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ファビオラは、次の日に早速ベルント殿下に話がある事をセバスチャンに告げる。セバスチャンが、ベルント殿下に都合を聞いてくれた。その結果、午後のお茶の時間に話そうと言う事に。前回と同じ時間だが·····そこしか都合がつかないらしく、申し訳ないと言う事だ。ファビオラとしては、別に何時でも気にならない。寧ろ、休憩時間を取ってしまった様で申し訳ないと思う。ベルント殿下は、前回の事が気まずいのかもなと推測した。
ファビオラは、お茶の支度をしてカートを押しながら王太子の執務室に向かった。今日も、二人分のお茶の準備が整っている。コンコンと扉を叩く。
「ファビオラです。お茶を持って参りました」
「入れ」
ベルント殿下の声が聞こえたので、扉を開けてカートを押して入る。中に入ると、いつもの位置で控えている、セバスチャンの姿が目に入った。今日もいるのか·····。やっぱり、各方面に今日の話も筒抜けって事になるのだろうか?きちんと言葉を選んで話さないとなと気持ちを引き締める。
テーブルにお茶の準備が整うと、机で一心不乱に書類に向き合うベルント殿下に声をかけた。
「ベルント殿下、お茶の準備が整いました」
声が聞こえた様で、書類を机に置きソファーに向かって歩いて来た。
「ファビオラも座れ。今日も、休憩の序で、きちんと時間が取れなくて悪いな」
ベルント殿下が、ソファに腰掛ける。それを見て、ファビオラも失礼しますと対面のソファーに腰掛けた。
「いえ、こちらこそお忙しいのに時間を頂きまして申し訳ありません」
ファビオラは、座りながら頭を下げる。
「私も、話があったので丁度良かった。先にファビオラの話を聞こう」
ベルント殿下が、ファビオラに話を促してくれたので遠慮せず話し出した。
ファビオラはまず、ベルント殿下の婚約者になられたフェレーラ侯爵令嬢が学園の時からの友人で親しくさせて頂いている事を話す。それを聞いたベルントは、シェリーから聞いていたようで知っているからいつも通り呼べばいいと言って下さった。それならと、ファビオラはいつも通りシェリーと呼びながら話の続きをした。言いづらいなと思ったが、思い切ってベルント殿下に、この前の私との事をシェリーに話しましたか?と直球で聞いた。
ベルント殿下は、そんな話になると思わなかった様で難しい表情をしている。
「話してない。必要か?」
若干、むすっとしている。
「私的な事なんですが、シェリーが誰かから変な風に話されるのは困るなと思いまして。大切な友達なので、勘違いされたくないんです。ベルント殿下も、悪意ある形で誰かに話されると困ると思うんです。そうなる前に、きちんと自分の口から説明しておいた方がいいと思います」
ファビオラは、ベルント殿下の表情を窺う。思案しているようで、眉間に皺が寄っている。
「勘違いとは?」
ファビオラは、言いづらい·····。それを私が言わなくちゃいけないのか·····。察して欲しい。
「えっと·····。例えば、殿下が私にプロポーズして振られたから適当に選んだ婚約者だ、とかですかね?」
ベルント殿下が、丁度紅茶に口を付けていた様で噴き出している。慌ててハンカチを出し、口を拭いながら反論する。
「あれは、振られたとかじゃないだろう!厳密に言うなれば、プロポーズでもない!」
「ですから、誤解される前にきちんと殿下の口から説明するべきです。シェリーを婚約者にした理由をきちんと話せば、今後シェリーが誰から何かを言われても、自信をもって殿下の事を信じられると思うので」
ベルント殿下は、先程の怒りはどこへやら真剣な顔つきに変わっている。
「そうか·····。信じて貰う為か·····」
ベルント殿下がポツリと零す。言葉を噛みしめているように。
「だって殿下は、もちろんシェリーの事が愛おしいから、愛したいから婚約者に決められたんですよね?それとも、私が心配し過ぎなだけで、そう言った事は伝えてるから心配なかったですか?」
ちょっと意地悪かなと思いつつ、思い切って聞いてみる。ベルント殿下の表情を窺うと、顔が赤くなっている。
「まっまだ、婚約したばかりでそう言う段階ではない!」
「では、早く伝えて下さい。まさか、陛下とシェリーのお父様の間だけで話が決まって、シェリーに気持ちを伝えてないとか言わないで下さいね」
ファビオラは、強めに言う。シェリーにとって一番大切だと思ったから。これからシェリーは、とても大きな荷物を背負わなければならない。一緒に背負う人とは、心が通じ合っていて欲しいから。
「言わなくてもわかってるはずだ、は無しですよ?私言いましたからね?」
ベルント殿下は、図星だったのかすっかりいつものペースを乱されている。完全に焦っている感じだ。恋愛初心者感がまるわかり過ぎる。だからって、私も同じ様なもんだけどっと心の中で呟く。ふと、セバスチャンさんの方を見ると、プルプルと震えている。どうやら笑いを堪えるので必死なようだ。
「わかった。この件は、きちんと私から伝える」
ベルント殿下は、心なしか疲れたようだ。カップに口を付けて、お茶を口にする。気持ちを切り替えたのか、先程とは変わって落ち着いた口調で話し出した。
「今度は、私の話だが·····。私が婚約者を決められたのは、ファビオラからの助言があってこそだった。感謝の気持ちとして、何か褒美くらい与えろと色々な方面から言われた。何か欲しい物はあるか?」
ファビオラは、ビックリする。まさか褒美だなんて、頂けると思っていなかったので。考えるが何も思いつかない。宝飾品にはそれほど興味がないし、家が欲しいと言った所で維持費が賄えないし、強いて言うならお金だけど流石にそれは言えないし·····。考えた末、保留にしてもらおうと口を開けた。
「今は思いつかないので、貸し一つにしといて下さい」
ベルント殿下は、それを聞いてポカンと口を開けている。えっ?そんなにびっくりする事?とファビオラの方が焦る。何かおかしな事言ったかな?
「それはまた·····。わかった、その時まで心しておく」
なぜか、諦めたような表情をするベルント殿下。不思議に思うファビオラだった。そこで、そういえばと思い出す。
「ベルント殿下、思い出したんですが、私の研修の異動ないんですか?王太子部、もう三カ月経ちましたよね?」
「異動したいのか?」
ベルント殿下が、意味がわからないと言った感じだ。
「えっ?どちらかと言えば、したいです」
「はっ?王太子部だぞ?毎年、希望が殺到する部署だぞ?」
あっ。またこの人、勝手に決めつけてますよ。ファビオラは、王太子部での侍女としての仕事は嫌いではない。でもどちらかと言えば、資料作成や書類の仕分けといった官吏の補佐的な仕事の方が好きだった。
「殿下、また勝手に決めつけましたね・・・。私がいつ、王太子部が希望だと言いました?折角色々な部署を経験出来るチャンスを、つぶすの止めて下さい」
ベルント殿下が、自分のやらかしに気づいた様で顔に手を当てている。
「わかった。今月は、もう無理だが来月は必ず異動させる」
「はい。よろしくお願いします」
そう言うと、ファビオラは立ち上がる。長い時間、話を聞いて頂きありがとうございましたとお辞儀をする。ベルント殿下は、頷いている。ファビオラは、お茶の片付けをして来た時の様にカートを引いて扉の前で止まる。クルッと向き直る。
「ベルント殿下。シェリーの事、幸せにして下さいね。傷つける様な事したら、借り発動しちゃいますよ?」
ファビオラは、言うだけ言ってそのまま扉を開けて執務室を後にする。ベルント殿下が、どんな反応をしたのか知っているのはセバスチャンだけだった。





