003
枕に八つ当たりをしてから、数ヶ月が経った。あの後、ファビオラが思った通りクリフォードはカリーヌに猛アプローチをかけた。学園を卒業する頃には、家族も学校も公認の仲になっていた。そしてこの度、正式に婚約者へとなった。
この頃には、ファビオラのクリフォードへの恋心は何処かに去った後だった。クリフォードの女性のタイプが、根本的にファビオラではなかった。その一言に尽きる。気軽に話せる様になったからと言って、そこに恋愛感情が芽生える訳ではないと・・・。一つ勉強した、ファビオラだった。
そしてファビオラは、学園の二年生に進級した。ファビオラが暮らす国の学園は、16歳から18歳まで三年間通う貴族の子女達の為のもの。ファビオラは二年生になる事で、殊の外学園を楽しんでいた。
その理由の一つに、姉が卒業した事が大きい。気まぐれにやって来る姉の訪問がないだけで、こんなに伸び伸びと学園生活が送れるなんて思ってもいなかった。それだけ家族の負担が、今までストレスになっていたのだと改めて思った。
また理由の二つ目に、同じクラスのシェリーと友達になった事だ。シェリーは、フェレーラ侯爵家の長女で、本当なら気軽に話して良い相手ではない。進級してすぐに起こった事件によって、距離を縮め今では心おきなくなんでも話せる友達となった。
「おはよー。シェリー」
ファビオラが教室に入ると、先に来ていたシェリーと目が合った。笑顔で挨拶を交わす。
「おはよう。ファビー。今日も元気ね」
シェリーは、一切癖のないストレートな髪で、とても綺麗な銀髪。意志の強そうな瞳は琥珀色。絵に書いたような淑女、まさに聖女の様な凛とした佇まい。こんな完璧な令嬢と仲良くなれるなんて、ファビオラは人生ってわからないわぁーといつも思っていた。
「シェリー、週末はお泊りさせて頂いてありがとう。本当に本当に楽しくて、あっという間の二日間だったよー。ご両親とお兄様にも、よろしく伝えてね」
ファビオラは、シェリーの席の前まで来て感謝の言葉を伝えた。シェリーも、それを聞きとても嬉しそうに微笑んでいる。
「こちらこそ、とても楽しかったわ。お友達とお泊りなんて初めてだったから·····。両親もお兄様も、素敵な友達が出来て良かったなって喜んでくれたのよ。また是非遊びにいらして」
シェリーが、ファビオラの両手を握って上下に揺さぶった。その時の笑顔が堪らなく可愛くて、ファビオラは、私の友達が可愛すぎると心の中で悶えていた。
シェリーは、侯爵令嬢である事、パッと見キツい印象である事から話しかけ難い存在であった。ファビオラも同じクラスになっても殆ど話した事がなかった。
二年生になって二週間程経った頃だった。その頃になると大体、シェリーが一番初めに登校していて二番目に教室に入るのがファビオラと恒例になっていた。
いつもの様に、ファビオラがおはようっと声をかけて教室に入ると自分の机の前に佇むシェリーが目に入った。どうしたのだろうと、シェリーの机を見て息を飲んだ。
机に真っ赤な口紅の様な物で落書きされ、ビリビリに破れた辞書や教科書が机の上や周辺に散らばっていた。
シェリーが、ファビオラに気づき咄嗟にそれらを片付けようと手を伸ばした。
「待って!触らないで」
咄嗟に、ファビオラは声をかけてシェリーの手を止めさせた。シェリーは、驚いた顔でファビオラを見ている。
「でも·····、早くしないとみんな来てしまうわ·····」
涙を我慢して顔を俯けているシェリーに、大丈夫だと駆け寄った。
「このままにして、先生に見てもらいましょう。初めに学校側で対処して貰った方がいいです。このまま、何も無かったように片付けてしまったら犯人の思う壷です。二度目三度目があるかもしれません。それに、他の生徒が同じ目に遭う可能性だってあるかもしれません。何事も初めが肝心です」
ファビオラは、力強く言い切った。私が、クラスのみんなや先生に説明するから安心して下さいと、不安そうにしているシェリーの手を握って笑顔で話しかけた。
ファビオラは、黒板に二つの事を書いた。先生が来るまで騒がないで欲しい事。他のクラスに知られたくないので、教室に待機して欲しい事。クラスメイトが教室に入って来る度に、黒板を見てもらった。みな動揺すること無く先生を待ってくれた。
ファビオラの思った通り、二組の生徒達は頭が良くて賢い子ばかりだ。そして、貴族のお手本の様な生徒ばかり。みな誠実で穏やかな気質の持ち主だ。
ファビオラの通う学園は、一学年5クラス。成績順にクラス分けされており、一組が一番成績の良いクラスとなっている。一年の時のクラス分けテストで、加減が解らずファビオラは頑張りすぎて一組になってしまった。
一組は、成績が良い高位貴族の集まりでライバル意識が強く終始ピリピリしている。そして、高飛車な者プライドが高い者、自分が一番だと譲らない様な者ばかりだった。
そんなクラスに子爵家の平凡な娘は馴染めず、一年間ずっと肩身の狭い思いをしていた。その為、二年に進級する時のテストを少し手を抜き二組に落とした。
二組は、貴族の爵位に関わらず、みな平等に接する子達ばかりだった。だから、こう言う問題はクラスで解決した方が早いとファビオラは思った。恐らく犯人は、他のクラスだろうと。
先生が教室に入ってきて、クラスの雰囲気の異常さにすぐ気がついた。
「どうした?何かあったか?」
そう言いながらクラスを見回して、気がついた先生はカツカツっとシェリーの机の前まですぐにやって来た。
「先生。フェレーラ様が登校して教室に入って来たら、この状態でした。先生に見てもらった方が良いと思って、このままにしました。学園として対応して頂いた方がいいと思います。学園長を呼んで貰っていいですか?」
ファビオラが、代表して先生に説明する。厳しい表情を浮かべた担任は、わかったと告げると足早に教室を出ていった。
「良かった良い担任で·····」
何も言わずに教室を出た、担任の背中を見ながらファビオラは呟いた。
「なぁー、何でわざわざ学園長まで呼んだ?そこまでしなきゃダメか?」
クラスの男子が、呆れた様に声を上げる。
「担任を信用してない訳じゃないけど、学園長に知ってもらった方が早いじゃない?現場を目にすれば、何もしない訳にいかないし。侯爵家の令嬢にこんな事するんだよ?きっと、二度目三度目があってもおかしくない。それに、他の子が被害に遭わないとも限らないし。この学園に、まだ二年も通うのに嫌じゃない。こんな下らない嫌がらせされるの。最初に手を打って、犯人に罰が下れば私達が通ってる間はもうこういう事はなくなるよ」
ファビオラは、クラス全員にわかってもらおうと説明した。
「なるほどねー」
先程の発言をした、男子が頷いている。他の子達もうんうんと頷いていた。
「私も、こういうのは嫌ですわ。これでしっかり解決して頂いた方が安心です。本当に、マルティネス様が言う様に、他の誰かに被害が出ないなんて言えないですもの」
別の侯爵家の令嬢が、心配そうに発言する。
「そうだな。今回に限らず、何かあったら隠さずにクラスでキチンと解決して行こう。一生で三年間しかない学園生活、楽しく送りたいからな」
一人の男子が、みんなに提案する。みんなうんうんと頷いている。誰からともなく、拍手が巻き起こった。
「あの!皆さん、ご迷惑お掛けしてごめんなさい。それに、ありがとうございます」
シェリーが、立ち上がりクラスのみんなに頭を下げた。シェリーの周りの子達は、大丈夫よ。気にするな。嫌な思いしたわね。と、次々に声をかけていた。