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033

 

 無理やり扉をこじ開けて入って来たのは、アーベルだった。


「アーベル様·····」


 ファビオラは、一気に力が抜ける。アーベルの顔を見て、気持ちが緩んでしまった。ハサミで切られてしまった、腕を掴む。かなり深く切ってしまったのか血が止まらない。もう、大丈夫だよねとその場にしゃがみこむ。


 アーベルが扉をぶち破って入ると、ファビオラの姿が目に入り息を呑む。あちこちから血を流して、王太子の婚約者の盾になっていた。アーベルは、一直線にファビオラの元に駆けよろうとした。


「アーベル様!その子爵令嬢が、私を突き飛ばしたんです」


 オリヴィアが、アーベルに駆け寄り腕に抱きつく。瞳には、涙を溜め今にも泣き出しそうな顔でアーベルに縋る。


「切り捨てられたくなかったら、離れろ」


 地を這うような怒りに満ちた声がする。その場の空気が凍り付く。それでもオリヴィアは、ポロポロと涙を零しながら必死に訴える。


「私、とても怖くて·····。アーベル様、、、」


 オリヴィアが言葉を発した瞬間、アーベルが腰に差していた剣を抜きオリヴィアの喉元に当てた。


「聞こえなかったか?離れろと言った」


「ヒッ」


 オリヴィアは、声にならない声を出し顔を引きつらせる。アーベルの腕に、絡みつけていた腕を静かに抜いた。アーベルは、ファビオラの元に駆け寄る。膝を折り、ファビオラの目線に合わせた。


「よく頑張った。もう大丈夫だから」


 アーベルの優しい瞳に見つめられたファビオラは、涙がとめどなく溢れて来て声を出して泣いた。そんなファビオラをアーベルは、優しく抱きしめた。



 扉から次々に、騎士達が駆け込んで来る。その中には、王太子の姿がありシェリーの姿を見つけると王太子もまたシェリーに駆け寄り抱きしめる。シェリーは、すでに涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。ファビオラの傷と無残な髪を目の当たりにして、ファビーが私のせいでと王太子にしがみつきながら泣いていた。


「ベルント殿下·····。何か誤解がっ」


 ジャスティーンが、王太子に向かって釈明しようとしている。


「黙れ!キース、連れていけ」


 ジャスティーンは、今まで自分に向けられた事がない怒りの形相に驚く。今まで何をしても、許されてきたはずなのに。これからだってそのはずだと自分に言い聞かせた。


 キースは、室内に入りファビオラの姿を認めると驚きに目を剥いた。怒りでどうにかなりそうな自分を、必死に押しとどめる。腕を取って歩いている女を、切り捨てたくてしょうがなかった。


 ファビオラは、アーベルに抱きしめられると張りつめていた糸が切れたのか気を失ってしまった。





 ***********************


 ファビオラは、真っ暗な意識の中で温かくて大きな手がずっとファビオラの手を握ってくれている様な気がした。枕元で、誰かが何かを話す声が聞こえたような気もする。


 ファビオラは、ゆっくりと目を開けた。ここは、どこだろうとぼんやりとした意識で考える。眠っているベッドの周りを見渡しても、全く覚えがない。ああ、喉が渇いた·····。起き上がって、ベッドの脇にある水差しに手を伸ばそうとした。


「目が覚めた?良かった」


 部屋の奥から見知った侍女が、ファビオラの元にやって来る。


「ローザ先輩?」


 王太子部でお世話になった先輩侍女だ。ローザは、ファビオラの顔を見るとホッとしたのか涙ぐんでいる。


「二日も目が覚めなくて、みんな心配してるのよ。お水入れるわね」


 ローザは、ファビオラが水差しに手を伸ばそうとしたのに気が付いてくれた。コップに水を入れて、ファビオラに渡してくれる。


「ゆっくり、飲んで。何か食べられそう?」


 ファビオラは、コップに口を付けゆっくりと水を流し込んだ。冷たい水が、喉を潤してくれて美味しい。二日も寝てたなんて、信じられない。何かさっぱりしたものなら食べられそうだと告げる。


「わかったわ。厨房に知らせてくる。あとみんなに目を覚ましたって、知らせて来るから大人しく待ってるのよ。絶対に動いちゃ駄目だからね!」


 そう言うと、ローザは足早に部屋を出て行った。


 一人になったファビオラは、改めて何が起こったのか頭を巡らせる。自分の髪が、バサッと顔にかかった。ああ、そうか髪切られたんだっけ·····。自分の髪に手を伸ばす。切り揃えた訳ではないので、ガタガタだ。髪を触っていて気付いたが、右腕に包帯が巻かれていた。動かすと少し痛い。痕が残ったら嫌だなと思う。他にも、額と足に包帯が巻かれていた。ベッドの背もたれに、バタンと寄りかかって天井を見あげる。傷だらけ過ぎる·····。これ、治るのどれくらいかかるんだろう·····。気が抜けた様に、天井をぼんやり見つめた。


 バタンッ!


「ファビオラ!」


 突然、ドアが開きアーベルがファビオラの元に駆けて来る。


「良かった」


 そう言って、アーベルがファビオラを抱きしめる。ファビオラは、咄嗟の事にどうしていいかわからずあわあわする。


「あっあの。アーベル様。ご心配をおかけしました·····」


 アーベルが、ファビオラを離す。ベッドに腰掛けて、ファビオラの顔を覗き込む。青空の様な瞳と目が合い、微笑まれる。アーベルがファビオラの髪を耳にかけながら、顔色も良さそうで安心したと囁く。アーベルの眼差しが優しくて、ファビオラは直視出来ない。どうしたんだろう?何か距離が近い?


「申し訳なかった。ファビオラを巻き込んでしまって。放置せずに、きちんと対応するべきだった」


 アーベルが、頭を下げて謝罪をする。


「そんな·····。アーベル様が謝る事では·····。あの方には、言葉が通じる気がしませんでした」


 ファビオラは、オリヴィアの殺意の籠った眼差しを思い出し恐ろしくなる。それを見たアーベルが、ファビオラの背中に腕を回し自分に引き寄せた。


「すまない。思い出させた」


 ファビオラは、アーベルの胸の中に抱き留められ爽やかな匂いに満たされる。胸がドキドキして、恐ろしかった気持ちが一瞬でどこかに行ってしまう。アーベルの心臓の音が、とくとくとくと聞こえすごく安心する。このまま離れたくないと思ったが、ゆっくり自分の手でアーベルの胸を押して離れた。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 熱くなった顔を俯けた。すると、コンコンとノックの音が聞こえた。返事をすると、ローザがカートを引いて部屋の中に入って来た。


「ハーディング副団長が、いらしてたんですね。何度も足を運んで頂いたのよ」


 ローザが、茶目っけたっぷりにファビオラを茶化す。


「そう·····なんですか?」


 ファビオラは、何度も来て頂いたなんて申し訳なかったなと思う。


「気にするな。では、私は仕事に戻る。また来るから」


 そう言うと、あっという間に部屋を出て行ってしまった。


「ふふふ。お邪魔だったかしら?」


「そんな訳ないじゃないですか!」


 ファビオラは、むきになって否定した。ローザは軽く流し、果物とスープを持って来たよと言ってベッドの上で食べられる様にテーブルを出してくれた。


 それからしばらくして、ベルント殿下がお見舞いに来てくれた。王族が簡単に頭を下げて良いはずないのに、開口一番謝罪をされた。


「ファビオラ、本当に申し訳なかった。シェリーを守ってくれてありがとう」


「やめて下さい。頭を上げて下さい。殿下が悪いわけじゃないですから。感謝の気持ちだけ受け取っておきます」


 ファビオラは、殿下に向けて笑顔で返した。王族から謝罪をされるなんて、却って居心地が悪い。


「それより、殿下が私を王宮で看病するように手配して下さったと聞きました。ありがとうございました」


 ファビオラが、頭を下げる。


「当たり前だ!礼なんて必要ない。完全に治るまで、ここで療養するように。仕事の事も何も心配しなくて良いからな」


 ベルント殿下が、安心させようと力強い言葉を述べてくれる。だが、ファビオラを見る瞳は痛々しさで一杯だった。


「シェリーは、大丈夫ですか?頬を思いっきりひっぱたかれてしまって·····」


 ファビオラが、心配していた事を口にした。あれから二日も経っていて、シェリーはどうなったのかと心配だった。


「ファビオラが守ってくれたから大丈夫だ。安心していい。少し、頬が赤く腫れただけですんだ。すぐにファビオラに会いたいと言っているが、今のファビオラを見たらきっと動揺してしまうから、もう少し傷が回復してからでもいいだろうか?こちらの都合ばかりで、申し訳ない」


 ベルント殿下が、申し訳なさそうに肩を落としている。いつもあんなに、威圧的なのに、シェリーの事では弱いんだなとファビオラは嬉しく思う。


「もう、謝らないで下さい。自分の婚約者を思いやるのは当たり前です。むしろ、そうして下さい。自分でも傷だらけの姿に引くぐらいなので」


 ファビオラの嘘偽りのない気持ちだった。自分の姿を見て笑う。


「ファビオラ、笑わないでくれ。私は、君の事だって大切なんだ。シェリーを守ってもらってこんな事言えた義理じゃないが、自分を大切にしてくれ」


「ふふふ。そうですね。ありがとうございます。·····殿下、私思いました。あの方に子供の頃から付きまとわれてたら、大変だなって·····」


 ベルント殿下は、大きな溜息を吐いた。それから、あの方の事とあの後の事を話してくれた。


 ジャスティーンは、昔はあんなではなかったんだと落胆する。小さい頃は、本当に可愛くて純真な女の子だった。いつしか、傲慢な態度が目立つ様になり距離を置いた。だが久しぶりにデビュタントのエスコートをした時は、立派な淑女になったと安心していた。でもそれは、立派な淑女の仮面を着けられる様になっただけで、より中身は醜悪なものに成長していた。何度も、もっと自分を見つめ直す様に言っていたが理解してくれず。面倒になって放置してしまったらしい。今思えば、プライス公爵にもっと真剣に進言するべきだったと反省していた。昔からの仲なので、公爵が娘に甘いのも知っていたが最終的に自分には関係ない事だと無関心を決め込んでしまったらしい。


 あの後、令嬢達は全員貴族用の牢に入れられた。王宮の侍女に扮して、ファビオラとシェリーに伝言をした者も仲間だった。見つけ出してすぐに牢に入れた。主犯格以外の四人は、子爵家や男爵家の取巻き達だった。親に連絡しても、家族とは関係のない所で起こった事なので一切関わり合いになりたくないと匙を投げられた。王宮の法に従って裁いて下さいと言われ、牢に囚われのままらしい。実際に危害を加えた訳ではないが、幇助した事に変わりはないから修道院送りになるだろうと言う事だった。


 主犯格の二人は、名の知れた公爵家と侯爵家で娘に甘い事で有名な家だった。保釈金を払い、牢から出て家に帰されたが罪が消える訳ではないので社交界に戻ってくる事は出来ないだろう。今回の事は、陛下と王妃が大層怒っているので、娘たちに対して相当の罰が与えられる。大人しく指示に従わなければ、こちらとしても考えがあると伝えている。


 オルドヴィッチ侯爵家の方は、流石に庇い切れないと娘を見限った。数日中には、北にあるこの国で最も厳しいとされる修道院に送られる。プライス公爵家の方は、まだ何の連絡もない。国外の辺鄙な修道院に送る手筈になっているが、このまま返答がなければもっと大変な事になるらしい。


 どちらにしても、今回の事件に関わった家は今後社交界で爪弾きにされるだろうと言う話だった。


「私は思ったんだ。ファビオラに教えて貰って、色々な女性と話して良かったと。ジャスティーンの異常性がよくわかった。もう、あの子はどうにもならないだろうな·····」


 ベルント殿下が、悲しそうな顔をして話してくれたのが印象的だった。純真無垢な時代を知っているだけに、どうする事も出来なかった悔しさがあるのかも知れないと思うのだった。


 それでも、ジャスティーンやオリヴィアに同情するほどお人好しにはなれないと思う。あの二人は反省する日が来るのかなと、疑問に思うファビオラだった。



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