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 さあ、つぎはシストだなと気合を入れる。冷めてしまった紅茶に口をつける。


「では、次はシストの話を聞くよ」


 ファビオラは、にっこり笑顔で話を促した。


 シストは、何からしゃべるか思案したのち最初にマルティネス家について話し出した。ごく簡単に言うと、余りに酷いと・・・。ファビオラが家を出たその日に、マルティネス家に呼ばれたらしい。ユリアナと婚約したのだから、結婚するまでの二年の間にこの家で当主としての仕事を覚えて欲しいと言われた。シストも、そのつもりでいたので話が早いと喜んだが・・・。蓋を開けて見ると、経営は自転車操業。ギリギリのラインでなんとか借金せずに家を回している状態。むしろよく、借金せずにここまでこられたと感心したらしい。


 ファビオラは、早い段階でシストを呼ぶとは思っていたがまさか家を出た日に呼び込むとは・・・どれだけ他人任せなんだと呆れる。金銭的な事は、流石シストだと感心した。よく早い段階で理解したなと。なんとかギリギリのラインを守って借金せずに来たのは、ファビオラの手腕によるもの。お金が足りなくなる一歩手前でバーナードに相談されるようになったのが12歳。最初は、バーナードだって子供にこんな事言うのは忍びないと謝罪ばかりだった。でも家族の中で理解して、なんとか出来そうな人間がファビオラしかいなかった。ファビオラで無理だったら、恐らくマルティネス家なんてなくなっていたはずだ。


 ファビオラの方も、最初は理解するので精一杯。自分に使う費用を足りない物に充てるくらいしか出来なかった。それが段々、二人で経営について議論出来るようになって、いつしかマルティネス家の困りごとは何でもファビオラに振られる様になった。学園を卒業するまで、投げ出さずにやってこられたのは、お金が生まれる商いが面白かったからでもある。


 そんな事を思い出していたら、シストに声を掛けられる。


「ファビオラ、聞いてるか?」


「あっ、ごめんなさい。色々思い出してた」


 ファビオラは、シストに謝り話の続きを促す。


 シストは、金銭的な事だけではなくマルティネス家の人々についても言及が始まる。まず父。とにかくクレームばかり作ってくる。お客とまともにしゃべってるのを聞いた事がない。仕事が雑。書類一つ、売り上げの計算一つとっても間違いだらけ。そして母。自分のドレスにかける金額が半端ない。そのドレスが、どれだけマルティネス家の財務を圧迫してるか理解していない。女主人として、お茶会を開いて顧客の獲得や新商品の宣伝を積極的にして欲しいのに全くしてくれない。


 現在は、商会と家の雑務のほとんどをシストがしている。本当なら社交の方も、積極的にやって行きたいがまだそこまでいかないらしい。しかも、忙しい時に限ってカリーヌが押しかけてきて、シストに愚痴を延々としゃべって帰って行くらしい。義姉になる人だし、あの眼差しでしゃべり出されると邪険に出来なかったと。結果、夜遅くまで仕事をする事になり、始めの3・4カ月はまともに睡眠も取れなくて死にそうだったようだ。


「なあ、ファビオラ。こうなるのわかってたよな?」


 ここまで聞いて、ファビオラは笑いを堪えられなかった。


「あっはっはっはっはっは。死にそうって大げさな」


 ファビオラは、多分本当に死にそうだったんだろうなと思いつつも笑ってしまう。シストには、充分頑張ってもらったかな・・・。思えば、この家から出るきっかけを作ってくれたのはシストなんだよね。良い事ではなかったけれど、今の楽しい生活はあれがあってこそだったし。何よりこの面倒くさい家族の面倒を見て行くのは、一生シストなんだと思うと気の毒に思えた。


「笑いごとじゃないよ!俺は商会の方は、学校を卒業したファビオラと二人でやっていくものと思ってたのに・・・」


 ファビオラは、なぜ?と頭を傾げる。婚約したのはユリアナだよね?なんで私がそこで出てくるのさ?


「ねえ、シスト。婚約したのはユリアナとだよ。なんでそこで、私が出てくるわけ?」


 ファビオラは、意味がわからないとイライラする。こう言う所は、やっぱり嫌だ。シストをキッと睨むと、言いづらそうに何かもごもご言っている。


「聞こえないんだけど?」


「だから!ファビオラは、婚約者もいないし商会の手伝いしてるの知ってたし、どこかに就職するって話も聞いてなかったし・・・。俺がマルティネス家を継ぐなら、手伝ってくれると思ってたんだよ!」


 ファビオラは、それを聞いて呆気に取られる。なんだそれは・・・。それじゃあまるで、私がシストを慕っていたのに気づいていたみたいじゃない・・・。自分に惚れてるはずだから、手伝ってくれるはずと思ってたって?冗談じゃないんだけど!


「ユリアナと婚約して、マルティネス家はシストとユリアナが継いで行くのに、私が残って実家の手伝いして、私に一体何が残るのよ?言っとくけど、手伝いしてる時だって私の給金なんて雀の涙だよ!それは、シストが一番良くわかってるよね?」


 ファビオラは、シストを睨みつける。シストはバツの悪い顔をしているが、納得がいかない様だ。


「そうだとしたって、何も言わないで俺に丸投げしていく事ないじゃないか!自分の家族の事だろう!」


 シストも声を荒げて、ファビオラに訴える。


 それについては、尤もな事で多少なりとも悪いと思っていた。でも結局、シストだってファビオラを利用しようとしてたんだからお互い様だ。ファビオラの方が、一枚上手でシストの上を行ったまで。あくまでも、ユリアナを選んだのはシスト。


「それは、少なからず悪いと思ってるけど・・・。私にだって私の人生があるの!マルティネス家の事は、ユリアナと話し合う事でしょ!」


「商売の事も、家の事もユリアナにわかるわけないだろう!ユリアナは、守ってやらなきゃいけない存在なんだ。だから、ファビオラにどうすればいいか相談してるんじゃないか!」


 えっ?ファビオラは、絶句する。まだ、そう言う段階なんだ・・・。向かいに座るクリフォードを見る。私たちの言い合いには興味がないようで、姉との事をどうするのか眉間に皺を寄せて考え込んでいる。あそこまで行くのには、まだ時間がかかるんだな・・・。一気に気持ちが冷める。守りたいなら好きなだけ守ればいいが・・・。結局、貴族の家の繁栄なんて女主人の手腕によるものが大きい。何も出来ないユリアナをいつまで許せるのか、見ものだなと思う。話を聞くのも、ここら辺までかな・・・。ファビオラは、シストに提案しようと思っていた事を話し始めた。


「シスト、私一つ提案があるの」


 ファビオラが提案したのは、ユリアナとの結婚を今年の四月に早める事。ユリアナの卒業まであと一年ある。だが、ユリアナなんて学校に行っても勉強なんてしてないし、商売に結びつくような社交をしている訳でもない。二年で学校を辞めさせて結婚を早めた方が、学費も浮いて好都合。結婚したら父にはすぐに爵位を譲って貰って、全てをシストの監視下の下、運営していった方が効率が良い。寧ろ、余計な事をしでかす人がいなくなって色々な事がスムーズに行くはずだ。


 話を聞いたシストは、驚いている。


「そんな事して、本当にいいのかよ?引退したご両親はどうするんだよ?」


「早かれ遅かれ、シストが継ぐんだから早い方がいい。両親には、大好きな服飾のデザインだけやらせとけばいい。たまに、小さな夜会に出席させれば充分じゃない?爵位さえ継いで貰えば、両親は何も言えないでしょ」


 ファビオラのマルティネス家での居場所が、本当の意味でなくなってしまう。そうだとしても、寂しさよりも清々しさを感じた。


「ユリアナには、なんて言って学校を辞めさせるんだよ?」


 ファビオラは、なんて事ないように話す。結婚で学校を途中で辞める子は、めずらしくない。勉強する必要がなくなると思わせれば、ユリアナなら喜びそうだ。でも実際は、姉の様に女主人としての教養を身に付けなくちゃいけない時が必ず来る。それを放棄した時は、マルティネス家の繁栄はあり得ないし、下手したらシストとユリアナの仲もどうなるかわかったものではないが・・・。


「ユリアナには、早く結婚したいとか勉強より妻としての心得を身に付けて欲しいとか適当に言えば?」


 シストは、自分の中で色々考えをめぐらしているようだ。それを見ながら、ファビオラは私が言えるのはここまでかなと思う。


「じゃあ、話はこれくらいかな?私、そろそろ行くよ」


 ファビオラが席を立とうとする。


「ファビオラは、ここには本当に戻って来ないのか?それが一番良いと思うんだが・・・」


 シストが、残念そうに言う。それは、シストにとってだけだろうと心の中で突っ込みを入れる。もう、面倒くさいので何も言わないが・・・。


「王宮での仕事、好きだし。楽しく生活してるから」


 ファビオラは笑顔で答える。


「王宮での知り合いを紹介してもらう事は、出来ないよな?」


 答えは、わかっているくせにどうしても聞いてみたいらしい。


「シストも無理だってわかるよね?紹介した所で、今のマルティネス家では活かせない。お勧め出来る商品もない、盛り上がる会話を提供出来る訳じゃない。シストが、もっともっと勉強して商会を大きく出来たら考えるよ。頑張って!」


 シストは、小さな声でわかったと返事をした。ファビオラは、クリフォードに挨拶をする。帰る前に、使用人の休憩室に顔を出しお土産を渡した。皆喜んでくれて、心がほっこりした。玄関を出て、屋敷を改めて眺めた。帰って来る所がなくなるんだなと、少し寂しさを感じる。でももう、ファビオラは振り返らなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] けじめ [一言] シストが想像以上にお子ちゃまだったなぁ。 相手の意を汲まずにいきなり手を「掴む」とはねぇ 商売は上手いのかもしれないけど
[一言] 見目の良い妹と結婚して家の運営は姉頼りを狙ってたようにしか見えない件
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