないファビオラを見て、胸が潰れそうになった。ファビオラがいなくなるなんて、考えられなかった。だから目を覚ましたファビオラを見て、もう離せる訳がないと思った」
アーベルが、立ち上がる。ファビオラの両手を掴んで、立ち上がらせてくれた。ファビオラは、思考が追い付かない。ここに来るまでは、距離を置かないとと思っていたのに·····。この話の流れはなんなのだろう?胸の鼓動が煩い。
アーベルが、ファビオラの前に跪く。ファビオラの手を、壊れ物を扱うみたいに優しく取った。
「ファビオラが愛しい。結婚してくれ」
アーベルの青空の様な瞳に、熱がこもっている。ファビオラの瞳から、涙がポタポタと零れる。
「でも·····私·····」
「ファビオラ、俺が嫌いか?それ以外の理由なら受付けない」
ファビオラは、ぶんぶんと首を横に振る。
「なら、答えは、はいだけだ」
アーベルが言い切る。
「はい。私も大好きです」
ファビオラは、嬉しくて弾けるような笑顔をアーベルに向けた。アーベルが立ち上がり、ファビオラを抱きしめる。
野原一面にたんぽぽが咲き乱れる丘で、二人はそっと唇を重ねる。たんぽぽの花の周りを飛び回る白い蝶達が、二人を祝福しているみたいだった。
完
最後まで読んで頂きありがとうございました
(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*ペコ
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