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それからしばらくして、シェリーからお茶会の招待を貰った。もう王太子妃教育が始まっているようで、連日忙しく過ごしているらしい。もう、お泊りする事はないのかな·····っと寂しく思うも、ずっと同じままではいられないと溜息をつく。
久しぶりにシェリーのお屋敷に足を踏み入れる。今日は天気が良いので、ローズガーデンに案内された。赤いバラが見事に咲き誇っている。ゆっくり見て回りたいなと思いながら足を進めると、ガゼボの中で待っている人物が目に入る。
「シェリー」
ファビオラが声をかけると、シェリーが振り返り満面の笑顔で迎えてくれた。
「久しぶりね。ファビー」
「この度は、ご婚約おめでとうございます。新年の夜会では、物凄く素敵でした」
ファビオラが改まって、シェリーに祝辞を述べる。
「もう、ファビーったら、畏まらないで!私より、ファビーの方が素敵だったわ!私本当にびっくりしたんだから」
シェリーが、可愛らしく怒っている。
「ふふふ。私も、色々聞きたい」
二人で笑い合った後、ファビオラは真っ白い椅子に腰掛ける。メイド達が、お茶とお菓子の準備をしてくれる。二人でゆっくり話せる様にと、少し距離を取って控えてくれた。
「どうする?どっちの話からする?私としては、シェリーの口から正式にちゃんと聞きたいな」
ファビオラが茶目っ気たっぷりに尋ねる。
「そうね·····。では、私から報告があります。この度、ベルント殿下と婚約する事になりました」
シェリーが、顔を赤らめて恥ずかしそうに報告してれた。
「おめでとう。好きになれる方って事でいいのよね?」
ファビオラが、一番気になっていた事を尋ねる。
「えっと·····。そうね·····」
シェリーの顔がさらに赤くなる。自分でも赤くなってるのがわかるのか、頬に手を当てて俯いている。
「良かった。本当に良かった。それでそれで、ベルント殿下のどこに惹かれたの?」
ファビオラが、興味津々に目をきらきらさせている。シェリーが、恥ずかしそうにしながらも色々聞かせてくれた。
始まりは、ベルント殿下が開いたお茶会に参加した事だった。今までは、夜会でベルント殿下のお顔を見た事がある程度、話をした事などはなかった。なので、特に異性として意識した事もない。参加したお茶会は、令嬢三人とベルント殿下の四人で行われ殊の外楽しい時間を過ごす事が出来た。ベルント殿下は、どちらかと言うと何でも完璧で他人に冷たい印象だった。それがしゃべってみると、女性の他愛無い話をきちんと聞いてくれる紳士だった。殿下が時折、政治についての質問をしてくる事もあって三人の令嬢がそれぞれ、思った事を述べるのだけど馬鹿にしたりせずに真摯に耳を傾けてくれた。三人に対する接し方も平等に丁寧で、とても好感がもてた。
そのお茶会を皮切りに、二人きりで何度かお会いする様になり昨年の年末に陛下を通じて婚約の打診があり、お受けする運びとなったらしい。それを聞いたファビオラは、やっぱりちゃんと告白してなかった·····と呆れる。でも、殿下にしてはお茶会とかちゃんと頑張ったんだなと感心した。
「って事は、思ったよりも紳士だった所に惹かれたって事?」
ファビオラが、頭を傾げる。なんかちょっと、婚約を受ける理由にしたら弱いな·····。大丈夫かな?と心配になる。
「紳士って言うか·····。会う度に女性慣れしてない事がわかって来て、一生懸命私を気遣ったりしてる所が、年上の男の人なのに可愛らしいなって思って·····。普段は、冷たい印象なのにそんな一面もあるのねって·····。それにね、この前·····。ファビーの話を聞いたの。それで、私の事愛しいって言ってくれて」
シェリーは恥ずかしくて堪らないらしく、ゆでだこの様に真っ赤になっている。堪え切れず、顔に手を当てて俯いてしまった。恥ずかしくて悶えている、シェリーが可愛過ぎて困る。なんだろう、この可愛さは·····。ずっと見てられるんだけど。しかし、殿下ちゃんと頑張ったのねー。あの、なんちゃってプロポーズから成長したもんだわ。うんうんっとファビオラは、一人頷く。
「良かった。ちゃんと殿下が話してくれて。なんて言うか、そういう事だったんだけどシェリーに変な誤解して欲しくなかったから安心したよ」
シェリーが、ガバッと顔を上げ。ファビオラの手を掴む。
「それは、もちろんよ!ベルント殿下と私が出会えたのも、ファビーのおかげだと思ってるわ」
「良かった。シェリー、幸せになってね」
ファビオラが、満面の笑顔で返答した。
「ふふ。今度は、ファビーの番よ。あの、副団長様とはどこで出会ったの?お付き合いしてるの?」
シェリーが、可愛く首をコテンと傾げる。ああ、可愛い。ベルント殿下も、この可愛さにやられたのかしら?ファビオラは、観念して出逢いから話し始めた。
出逢いは、街で買い物をしている時にひったくりに遭い助けてくれた事。その時は、名前など聞かなかったからてっきり平民の騎士の方だと思っていた事。お礼に騎士団に行ったら、なぜか騎士団の団長さんとキース様に連れられてお食事をした事。そこから親しくなり、紅葉狩りに行ったり夜会に行ったりする様になった事を淡々と話した。話し終えて、ファビオラは紅茶に口を付ける。一気に話したので、喉が渇いてしまった。カップを受け皿に戻し、テーブルに置く。何も反応がないなと、シェリーの顔を見た。
シェリーが、両手を口元に当てて何やら興奮している。
「ファビー!何てロマンチックなのかしら!出逢いが、危ない所を助けて頂くなんて、素敵·····」
シェリーが、小説の1ページでも思い描いているのかうっとりしている。生粋のお嬢様って、そんな風に思うのか·····。ファビオラは、実際危ない目にあって本当に怖かったので、それをロマンスに結びつけるなんて発想がなかった。
「シェリー落ち着いて。実際は、そんなロマンチックなものじゃないから!ひったくりって、本当に怖いんだよ」
それを、聞いたシェリーはハッとした顔をして何て事を言ってしまったのかと、ショックを受けている。
「私ったら何て事を·····。ファビーは、恐かったはずなのに·····。軽はずみな事言ってごめんなさい」
シェリーが一転、肩を落として落ち込んでいる。
「大丈夫だから、落ち込まないで。そうじゃなくて、私とアーベル様はロマンチックな仲とかじゃないって事を言いたかっただけなの!」
ファビオラは、怒った訳でないと説明する。シェリーが顔を上げて、今度は不思議そうな顔をしている。
「でも、ファビーは副団長様とお付き合いしているのよね?」
「違う、違うの。そう言うのではないの·····」
ファビオラが、シェリーに今の現状を説明する。確かに、ファビオラはアーベルの事を慕っている。でも、アーベルから何かを言われた事もない。まして身分の差があり過ぎる。領地も持っていない末端の子爵家が、侯爵家のご長男とどうにかなるなんて思えない。でも、好きだと言う気持ちを否定するのは疲れてしまったと。だから、ただ好きでいるだけならいいかなと開き直ったのと。ファビオラは、どこか諦めに似た笑顔を零した。
「そうなの·····。でも·····」
シェリーが、何かを言いかけて止めた。
「でも?」
ファビオラが、聞き返す。
「でも·····。だからファビーは、綺麗になったのね。恋する乙女が綺麗になるって本当なのね」
シェリーは、言いかけた本当の言葉を口にしなかった。今それをシェリーが言った所で、ファビオラが戸惑うだけだと思ったから。きっと、副団長様から言ってくれるのを待った方が良いんだわと。シェリーは、本当は副団長様も同じ気持ちじゃないかしら?と言いたかった。一緒にダンスを踊っていた副団長様の目は、愛おしい者を見る目に違いなかったから。
その後も二人で、時間の許す限り話に花を咲かせた。シェリーと二人で、恋バナに花を咲かせる事があるなんて思ってなかったので、心がじんわり温かかった。