028
マルティネス家から帰って来たファビオラは、ベッドの上に寝転んで天井を見ていた。なんだか、物凄くスッキリした感じがする。背負っていた重い荷物を、一気に降ろしたような。ファビオラにとって、良い思い出なんてないはずだけど、それでも家族に変わりはなかった。家を出てからの10カ月、自分で気づいていなかったが、心のどこかで心配していたんだと思う。
シストに全てを任せても大丈夫だと確信して、心底安心した。シストは、野心もあるし頭もいい。思った通り、きちんと仕事も出来る人で良かったと。後はユリアナが、自分の立ち位置を理解さえすれば幸せな生活が続くかな。姉の事は正直、頑張ってとしか思えない。
明日から、また仕事始まるなと思って目を閉じた。
それからの日々は、実に平和だった。ベルント殿下とはお茶の担当になれば顔を合わせたが、お祝いの言葉を述べたのみで特に会話もなかった。ちょっと気まずそうな顔をしていたので、心の中で笑ってしまったが。
今の不満は、なんで次の部署に異動にならないのか?と言うぐらい。王太子部に来てから、すでに三カ月が経過してるのでもう次の部署に異動になっても良いはずなのに・・・。今度セバスチャンさんに聞いてみないとなと思っている。
そんな風に仕事をしていたある日、キース様からお食事のお誘いがあった。年が明けてからまだ一度も会っていなかったので、喜んで了承の返事をした。
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ファビオラがいつものお店に着くと、店員さんがお連れ様がお待ちですと個室に通してくれた。もう来てると思わなかったので、お待たせしてすみませんと中に入ると、キースだけでなくアーベルとローレンツもいてびっくりする。
「ファビオラ、久しぶりー。元気だった?ごめんねー。今日はファビオラとご飯なんだって二人に言ったら、二人ともついて来ちゃってー」
キースがにこにこしながら、自分の隣の席の椅子を引いておいでと手招きしてくれた。ファビオラは、いそいそと席に歩いて行き座る。
「いえ、久しぶりに四人で食事出来て嬉しいです」
ファビオラが、満面の笑みで答える。
「なら、良かった。じゃあ、先に注文しちゃいましょう」
そう言って、キースがメニュー表をファビオラに見せてくれた。四人それぞれ、食べたいものを選んで注文する。ファビオラは、メニュー表から視線をずらしアーベルを覗き見る。今日もいつものように髪は無造作に下し、一見野暮ったく見える。それでも、黒い騎士服が格好良いなと思う。アーベル様がいるなら、もうちょっとおしゃれしてきたのにな。
お酒と料理が揃い、乾杯する。食事が進むにつれて、この前の新年の夜会についての話になった。
「ファビオラのドレス姿、私も見たかったわー。凄く可愛かったんだって?」
キースが、見られなくて本当に残念だった様で、アーベルとローレンツにずるいずるいと零している。
「アーベル様がプレゼントして下さったドレスが、私には勿体ないくらい凄く綺麗だったんです。私だけのオーダーのドレスって初めてで宝物です」
ファビオラは、ドレスを思い出してうっとりした表情で答えた。
「見たいなー。折角だから、今度どっかの夜会に私と二人で行って見る?ファビオラだって、そんな素敵なドレスならまた着たいでしょ?」
キースが、チラッとアーベルに向かって意地悪な笑顔を向ける。
「ええ?キース様と私が?」
ファビオラが、驚きつつも嬉しそうな声を上げる。
「キース!お前は、別にパートナーは居るだろう。ファビオラ、着たいなら俺がまた連れて行くから。勝手に行くな」
アーベルが、キースに向かって鋭い視線を送る。ファビオラはそれを見て、そうだよなあー、キース様の恋人が勘違いしたらまずいもんな・・・。キース様と夜会って、楽しそうだけどな・・・。
「まあまあ。キース、あんまり揶揄ってやるな。その内、また機会があるだろう」
ローレンツがその場を、収める。
「それより、ファビオラに聞きたい事があるんだが、いいか?」
ローレンツが、改まってファビオラに尋ねる。
「はい。なんですか?」
ファビオラは、純粋になんだろう?と頭を傾げる。
「この前の夜会でファビオラに、陛下と王妃様がずいぶん長くしゃべってただろ?何話してたんだ?」
それを聞いたファビオラは、焦る。ええええええ?それ、聞いてきちゃう?すっかり忘れてたけど、アーベル様に後で話すように王妃様に無茶ぶりされてたんだったー。ファビオラは、頭を抱える。アーベルの方を、恐る恐る見る。
「そう言えば、後で聞けって王妃様が言っていたな?」
アーベルがあの日の王妃の言葉を思い出したようで、ファビオラに問いかける。
「なになになにー?ファビオラのこの反応!絶対面白い話のよ・か・ん。しゃべっちゃいなさいよー」
キースが、ファビオラの腕をツンツンしてくる。ファビオラは、観念して話し始めた。
ファビオラが、ベルント殿下からプロポーズ的な事を言われた事。そこに気持ちはなく、王太子妃と言う仕事へのスカウトだった事。ベルント殿下が、自分で妃を探す意味を理解していなかった事。それに対して、ファビオラが説教的な事を述べてしまった事。これらを、オブラートに包んでお話した。
結果。
「「「・・・・・・・・・・・」」」
三人とも、無言。やがて・・・。
「あっはっはっはっはっは。やだー、ファビオラ、ベルント殿下に説教ってまじウケるんだけど」
「わっはっはっはっは、いや本当に流石ファビオラ。それは、陛下も王妃様もファビオラを気に入るわ。しかしベルントのやつ頭良いのに、残念な奴だったんだな」
アーベルは、終始面白くなさそうで触れたら切れそうなほどイライラしている。ベルントの野郎、今度訓練に来たらみっちりしごいてやる。アーベルは、心の中で物騒な事を呟いていた。
「ファビオラは、大丈夫なの?多少は傷ついたんじゃないの?」
キースが、涙を拭いながら真剣な顔で聞く。ファビオラは、その時の事を思い出しながら答えた。
「んーほんのちょびっと傷つきましたけど・・・。でもそもそも私、殿下って好みのタイプじゃないんですよ。殿下の話聞いてて、私なんかじゃなくてシェリーみたいな令嬢が王太子妃には相応しいのにって思って。本当にそうなったから、嬉しさしかないです」
「タイプじゃないって言われてるし!わっはっはっはっはっは」
ローレンツがひたすらお腹を抱えて笑っている。ファビオラは、そうだ!と思いついてキースに相談する。
「そうです。どうしようって思ってた事があって」
ファビオラは、キースにシェリーにこの話をした方がいいのか迷っていると告げる。別の人から、変な形で伝わってしまって嫌な思いをさせてしまうのは嫌だし。だからといって、自分でこの話をするのも違うような?と。
「それはね、殿下から直接シェリー嬢に話して貰うのが一番。殿下とシェリー嬢が理解し合っていれば、他から何を言われても問題ないんだし。殿下の気持ちがどこにあるのかを、自分で話して貰いなさい。大丈夫そう?」
キースが、心配そうにファビオラを窺う。
「はい。今度、殿下に頼んでみます」
ファビオラは、キースに相談出来て本当に良かったと心から思った。確かに私から殿下は気持ちなんてなかったって言っても、シェリーは疑問に思うかもしれないし。殿下から説明して貰うのが一番正解だわっと納得する。ファビオラは、キースの方を向き手を取って握りしめる。
「キース様、ありがとうございます。シェリーと気まずくなりたくなかったから、助かりました」
「えーと、うん。ファビオラのお役に立てて嬉しいわ。・・・でも、手は離そうか?恐いからね?」
キースが何かに怯えながらも、なんとか笑顔を保っている。ファビオラは、恐いって何だろう?と思いながらも、キースの手を離す。ローレンツは、アーベルがキースに殺気を放っているのを横目で見ながら笑いを堪えていた。これで、自覚ないのか気づかないフリなんだか知らないが、ベルントの事言えないなと心の中で呟いた。