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026

 

 あの夢の様な夜会を振り返ると、本当にあった事なのか未だに実感が湧かない。アーベルにエスコートされ、会場に入った時の注目度。初めて、アーベルと踊った高揚感。姉や妹目当てではない、ダンスの申し込み。あの夜、色々な人からファビオラへの好意や労りの心を向けて貰った事。今まで経験した事がない事ばかりで、翌日自分の寮の部屋に戻ってからも、余韻に浸り感動を噛みしめていた。


 ただ、帰りの馬車の中での事は、顔が赤くなり恥ずかしさで一杯になるので頭の隅に追いやった。一通り、頭の中で思いに耽った後は、シストに頼まれた事、シェリーの事を思い出した。とりあえず、明後日からまた通常通り仕事が始まるから、次の休みに一回実家に帰るかな·····。シェリーは、その後かな·····。シェリーに王太子との事聞いてみたいけど、私と王太子のあれこれは知ってるのかな?特に私に気持ちがあった訳ではないから、シェリーが気にする事は何もないんだけど。でも一応プロポーズ?みたいな事を言われた訳だし、シェリーにしたら面白くないよね·····。どうしよう·····。次に会う時までに考えておかないとな。


 でも本当は、王太子にあの話をされた時に、王太子妃に相応しいのはシェリーの様な令嬢なのにって強い思いがあった。でもここで、ファビオラが言うのは違うと思ったし、シェリーもそれを望んでいるのかわからなかったから何も言わなかった。


 だから、王太子とシェリーの婚約を聞いた時は、自分が思ってた通りになって私ってなかなか先見の明があるなと思って笑った。二人が幸せになるといいなと心から思う。


 そんな事を考えつつ、シェリーとシストに手紙を送った。シストからの返信は、待ってましたとばかりに早くファビオラの予定に合わせるのでとにかく帰って来て欲しいと言う内容だった。シストに全てを丸投げして家を出てしまったので、多少の罪悪感がある。ファビオラが家を出る事は、家族にしか告げずシストやクリフォードには言わなかったから。シストは、相当苦労したかな?と話を聞くのが少し楽しみでもあった。私って、性格悪いかもっと少し反省するファビオラだった。


 シェリーの方は、婚約を発表して少しバタバタしているらしく会えるのは少し先になりそうだ。考える時間が出来たから、丁度いいかなとファビオラは思う。




 休みの日、ファビオラは久しぶりに実家の前に立っていた。ほんの10カ月前までは、ここに毎日帰っていたと言うのに。もうすでに、なんか懐かしい。チャイムを押して待つと、執事のバーナードが出迎えてくれた。


「ファビオラお嬢様、おかえりなさいませ」


 バーナードが笑顔で出迎えてくれた。バーナードとは、実質ファビオラが家を切り盛りしていた様なものだったので、父親よりも親近感がある。バーナードがいるから、マルティネス家は何とかやってこられたと言っても過言ではない。昔から、なぜこんなに有能な人がうちの執事なんだろうとファビオラは不思議に思うほど。


「ただいま。バーナード久しぶりね。元気そうで良かった」


 ファビオラから、自然に笑顔が零れた。家族に会うのはあまり気が進まなかったが、バーナードや使用人達に会うのは楽しみだった。


「サンチェス様とウォーカー様が応接室でお待ちです」


 ファビオラは、玄関の扉をくぐり応接室へと向かう。バーナードの後ろを歩きながら疑問に思う。


「シストだけじゃなくて、クリフォード様もいらっしゃるのね」


「はい。お二人ともご家族の方達よりも、ファビオラお嬢様に会って話したい事があるようです」


 今までの事を知っているバーナードが、笑っている。ファビオラは、これは覚悟しないとと身構える。相当マルティネス家についての愚痴をこぼされるかも·····。


 バーナードが扉をノックして、ファビオラを応接室に促した。中に入ると、本当にシストとクリフォードしかいなかった。この分だと、家長はシストみたいなものだなと笑いを堪えた。


「待ってたよ、ファビオラ!」


 シストがファビオラに走り寄ってきて、手を握られる。ファビオラは、嫌悪感を感じ優しく手をシストの手から抜いた。


「なかなか帰って来られなくてごめんね。今日は、クリフォード様もいてびっくりしました」


 ファビオラは、クリフォードが座っていた向いのソファーに腰かける。なぜか、ファビオラの隣にシストが座った。


「連絡しなくてすまない。シストがファビオラに会うと言うので、私も無理に来させて貰ったんだ」


 クリフォードは、なんだかすごく疲れている様に見える。それを見ながらもファビオラは、シストと二人きりって訳にはいかなかったし丁度良かったと思う。


「いえ、この前はお話し出来ませんでしたから。それで、お二人は私に何を聞きたいんですか?」


 ファビオラが、話し始めると見知ったメイドがお茶を淹れて持って来てくれた。目と目が合い、お互い微笑み合う。後で、みんなにお土産を買ってきたから忘れずに渡さないと。その横では、シストとクリフォードで頷き合っている。どうやら、先に取り決めていたらしくクリフォードが話し始めた。


 クリフォードが、話した内容を要約すると姉のカリーヌの事だった。カリーヌは、結婚して二年目になると言うのに伯爵家の女主人としての心構えが全くないらしい。クリフォードの母親が、現役で屋敷を回しているから甘えがあるのかもしれないが。義母としては、クリフォードが結婚したら仕事をカリーヌに引き継いで旅行したり領地に行ってゆっくりしたいと思っていた。だからこの二年で出来るだけ、カリーヌに丁寧に女主人としての仕事や社交を教えて来たのだが·····。残念ながらそこまで、カリーヌが育たなかった。クリフォードは、母親からは嫌味を言われ妻からは自分には無理だと泣きつかれる。この一年、その繰り返しで疲れてしまったらしい。ファビオラが、まだこの家にいる時はここまで嫁と姑の仲は拗れていなかったんだ。ファビオラ、カリーヌに以前の様に力を貸してくれないか?と言う事だった。


 ファビオラは、想定内だなと込み上げてくる笑いを我慢する。ファビオラの知る、クリフォードの母親は実に確りした女性だった。出来の悪い嫁でも見下したりせずに、丁寧に女主人としての仕事を教えていた。悪いのは、間違いなくカリーヌだ。ファビオラは、結婚した当初からどう考えてもカリーヌに伯爵家の女主人なんて無理だろうと思っていたので今更な話なのだが。


 カリーヌには、伯爵家の嫁として嫁ぐ心構えが全くない。カリーヌ的には、見目良くて、爵位も良くて、お金もある家に嫁げてラッキーくらいにしか考えていない。その爵位や金銭を自分の物にするには、爵位に合った品格や社交、家を切り盛りする女主人としての役割を果たす必要があると考えた事がない。素敵な人と結婚出来たのだから、後は好きなドレスを着て夜会に出席してみんなにちやほやされるのが自分の役目だと思っている。頭空っぽな女なのだ。


「クリフォード様。結婚して二年です。そろそろ姉を、甘やかすのは終わりにしたら如何ですか?」


「甘やかしてるつもりはないのだが·····」


 クリフォードは、ファビオラが思ってもいない事を言い始めたので動揺している。今までと同じ様に、妻と母親の間を取り持ってくれると信じていたのだが·····。


「クリフォード様のお母様が、丁寧に女主人としての仕事を教えて下さっているのを私は知ってます。ですが、姉が努力しているのを見た事がありません。努力もしないで、泣きついてきて終わりですよね?綺麗なだけでは、伯爵家の女主人は務まらないと、そろそろ気づいてもいいのでは?」


 クリフォードが、顔を俯けて手を握り締めている。クリフォードだって馬鹿ではない。薄々気づいているのに、認めたくないだけ。妻にいい顔をしたくて、妻を教育する役目を母親とファビオラに押し付けてきただけ。


「クリフォード様。私がいる時は、仕方なく姉の補佐やフォローをしていました。どうせ私が言ったって、姉は聞き入れてくれませんから。むしろ姉に都合が悪い事を言うようなら、姉のあの色気を使って私が悪い様に言われてましたし。クリフォード様も、心当たりがあるのでは?」


 クリフォードは、完全に下を向き表情が窺えない。だがファビオラは、忘れもしない。すぐに姉はクリフォードに告げ口をして、ファビオラが虐めたように話を持っていく。何度もファビオラは、クリフォードからもっと姉の気持ちを考えろだとか、大変さをわかってやって欲しい、手を貸して欲しいと言われたのだから。


「申し訳ないですが、もう私には私の生活があるので姉の面倒は見られません。姉の足りない部分は、夫が補うか本人に努力させるかしかありません」


 クリフォードは、自分が目を瞑っていた部分を指摘され消沈している。自分が選んだ人なのだから、自分で責任を取るしかない。これからは、ファビオラは何も出来ないと言えてすっきりした。


「わかった。カリーヌと話し合ってみるよ」


 クリフォードが、これからの事を考えると頭が痛いのか苦い顔をして小さな声でつぶやいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] クリフォード、ザマァ! 都合良い時だけ便利使いしようなんて、馬鹿にしてる!(怒
[一言] シストの行動が激しく気持ち悪い
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